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Innocent Vision  作者: MCFL
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第176話 夜の灯火(オリビン)

明夜と真奈美は僕を地面に横たえるとゆっくりとファブレの前に移動した。

「かつてはヴァルキリーの作った紛い物のソルシエールで力を得、今はセイントの力を引き継ぐセイバー・スピネルを持つジュエリスト、芦屋真奈美。」

「初対面なのによく知ってるね。」

「カトレアを通して見ていたわ。」

真奈美はソーサリスではないため魔女とは会っていないがやばい相手だと分かるのだろう。

緊張した面持ちでファブレを警戒している。

ファブレはそれに気付きながらも気にした様子はなく隣に目を移した。

「二振りのソルシエールを持つ謎の少女。あれだけ一緒にいたカトレアが得られた情報がこれだけなんて、あなた、何者?」

明夜を見るファブレの気配に若干鋭さが混ざる。

明夜は表情を変えることなく左手を突き出し右手で突きの構えのいつものスタイルを取る。

「ただの"Innocent Vision"のソーサリス。今の私はそれで十分。」

「いいわ。すべてが終わった後でその魂に聞いてあげる。」

ファブレが左手を空に掲げる。

さっきファブレが出てきたときに飛び散っていった黒い煙は空に吸い込まれなかったため辺りに漂っていたらしくファブレの手に集まってきた。

次第に濃くなる闇の奥から目映い光が漏れ出してきた。

ずるりと闇の鞘から抜き放たれたのは装飾の乏しい両刃の西洋剣だった。

だけどジュエルのような安物感はない。

装飾がないのはそれが必要ないからだ。

その剣の刀身は無色から青白の間の透明で光を乱反射して様々な色を映し出していた。

魅入られずにはいられない存在感を放つ極上のソルシエール、恐らくは海がずっと持っていたブリリアントを放つ最強の魔剣。

「ソルシエール・アダマス。ようやく我が手に。」

王者の剣と呼ぶに相応しい威容を放つソルシエールが輝いたと思った直後、

ドウッ

空に向けられた切っ先から光の波動が放たれた。

雲を切り裂いた光、その力は海のものよりも遥かに強く思えた。

明夜と真奈美がジリッと靴を鳴らして構え直す先でアダマスをヒュンと切り下げたファブレが一歩踏み出した。

「それじゃあ慣らしに付き合ってもらおうかしら?すぐに潰れないでよ?」



その力は圧倒的だった。

「ブリリアント。」

ファブレはアダマスを軽く薙ぐだけ。

たったそれだけの動作で消滅の光が散弾のように無作為に世界に放たれる。

触れれば危険な攻撃にフットワークを生かして回避する明夜とスピネルの力で防ぐ真奈美だったが強烈な弾幕はファブレへの接近を許さない。

真奈美が一瞬の隙をついて飛び上がり

「スターダストスピナ!」

光の流星と化す。

セイントの力を持つスピネルはブリリアントを弾き飛ばしてファブレに突進するがその間に再び蘭さんが飛び出した。

「いくら盾のソルシエールだってスピネルなら!」

「浅はかだよ、真奈美ちゃん。アイギス…」

蘭さんは左手のオブシディアンにエネルギーの盾を展開させると正面に構えず体を捻るように振り被った。

そのままタイミングを合わせて

「…ハンマー!」

巨大な盾で側面から殴り付けた。

「!?」

バチバチと火花を散らしながら砕ける盾。

だがその衝撃までは消し去ることが出来ず真奈美はファブレへの軌道を逸れて地面を抉りながら停止する。

振り返る真奈美の視線の先で蘭さんが無表情で立っていた。

「さすがに正面からなら分が悪いけど、真奈美ちゃんも知ってるでしょ?ランは型に嵌まらないんだよ。」

いつもの口調と冷たい声質のギャップが怖い。

蘭さんが真奈美に気を取られている間に明夜がファブレに接近する。

海とは違い、手にソルシエールを持つファブレは逃げることなく迎え撃つ。

「魔女が剣を使えないと思ったら大間違いよ。」

確かに剣の振り方は心得ているようだが百戦錬磨の明夜には遠く及ばない。

しかし魔女は何もない空間にブリリアントの光の球体を浮かび上がらせた。

明夜の背後という人間の死角に出現した魔弾は明夜に風穴を開けるべく飛来する。

ファブレの笑みが邪悪に歪む。

「アフロディーテ。」

だが、明夜は振り返ることなくオニキスを水平に掲げるとグラマリー・アフロディーテを召喚、攻撃を引き継がせて自分は背後からの攻撃を回避した。

「…操者の意のままに動く魔導人形。なるほど、とんでもないものがゲーム盤に紛れていたものね。」

「…」

アフロディーテを押しのけ、再び明夜とつばぜり合いをしながらファブレが喉の奥で笑い、明夜がわずかに顔を歪める。

互いにソルシエールに力を込めてぶつけ、明夜は大きく距離を取る。

ファブレは何度かアダマスを振るって調子を確かめる。

「まだまだね。」

それは明夜に対してか、それとも自分の力に対してか。

明夜はアフロディーテを戻すと無言ながら明確な敵意を表して再び構えを取る。

真奈美と蘭さんもそれぞれ元の位置に戻り仕切り直しとなった。

「終わりの時までもう少し楽しませてもらうわよ。」

灰色の世界を白色の光が無へと染め上げていく。



「はっ、はっ…」

「戦いなんか見てる場合か!寝てろ!」

由良さんが必死に介抱してくれているがもう手足の感覚がなく体が異様に寒い。

ただ目だけが戦いに釘付けになっていて熱かった。

「こんな深い傷、どうしろってんだよ!?」

由良さんの声が涙声に聞こえる。

それでも僕は戦いから目を離せない。

「明夜…真奈美…」

「人の心配より自分の心配しろ、バカ!」

そう言われても今の僕にはもう『視』ることしかできない。

せめてファブレの弱点くらいは見つけないと。

「病院は…この騒ぎで皆逃げてるか。くそっ、パッと傷が塞がるみたいな魔法はないの…か…」

そんな都合のよいものがあるわけないと思ったがふと戦いに赴く前に太宮神社での会話を思い出した。

「…叶、さん?」

「そうだ!あいつのセイントは癒しの力だ。あの力なら…」

由良さんは光明が見えてはしゃいでいるが

「ダメだ。」

僕は否定する。

「何でだよ!?」

「叶さんを、危険な目に会わせるわけには…いかない…」

ファブレのいるこの戦場に呼ぶなんて危険なことをさせられるわけがない。

「なんで人の心配してんだよ!このままじゃ死ぬんだぞ!?」

由良さんが僕の顔を覗き込んで怒鳴る。

だけどこれは僕の命に対する考え方のせいだ。

僕の今まで生きてきた人生で養われた感覚は簡単には覆らない。

「僕が、傷つくより…ごほっ…大切な人たちが、傷つく方が、いや、だから。」

「っ!!なんで他人もそう考えてるって頭のいいお前が考えられないんだ!」

遂に由良さんの瞳に涙が浮かんだ。

確かに、僕の仲間は皆、自分より他人を大切にするような人たちだ。

「陸が死んだら悲しむ奴等がいるんだぞ!」

あの由良さんを泣かせてしまった。

鬼の撹乱とか冗談を言いたかったが口がうまく動かない。

そうしているうちに由良さんは涙を乱暴に拭って立ち上がった。

「後で文句を言われようが俺は作倉を連れてくる。それまで死ぬんじゃないぞ!」

由良さんは僕の頭を一撫ですると体力的に辛いだろうに駆け出そうとした。

「くあっ!」

だけどその行く手を遮るように弾き飛ばされた真奈美が地面に投げ出される。

由良さんが弾き飛ばした相手であるファブレを睨み付けた。

「復讐の対象である私を放り出して何処へ行くつもり?あなたの向かう先は私のところよ。」

ファブレは傷1つついた様子もなくかかってこいと挑発する。

由良さんのソルシエールの根源は魔女への復讐心。

その相手に挑発されたら衝動が発動…

「今はお前の相手をしてる暇はないんだよ。明夜、真奈美!俺が戻るまで持ちこたえろよ!」

することもなく戦場を離脱するために走る。

衝動よりも強い意思が由良さんを突き動かしたのだ。

ファブレは走り去る由良さんの背中を呆然と見ていた。

「ふぅ。儘ならないものね。でも、私がそんなわがままを許すと思うの?」

走る無防備な背中にファブレがアダマスを向ける。

「やらせない。」

「ここは通行止めだよ。」

それを妨害しようとした明夜が蘭さんに妨害される。

真奈美もようやく起き上がりかけたところで間に合わない。

「由良、さん…」

僕は間に入って守ることも、声を張り上げて危険を教えることもできない。

由良さんが躓く。

疲れが足に来たのか、バランスを崩した。

「バイバイ、復讐鬼。」

ドウッと人を飲み込むほどに大きな光の束が由良さんに迫る。

由良さんは振り向かず走り続ける。

だけど速度もブリリアントの方が圧倒的に速く、由良さんが光の波に飲み込まれた。


光の余波で灰色の世界が明るく染まる。

「呆気ない最後だったわね。興醒めだわ。」

ファブレの不平だけが耳に届く。

世界は眩しくて、涙が出そうになった。

(この光…)

光が消えていく。

由良さんを連れていった光が消えて…

「暖かい。」

明夜がそう呟いた。

そう、気が付けば灰色の世界に小さなろうそくの灯火のような暖かな光が点っていた。

光源は由良さんがいた方角、全員の視線がそちらへ向かう。

そこには


「大丈夫でしたか、羽佐間先輩?」

「作倉、お前…」


地面に倒れた由良さんを守るようにしっかりと立つ叶さんの姿があった。


そしてその手には暖かな光を放つ短剣が握られていた。



戦場に叶さんが現れたことはファブレにとっても意外な展開だったようで驚いていた。

「あれはシンボル。セイントの力が覚醒したと言うの?」

「羽佐間先輩を守りたいと思ったんです。」

叶さんはファブレを前にしても臆することなく答え、右手に握った叶さんのシンボルを胸に抱いた。

「このシンボル、オリビンはみんなを守りたいと願う私の力の象徴です。」

叶さんがオリビンを天にかざす。

灯火がオリビンに点り、暖かな光が戦場を包み込んだ。

「これはあの時の治癒か?」

「癒しの光です。体力も回復していると思いますがどうですか?」

由良さんが確認するよりも早く明夜が動いた。

これまでの疲れを感じさせないスピードでファブレに斬りかかる。

「元気回復。」

「面倒ね。でもそうでなくては面白くない。」

ギン、ギンと両の刃を縦横無尽に振るい、ファブレにブリリアントを撃たせない。

「私も絶好調だよ。スターダストスピナ!」

流星の一撃もよりいっそう力を増してファブレに迫る。

だがその間に再び蘭さんが割り込む。

「なんでランは回復してないのかな?」

「回復魔法は味方専用だからでしょう。」

「そっか。でも何度やっても…」

再び蘭さんはアイギスを展開したオブシディアンを振り被る。

「ぶっ飛べ、音震波!」

「わっ、しまっ…きゃあ!」

だが盾を構えた反対側から強力な振動波が叩きつけられて蘭さんはきりもみしながら弾き飛ばされた。

「何やってるのよ、カトレア!」

「くらえ!」

「覚悟!」

怒鳴るファブレに向けて真奈美のスターダストスピナと明夜の両刃が一斉に迫る。

「くっ!」

遂にファブレは防御ではなく回避行動を取った。

攻撃をかわしたというのに悔しそうなのは避けさせられたからだろう。

ファブレは明夜たちを睨み付けるとその視線をぐるりと叶さんに向けた。

「私のゲームを邪魔するやつは許さない!」

ブリリアントの光が叶さんに迫る。

叶さんは逃げることなくオリビンをオリビンを振り上げ

「お願い、オリビン!」

光の束を真っ二つに引き裂いた。

「なっ!?」

完全に力で押し負けたファブレが意地になってブリリアントを乱発するが叶さんはそれを拙い斬撃で払っていく。

「作倉!陸がヤバい。魔女は俺たちが相手をするからお前は陸を!」

「わ、わかりました。」

叶さんの返事と同時に由良さんがファブレに音震波を撃つ。

蘭さんが間に入って防ぐが

「邪魔をするな!」

1撃目の波にさらに重ねるように音震波を放つことで威力が爆発的に高まった。

「うわっ!」

「カトレア、邪魔よ!」

飛ばされた蘭さんがファブレにぶつかり攻撃の手が止まる。

戦闘は"Innocent Vision"を優位に混戦となりつつあった。


「陸君!…!?酷い!」

その隙に駆け寄ってきた叶さんは僕の状態を見て息を飲んだがすぐに気を持ち直して僕の横に膝をついて座った。

「叶、さん…」

「大丈夫です。陸君は絶対に助けてみせます。」

力強く頷いた叶さんは僕の傷を見てうわーとかきゃーとか言いながら様子を観察した。

「それでは、いきます。」

「…ちょっと待った。なんで、オリビンを逆手に持ってるのかな?」

それは治療行為というよりは息の根を止めるための行動のよう。

今は叶さんの笑顔が少し怖かった。

「私はオリビンを信じます。だから、陸君も信じてください!」

「わー!」

そうして僕の胸のど真ん中に向けてオリビンが振り下ろされた。


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