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Innocent Vision  作者: MCFL
173/189

第173話 見つかった探し物

「いつまで前振りは続くんだ?」

由良さんが痺れを切らしたように口を挟んだ。

お茶はすっかり冷めていたので新しく淹れ直すために立ち上がる。

「私のことを知ってもらう意味でもバックグラウンドはしっかり伝えておかないといけないと思ったからね。そろそろ運命の時だよ。」

僕たちの認識ではそれは海が死ぬ時なのだが当人に怯える様子はない。

壊れてしまったのか、あるいは何か別の理由があるのか。

続きを聞けばわかることだ。

僕は聞きながら減っていたお茶を淹れるために席を立った。

「半場の妹がブラコンなのはわかったよ。」

真奈美の突拍子もない意見に危うく急須を放り投げそうになってしまった。

お湯を入れた状態だったから危なかった。

「真奈美、それは違う…」

「当時はそんな意識はなかったんだけど、うん、今はお兄ちゃんをすごく意識してる。」

冗談と笑うよりも先に海の真剣な声が空間に響く。

「……はい?」

僕はプチフリーズした。

だって今の海の言葉の響きはとても"兄"として、には聞こえなかったから。

倫理観とか常識とかが頭の中をヒュンヒュン飛び交っていく。

そして海に対する"Innocent Vision"の警戒度がうなぎ上りに増加していた。

そんな針のむしろの中であっても海は動じた様子もなくパンパンと手を叩いた。

「とにかく、私はお兄ちゃんに料理を作るために買い物に行ったの。」


------------------------------------


作るのはオムライスとハンバーグ。

今の好みは分からなくても昔好きだったものを嫌いになってはいないと思ったからだ。

向かった先はスーパーマーケット、買い物かごを片手にもう片方の手で携帯とにらめっこ。

「ええと、ハンバーグの材料は…」

通信時代の現代、レシピなんてネットで調べればちょちょいのちょい。

オムライスは卵にケチャップにオイスターソース?、ハンバーグは合挽き肉とか隠し味に粉チーズとかガーリックパウダーとか。

「レシピ通りに作ればきっとうまくできるはず。」

そう言いつつもお母さんに教わったレシピで料理したときに起こった半場家集団毒殺未遂事件はトラウマとしてこびりついている。

あの時はお兄ちゃんも機嫌がよかったのか食べてくれて…それから一週間顔を合わせてくれなかった。

仲直りのために作る以上、少なくとも食べられるレベルまでランクをあげないといけない。

「仲違いを発端に毒殺を謀ったなんて思われたら…二度と口聞いてくれなくなるかも。」

ブルブルと頭を振っていろんな意味で怖い想像を打ち消す。

不安になることはない。

要は美味しいものを作ればいいのだ。

「ピポパ…ユッキー、美味しい料理の作り方教えて!」

私は恥も外聞もかなぐり捨てて、ついでに友人たちの話題のネタになるのも覚悟して料理上手の友人にアドバイスをもらった。

話を聞いている限りでは簡単そうで、電話が終わる頃にはすっかり出来る子の意識に変わっていた。

「待っててね、お兄ちゃん。」

逸る気持ちを足並みに移し、私は家路を急ぐ。


この時、目の前を横切った黒猫が死神の使いだなんて気付くわけもなく。



私は商店街の外れの細い路地の前で足を止めた。

時間帯としては夕飯の買い物時より少し遅くなってしまった時刻で人通りは少ない。

家に帰るためには脇道は蛇足で、目的の為には一刻も早く帰るべきだ。

私が一度の挑戦で美味しいものを作れる保証なんてないのだから。

だけど私は影が縫い付けられたようにその場から動けない。

ドクンと脈打つ鼓動が妙に耳を叩く。

「…誰…?」

誰かに呼ばれた気がした。

だけど路地の先は薄暗い外灯が点々と灯るだけの暗い道で人影はない。

「また…」

名前ではない、私という存在、魂が呼ばれた気がして足が自然に路地の方へ向いた。

呼び声の主の姿は見えない。

それでも声は私を奥へと誘う。

おいで…こっちへおいでと…

商店街の裏はすぐに住宅が立ち並ぶ細い道だった。

道を作る家屋の壁はまるで闇に溶けるようにどこまでも続いているように見えた。

ゴリッ

「…何の音…」

今まで微かな呼び声だけが聞こえていた私の耳に別の異音が混ざった。

周囲の闇がその濃度を増したように感じ、照らしていたはずの街灯の光は一寸先さえ見せてはくれなくなった。

ゴリュ、ゴキュ

その音は深い闇の向こうから聞こえてきた。

固いものと柔らかいものを磨り潰しているような不思議な音。

聞いているだけで不快な気分になる。

「変な、臭い。」

さらに闇が濃くなった頃から変な臭いが強く感じられるようになっていた。

どこかで嗅いだ臭いだと首を捻って記憶をたどると鼻をぶつけて鼻血が出たときに感じた血の臭いと同じだと気付いた。

モキュ、モキュ、ゴリッ

「…血…?」

その単語が頭に張り付くと背筋が震えた。

手に持っていた食材の入ったポリ袋がカサカサと音を立てる。

手が震えていた。

ガリッ…

何かが砕ける音がして急に静かになった。

それでも這い寄る不安感は私の足元から這い寄ってくる。

カサカサと鳴る袋が耳障りだ。

自分の呼吸も、早鐘を張らすように早く動く心臓の音ですら止まってほしい。

だって、誰かに聞かれてしまうから。

カチカチと歯の根がぶつかって音を立てる。

(止まってよ!)

聞こえてしまうと考えれば考えるほど鼓動は早くなり手の震えは大きくなる。

震える指先を止めようとして動かした瞬間、引っ掛かっていたポリ袋が手から滑り落ちた。

ガサリ

大きな音を立てて袋が地面に落ちる様を私は見送った。

闇が私に気付いた。

闇だと思っていたものがゆっくりと振り向く。

それは闇色をした3メートルほどの巨大な化け物だった。

その口に当たる部分からゴリッ、ゴリュと何かを咀嚼する音がして、口の端からは赤い何かが黒い糸の束を伝って滴り落ちていた。

化け物の朱色の瞳が私を捉えた。

「ひ、いやああああ!」

私は悲鳴を上げながら逃げ出した。

(あれは何?犬?熊?)

既存の生物にあんなものはいない。

それでもそう納得させなければ動けなくなってしまう。

「はあ、はあ!」

私は商店街に向かって全力で走る。

人がいれば助けを呼べるし化け物も警戒するはずだ。

「はあ、はあ!」

だけど、そんなに距離を歩いたわけではなかったはずなのに全力で走っても一向に路地に入ってきた商店街に出ない。

それどころか周囲の家屋は張りぼてのようでまるで人の気配がしない。

普通じゃないという恐怖が私の心に絶望の影を落とす。

「で、電話!」

私は思い出した。

今は通信時代。

どこにいたって電話で助けを呼べる。

震える手で携帯を取り出し、懇願する思いでかけた先は

(助けて、お兄ちゃん!)

警察でも両親でも友達でもなく、お兄ちゃんだった。


------------------------------------


「…。」

僕は返す言葉をなくして目を落とす。

意地を張って出なかった電話の向こうではそんな恐怖があったなんて。

「あんな不思議な場所だったからてっきり電話は繋がらなかったんだと思ってたけど…お兄ちゃんが出てくれなかっただけだったんだ。」

悲しそうな海の声が僕の心を抉る。

「そして助けが来ないと分かってしまった私は足を止めて化け物に追い付かれて…パクッと飲み込まれたので終わり。」

海はおしまいとばかりに両手をテーブルの上に伏せた。

(僕が電話に出ていれば海は絶望することなく、助かったかも知れないのか。)

真実を知ったことで何倍もの後悔が押し寄せてきた。

あの時電話を取っていれば、あの時喧嘩なんかしなければ、僕がひきこもっていなければ。

考えても詮無いことが頭に浮かんでは消えていく。

僕は海の顔をまともに見られず湯呑をじっと見つめていた。

「それなら、あなたは誰?」

不意に今まで黙っていた明夜が疑問を投げ掛けた。

僕は俯かせていた顔を上げる。

「確かに。襲ってきたのがジェムなら半場の妹は食べられた訳で、そうなると今目の前にいるのはおかしいね。」

「空から落ちてきた時点でおかしかったんだけどね。」

「そろそろ正体を明かしたらどうだ?」

"Innocent Vision"の皆は明夜の一言を皮切りに疑問を投げ掛け警戒心を高めていく。

恐らくは皆も気付いていたのだろう。

ただ、僕の妹だという認識で目をそらしてきただけで。

海は驚いた様子もなく頷いて自分の胸を叩いた。

「私は半場海。この心は間違いなく本物だけど、今の体は魔女ファブレによって作られた仮初めのもので、あなたたちがデーモンと呼ぶ存在だよ。」


気付いていたはずなのに改めて言われるとショックが大きかった。

目の前にいるのは海であって海ではない、"化け物"なのだと。

皆も神妙な顔で海の言葉を反芻しているようだった。

「…魔女、ファブレ。」

「魔女魔女と呼んでたがちゃんと名前があったんだな。」

「あたしは魔女にはあったことないからわからないな。」

だが皆が興味を持ったのは海ではなく魔女の名前の方だった。

「あれぇ?私より魔女の方に興味津々?」

当てが外れたのか海がネタを滑った芸人が弁解するような声を出した。

本当に緊張感が足りていないが今の"Innocent Vision"はいろんな意味で緊張感に満ち溢れている。

「デーモンと同じくらいヤバい気配を出してる時点でそうだろうとは思ってた。」

「それじゃあ、恥を忍んで昔を語ったのは無駄じゃない。もう。」

拗ねる海を見ながら由良さんがなぜか呆れたように僕を指差した。

「お前のお兄ちゃんの願いだ。不満か?」

「…。ううん、全然。」

驚いた後、海は笑顔を浮かべながら首を横に振った。

こうして見ていると本当に海が戻ってきたように思えてしまう。

だけど違うのだ。

魔女が僕を喜ばせるために海を送り出したわけがないのだから。

むしろその逆、僕を苦しめるための手札を開けたと見るべきだ。

「あの時の事は謝って済むことじゃないけど謝らせてほしい。ごめん、海。」

「いいよ。お兄ちゃんのせいだなんて思ってないから。」

海は優しい声で僕を許してくれる。

ダメな兄を叱り、許してくれた双子の妹が帰ってきてくれたことは嬉しい。

でも僕はそれに甘えることは出来ないんだ。

「ありがとう。それで、海は何の目的で僕の前に現れたんだ?」

海が偽者であり、本物であるとわかったからこその核心に至る質問。

親族を使って動揺を誘い僕に何をさせようというのか。

海はなんとも言えない感情のこもった瞳で僕を見る。

「ファブレの探し物を回収しに。お兄ちゃん、魔女とのラストゲームの答えは見つかった?」

「…。」

ここで来たかと内心舌打ちをする気分だった。

僕が魔女とInnocent Visionを通じて会話やゲームをしていたことは誰にも言っていない。

その事実は解釈によっては"Innocent Vision"への裏切りとも取れる行為となる。

「どういうことだ、陸?」

「半場。」

現に由良さんが怖い目を向けてくるし真奈美は不安げだ。

「…。」

僕がどう説明しようか迷っていると海が仕方がないというような顔をして口を開いた。

「お兄ちゃんはInnocent Visionの力でファブレと何度も会っていたんだよね?そして今回のラストゲームは魔女の探し物を先に見つけ出すこと。」

海の言葉は真実であるからこそ僕は何も言えない。

「夜に散歩とか言って抜け出したのはそのゲームだったわけか。」

「ランはまんまと騙されたんだね。」

真っ先に口を開いた蘭さんはそう言いながら笑ってる。

少なくとも不審がっている様子がないのは信頼されているのか、あるいは知っていたのか。

だけどいつもと変わらない様子の蘭さんのおかげで少し気が楽になった。

「魔女と交信していたことに関して弁解はないけど僕は僕の意思で行動してきた。魔女の指示で動いたことは一度もないよ。」

僕の思いを皆に伝えて答えを待つ。

ここで僕が皆に見限られれば戦う力を失った僕は魔女やヴァルキリーに屈することになる。

海はそれ以上の口を挟むことなく事の推移を見守っている。

「陸は嘘はついてない。」

明夜は常と変わらない表情で答えてくれた。

「あたしが助けられた事実は変わらないし半場についていくと決めた以上信じてるよ。」

真奈美は僕を信頼してくれた。

「男の秘密を許容してあげるのがいい女の条件だもん。」

蘭さんはお茶らけて見せているがその瞳は優しかった。

明夜、真奈美、蘭さんが僕に付いてくれた。

全員で由良さんを見る。

「ったく、いつもこんな役回りだな。」

頭を掻いた由良さんは僕の後ろに立ってバンと背中を叩いた。

これが答え。

由良さんも僕を信じてくれたのだ。

海はパチパチと手を叩く。

「いい仲間を持ったね、お兄ちゃん。それで探し物は見つかった?」

「…結局見つかってないよ。だけど海のお陰で分かった気がする。」

魔女が探していたもの。

僕は人かマジックアイテムの類いだと思っていた。

だけど物なら戦いを大きくする必要はない。

ならばどんな人を探しているのか。

それがずっと分からなかったけど海が現れたことで気付いてしまった。

「魔女が探していたのは…僕なんだね。」

「なっ!?」

"Innocent Vision"の皆が驚き、海は静かに頷いた。

「そう。ファブレが手に入れようとしているのはお兄ちゃんだよ。」

「どういうことだ!?」

由良さんが海に詰め寄ろうとするのを手で制しながら僕は仮説を明かす。

「魔女は僕にだけ接触してきた。だけどそれは"僕"じゃなくてInnocent Visionを通してだった。そしてInnocent Visionを使うほどに魔女が実体に近づいていくのを感じた。受取人として僕が逆らうのを躊躇う海を寄越した事を考えると…魔女は僕を使って現世に出てこようとしている。」

僕の話が終わるよりも早く"Innocent Vision"のソーサリスは立ち上がって武器を構えた。

海が立ち上がり、足元の影がゾワリと蠢く。

「すごいね。ほとんど正解。」

海は海の顔のまま海じゃない笑顔で嗤う。


「私と一緒に行こうよ。お兄ちゃん。」

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