表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Innocent Vision  作者: MCFL
178/189

第178話 ゲームオーバー

ズプリ

目元に突き込まれたファブレの白くて細い指の感触がダイレクトに伝わってくる。

体は髪の毛1本至るまで動かない。

時間の進行による傷口の拡大もない。

(ああああ!)

だが肉体はそうでも精神は体に入り込んだ異物に対して拒絶を示し、恐怖は本来ないはずの痛みを感覚として全身に走らせる。

意識が焼ききれそうになるがファブレはお構い無しに指を進めていく。

目蓋の上から入った指が徐々に肉体に埋没していき、眼球を撫でるようにまさぐり、その奥にある何かに触れた。

(があああああ!)

意識が真っ白になるような感覚。

痛みではない。

僕という存在そのものが消えてしまいそうな喪失感が体を突き抜けた。

"それ"を取られてはいけないと警鐘が頭に響いているようだったが抗うべき体は止まっている。

(やめろ、やめてくれ!)

"それ"がなんなのか。

"それ"は化け物の証拠、

"それ"は忌まわしき過去の元凶、

そして"それ"は仲間との絆の証。


"それ"の名はInnocent Vision、その"グラマリー"を与えるソルシエール。


「本当はその肉体ごといただく予定だったけど気が変わったわ。考えてみれば男の体に入るのはぞっとするもの。けれど、よくここまで育ててくれたわね。それに関しては礼を言うわ。」

時間の消滅した世界でファブレの声が頭に響く。

(何が…)

「ソルシエールは魔石を核に生成する。魔石にもいろいろな種類があったけど、たった1つだけ魔剣へ昇華できない魔石があった。その名はアズライト、運命を見る予言の石。」

(Innocent…Vision…)

「そう、気付いていたのでしょう?その力がソルシエールのグラマリーであると。」

薄々は感じていた。

確信したのはクリスマスの決戦で覚醒したInnocent Visionが見せた左目の朱色の輝き。

他のソーサリスと同じ朱色の禍々しい輝きはInnocent Visionもまたソルシエールの力なのではないかと思わせた。

「本来は海に2つの魔石を植え付けるつもりだったのよ。あの子が膨大な魔力を秘めて生まれてくることを突き止め、魔石を植え付けたのだけれど、まさかその子が双子になるとはね。運命とは儘ならないものよ。」

(どうする、つもりなんだ?)

「運命を見る力は世界創造のエネルギーを秘めている。私はそれを使って、現世に受肉する。こんな仮初めの器ではなく、本物のファブレを降臨させるのよ!」

眼前のファブレの顔が狂った笑顔を浮かべた。

止まっていた指が動き、僕の核を握った。

僕が消える。

暖かくて冷たい真っ白に暗い世界に落ちていく。

(これは…前にInnocent Visionで見た…)


「さようなら、Innocent Vision。よき夢を。」


優しくも残酷な言葉を最後に僕の意識は白き闇に溶けていった。




ファブレの時間魔法が効果を失うと同時に

「あーはっはっは!」

目を血走らせてファブレは笑い

「…」

陸はその場に崩れ落ちた。

あの停止時間の世界で陸がファブレの動きを認識できていたのはInnocent Visionの力があったからである。

"Innocent Vision"のメンバーは気が付けば魔女が高笑いをしていて陸が急に倒れたようにしか認識できなかった。

「陸っ!?」

「陸!」

「半場、どうした!?」

「陸君が、倒れた?」

明夜たちは一斉に陸に駆け寄る。

その背中はがら空きだったがファブレも蘭も攻撃しない。

「ファブレ様。りっくんに何を?」

「探し物を貰い受けたのよ。」

そう言ってファブレは藍色の魔石を指でつまみ上げた。

「!!それは!」

「喜びなさい、カトレア。私は遂に念願の時を迎えようとしている。」

ファブレがアズライトの魔石を舌でペロリと舐める。

ただの石のはずなのにファブレは甘美な果物を口にしたかのように恍惚の表情を浮かべた。

蘭はそれを見て背筋が震える恐怖を感じていた。


「おい、陸っ!しっかりしろ!」

駆け寄って抱き起こすが陸は目を閉じたまま返事をしない。

「叶の力で半場を助けるんだ。」

「うん!」

叶は陸の前に膝立ちになりオリビンを逆手に握って振り上げた。

傍目に見れば陸に止めを誘うとしているように見えるが構っていられない。

叶は両手で握り締めたオリビンを振り下ろし


「何やってるのよ!?」


激しい一撃がオリビンを弾き飛ばした。

その攻撃に乗せられた思いのように刃は熱く燃えている。

「八重花ちゃん…」

「叶、りくを傷つけるならたとえ叶でも許さない。」

盛大に誤解した八重花はジオードを構えて叶に対峙する。

「陸の脈がない。」

「作倉、早くしろ!」

「どういうこと?」

怪訝な顔をする八重花に説明するよりも陸を助けに行きたいのだが行かせてくれる状況ではないため叶は交互に首を回すことしかできない。

「八重花にはあたしが説明しておくから叶は半場を!」

「う、うん!」

真奈美のフォローで叶は陸に駆け寄る。

「簡単に説明して。」

八重花はジオードを下ろして尋ねる。

「魔女に半場がやられたんだ。叶のあれはそうは見えないけど治療行為だよ。」

「魔女!?」

その声は八重花ではなく追い付いてきた撫子たちのものだった。

すぐさまソルシエールを構えて戦闘体勢を取るがファブレは右手にアダマス、右手にアズライトを持ったまま悠然と振り返った。

「初めまして、ヴァルキリーの諸君。私はファブレ、あなたたちにソルシエールを与えた魔女よ。」

「!?」

姿形は知っていた。

だがそこに宿る膨大な力に撫子たちは息を飲んだ。

「駄目です、陸君が目を覚ましません!」

「諦めるな、もう一度だ!」

そこに響く悲痛な叫び。

目を向けるとそこには地面に倒れた陸を必死に介抱する"Innocent Vision"の姿があった。

それを見て撫子はわずかに目を伏せ、すぐにそれが強気な笑みに変わる。

「"Innocent Vision"が敗れましたか。これでわたくしたちヴァルキリーが魔女である貴女を倒せば勝利となりヴァルキリーの理想を妨げるものは無くなります。」

「…さすがはヴァルキリーの長。強かだこと。」

陸を見て撫子が動揺すると考えていたためわずかに不機嫌さを滲ませて悪態をつく。

「なんで魔女の隣に江戸川蘭がいるの?ボクたちの時みたいに"Innocent Vision"も裏切ったんだ!」

「…」

緑里の言葉に蘭は何も答えない。

造物主の傀儡らしく、感情を殺して佇んでいる。

「ヴァルキリーの理念、世界の恒久平和ね。ククッ。」

撫子と睨み合っていたファブレが突然おかしそうに笑い出し口許に手を当てた。

小馬鹿にしたような仕草に今度は撫子が機嫌を損ない目を細めてアヴェンチュリンを突き付ける。

「ヴァルキリーの理念を嘲笑うことは許しません。」

「笑わずにはいられないわ。いいわ、今は機嫌が良いから教えてあげる。あなたたちにどうしてソルシエールを授けたのか。」

それはソルシエールを得た誰もが知りたいと思っていたことだった。

自分の軍勢にするでもなく、むしろ配下のジェムやデーモンを駆逐する存在をどうして放っておいたのか。

「…お聞きしましょう。」

「いいわ。ソルシエールはあなたが作った紛い物とは違って制限をかけていなかった。それが何故だか分かる?」

「自分を殺させるためですか?」

撫子の答えをファブレは鼻で笑う。

「まさか。でも少し当たっている。ソーサリスにはジェムとデーモンを殺して欲しかったのよ。」

「はい?」

ヴァルキリーの面々は困惑した顔をした。

その疑問に答えるようにファブレが人差し指を立て、スパンと指先をアダマスで切り落とした。

「!?」

驚愕する面々が見たのは真っ赤な血ではなく黒い煙だった。

「この体は完全じゃない。ジェムやデーモンが取り込んだ人間の血肉を使って作り上げた器。これを作るために多くのジェムを生み出し、そして殺す必要があったのよ。」

「ジェムを操ることのできる魔女ならすぐにでも滅ぼすことも出来たはずです。」

「そんなの、つまらないじゃない。」

自らの肉体を作り上げる行為にすら遊びを求める精神が撫子には理解できなかった。

「そしてソーサリスにはもう1つの役割があった。それは、半場陸、Innocent Visionを鍛え上げること。」

「半場さん、を…?」

その言葉は撫子を揺さぶる。

だがファブレはそれを知りながら真相を明かしていく。

「Innocent Visionには成長が不可欠だった。そして成長には戦いが最適。だからわかりやすい敵を配置することにしたのよ。」

「貴女は、わたくしの望みを叶える力を与えて下さると!」

「手に入れたでしょう?望みを叶えるために邪魔者を殺す力を。」

確かに撫子たちはそうやって自由を得てきた。

だがその先に救いはない。

どんなに突き詰めていってもソルシエールは破壊の力。

そこに救いなど在りはしなかった。

ファブレはおかしそうに笑い声をあげる。

「平和は訪れないわ。ソルシエールの世界はやがて最後の1人になるまで殺し続けるようになるのだから。」

「そんな、こと…」

否定の言葉がつまりアヴェンチュリンを握る手から力が抜ける。

ソルシエールを作り上げた張本人の言葉を否定できるほどソーサリスたちはソルシエールについて詳しいことは何も知らない。

ジュエルを作るために研究したときでさえ偶然、あるいは作為的に発動までのプロセスが解析できただけでそれ以外はブラックボックスだった。

「ソーサリスは半場さんを鍛えるための駒だというのですか?」

「そう、そしてこれがその成果。」

ファブレは手に握った藍色の魔石を見せた。

ソルシエールに似て魅了する輝きを放つ小さな石を見つめていた撫子は急に振り返り顔を青ざめた。

「まさか、半場さんが倒れている理由は…」


「駄目です!陸君が目を開けてくれません!」


叶の涙声が聞こえた。

撫子の位置からでは陸の顔は見えないが手や足は血の気が失せていて生気が感じられなかった。

撫子はグッと奥歯を噛み締めて正面を見つめる。

「つまり、その石を半場さんに戻せば助かるわけですね?」

「おかしなことを聞くのね?ヴァルキリーにとってInnocent Visionこそが最大の障害で死んで欲しかった対象でしょう?」

それも事実なため撫子は言葉に詰まる。

今でもヴァルキリーの長としてはこのまま魔女を倒しソーサリスを一元化して理想を追うべきだと思っている。

でも、花鳳撫子は半場陸に死んでほしくなかった。

仲間になってほしいとは言わない。

ただ、好敵手としてでも構わないから自分を導いてほしい、そう願っていた。

「お嬢様。理想は実現可能です。」

葵衣は迷いなく言い切った。

「お嬢様もご覧になったはずです。衝動により暴走した羽佐間様を半場様が…その…止めたではありませんか。ソルシエールの衝動を抑える方法は必ずあるのです。」

葵衣は途中、照れた様子で小声になったが最後にはしっかりと頷いた。

「ボクも撫子様と葵衣を助けたいと思ったとき、衝動は起こらなかったよ。」

緑里も隣に並ぶ。

「よくわかりませんが魔女の描いた筋書き通りになるのはいただけませんわね。」

ヘレナもまた魔女に抗う姿勢を見せた。

さらに

「…ヴァルキリー。さっきの話、本当か?」

「羽佐間さん。」

「あの石を陸に戻せば助かるってのは本当か?」

振り返れば由良を筆頭に八重花と真奈美、明夜が鬼気迫る様子で立っていた。

「…それでは、半場さんは…」

「死んでねえ!…陸が、死ぬわけない…」

自分に言い聞かせるように叫んで顔を背けた。

そこには無力感がありありと浮かんでいて撫子もそれ以上追求する気にはなれなかった。

「あの方、作倉叶さんは不思議な力をお持ちのようですが"Innocent Vision"の…」

「陸の仲間だ。」

「そうですか。…魔女を倒すため、今一度わたくしたちに力を貸してくださいませんか?」

由良は答えないまま前に歩み出し、撫子と並び立つ。

「協力なんて生ぬるい!俺たちは絶対に魔女を倒さないといけない。なら派閥なんて関係ない。魔女を倒すまで俺たちは仲間だ。」

前だけを見て、下らない垣根をすべて踏み砕いて、由良は集まったソーサリスを仲間だと告げた。

それは撫子には成し得なかったこと。

ヴァルキリーの誰も、"Innocent Vision"の誰も由良に異論を唱えることはなく、言葉を交わさずとも同じ意思に集っていく。


叶は最後まで陸の蘇生を試みたが陸が目を開くことはなかった。

「私も、行ってくるね。陸君。」


集結する"Innocent Vision"とヴァルキリーの乙女たちを前にファブレはアダマスを振るって不機嫌そうに構えた。

「もう用済みよ、消えなさい!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ