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Innocent Vision  作者: MCFL
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第170話 棺の底に眠っていたモノ

緑里のスペリオルグラマリー毘沙門と巨大なデーモン集合体は壮絶な戦いを繰り広げていた。

デーモンの攻撃が毘沙門に炸裂する度に体を構成する紙片が吹き飛び、毘沙門が手にした鉾でデーモンを切り裂く度に黒い煙が噴き出す。

だが飛び散った紙片の代わりがすぐに補充され、消えた分の体を足元に残ったデーモンが加わるため戦いは無限に続きそうな勢いだった。

「はあ、はあ。」

この戦いの限界は緑里の力の限界に等しかった。

すでに立っていられているのが不思議なくらいにフラフラで顔からは血の気が引き、毘沙門を使役する右腕だけがどうにか挙げられているだけだった。

「ボクが…守るんだ。撫子様と、葵衣を。」

幽鬼のような出で立ちになっても緑里の芯は揺らがない。

だから倒れない。

「オオオオー!」

デーモンの左腕がぐにゃりと手の形を崩して剣とも杭とも呼べる尖型の槍と化す。

毘沙門の鉾と闇色の槍が正面からぶつかり合い根本から切り落とされた。

空中分解しながら地面に落ちた巨大な質量が地面に落ちて土煙と紙片と黒い煙を放つ。

「わっぷ!」

巻き起こる衝撃と風に崩れ落ちそうになるのを緑里は気力だけで持ちこたえた。

一瞬たりとも敵から目を離さない。

自分の後ろには何も通さないという強い思いが緑里を支えていた。

「毘沙門、再、構成。」

息を荒く接ぎながら折れた鉾を紙で作り上げていく。

「あ…」

だがその鉾は半ばで作りかけのまま止まった。

力が尽きたのだ。

立っているだけの力は有っても戦う力は残っていない。

緑里も毘沙門も敵の前に無防備に立つだけの案山子のようなものになってしまった。

デーモンがにやりと笑った気がした。

時折男たちから向けられたことのあるねばつくような不快な視線。

欲望にまみれたいやらしい感情によく似た気持ちの悪い感覚だった。

「…っ!」

悲鳴のようにひきつる声をどうにか押し止めた。

もはや指1本動かすのも辛い状況でなお緑里は引く気は無かった。

「さあ、…進みたいなら、ボクを、倒してからにするんだね。」

声は弱々しくも覇気は衰えず、デーモンの一部は尻込みする。

だが蛮勇あるいは賢いデーモンは緑里の状態に構わず、限界を知るが故に臆することなく踏み込んでいく。

デーモンの放つ振動波が大地を穿ち、緑里の頬をかすめる。

ふらつきながらも緑里は右手に握ったベリルだけは離すまいと強く握りしめていた。

「ボクは、…撫子様、葵衣…」

朦朧とする視界の隅で巨大デーモンに毘沙門が倒される光景が見えた。

地面に倒れた人形は膨大な量の紙束となって地面に落ちた。

迫る漆黒の軍団を前に遂に緑里は瞳を閉ざし


「わたくしの前に立ち塞がる者を焼き払いたまえ、コロナ!」


頼もしい声を背中に聞いた。

驚きに目を開いた先では空から降り注ぐ陽光のごとき光が巨大デーモンもジェムもお構い無しに薙ぎ払っていた。

「あ…」

それは緑里にとってとても暖かな光で、気が抜けてしまい膝が折れて体が倒れていく。

だが訪れたのは固い地面の衝撃ではなく柔らかく包み込んでくれる感触だった。

「大丈夫ですか、姉さん?」

「葵、衣…」

緑里は瞳に涙を浮かべて優しく微笑む妹を見上げ、泣くまいときつく目蓋を閉ざした。

それでも溢れた涙が頬を伝った。

「よく頑張ってくれましたね、緑里。」

隣からも声がかかり目を開けると撫子もまた緑里に優しく笑いかけていた。

「撫子、様。ボク、守れたかな?要らない子じゃ、ない?」

緑里は抱き締めて支えてくれている葵衣の手を握り、不安げな瞳で撫子を見た。

「姉さんが要らない子なわけがないです。」

「ええ。緑里はわたくしと葵衣にとってかけがえのない存在ですよ。」

2人の手が緑里の手に重ねられる。

ずっと葵衣と比べられて不安を抱いていた緑里は安心して腰砕けになってしまった。

「緑里は休んでいなさい。ここからはわたくしが相手を致しましょう。」

「ですがお嬢様。コロナは力の消費が激しいうえにInnocent Visionとの戦いの疲れもおありでしょう。私が出ますので無理はなされない方が…」

一歩前に出てアヴェンチュリンを構える撫子に葵衣は進言するが、撫子は半身で振り返って首を横に振った。

「緑里の頑張りに比べればまだまだよ。葵衣は緑里についていてあげなさい。」

緑里はぎゅっと葵衣に抱きついて眠るようにゆっくりと呼吸を繰り返していた。

葵衣は少しだけ悩み、

「…はい。」

緑里を抱き締めた。

満足そうに頷いた撫子は蠢くデーモンに向き直りアヴェンチュリンを掲げた。

「日輪の光を浴びて、今必殺の…」

「お嬢様…」

「…プロミネンス!」

虚空に杖の先で円を描くと呼応するように大地に火線が走る。

その線が円を描いた瞬間、大地から灼熱の炎が噴き上がった。

地獄の業火を連想させる炎は陣の中にいたデーモンやジェムを例外なく消し炭すら残らないほどに焼き滅ぼした。

煤のように黒い煙が空に上がっていく。

撫子はアヴェンチュリンの中程を持って掲げるとくるくると回転させる。

先に橙色の光を纏った杖は回転により天使の輪を作り上げた。

撫子は回転を止めるとアヴェンチュリンに光の輪を引っ掻けてくるくると回し

「行きなさい。」

敵陣めがけて投げつけた。

円月輪のように障害を切り裂いて飛ぶ輪は黒い集団の中央で制止する。

「弾けなさい。サンバースト!」

撫子の掛け声とともに日輪は突然花火のように炸裂した。

全周に放たれる光の破片は強烈な爆発力によって散発し、近場の敵は貫いて広範囲に被害を出した。

「日の当たらない世界に生きる者よ。去りなさい。」

ヒュンとアヴェンチュリンを振るって構えを取る撫子の前からは黒き異形の姿は消えていた。

圧倒的な強さに葵衣は当然とばかりに頷いて緑里を抱き締める。

デーモンの大半はすでに消滅し、残るはジェムばかり。

それでも異形の侵攻は止まらない。

「…ならば完全にいなくなるまで排除するまで。」

撫子は再びアヴェンチュリンを振り上げて迫る敵に対した。



「悠莉ぃー!」

ギギギン

翠色の光の炸裂と金属のぶつかる音、そして美保の怒号が響き渡る。

「そんなに声をあげなくても聞こえていますよ。」

対する悠莉はコランダムを展開していつもの調子で相手をしていた。

その温度差が美保の神経を逆撫でする。

「なんであんたがインヴィの味方をするのよ!?」

無数のレイズハートが青色の境界にぶつかるが砕けては直りを繰り返す。

悠莉は恥ずかしげに頬に手を当てる。

「半場さんとは電話番号を交換した仲ですし。…何より今の美保さんは見ていられませんので。」

悠莉がスッと目を細めてサフェイロスを振るうと美保を囲むように青い壁が展開する。

「喰らわないわよ!」

美保は瞬時に隙間から抜け出して距離を取る。

壁は集まって青色の宝石となり地面に転がった。

「あら、残念です。」

それほど残念そうではなく悠莉は呟いた。

コランダムは一度に1つしか展開できないわけではないため、中にいたとしても別のコランダムを生み出せるのだ。

「精神攻撃のお仕置き部屋は勘弁よ。」

「いいえ、お仕置きですよ。フフフ。」

親友と思っていた悠莉の怖いくらいに綺麗な笑みに美保は恐怖を感じながらも挑みかかっていった。


「うおおおお!」

腰だめに構えたラトナラジュの尖端から紅のレーザーが飛ぶ。

だが

「勉強不足ですよ、等々力先輩。炎を操る私にそんなレーザーは効きません。」

ゴウと猛る青きドルーズの炎が空気の密度を変化させて屈折面を形成させ、レーザーの軌道をねじ曲げた。

屈折したレーザーは不規則に曲がり隣で戦う悠莉たちにも飛んでいくが八重花が気にした様子はない。

「やっぱり八重花はあたしたちとは違う道を選ぶみたいだね。残念だよ。」

良子はバラスによる攻撃を諦めて一番信頼のおける自分自身を武器にした戦闘スタイルに戻る。

八重花もジオードから赤い炎、右手からはドルーズの青い炎を出して擬似的な二刀流の構えを取った。

「これでも感謝はしていますよ。だけど私にとっているべき場所はやっぱりりくの側だった。それだけです。」

その目は澄んでいて迷いが無いことを窺わせた。

良子は苦笑を浮かべてラトナラジュを担ぐ。

「でも、一応邪魔はさせてもらうよ。反逆者に鉄槌をってわけじゃないけど、個人的な鬱憤くらいは晴らさせてもらわないと気が済まないんでね。」

八重花もにやりと笑ってわずかに腰を落とす。

「奇遇ですね。これまでの『お礼』をたっぷりしようと思っていたんです。」

「怖い子に手を出しちゃったね。」

「本気で手を出してたら火傷じゃすみませんけどね。」

互いに力強い笑みを浮かべ合い、2つのソルシエールがぶつかり合った。



僕たちは走っていたがこれまでの戦闘のダメージのせいで体が重かった。

特に由良さんのダメージは顕著で足がちょくちょく止まってしまうし、蘭さんもだいぶフラフラしている。

明夜と真奈美にしたってどこか痛めたのか時折顔をしかめていた。

"Innocent Vision"は満身創痍の状態で、それでも走っていた。

僕の嫌な予想は今のところInnocent Visionでは確証を得られていない。

だがズキズキと痛む目の奥が赤く染まる空を見る度に脳裏に浮かぶ祭壇とも墓地とも呼べる海のいた場所を思い出し、心臓を鷲掴みにされたような悪寒がする。

これ以上デーモンを倒しては、あの黒い煙を空に還してはいけない。

「花鳳たち、派手にやってるな。」

数百メートル先では太陽みたいな光の爆発が相次ぎ、空にはコロナも浮かんでいる。

ヴァルキリーには広域攻撃が可能なソーサリスが多いからこのままではデーモンは全滅だ。

「陸、ジェムが気付いた。」

明夜の視線の先ではこちらに気付いたらしいジェムの一団が駆け寄ってこようとしていた。

単純に勝ち目の高そうな弱っている僕たちを狙っているのだろうが懸念を抱く僕は


一瞬、ジェムが僕を花鳳のところに向かわせないようにしているのではないかと考えてしまった。


「ッ!止まらずに突破するよ!行ける?」

「…」

「返事なし!?」

僕の予想以上に神峰たちとの戦いは消耗が激しかったようだ。

あれほど簡単に倒しているように見えたジェムの相手をするのも辛いとは。

(Innocent Visionでなんとか…するしかないか。)

みんなの動きをトレースして細かに指示を出してただ武器を振るうだけに誘導する。

集中力がいるがやってやれないことはない。

僕は左目に意識を集中しようとして、

「あっ。」

それよりも早くジェムの集団が飛び散った。

ジェムがいた場所には一瞬で間合いを詰めてきた海原葵衣の姿があった。

「わざわざ決闘のやり直しにきたわけではないようですが、どうなさいました?」

海原はセレスタイトを血払いするように振るった。

切り裂かれたジェムは土に還っていく。

ジェムは土に、デーモンは空に。

それが不安を掻き立てる。

「これ以上デーモンを倒しちゃダメなんです!花鳳先輩を止め…」

叫び終わる前に強力な力の波動が前後から叩きつけてきた。

前方には光の柱がそそり立ち、振り向いた後方には赤と青の炎が燃え上がっていた。

それらの周囲から立ち上る黒い煙は気流に乗るように集まり、赤い空の中心に吸い込まれていく。

ずっと気付かなかったが赤い空には1ヶ所だけ小さな孔が見えた。

ここから見えるのだから実際は大きいのかもしれない、赤に混じらない漆黒の黒。

そこに煙、デーモンだったものが次々に吸い込まれていく。


ドクン


「ッ!?」

何かの鼓動が大気を揺らした。

だが誰も気付いていないし、そもそも誰もその孔を見ていない。

ドクン

吸い込まれていく煙が減るにつれて心音が大きくなる。

ドクン

「や…めろ…」

「半場?」

ドクン

「ダメ…だ…」

僕は僕の視界を見ていない。

見えているのは墓地のような祭壇。

その中心にある棺にデーモン、負の感情を凝縮したものが集まっていく光景が見えた。

ゴトリと棺の蓋が動く。

「ダメだ。」

声は届かない。

ズッズッと蓋がずれる。

「出ちゃ、ダメだ!」

僕の声に反応したように祭壇が崩壊する光景を見た。

そして


ドン


赤い世界に、孔から箱形の何かが落ちてきた。

「空から、落ちてきた。」

「…」

皆が警戒する中、棺の蓋が外れ、棺そのものが吹き飛んだ。

溢れ出した黒い霧が赤い世界を灰色に塗り替える。

その中心で

「久し振りだね、お兄ちゃん。」

僕の妹、半場海が立っていた。


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