表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Innocent Vision  作者: MCFL
169/189

第169話 反逆者の猛威

僕たちの前には黒く蠢くものがいた。

それはデーモンでありジェムであり、それらの寄り集まった何かであった。

人型の手足がそのまま虫の足のように不自然な動きを見せる怪異が金切り声をあげる。

全長4、5メートル程度の化け物は見た目にそぐわぬ俊敏さで足を動かして迫ってくる。

彼らにとって僕が弱者として映るのか、魔女に植え付けられた指令なのか僕が重点的に狙われている気がする。

だけどそれは失策だ。

僕の前を一陣の風が吹き抜ける。

その直後、化け物は斜めに切れ込みが入り、そのままずれて黒い煙を噴き上げながら消滅した。

またある相手は荒ぶる空気の振動の波に翻弄されて切り刻まれ、ある者は人だった頃の恐怖すら掘り起こされて逃亡や自害を余儀なくされ、神聖な光の下に消滅する者もいた。

"Innocent Vision"はデーモンがどれだけ集まろうと敵ではない。


だけど、これでいいのだろうか?


戦闘を観察しながらも僕はそんな疑問について考えていた。

(ジェムは確かに少しずつ強力になっていった。だけどデーモンでさえジュエルならともかくソーサリスを倒すには個体としての強さが低い。1対多数が基本とはいえあれでは徒にデーモンの消滅を促すだけだ。)

魔女は何か探し物をしているという。

しかし人海戦術で探し物をするにしてはデーモンの能力は戦闘向きだ。

簡単に言ってしまえば中途半端。

(戦闘でも探索でもない目的がデーモンにはあるのか?)

導いた答えは更なる謎だった。

憎悪の念を増幅して顕現した殺戮の権化に戦い以外の何をさせようというのか?

「陸、行ったぞ!」

不意に由良さんの声が耳に届いた。

意識は内を向いていても目は生きているから捉えている。

翼を羽ばたかせて加速してくるデーモンの攻撃の軌跡と回避した先でデーモンを迎え撃てる人物を朱い世界で確認し

「真奈美、お願い!」

僕は今見た攻撃の通り抜ける軌道を避けるように大きく横に跳んだ。

「了解。」

そのまま着地した足を起点に振り返るとスピネルを輝かせた真奈美の踵落とし斬りが炸裂してデーモンは真っ二つになり、黒い煙となって空に消えていった。

「うっ!」

煙の行く先を見送っていた僕は突然左目の痛みに襲われて蹲った。

押さえた左目に映った世界には夢で見た祭壇があった。

(まさか!?)

今の光景が単なる偶然だとは思えない。

もしもあれがすべての元凶だとしたら、僕たちはとんでもない間違いをしていたことになる。

「皆―」

僕はその事実を伝えようと声をあげ、その瞬間に発動したInnocent Visionの見せる未来を知り


「―避けろ!」


大地に飛び込みながら叫んだ。

降り注ぐのは翠色の光の雨。

それは僕たちもデーモンもジェムも関係なく、赤い世界のすべてを覆い尽くすような勢いで襲ってきた。

「陸!」

「りっくん、大丈夫?」

「平気そう。」

「…なんで避けろって叫んだのに皆が集まってくるかな?」

「あはは。」

何故か1ヶ所に集合することになった"Innocent Vision"は蘭さんのアイギスで光の雨を凌ぐ。

だがデーモンとジェムは一部グラマリーで抗う者もいたがそれすらも圧倒的な力の波に押し潰された。

光の怒涛が過ぎ去った後には黒い煙が吹き荒ぶだけで人の形をした何かはいなかった。

いや、1つだけあった。

「まだまだ元気そうね、インヴィ?」

「…神峰、美保。」

海原葵衣によって倒された神峰が復活して僕たちに挑みかかってきたのだ。

このタイミングでの登場なんて本当に…


「最高だね。」


僕の心の声を引き継ぐような声が聞こえた。

黒い靄と砂塵の向こうから現れたのは真紅の鉾槍を携えたヴァルキリーの戦乙女。

「等々力先輩まで。」

「一応これがあたしの役割だからね。」

等々力良子は僕の呟きに軽く手を上げて返事をした。

(まずいな。これまでの連戦で皆だいぶ疲れてきている。これ以上無駄な戦闘を続けるのは危険だ。それにあの仮説を早く伝えてやめさせないと。)

僕は内心の焦りを押し込めて対処を考えていた。

だが目の前の2人は理想なんて関係なく敵である僕たちを倒すことだけを考えているから話し合いで退けることはできそうにない。

「ガアアア!」

そして神峰たちとの睨み合いをしている間にもデーモンとジェムはお構い無しに襲ってくる。

その標的は当然僕たちだけでなく神峰たちにも及ぶ。

「邪魔よ!レイズハート!」

「バラス!」

翠の光刃と真紅のレーザーが2人に迫ったデーモンを一瞬で塵に還した。

塵が浮き上がり、不自然なまでに空へと上がっていく光景を見て僕は確信した。

「皆、これ以上デーモンを倒しちゃダメだ。」

迎え撃とうとしていた明夜たちがつんのめりそうになってこちらに振り向いた。

「どういうことだ、陸?」

由良さんの疑問は尤もだが僕は焦っていた。

「今は説明している時間はない。あっちで戦ってる海原たちにも伝えないと。だから神峰も…」

「インヴィはデーモンを殺されると困るんだ?」

僕が願い出るよりも先に神峰は僕の意を汲んで、嫌らしい笑みを浮かべてスマラグドを掲げた。

刃より生み出された光が上空に待機し、

「行きなさい!」

放たれた光刃は僕たちを飛び越えて周囲にいるジェムの群れへと殺到した。

数秒の攻撃で数十のジェムが消滅した。

あちこちから黒い靄が立ち上る。

「神峰…」

僕が睨み付けると神峰はフフンと楽しそうに鼻を鳴らした。

「インヴィが困ることはうちらにとって得なことじゃない。」

「そういうことならあたしもそっちを狙うかな。」

神峰が天の邪鬼なのは分かっていたがそこに等々力まで便乗してきた。

1人でも面倒だというのに2人になるとは何と厄介な人たちか。

「2人を止めるよ!このままじゃ本当に大変なことになる。」

「なんなんだ、大変なことって!?」

「よそ見してると首だけ別方向に飛んでいくよ!」

横を向いた僕に向かってルビヌスを発動させた等々力が攻め込んでくる。

今は説明している余裕はない。

僕は大きく転がるように跳んで等々力の斬撃を回避する。

それと同時に明夜が斬りかかったが予想外にあっさりと等々力は距離を取った。

どうにかして2人を退けないといけない。

「レイズハート!」

「バラス!」

だというのに神峰と等々力の強力な遠距離攻撃に近づくこともできない。

「明夜、なんとか近づけ!俺が援護する。」

由良さんは僕の意向を元に神峰たちを止めようと声を張り上げる。

「2人相手だと近づいたらどっちかに狙い撃ちされる。」

だが明夜は接近戦闘を得意とするがゆえに遠距離攻撃への警戒が強く拒否。

「真奈美は!」

「飛び上がれないと防御で手一杯になります!」

真奈美のスピネルは足が起点となるためある程度動ける空間がないと真価を発揮できない。

レイズハートやバラスの飛び交う空間では大きな動きが取れないのだ。

「ランも厳しいかも。りっくんが無防備になっちゃうし。」

"Innocent Vision"はこれまでの戦闘での傷や疲労、相手の攻撃との愛称の悪さから攻めあぐねていた。

例えば全力で戦えて、僕のような守るべき対象がなければいくらでも戦いようがあっただろう。

それが集団戦闘の欠点。

時に個人のポテンシャルを発揮できなくしてしまう。

「僕に構わず2人を…」

「「却下!」」

僕の提案は即答で全員に否定された。

だがそれでは手詰まりだ。

「ほらほら、ねずみみたいに1ヶ所に集まってないで逃げ回りなさいよ。」

「オブシディアンの守りもいつまで持つかな?」

一方的な攻撃の中、守りの要は蘭さんの漆黒の盾オブシディアンだ。

「くうぅ、ランは、負けないもん。」

僕を守るために釘付けになっている分狙われやすく、消耗が激しい。

由良さんも暴走の影響で力の消耗が激しいらしく超音壁も使えない。

「陸、なんとかならないのか!?」

「だから僕を無視すれば勝機が…」

「「却下!!」」

この絶体絶命の状況でも"Innocent Vision"のソーサリスの意思は変わらない。

だからこそ万事休すと言えた。

「さあて、そろそろ…」

「終わらせようか!」

上空から降り注ぐ翠の光の雨と地面と水平に走る紅のレーザーに

「うわあああ!」

「きゃー!」

僕たちは対処に遅れて光の嵐に巻き込まれた。



どうにか直撃を免れた僕だったが周囲には土埃が立ち込めていて皆の姿が確認できない。

「げほっ、げほっ。皆、大丈夫!?」

「さあ、どうかしら?」

「!?」

望んでいない声が聞こえてきたときにはすでに僕の体は突き飛ばされて傾いていた。

「ぐあっ!」

咄嗟の事で受け身を取れず背中からまともに地面に落ちる。

チカチカする視界で見たのは土埃の中にわずかに差し込む光に照らされて煌めく細身の装飾剣、喉元に突きつけられたスマラグドの刀身だった。

「わざわざ自分の居場所を教えてくれるなんてバカね。」

クックッと押し殺したように笑いながら神峰が剣先で僕の顎を叩く。

土埃が晴れていくと神峰に背を向ける形で等々力が立ち、周囲には隙を伺う"Innocent Vision"のソーサリスの姿が見えた。

誰も怪我をした様子はなくてホッとしたが出るに出られない切迫した状況なのがありありと見て取れるので安心は出来ない。

明夜たちの攻撃よりも確実に神峰が僕の喉を裂くのが速いということだ。

僕に構わず…と叫んだところで却下されるだろうし神峰が素直に従いそうなので下手なことも言えない。

「やっとこの時が来たわね、インヴィ。あたし、ずっと前から腹を切り裂いて臓物をぶちまけてやりたかったのよ。」

「…何も言わなくてもいきなり大ピンチだ。」

「美保、自分だけなんてずるいよ。あたしは首を跳ねたかったんだ。」

普段通りの声でなんてことを言うのか。

ソーサリスの衝動ではなく所有者が最初から異常なだけかもしれない。

「だったら一緒にやりますか?あたしは腹で良子先輩は首。」

「いいね、それ。」

僕の意思に関係なく神峰は周囲を警戒しながらゆっくりと足元の方へ向かい、等々力が首の横に立つ。

こんな生命の危機の極限状態でなんだが…制服の短めのスカートで頭の横に立たれるとものすごく目のやり場に困る。

ちらっと見えたけどこの代償が首ちょんぱではちょっと高すぎる。

そんな僕の中の葛藤を知るわけもなく等々力の握る紅のハルバードの刃が断頭台のギロチンのように首筋にあてがわれた。

「ここまでよく生き延びたって褒めてあげるよ。だけど、君はあたしたちを敵に回した瞬間にこうなる運命だったんだよ。」

諭すように等々力が語りかけてくる。

こんなものが運命だと言うのか。

「…違う。」

そう、違う。

これは運命なんかじゃない。

だって、運命を見るInnocent Visionがこの結末を示していないのだから。

僕が抗う意思を示すと等々力は面白そうに目を細め

「なら、この状況から助かってみるんだね!」

高々とラトナラジュを掲げた。

「さあ、待ちに待ったインヴィの解体ショーね。」

下の方では神峰がスマラグドを引き、

「陸!」

周囲では"Innocent Vision"の仲間たちが攻撃を阻止しようと駆け出していた。

だけど海原葵衣のウインドロードでもないかぎり絶対に間に合わない距離からのスタートだ。

(僕の犠牲で2人を倒せるのなら…)

後ろ向きな決意をした僕は最後まで目をそらすまいと刃を睨み付ける。

神峰と等々力が朱色の瞳で僕を見

「「バイバイ、インヴィ。」」

死刑宣告とともにその手の刃を躊躇なく振り下ろした。

仲間たちの悲鳴にも似た呼び声が聞こえた。

迫る刃がスローモーションのように見えた。

だが体は動かない。

刃は正確に僕の命を断つ場所へと迫り


ガギンと、まるで僕の下から飛び出してきたように見える二振りの剣によって防がれる光景を見た。



神峰と等々力を止めた剣には見覚えがある。

「どうやら、間に合ったようですね。」

戦場には似つかわしくない優しげな声が聞こえる。

「間一髪ね、りく。」

ひどく懐かしく感じる声が聞こえる。

その声の主に声をかける前に

「悠莉!」

「八重花!?」

神峰と等々力の驚いた声が聞こえた。

そう、僕を凶刃から救ったのはスペリオルグラマリー・ルチルによってコランダムの宝石の中に消えていた下沢と八重花だった。

すっかり忘れていたがポケットにはコランダムの宝石をしまったままだったので2人はそこから飛び出してきたらしい。

僕が隙を見て起き上がると2人は僕を守るように立ち位置をずらした。

「2人とも、どうして?」

「ふふふ、それを聞くのは野暮というものですよ。」

「ヒロインは遅れた頃にやってくるものよ。」

僕は八重花の印象がソルシエールを手に入れる前のように見えたのに驚きを隠せずにいた。

明夜たちも別の意味で驚いていたが警戒しながら僕の後ろに回った。

下沢と八重花はそれに気付きながらも気に止めた様子もなく神峰と等々力だけを見ていた。

構図としては下沢と八重花が神峰と等々力から"Innocent Vision"を守ろうとしている形だ。

神峰が青筋を浮かべて頬をひくつかせながら下沢を睨みつける。

「悠莉、あんた何をしてるのかわかってるの?」

「ええ、もちろんです。美保さんが何をしてきたかも全部。」

神峰と悠莉はピリピリした雰囲気を放ち

「八重花…」

「言ったはずですよ、等々力先輩。りくを狙う人は誰であろうと許さないと。」

等々力は困惑した様子で八重花を見ていた。

それは僕も同じ気持ちだ。

「八重花。どうして?」

下沢が僕と戦う気がないというのは聞いた。

だけどどうしてあれほど僕を執拗に手に入れようとしていた八重花までが助けてくれるのかがわからない。

八重花は首を回して小さく微笑んだ。

「私は何も変わっていない。りくは誰にも渡したくはない。だけどやり方を変えるわ。手に入れるんじゃなく、惚れさせてみせる。」

八重花の心変わりに驚きつつもその優しい笑顔にドキリとした。

コランダムの内部時間は下沢の管理下にあるからもしかしたら何日もかけて説得してくれたのかもしれない。

下沢は振り返らないが僕が見ているのには気付いたらしく

「ここは私たちに任せて半場さんは花鳳様の所へ。お急ぎなのでしょう?」

すべてを知っているように言った。

「…わかった。2人ともありがとう。皆、行くよ!」

「おい、陸…」

対応に困っている由良さんに構わず僕は花鳳たちの所に向けて駆け出す。


「悠莉。とうとう寝返ったってわけ?」

ガリガリと苛立たしげに頭を掻く美保を悠莉はすっと細めた目で見やる。

「裏切ったのは美保さん、あなたでしょう?」

コランダムの中から外をのすべてを聞き知った悠莉はもはや語る必要もないと言わんばかりにサフェイロスを構えた。

悠莉から闘気が吹き上がる。

それはいまだかつて美保ですら感じたことのない力、悠莉の本気の怒りだった。

怒り心頭だった美保の頬が別の意味でひきつる。

「ちょっと、本気?」

悠莉はサフェイロスの刀身を撫でるように触れながら温度を感じさせない冷たい瞳で笑った。

「ちょっとおいたが過ぎたみたいですね。美保さん、お仕置きです。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ