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Innocent Vision  作者: MCFL
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第179話 魔女 v.s. ソーサリス

「りくは返してもらうわ!」

膨大な熱量を秘めた赤と青の炎が飛び上がった八重花の両腕から翼のように吹き上がる。

開戦直後に飛び出した八重花は初撃から全力だった。

「カトレア。」

「どうせ妨害が入ると思いますよ。ほら。」

一応オブシディアンを構える蘭だったが言葉通り"Innocent Vision"の面々は蘭が防御に回るのを見越して妨害するために飛び出していた。

それを無視して蘭を八重花にぶつけた場合、最悪ファブレにも被害が及ぶ。

「さすがに手数の差が多すぎるわね。私に傷1つでもつけたらただじゃすまないわよ。」

それでもファブレの要求は高い。

蘭はため息をつくと左手のオブシディアンを高く掲げた。

狙いは"Innocent Vision"。

「イマジンショータイム!」

鏡像幻影は由良たちの視覚を狂わせ、両者の間に断崖絶壁を作り出した。

幻想とはいえ崖から落ちる恐怖は本物でたとえそれが幻覚だと知っていても人は躊躇わずにはいられない。

「にゃっ!?」

冷酷に徹している蘭の口から素頓狂な声が漏れた。

だがファブレすら驚きを隠せないのだから仕方がない。

由良たちは全く何の迷いも見せず、それこそ足元を気にした様子もなく突っ込んできたからだ。

さすがに叶は立ち止まっていたがどのみちソルシエールの効果で身体能力が向上している由良たちには追い付けない。

「"化け物"だ。あれは"人"じゃなくて"化け物"だよ。」

蘭が慌てながら叫ぶ。

「化け物で構わない。」

「陸が助かるなら呼び名なんてなんだっていい!」

「半場も自分を"化け物"って呼ぶからお揃いだしね。」

「…うわぁ、みんなバカだぁ。」

蘭が妙に生暖かい罵声を浴びせた。

だがその行動に迷いはない。

「その石を渡しなさい!」

振り下ろされる螺旋を描いて紫色になった巨大な炎の剣と"Innocent Vision"の強襲。

そのほぼ同時に迫る2つの攻撃を前に蘭は

「ランちゃんキーック!」

「ぐはっ!」

飛び蹴りを由良の顔面に叩き込んだ。

まさか肉弾戦を挑んでくるとは思っていなかった由良は対応できず直撃して仰け反る。

さらに蘭はその反動で飛び上がり

「どーん!」

「きゃあ!」

ファブレに向けて攻撃しようとしていた八重花を突き飛ばした。

炎の刃はファブレの脇をすり抜けて地面を焼いた。

「なんて奇抜な。」

由良に巻き込まれて後ろに倒れながら真奈美が感心したようにぼやく。

明夜は難を逃れたがそれでも足が止まってしまい攻撃のタイミングを逃してしまった。

「まあ、上出来よ。」

ファブレはクスクスと地面にうつ伏せになった蘭を見て嘲る。

「余所見をしているとは随分と余裕なのですね。」

突然ファブレのいた空間を一筋の斬撃が走る。

葵衣の放った一撃は読まれていたように紙一重でかわされた。

「そこ、危ないですわよ!」

だが葵衣たちもまた避けられることを見越した波状攻撃を用意していた。

2撃目はヘレナのセレナイトの首刈り鎌。

ファブレはそれをアダマスで受け止める。

「今だ!行け、白鶴!」

ほとんど力が残っていない緑里も白鶴で攻撃を仕掛ける。

「他者とつるむのは弱者の証拠。強者の力を思い知りなさい。」

ファブレがアダマスの力を引き出すと刀身が乱反射する白色の光を放ち始めた。

ブリリアントの消滅の力で白鶴を撃ち落とす。

…はずだった。

「!?ブリリアントが!」

「かかりましたわね。なぜわざわざワタクシが刃を交えたのか、おわかりでしょう?」

アダマスの光が消え、逆にセレナイトが黄色い光を放っていた。

「ジプサム。発動前のブリリアントを封じたのね。」

「周辺の被害を見れば危険なグラマリーだとすぐに分かりましたわ。ですが、これでは撃てませんわね?」

ファブレは首を振り子のように振って白鶴を避けた。

だがすぐに旋回して戻ってくる。

「離れなさい。」

「そうはいきませんわ。」

アダマスを揺らすがヘレナはしっかりと刀身を絡ませて逃がさないようにしている。

鎌だからこそできる芸当だった。

「もう1回だよ、白鶴!」

「私もお忘れなく。」

ブリリアントを封じられた状態で白鶴と葵衣の挟撃。

だが


「え!?」

「かわされた!」


ファブレは神業と呼ぶに相応しい動きで白鶴を避けつつ葵衣の攻撃を受け流し、さらにセレナイトからもすり抜けてみせた。

「なかなか危なかったわよ。惜しかったわね。」

言動のわりにファブレはまったく動じた風でもなく余裕の表情だった。


「…」

あれだけの連携攻撃を回避されたことでヘレナたちは少なからず動揺した。

これまで姿を現さなかった魔女、その実力の高さに恐怖を抱いた。

「…。」

そして葵衣もまた無言でファブレを見つめていた。

表情は変わらないため恐れているのかは分からない。

「それはそうと、後ろのあれはそろそろ完成するのかしら?」

アダマスの指し示す先では悠莉を警護につけた撫子がコロナを形成していた。

ファブレは当然それに気づいていた。

「こんな動かない的、狙わない手はないわ。」

ファブレは無造作にアダマスの切っ先を撫子に向けるとブリリアントを撃ち放った。

乱反射する光がまっすぐに撫子を飲みこむように襲いかかる。

「コランダム。」

撫子の前に立った悠莉が青い壁を展開する。

白色の光はコランダムの表面に衝突し、瞬く間に壁を削っていく。

「ただの境界がいつまでも消滅の力に耐えられると思わないことね。」

1枚、1枚と多重に張られた壁が砕け散っていく。

だが悠莉に焦りはない。

手にしたサフェイロスの刀身に手を添えて

「3…2…1…」

小さく砕ける壁を数えていた。

そして、最後の壁が砕かれる。

消滅の光は悠莉とその後ろに立つ撫子を飲み込まんと迫る。

「撫子様、悠莉!」

緑里の叫ぶ声に悠莉は確かにふっと笑みを浮かべていた。

「コラン-ダム。」

悠莉の言霊を得てサフェイロスの文様が青い光を放ち、悠莉の眼前に筒状の青い壁で作られた黒い穴が穿たれる。

「あれは、ブラックナイトメアですの!?」

その姿はヘレナのスペリオルグラマリー、ブラックナイトメアに酷似していた。

ブリリアントはその穴に飛び込んでいく。

「コランダムは境界を生み出し擬似的な異世界を構築するグラマリー。ならば虚無の空間であるコラン-ダムの入り口を開放すれば受け流せない攻撃はありません。」

ブリリアントはすべてが虚無に飲み込まれて世界に影響を及ぼすことなく消えた。

攻撃を無効化されてファブレの顔が不快げに歪む。

「さらに…」

悠莉はいまだ光を放ち続けるサフェイロスを掲げた。

それにつられて見上げたファブレの前に先程悠莉の前に現れたのと同じ穴が出現する。

「お返しします。」

それは大砲の発射口。

ブリリアントという弾丸を装填されたコラン-ダムが白色の砲弾を撃ち出した。

「っ!」

ファブレは今度こそ驚愕し大きく飛び退る。

「ベクトルのない異空間に生まれた穴は入口であり出口となります。」

「小賢しい真似を。」

飛び退いた先では再びヴァルキリーの猛攻が待ち構えていて蘭は"Innocent Vision"に完全に足止めされていた。

そして灰色の空に目映い太陽が浮かび上がる。

「皆さん、行きます!コロナ!」

太陽から放たれる陽光の柱がファブレに向かっていく。

「ファブレ様。」

蘭は駆け出そうとするが明夜と真奈美に回り込まれて足を止めた。

ファブレは動かず俯いている。

「どいつもこいつも、私を苛つかせる。」

アダマスに乱反射する白色光が宿る。

振り返らずに向けられた切っ先は寸分違わずコロナに向けられた。

コロナが触れる直前

「ブリリアント・カッター。」

伸びた光の刃がコロナを真っ二つに引き裂いた。

左右に割れたコロナは周囲を焼き焦がして消滅していく。

ブリリアント・カッターはさらに伸びていきコロナの本体までをも刺し貫いた。

長大な剣が振るわれるとコロナの球体は両断され、形状を維持できなくなって消えていった。

「そんな、コロナまでも。」

一連の攻防はファブレの持つ力の絶大さを知らしめ、ソーサリスの攻撃の手を止めさせた。

ただ1人、葵衣だけは表情を変えないまま思案していた。

「葵衣、どうしたの?考え事?」

その変わらないはずの表情を緑里は見抜いた。

葵衣は理解してくれことを喜ぶべきか見破られたことを悔いるべきか迷いも、結局いつもの表情に落ち着く。

「魔女の能力について考察していました。」

「あのブリリアントって光?」

ブリリアントは非常に強力なグラマリーだ。

光の形態を取る技は意外と多いがその中でも特に威力と応用性が高い。

王者の剣に相応しい能力だった。

だが葵衣は首を横に振る。

「そちらは見ていればわかります。私が気にしているのはさっき私たちの連携攻撃をかわしたときのこと。」

ヘレナにグラマリーを封じられ、高速で接近する白鶴と挟撃する形となった葵衣の攻撃を捌ききって見せたファブレ。

「さらに先程のコロナへの攻撃。その2点を見てわかりました。」

「その話、詳しく聞かせて、葵衣。」

ファブレを警戒しながら撫子と悠莉、ヘレナも参加する。

"Innocent Vision"は蘭に攻撃を仕掛けつつファブレにも攻め込んでいるので敵の注意は向いていなかった。

「了解致しました。お嬢様はこのような感覚に覚えがありませんか?絶対の自信をもって放った一撃をいとも容易く回避されてしまうこと。」

「いくつか覚えがあるけれど、クリスマスパーティーが一番印象に…まさか?」

そこまで話せば撫子はもちろんのこと緑里も悠莉もヘレナも葵衣の仮説の意味を理解した。

撫子のコロナをかわして見せたのは誰か?

酒呑童子のかごめを抜け出して見せたのは誰か?

難攻不落のコ-ランダムを抜けて見せたのは誰か?

それさえ分かれば仮説はほぼ現実と相違ない。

その答えを葵衣は提示した。


「魔女はInnocent Visionを使っています。恐らくはあの手に握っている石の力を使って。」


「2つのソルシエールを同時に操ることが可能なんですの?」

性質の異なる2つのソルシエール及びジュエルの使用はヴァルキリーでも検討していた。

葵衣と緑里が若干互いのソルシエールの力を引き出すことはできたが性能としてはオリジナルの足元にも及ばず、双方を同時にとなると完全に無理だった。

ジュエルでも血縁者のものとは比較的互換性が見られたが総じて見れば使い物になるレベルではなかったため検討はそこで打ち止めになった。

「…どちらも攻撃に特化した力では使役は難しいでしょう。しかし自動防御や感覚強化などの補助能力ならば競合させずに発動も可能なのではないでしょうか?」

撫子はそう推察した。

断定できないのはInnocent Visionのような戦闘補助のグラマリーを持つソーサリスやジュエルがなかったからだ。

(第二次ジュエリア計画にはそちらも検討する必要がありそうですね。)

新たな道が拓けてほくそ笑む撫子だったが今は目の前の敵を倒さなければならない。

「おおおお!」

実際"Innocent Vision"は陸の命がかかっているため死に物狂いだ。

エレガントさには欠けるが揺り動かされるものもある。

「とにかく、魔女にInnocent Visionを使われては手に負えません。あの石を奪取して魔女の力の低減を図りましょう。」

「当たりだけど、ちょっと気付くのが遅かったわね。」

その声に慌てて振り向くと"Innocent Vision"のソーサリスが軒並み倒されていてファブレと蘭がヴァルキリーの方を向いていた。

「遅い、とは?」

ファブレは答えず左の手のひらを突き出して見せた。

そこには手のひらに半分埋もれた藍色の魔石があった。

「それは!?」

「ようやく馴染んできたようね。Innocent Visionの最後の抵抗と言ったところかしら。徐々に力を使いこなせるようになってきた。でも、それで終わりじゃないのよ。私がアズライトを、運命の力さえ取り込んだ時、私はこの世界に完全な形で生まれ変わるのよ!」

狂喜に笑うファブレの手の中にInnocent Vision、陸の命の石が飲み込まれていく。

「あーっはっはっは!」

「やめろ!」

「陸君を返して!」

少女たちの叫びも空しくアズライトの魔石はファブレの中に消え去った。


「これで、これ…で!?」

ボゴリとファブレの体の中から大きく膨らむ。

腹や背中を突き破るように肉体が変化し見る間に人の形から逸脱していく。

「うんめいの、ちから…これほどに…があっ!」

白かった髪や肌はどす黒く変色し、体は巨大な化け物に成り果てる。

瞳だけが名残を残して真紅に染まる。


「うおおおおおお!!」


嘆きのような叫びが大気を震わす。

ここに、ファブレという化け物が降臨した。


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