第174話 ブリリアントな滅びの光
「残念だけど一緒に行く気はないよ。」
僕は海の誘いを即答で断った。
いかに海に言われたからと言っても僕を信頼してくれた仲間たちを裏切ることなんてできない。
「そういうと思ったよ。」
海は別段残念そうではない。
「だけど、私がこのまま素直に帰るなんて、思ってないよね?」
にっこりと、それでいて底冷えのする笑顔を浮かべる我が妹。
それは逆らえば海原に見せたあの力で実力行使をするという脅迫だった。
「このまま戦いを始めると家が壊れるけど?」
「お兄ちゃんは大物だね。狙われてるのが分かってるのに家の心配をするなんて。」
「だって、帰ってきたときにパソコンが無くなってたら嫌だからね。」
「…」
海だけでなく由良さんたちまで冷たい目を僕に向けてきた。
一応連れていかれる気はない、戦いに勝って帰ってくる、そんな意味合いで言ったのだが伝わらなかったようだ。
日本語は難しい。
「…お兄ちゃんはやっぱり私よりもパソコンを取るんだね。」
海がいじけた。
そういう訳ではなかったが弁解したところで一緒に行く選択はないのでそのままにした。
「とにかく外に出るよ。こんなところじゃまともに戦えない。」
僕は真奈美に肩を貸しながら玄関に向かう。
明夜と由良さんは海を牽制していたが海が背中から攻撃してくる様子はなかった。
「スピネル!」
玄関を出ると同時に真奈美はセイバーを発動、
「掴まって、半場!」
僕を抱えて跳んだ。
蘭さんに続き、明夜と由良さんが飛び出してきた直後、
ドウッ
我が家の入り口が発射口だったように乱反射する白色の光が飛び出し、正面にあった家、さらにはその先にあった家屋までをも飲み込んでいった。
その威力はフルチャージしたコロナに勝るとも劣らない。
光が過ぎ去った後には更地しか残っていなかった。
そのあまりにも強大な威力の傷痕から視線を戻すと海が家からゆっくりと出てくるところだった。
「お兄ちゃんのお願いだから家は壊さないようにするけど他は気にしないよ。お兄ちゃんは連れていくしそれを邪魔する人にも遠慮しない。でも、みんなお兄ちゃんの友達だから出来るだけ殺さないようにするね。」
海は海のまま怖いことを言う。
「お兄ちゃんは海をそんな風に育てた覚えはないぞ。」
「残念。私もないよ。お兄ちゃんに育てられていたら私はもっといい子でいられたかもね。」
海が悲しげな笑みを浮かべる。
だがそれもすぐに強気な笑みに掻き消され
「さあ、"Innocent Vision"のみんな。お兄ちゃんを懸けて勝負だよ。」
戦いの狼煙として海の手から光が放たれた。
コロナの圧倒的な熱量による攻撃とは異なる触れたものを消滅させる光の波動は我が家以外を瞬く間に蹂躙していった。
海は僕を攻撃する気がないので"Innocent Vision"全員で戦闘に参戦しているが苦戦している。
「ちっ、超音壁が外側からガリガリ削られる。一瞬防ぐので精一杯か。」
疲労が蓄積している体で由良さんは駆け回るが万全の状態に比べるとかなり動きや攻撃に精彩を欠いている。
それでも隙を見て音震波を放つ。
「効かないよ。」
海は正面から迫る振動波に対して避けるでも防ぐでもなく突き出した手で受け止めた。
「半場の妹に手を上げるのは気が引けるけど、半場を連れていかせるわけにはいかないからね。」
真奈美は地面スレスレを滑るように接近して真下からの斬撃を繰り出した。
「口の割に本気で…」
音震波を受け止めるために出していた腕を引っ込めながら軽く身をひねって回避する海は振り抜かれたスピネルの隙をついて反撃しようと苦笑を浮かべた。
だが眼前で高々と振り上げられた足が頂点でピタリと止まっていて、軸足が地面を捕らえているのに気付いて海は表情を凍らせた。
「本気も本気!ガンマスピナ!」
光の軌跡を描く踵落としに対し、海は真奈美の軸足に向かって光の波動を放つことで迎え撃った。
「わっ!?」
右足の消滅の危機に真奈美は右足で飛び上がる。
左足は下に向かっているため真奈美の体は腰を中心に前転するように回った。
ここで体勢を崩せば海の前に決死の隙を晒すことになる。
「ッ!スピナ!」
だが真奈美はスピネルを使った戦いで体の軸がずれるようなアクロバティックな動きに慣れていた。
前に向かって倒れる体をさらに左足の刃で地面を強く蹴って上体を縮こまらせた。
推力を回転エネルギーに転化したことで真奈美はさらにもう一撃、回転力を上増しした踵落としに行き着いた。
「うそ!?」
「デルタスピナ!」
完全に体勢を崩して追撃しようとしていた海は真奈美の予想外の反撃を受けて次の攻撃に備えるなんて考えも及ばないまま大きく跳躍して真奈美の前から退いた。
デルタスピナは光の刃となり真奈美を中心に前後5メートルほどの裂傷を大地に刻み付けた。
海は後ろ跳びで着地する前に冷や汗を流す。
「シンボルの力を引き継いだ魔剣が相手だとさすがに分が悪いね。」
トンッ
咄嗟に跳んだ割には華麗に着地を決めた海が髪を鋤くよりも速く左右からギロチンのように刃が接近してきていた。
「!?」
光の波動を使う暇さえ与えられていない状況で海は屈伸による回避では間に合わないと即座に判断し、迷うことなく地面を蹴って体を大地に投げ出した。
ガギンと同じ形をした刃がぶつかり合い、次の瞬間にはその刃が同じ側に構えられていた。
明夜がアフロディーテをオニキスに戻したのだ。
海は辛うじて受け身を取ったがすでに眼前には地面に縫い付けようと迫る明夜の刃が迫っている。
「ブリリアント!」
海は受け身でついた手から光の波動を放って自分の寝転がった地面に穴を穿った。
明夜の刃が届くよりも速く海の体が穴の中に落ちていく。
明夜は追撃しようと覗き込んだが底の見えない穴の中からブリリアントが飛び出してきたため慌てて退避した。
海は穴から這い出して服の埃を払う。
表情は不満げだ。
「ここまでの戦いでかなり消耗してるはずなのに私が追い詰められるなんて。」
その視線が"Innocent Vision"の戦士たちに向き
「あくまで抵抗するんだね、お兄ちゃん。」
僕は押さえていた左目から手を離した。
朱色の輝きの世界から普通の色を取り戻していく。
「ふぅ。」
戦場全体を把握して各自の動くべき先を指示する戦略は疲れる。
だがそれをもってしても詰めきれなかった。
「何なんだ、あいつは?普通じゃないぞ?」
「手からビームが出てるね。」
「ソルシエールが見えない。」
「戦闘中の機転の早さは半場に通じる所があるね。」
皆が言う通り海は強い。
そして何より謎なのは海がソルシエールを使わずにグラマリーを使っていることだ。
これまでたくさんのソーサリスやジュエルを見てきたがグラマリーの発現には媒体であるソルシエールが必要だった。
海の放つ光の波動、ブリリアントもグラマリーであることは間違いない。
「武器としての形状をしていないのか、もしくはエネルギー回収のために別のどこかにあって海はそのエネルギーを使ってグラマリーを撃っているのか。」
ソルシエールが武器だと言うのは固定観念かもしれない。
ただ、戦う意思や殺意の具現という役割から考えると殺傷能力のある形状の方がしっくり来る。
海のソルシエールの正体を掴めないまま考える暇もなく海が動いた。
「ヴァルキリーが集まってくると少し面倒だから早く終わらせるよ。」
海は離れた場所で左手を前に突き出すと蘭さんと真奈美に向けてブリリアントを発射した。
2人は大きく跳んで回避し光を挟んだ向こう側に行った。
さらに右手も構えた海の手からもう一条の光が飛び出して今度は由良さんと明夜に向かった。
「これは!」
気付いたときには僕は両側を光の壁に挟まれた状態で孤立していた。
唐突な攻撃でInnocent Visionを使わせる隙を与えず、絶妙な攻撃で皆が外側に飛び出すように誘導して僕を仲間から遠ざけた。
海の目的は戦闘での勝利ではなく僕を手に入れること。
圧倒的な強さを見せられてそのことを失念していた。
「ブリリアントが消えるまであと5秒。でもそれよりも早くお兄ちゃんを!」
海が駆けてくる。
距離は50メートルくらいあるがデーモンの力を持ち、さらにソルシエールを使う海なら光が消える前に僕に到達してしまう。
(ブリリアントは使わないだろうけど、まさか腹パンチ!?)
交差際にパンチでノックダウン、担いで連行はありそうだ。
こんなことなら筋トレして腹筋を鍛えておくんだった。
「い、Innocent Vision!」
「遅いよ!」
Innocent Visionはリアルタイムに未来を見るから海が接近するまでの数秒で対策をこうじるのは難しい。
(せめて攻撃の軌道を見極める!)
そうして見た数秒先の未来で
右手に刃を付けた甲冑の背中が今目の前にある。
ガギン
その光景が現実になる。
「アフロディーテ!?明夜?」
「本人はいない。いったいどうやって?」
割り込んできたアフロディーテに海はブリリアントを撃つべく手のひらを向けたがその後ろに僕がいるのを見て攻撃をためらった。
そうしているうちにタイムアップ、待ち構えていた4人がなだれ込んできて海は最初の位置にまで後退した。
明夜はアフロディーテを戻しながら僕の隣に立つ。
「さっきのは瞬間移動?」
「違う。陸がいた近くにオニキスを投げて飛んでる間にアフロディーテにした。」
槍投げの要領で投げたのなら明夜の投擲はかなりの熟練度にある。
しかも失敗すればブリリアントにオニキスが晒されて最悪ソルシエール消滅も考えられたのだからすごい度胸だ。
ますます謎だらけになった明夜だった。
「それだけの力があるのにせこい真似しやがって。」
「一応急いでるからね。それでも殺さないように戦うのはなかなか難しいね。殺していい?」
海が平然と殺すということが悲しい。
確かにあれだけの威力を持つ攻撃を殺さないように使うのはなかなか大変だろう。
言うなれば人を爆殺できるバズーカ砲で器用に手足だけを狙って行動不能にさせようとするようなものだから。
「駄目だよ、海。」
「お兄ちゃんなら仲間じゃなくて私のためにそう言うと思ったよ。」
見透かされているが本心だから仕方がない。
たとえデーモンだろうと意識が海のものならば人殺しなんてさせられない。
「相変わらず甘いな、陸。ようやく魔女に繋がる手がかりが現れたんだ。俺は本気で行くぞ。」
「そんなボロボロで私を倒せる?」
由良さんの意思は本気だろうが海の言う通り今の由良さんに戦う力はほとんど残っていない。
「問題ない。お前はもう攻撃できないからだ。」
「?どうして?」
嫌な予感がした。
危機回避能力が撤退を勧告してきたが体が動くよりも早く由良さんに首筋を掴まれた。
「おまえ専用の無敵の盾があるからだ。」
『羽佐間由良は陸の盾を装備した』
「由良さん、それは悪役の戦い方だよ!」
猫掴みされながら抗議するが由良さんはクククと悪の女幹部的な笑いを漏らしていて止める気は無いようだった。
「お兄ちゃんが自分の体を盾にしてくることは予想してたけどまさか最初から盾として使うつもりだなんて。…お兄ちゃん、悪いことは言わないから私と一緒に行こう?」
「…それがいいかもね。」
「わー、りっくんがいろいろ諦めちゃってる!由良ちゃんストップ!」
心が傾きかけたところで蘭さんが割って入ってきた。
「半場、大丈夫だ。由良先輩が本気でやろうとしたら…あたしたちは他人のふりをしよう。」
「ちょっと待て、おまえら!」
真奈美がわりと由良さんを酷い扱いしているが自業自得だ。
明夜も心なし由良さんから距離を取っているように見える。
四面楚歌、孤立無援になった由良さんは歯噛みして海を睨み付けた。
「仲間割れを誘うとは姑息だな。」
「…うん。それでいいよ、可哀想だから。」
「うがーー!!」
敵にまで憐れまれて由良さんは地団駄を踏んだ。
本気で仲間割れに発展する前に
「隙あり!」
海が出力を絞ったブリリアントを撃ち込んできた。
フォローするのを防いで仲間割れさせたままにするつもりか。
ギリギリかわせるような攻撃はわざと反撃をしやすくして戦士としての意識を高めさせるための罠だ。
4人は一斉に海に向かっていく。
消滅の光が飛び交い、得物が空を切る音が響き、衝撃波が空気を震える。
だが殺さずに戦う海は徐々に攻撃手段を制限されていく。
ソルシエールを現さないため防御が出来ない海は回避するしかないが逃げられる範囲が減れば行動は読まれやすくなる。
「ランちゃん、ノックバック!」
「くあぁ!」
そして遂に蘭さんの盾による裏拳が海を弾き飛ばした。
ふらつきながら起き上がる海に4人が近づいていく。
これで終わり。
これで…
「どけ、陸。」
僕は無言で両手を広げる。
背後にいる海が驚いているのがわかるし、"Innocent Vision"の皆が怒りとも哀しみとも取れる顔をしているのが見える。
「これ以上、海を傷つけないで。」
「お兄ちゃん…」
由良さんがギリと歯を剥き出しにして怒る。
「それが魔女の作戦だと言ったのは陸だろ!」
「それでも!…それでも僕は、今度こそ海を助けたい。」
そんなこと分かっている。
分かっていても…無理だった。
「バカだね、お兄ちゃん。」
海が呆れたような、それでいて嬉しそうな声で呟いた。
確かにバカだろう。
だけどそれで海が笑ってくれるならそれでいい。
"Innocent Vision"の皆から戦意が失われていく。
海とは話し合い、あわよくば協力して魔女に対抗できるはずだ。
「お兄…ちゃ…」
海が苦しげに呟き
ゾブリ
僕の腹を真っ白な手が貫いた。