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Innocent Vision  作者: MCFL
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第166話 昨日の味方は今日の敵

「由良さんたちの方に何かあったみたいだね。」

僕は迫り来る海原の攻撃をInnocent Visionで予測しながら戦いに身を置いていた。

「私のウインドロードを完全に読み切るとは、敵にしておくのは危険です。」

下段から飛び上がるような斬撃を後ろに跳んでかわすと僕と入れ替わりに明夜が接近して斬りかかる。

だが海原は剣の重さの反動でわずかに浮き上がった不安定な体勢からでもしっかりとセレスタイトで防御し、剣を押し返す反動をウインドロードで加速させて明夜の連撃、そして蘭さんの追撃まで避けた。

「そっちこそ未来予知でも使ってるみたいですね。」

攻撃が外れたことが不満げな蘭さんと愚直なまでに海原を目で追う明夜の態度も含めて僕は少し離れた位置に立つ海原を見て苦笑する。

「兵法や戦術を学びました。しかし私の浅はかな策など半場様にはお見通しなのでしょう。今までの攻撃もウインドロードの力や欠点を探すために行っていたのではないのですか?」

「まあ、否定はしないです。」

そこまで読まれていると本当に未来予知をしてるんじゃないかと思えてくる。

もしくは読心術か。

だが本当に未来予知や読心術を使っているとも思っていない。

だからこそまだ隙はある。

(それにしてもウインドロードは応用性が高い上に海原のスペックが高いから弱点らしい弱点はないんだよね。)

いくつかの法則は見つかった。

その点が欠点になるのかを手を変え品を変えて攻めてみたのだが海原はそのことごとくを切り抜けてきた。

(まあ、どうにかできないこともないんだけど。)

ウインドロードに弱点はない。

だがそれは完璧という意味と同義ではない。

「りっくんが悪巧みをしてる顔をしてる。」

「陸は悪い子。」

考えが顔に出ていたのか蘭さんと明夜が揃ってツッコミを入れてきた。

ただ出来れば不敵な笑みだと言ってほしい。

(だけどもう一手足りない。さっきの戦闘の焼き回しになるだけだ。)

由良さんと真奈美のどちらか、欲を言えば2人が来てくれればどうにかできるレベルの話。

海原はそれほどの強敵だということだ。

(ソーサリスがそれぞれ強すぎるだけかもしれないけどね。)

ブラックナイトメアやコロナなどを見ているとソルシエールに限界はないのではないかと思えてきて怖くなる。

際限なく膨れ上がる負の感情に伴って力を増幅させていく魔剣。

それがいつか世界の破滅を導いてしまいそうで怖い。

今はまだInnocent Visionでもそんな未来は見ていないが、そんな未来を生み出さないために僕たちがいる。

(なんとか3人で海原を倒す策を練らないと。)

海原の動きに警戒しつつ考えていると袖をくいくいと引っ張られた。

見ると蘭さんがあさっての方向を見ていた。

「ねえ、りっくん。あっちで由良ちゃんが暴走してて真奈美ちゃんと撫子ちゃんが一緒に戦ってるよ?」

蘭さんの声に慌てて視線を向けると空間が歪むほどの音震波を乱発している由良さんとそれを止めようとしている真奈美と花鳳が見えた。

「…どうしてこうなった?」

訳が分からない。

少し前まで味方だった人が敵で、敵だった人が味方にいる。

海原もそれに気づいたらしく戦闘時の張り詰めた雰囲気を解いて花鳳を見ていた。

「お嬢様。」

僕の視線に気付いた海原がこちらに目を向けた。

少なくともさっきまで戦っていた時のような気配はない。

むしろ何かを言いたげな目をしている。

「僕たちを倒してから加勢してもいいですけど、僕たちとしても由良さんを放っては置けません。」

「ありがとうございます。」

一時休戦という明確な会話はなくても僕たちの考えは合致した。

海原は軽く会釈するとぐっと足に力を入れて花鳳の下に駆けつけようとし

「陸、遠くからたくさんのジェムとデーモンが集まってきてる。」

明夜の一言で動きを止めた。

「本当だ!うじゃうじゃ来てるよ。」

蘭さんも驚きの声を上げる。

度重なる戦闘で瓦礫が吹っ飛んだ戦場の彼方、コールタールが意思を持って蠢いているように見える漆黒の異形の大集団があらゆる方向から迫ってきていた。

「いよいよ魔女が動き出したみたいだけど、タイミングが最悪だ。」

(あるいは由良さんの暴走も魔女の仕業とも考えられるか。)

とにかくこの状況では由良さんだけに構ってはいられなくなった。

下手に戦場の中央に集まるとデーモンとジェムの輪が狭まって身動きが取れなくなるからだ。

「輪が狭まってくると面倒だから今のうちに外周の敵を排除しておきたい。こう言うとき由良さんみたいな広域攻撃がある人がいると楽なんだよね。」

「もう、由良ちゃん、使えない子。」

蘭さんの物言いはあんまりだが必要な時にいないので大きく弁護できない。

そうなると蘭さんと明夜のどちらかに行ってもらうことになるわけだが正直迷う。

「デーモンは私とアフロディーテがやる。」

すると僕が決断するよりも早く明夜が一歩前に出た。

明夜がオニキスを水平にかざすと刃が光を放ち、次の瞬間には女性を模した西洋鎧が立っていた。

「明夜だけじゃさすがに多勢に無勢だよ。かと言って僕が行っても仕方がないし、真奈美も助けないといけないから蘭さんには由良さんの方に向かってもらいたいし。」

こういう大規模作戦の時ほど"Innocent Vision"の人手の少なさを実感させられてしまう。

「…。」

海原は駆け出そうとした格好のまま制止していた。

表情は変わらないが花鳳を助けに行くか花鳳を守るためにデーモンを排除しに行くかを迷っているのだろう。

僕としてはヴァルキリーにも協力してもらってデーモンを排除したいところだがそう上手くはいかないだろう。


「行って、葵衣。」


「!?」

突然の声に海原がピクリと肩を震わせた。

僕たちも別の意味で震える。

振り返れば瓜二つな少女の姿がそこにあった。

「姉、さん?」

海原葵衣が怯えた様子で振り返った先には海原姉妹の姉、海原緑里が立っていた。


姉妹は僕たちが間に立っている事なんて気付いていないように互いを見ていた。

姉は普段の溌剌さが鳴りを潜めていてどこか怖く、妹は常の無表情を崩して不安げに。

「姉さん、私…」

「いいから葵衣は撫子様の所に行って。前にも言ったでしょ?撫子様に必要なのはボクじゃなくて葵衣なんだよ。」

微かに苦笑を浮かべながら海原緑里は妹に指示を出す。

だが僕にはそれが身を削りながら話しているように見えた。

自分の憧れの人に近づけるのが同じ姿をした別人であることに怒りや妬みが無いわけがない。

それでも海原緑里は微笑んでいた。

恐らくはそんな感情よりも強い絆が2人にはあるから。

「でも、私は…」

「それと、葵衣がボクに遠慮して力を抑えてたのなんて分かってたよ。」

「!!」

飛び上がるほど驚いた海原葵衣を見て海原緑里は呆れたように笑う。

「自分の妹のことだもん。わかるよ。さあ、行って。撫子様を助けて。」

「はい!」

海原葵衣は涙を流しながら大きく頷き、風のように走り去っていった。

残されたのは妹を見送る優しき姉と、その姉妹劇を特等席で観覧していた僕たちだ。

「起きてたんですね、海原先輩。」

慰めるつもりはないがこのまま立ち去るのも気が引けるので声をかけると海原緑里は片目をつぶって頭を掻いた。

「あれだけ周りで戦って騒いでればさすがに寝ていられないよ。それで、"Innocent Vision"はボクとやる?」

ポケットから人形を取り出して尋ねてくるがその瞳に本気の色はない。

どこから起きていたのかはわからないが状況は分かっているようだ。

「別に構いませんよ?」

あえて挑発に乗ってみると海原は顔をしかめたが僕の顔を見て冗談だと気付いたらしくフンとそっぽを向いてしまった。

「ボクは行くよ。撫子様にも葵衣にもデーモンを近づけさせないんだから。」

僕たちに背を向けて歩き出す海原。

その後ろ姿は凛々しささえ感じられた。

「期待してますよ、海原緑里先輩。」

「か、勘違いしないでよ!ボクは撫子様と葵衣のために戦うんだから。」

海原はなんかツンデレっぽい台詞を叫ぶと護法童子を呼び出して飛び乗り、そのまま反対側から迫るデーモンに向かっていった。

何であれこれでデーモン対策の人手は最低限確保できた。

「明夜もデーモン相手とはいえ無理しないで。蘭さんは真奈美たちの援護。まずは由良さんを止めないと。僕も行くよ。」

「わかった。陸も無理しないで。」

明夜とアフロディーテは敬礼すると海原の向かった方角から120°方向、3人で三角形の頂点になるように駆け出していった。

「由良ちゃん、どうしちゃったんだろうね?」

「うん。行ってみないとわからないね。行こう。」

そして僕たちも仲間のために危険な戦場へと飛び込んでいく。



そこは遠目に見た以上の激戦区だった。

「おおおお!」

由良さんが玻璃を振り回す度にソルシエールの軌跡に沿って振動波が飛んでくる。

不可視のはずの振動波は強すぎる揺れによって空間を歪めているためどうにか視認できるがそれは威力が凄まじいことを意味していて、通り過ぎたあとは暴風が吹き荒れていた。

「真奈美、大丈夫だった?」

目視とInnocent Visionで避けつつ駆け寄るとハイキックで飛んできた攻撃を蹴り飛ばした真奈美が後退してきた。

代わりに海原葵衣が前に出て花鳳が援護という布陣になって応戦している。

「来てくれたんだ。助かるよ。」

「遅くなってごめん。状況は?なんで由良さんがあんなことになったの?」

由良さんの左目は朱色からさらに濃い紅色にまで近づいている。

禍々しい色は空を写し込んだようで見ていると震えが来た。

「分からない。花鳳先輩に目をやられて、立ち直ったときにはあんなだった。」

暴風の中で僕に向けられた敵意ある波を見極めて避ける。

だけど由良さんは僕たちを狙っているわけではなく見えない敵に向かって玻璃を振り回しているようだった。

「どこだぁ!魔女!」

しかも魔女が何か手を出したのは明白。

今の由良さんは魔女への怒りで完全にぶっ飛んだ状態にあるようだ。

「目がやられていて魔女の幻覚でも見てるのかもしれない。力の乱発は危険だし止めないと。」

「でもどうするの?由良ちゃんに近づくと分子レベルでバラバラかもよ?」

蘭さんが怖いことを言う。

さすがにそこまでではないだろうけど当たればただじゃすまないのは見ればわかる。

「虎穴に入らずんば虎児を得ずだよ。由良さんを見捨てるつもりがない以上やるしかない。」

真奈美も蘭さんもしっかりと頷いて賛同してくれた。

「だったら助ける方法は王子様のキスだね。」

「…また蘭さんは変な条件をつけようとする。」

そもそも由良さんの方がかっこよくて王子様みたいなのだから釣り合いが取れない。

とは言え、一概に悪い作戦とは言えない。

「王子様のキスとはいかないけど作戦はそれで行こう。僕が由良さんに近づいて説得する。」

僕の作戦に蘭さんはおかしそうに笑い、真奈美は首をかしげた。

「でも出来るの、半場?今の由良先輩が聞く耳を持ってるようには見えないけど?」

「だからそこはりっくんのキスで…」

「違うから。」

堂々巡りになりそうな会話をしていたら

「半場様。策がお決まりのようでしたらお聞かせ願えますか?」

「うわっ!?」

忍者のように背後に現れた海原葵衣に急かされてしまった。


「なるほど。相変わらず半場さんの作戦は無謀と良作の紙一重のようですね。」

花鳳が関心とも呆れとも取れる呟きを漏らしたが別段反対意見というわけではない。

こうして急遽共闘が実現したわけだ。

「芦屋様と私が先行して羽佐間様の注意を引き付けます。」

真奈美と海原の前衛コンビがスピードを駆使して由良さんの気を引く。

「わたくしは射撃による援護を致します。」

花鳳は前衛への攻撃に対する援護と隙あれば由良さん自身へのダメージをお願いした。

「ランはりっくんと花道を歩きます。」

ポコッ

一応礼儀としてツッコミを入れておく。

軽く小突いただけとはいえ女の子に手を上げたと抗議してくるかと思っていたが

「さすがりっくん、ナイスツッコミ。」

何故か褒められた。

蘭さんには僕や花鳳の防衛を主軸に幻覚で由良さんを惑わせる役目がある。

「そして僕は皆が作ってくれた道を使って由良さんに接近して説得する。」

由良さんはこちらの様子など見えていないように叫びながら玻璃を振り回している。

玻璃の震える音が悲鳴のように聞こえるのはソルシエールである玻璃の意思か、はたまた暴走した奥底にいる由良さんの助けを呼ぶ声か。

どちらにしろ助け出す事実には変わりはない。

由良さんの周囲に荒れ狂う振動波を見て花鳳が眉根を寄せる。

「どのようにしてあの見えざる壁を突破するかが問題です。わたくしはコロナやソーラーフレアをぶつけても構いませんけれど?」

花鳳の冗談とも本気とも取れる提案は要約すれば大威力の攻撃で壁を破るということだ。

由良さんの安全は度外視されているがヴァルキリーの長の立場を鑑みれば敵戦力の減退に繋がる一石二鳥の策だろう。

尤もそれが可決されることがないのも承知しているだろうが。

「確かにどうやってあの攻防一体の技を抜けるか考えないとダメだね。あたしのスピネルでこじ開けられるかな?」

「やっぱりバリアを抜けるのはランが体を張って『俺に構わず先に行けぇ!』ってやるしかないね?」

真奈美は真面目に、蘭さんはふざけて、それでも皆が振動波の壁を越えるための策を練っている。

だけど、あれは壁じゃない。

連続的に打ち出されるから隙間がないように見えるだけで一つ一つはただの音震波だ。

「アフロディーテで…」

「ウインドロードを使えば…」

「スピネルなら…」

「やっぱりアイギスで…」

「コロナで吹き飛ばしてしまいましょう。」

それぞれが突破口を開くアイデアを出していく。

だが結局決まらず僕に皆の視線が向いた。


「僕を誰だと思ってる?」


「「!?」」

皆が息を飲んだ。

僕の態度に驚いたのか真意に気付いたのか、誰も異論を挟まない。

僕は左目に手を添えて力強く見えるように笑みを作る。

「Innocent Visionは未来を見る目。それはたとえ空気の流れであっても例外ではない。その隙間を縫うように進めば近づけるはずだよ。だからその間、由良さんの注意を引き付けておいてほしい。」

「…なるほど、そうでしたね。」

花鳳は苦笑するように呟いてアヴェンチュリンを構えた。

海原もその横に立ち作戦開始を待つ。

「半場、無理しないように。」

「由良ちゃんを助けてあげないとね。」

真奈美と蘭さんどちらにも頷いて答えて準備を始める。

左目の奥に意識を集中させる。

朱色の世界を瞳に写し

「作戦開始!」

戦いの幕開けを宣言した。


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