表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Innocent Vision  作者: MCFL
175/189

第175話 魔女降臨

自分の体から赤く濡れた手が突き出している。

体の中が熱く、冷たい。

由良さん、蘭さん、真奈美、そして明夜までもが驚き固まっている。

ドクン、ドクン

心臓が脈打つ度に腹から血が流れ出ていく。

「海…なんで…」

僕は怒りよりもただ悲しくて首を後ろに向ける。

結局海は魔女の手先で、今までのはすべて演技だったということか。

策が上手くいきほくそ笑んでいるのか。

それを見たくない自分を押し込めて敵の姿を見る。


海は…僕と同じ顔をしていた。

双子だからではない。

顔面を蒼白にし、何が起こったのか理解できない顔で自分の体を見ていた。

僕も視線を落とす。


そこには、海の体を突き破って現れた細くて白い腕が僕の体と繋がっていた。

「………え?」

僕を貫くくらいに伸ばされているので海から出ている腕は肩まで見えている。

だが、海の後ろから貫いたのなら細い傷口から肩だけ出てくるのはおかしい。


これではまるで、海の中から出てこようとしているみたいではないか。


「くくく、はははは!」

突然笑い声が響いた。

聞き覚えのある声。

…聞きたくなかった声。

それが、海の腹から聞こえる。

「く…あ…」

海の顔がいっそう青ざめる。

突き刺さったままの腕から伝わる振動は、海の中から何かが出ようとしているのだと告げていた。

「お兄ちゃん…ごめんね…」

「海っ!?ぐあっ!」

海の弱々しい腕が僕を突き飛ばした。

バランスを崩して腹から腕が抜ける。

痛みに意識を持っていかれて受け身も取れないまま地面に倒れた。

「陸!」

「半場、しっかりしろ!」

「傷が、深い。」

由良さんたちが我を取り戻して駆け寄ってきた。

僕は気を失いそうになるのを気持ちで繋ぎ止めて海の姿が見えるように転がる。

見えたのは生気を失い、不安定な格好のまま立ち尽くす海の姿だった。

それは人というよりは枯れ木のようで怖い。

その中から出た腕が徐々に外へと這い出してくる。

「海、余計なことをしてくれたわね。まあ、いいわ。」

ズボッ

さらにもう片方の腕が出てきて体に開いた傷が広がる。

せめてもの救いは海がすでに人間ではなくデーモンで、噴き出してきたのが血ではなく黒い煙だったことだ。

両腕は海の体に突っ張ってミチミチと肉や骨を軋ませながら中から出てこようとしている。

「あ…あ…」

海の体が黒い煙へと変わっていく。

中から現れる者が海を喰っているのだ。

「う…」

呼ぶ声よりも早く、あっさりと海だったものは黒い煙となった。


僕たちの前に漂う黒く濃い煙。

その向こうに気配がある。

「とうとうこの時が来たわ。今この瞬間をどれほど待ち望んだことか。」

その声は不機嫌であり、上機嫌だった。

ピリピリと空気が刺すように張り詰めている。

血が足りないのか、はたまた目の前に現れた存在に対する恐怖か喉がからからに渇れている。

煙が晴れていく。

黒い煙の向こうにあるのは白い髪と白いワンピースを着た赤目の少女。

何度も遭遇し、一度も会ったことのない…"Innocent Vision"の、僕の敵。

少女は勝ち気な笑みを浮かべて髪を払った。


「初めまして、Innocent Vision。魔女ファブレが直々に受け取りに来たわよ。」


暗き世界に現れた白き少女は、絶望の色をしているように見えた。




撫子たちは戦いの気配を察知して陸の家の方角を目指していた。

「まったく何なんですの?目覚めてみれば世界は赤くありませんしジェムもデーモンもいませんし、"Innocent Vision"もいない。」

撫子たちは由良の超音振を受けてからずっと気を失っていて放置されていたヘレナを回収したのだが目覚めて以来ずっと愚痴ってばかりだった。

葵衣に肩を借りている緑里が顔をしかめてヘレナを睨む。

「途中から気を失って何にも出来なかったのが悔しいのは分かりましたから少し静かにしてくださいよ。」

「そんなボロボロの襤褸雑巾みたいになったミドリに文句を言われる筋合いはありませんわ!なんですの、その格好は。ストリップですの?」

何も知らないがゆえのヘレナの疑問に緑里はカッと顔を赤らめた。

緑里は毘沙門を使うために自分が普段身に付けていて力の宿った布としてスカート丈や袖、その後追加で服の丈まで詰めたので今は非常に短いスカートでおへそ丸出しのノンスリーブみたいな格好だった。

「これは!名誉の負傷というか…なんというか。」

撫子と葵衣を守るための全力とはいえ改めて自分の格好を思い返してみると急に恥ずかしくなって緑里は尻すぼみになっていった。

「姉さんを侮辱するのならたとえヘレナ様であっても看過しかねます。」

「?随分と仲がよろしいみたいですが何かありまして?」

向けられる殺気に口の端をひくつかせつつヘレナは疑問に思ったことを口にした。

これまでは双子の姉妹ではあっても必要以上に近づかないようにしているというか、どこか互いに遠慮しているように感じられていた。

それが今は普通の仲の良い姉妹に見える。

「そ、そうかな?」

緑里は照れ臭そうにしながらも嬉しそうに、

「…」

葵衣は緑里に自分の力を隠していた負い目からわずかに目を逸らした。

すべてばれてしまい、互いに大切に思い合っていることを知ったからこそ今の関係になったのである。

「まあ、いいですわ。それよりも反旗を翻したというミホはどこに行きまして?」

「コランダムの中にいますよ。ご一緒にいかがですか?」

フフフと笑いながら青い宝石を見せる悠莉。

中身は見えないが間違いなくその中では美保に精神的な苦痛が与えられているはずだ。

「結構ですわ。」

ヘレナは即答で拒否した。

何だかんだで騒がしいヘレナには関わらず八重花は前を見て走り続ける。

「先ほどから飛び交っていた光。あれが葵衣の言っていた敵なのでしょうか?」

「発信源はりくの家の方角で"Innocent Vision"にその力を使うソーサリスがいない以上敵なんじゃないですか?」

撫子と八重花は周囲を見渡す。

家屋の一部、あるいはその土地にあったものすべてが消しゴムをかけたように消えている。

家の断面図はなかなかシュールだしバランスを崩して倒壊する家屋もある。

「これほどの力を有する敵に対して満身創痍の"Innocent Vision"は対抗できるのでしょうか?」

直接戦った撫子は互いに全力だったことをよく知っていた。

その上でのさらなる強敵の出現。

"Innocent Vision"が敗れ去ったあとに控える身としては戦力を削ってもらいたいという願いがあり、撫子個人としては心配していた。

「りくは負けません。もしもりくが傷を負うようなことがあれば私は…傷つけた相手と"Innocent Vision"を許さない。」

「…東條さんに尋ねたわたくしが間違っていました。」

だけど八重花は傷つく可能性を否定しなかった。

それは予感していたのかもしれない。

今はまだ戦場は遠く、更地となった土地をヴァルキリーは進んでいた。

終焉の地へと。



僕たちの運命を弄び、数々の悲劇と殺戮を企てた張本人が遂に姿を現した。

「魔女…ファブレ…」

「海は随分とお喋りな子だったわね。自己紹介くらいはするつもりだったのに。」

不満げな口調とは裏腹に表情の笑みは消えない。

腰に手を当てて長い髪を鋤く姿は絶対の自信を窺わせる。

「ようやく、会えたな。」

由良さんがゆっくりと立ち上がって玻璃を強く握った。

ファブレは今気付いたかのように由良さんに目を向けた。

「また会ったわね、復讐鬼。てっきりあのまま壊れて怪物に成り果てると思っていたのだけれど、存外に人間だったようね。」

ファブレは小馬鹿にした様子で由良さんを見下す。

「黙れ。俺は俺のままお前を倒す!」

「ダメだよ…由良さん。」

また復讐心にとりつかれて暴走させるわけにはいかない。

声が出たのかもわからないほど弱かったが由良さんは踏み出そうとした足を止めていた。

「俺は俺だって言っただろ。俺は"Innocent Vision"の羽佐間由良、仲間を守るために魔女を倒す。」

振り返った由良さんは惚れ惚れするほどに凛々しくてかっこよかった。

笑みを作ろうとして

「げほっ!」

咳き込んだ拍子に口から血が出た。

抱えてくれている真奈美の体温がとても心地よくて意識がぼやける。

「半場、しっかりするんだ!」

「陸。」

明夜が僕の手を握ってくれている。

その感覚を頼りに意識を繋ぎ止めた。

「どうやらのんびりとやってる暇はないみたいなんでな、初めから全力だ!」

由良さんが玻璃を横薙ぎに振るうとギギギと玻璃が高速で振動を始めた。

周囲の空間まで震わせて由良さんの闘気が高まっていく。

「無茶をするのね。あの時の暴走ですでに身体中ずたぼろでしょうに。」

「念願の戦いの時だ。限界くらい超えてやるよ!」

由良さんの思いに答えるように玻璃がさらに振動を増す。

転がっていた小石が高速で振動することに耐えられず弾けていく。

由良さんは口の端から血を流しながら切っ先をファブレに向けて突きの構えを取った。

「喰らいやがれ、魔女!激震波!」

音震波を超える強烈な破壊力を宿した振動波はまっすぐにファブレへと向かっていく。

だが魔女は腕組みしたまま立っていて避ける気配はなかった。

「…来なさい。」

ファブレの口が何かを呟く。

すでに不可避の領域にまで飛んできた攻撃を前にしても不安や恐れは微塵もない。

「行け!」

渾身の一撃にあらゆる感情を織り混ぜた由良さんが叫ぶ。

振動波が空間を歪ませるほどに震えながら飛び


「…アイギス。」


ファブレに到達する直前、暴風は光の盾に阻まれて空中に散っていった。

由良さんは撃ち終えた体勢のまま驚愕の表情を浮かべ、全力の代償でガクリと膝をついた。

それでも泣く子も黙る強烈な視線は前だけを見ている。

「どういうつもりだ?」

「…」

「答えろ、蘭!」

魔女を守り、俯いて立っていたのは"Innocent Vision"の仲間だったはずの蘭さんだった。



「嘘でしょ?蘭ちゃん先輩が?」

「でも、蘭ちゃんは邪魔をした。」

動揺する真奈美と表面上は冷静に見える明夜。

だけど明夜の手は微かに震えていた。

満足に握り返せない自分が不甲斐ない。

「何とか言えよ、蘭!」

由良さんが玻璃を杖代わりに立ち上がって必死に呼び掛ける。

いつも飄々としていて享楽家の蘭さんと意外と真面目な由良さんは事ある毎に喧嘩していた。

だけど言い争ってる時の2人は楽しそうで、仲がいいと思っていた。

だからこそ由良さんは問いかけているのだろう。

蘭さんが裏切ったんじゃないと信じたいから。

「煩いわね。仕方がないから口を開くことを許可してあげるわ。カトレア。」

「はい、ファブレ様。」

だが、由良さんの願いはその一言で崩れ去った。

ファブレの許可を得て初めて口を開いたこと、そして魔女をファブレ様と呼んだこと。

「仕方がないから由良ちゃんに教えてあげるよ。」

「…うるせえよ。」

すでに答えはわかっている。

由良さんは顔を背けて悪態をつくが蘭さんは構わず

「ランは魔女ファブレ様がこの世界を見て感じるために生み出された『目』なんだよ。」

自らの正体を明かした。

由良さんが両手で玻璃を掴んだままガクリと頭を落とした。

蘭さんの目が僕を見てわずかに哀しげに細められた。

「ごめんね、りっくん。実はラン、もう1つだけおっきな秘密を隠してたんだ。」

あの日、夜の屋上で化け物を内に秘めていると話してくれた蘭さん。

きっとその化け物は蘭さんの中にいるものではなくファブレの意思だったのではないか。

「…やっと、わかったよ。」

「何が?」

「蘭さんが時々、寂しそうに笑ってた訳。」

「…りっくんの女たらし。」

蘭さんは小さく笑った。

だけどその表情もすぐに無くなる。

それは初めて出会った頃に見た冷酷な蘭さんを思い出させた。

「カトレアも随分と勝手をしてくれたけど最後に役に立ったから許してあげるわ。」

蘭さんは尊大な物言いのファブレに異を唱えることもなく頭を下げた。

造物主を敬まわければならないように蘭さんはファブレに従うしかないのだろう。

「あとはInnocent Visionを手に入れるだけね。その前にカトレア、邪魔者を排除なさい。」

「その体の慣らしの為にもファブレ様が動かれるのがいいと思う。」

そうかと思えばしっかり意見は言うし

「それもそうね。」

ファブレもそれに従うし。

2人の関係性はよく分からない。

今、分かっていることは最悪の敵が僕たちの前に現れたという事実だけだ。

ファブレが一歩歩み寄ってくると由良さん、明夜、真奈美が戦闘態勢に入った。

3人のソーサリスを前にしてもファブレの笑みは微塵も揺らがない。


「さあ、見ていなさい、Innocent Vision。仲間の最後の瞬間をね。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ