第165話 ジュエリストと復讐鬼
由良はなかなか戻らない目に苛立ちながら玻璃を前に立てて盾とし耳で戦況を判断していた。
「そのスピネルは少々厄介な力をお持ちのようですがわたくしには通用しません。」
「いくらソルシエールに強くても直接打ち合えなきゃきかない。サンスフィアをいくら斬ってもきりがないよ。」
真奈美のスピネルは明夜や良子、ヘレナのような接近戦闘に対してアドバンテージを持つ反面、由良の音震波や美保のレイズハート、撫子のサンスフィアのような射撃系の攻撃にはセイバーとしての効力が働きにくい。
特に撫子はアヴェンチュリンを武器としてはほとんど使わないため真奈美とは最悪の相性と言えた。
「レイライン!」
光を纏ったアヴェンチュリンが振るわれると光の軌跡が宙に残る。
それが破裂を待つ爆弾だと知ってはいても撫子の意思で自由に爆発させてサンスフィアをばらまくことができ、触れても誘爆する目に見えるトラップとなるため非常に攻めにくい相手だった。
「半場は本当にこんな人相手に勝ったって言うの?はは、すごいね。」
真奈美はジリジリと撫子を中心に円を描きながらレイラインから離れていく。
猛獣を刺激しないように移動するハンターのごとく危険域から退避する。
「賢明な判断です。しかし…」
撫子はアヴェンチュリンを突き、振るい、掲げ、自分の周囲に罠を張り巡らせる。
「これならどうです?」
「これはさすがに厳しいかな。半場!ヘルプ入れる?」
真奈美はダメもとで陸に大声で尋ねてみた。
Innocent Visionなら罠が張っていようがその起爆のタイミングや方向を判断でき、無効化させることが出来る。
『背中を向けたら真っ二つで到着すると思うけどそれでいい?』
遠くからそんな声が帰ってきた。
それでは来たところで何も意味がない。
「なら来なくていいよ。」
真奈美がそう答えて視線を戻すと心なしか撫子がホッとしているように見えた。
「花鳳先輩、半場が苦手なんですか?」
まるで世間話のように真奈美はあっけらかんと尋ねる。
撫子は驚いた表情を見せ、思案するように顔を背けた。
「苦手…その表現は的を射ていますよ。わたくしは半場さんのような方は苦手です。」
「身内贔屓ですけど半場はなかなかいい男ですよ?」
普段はパッとしないちょっと卑屈な男だが土壇場での度胸や懐の広さ、そして仲間思いなところは惹きつけられる十分な魅力を持っている。
"Innocent Vision"に身を寄せている少女たちは皆その陸に惹かれて集まったのだから。
「そうですね。知略と度胸、包容力を持つ素敵な方です。ですがわたくしは恐ろしく思うときがあるのです。」
撫子もその点は十分に理解していた。
そして敵である撫子にも立ち直るきっかけを与えるほどのお人よしな面も男としてみれば好印象だ。
だが撫子は陸を男としてではなく敵として見た上で、掌を上に向ける仕草をする。
「Innocent Visionですべてを知るが故の知略や度胸、包容力。それはまるでInnocent Visionという神の掌の上での出来事のよう。わたくしたちの意思も行動も何もかもが知られているのではないかと考えてしまうと恐ろしくなるのです。」
半場陸の底知れない感じは出会った誰もが抱いていた。
それはこちら側に関わってそれほど時間が経っていない真奈美にもわかっていた。
真奈美は右だけの瞳を閉じて
「意外と弱いんですね、花鳳先輩。」
笑みと共に盛大な侮辱を吐いた。
あまりにも直球の言葉に怒ることも忘れた撫子の前で真奈美は左目と左足に触れる。
「半場は神でも化け物でもない、あたしたちと同じように何かによって力を与えられてしまった可哀想なただの人ですよ。」
「可哀想?あれほどの力を与えられた半場さんが?」
魔女によって特殊な力を「与えられた」、授かったと考える撫子に真奈美の言葉は理解できない。
真奈美は理解されないことを嘆くように頭を振って言葉を続ける。
「人にはそんな力は要らないんですよ。こんなものがあるから争いが起こる。半場はその火種を生まれたときから持たされていたんです。」
真奈美の意見は明夜の言う選ばれなかった者に通じるものがある。
本当に必要なのはきっと戦う力ではなく叶のように誰かを救う力だと真奈美は考えているから。
「半場はいつも無理していて、自分は化け物だからって距離を置こうとして、きっとこの戦いが終わったら居なくなろうとか考えてる。」
真奈美は陸が決して口に出そうとしなかった心のうちの思いを感じ取っていた。
恐らくは真奈美だけじゃなく、明夜も、由良も、蘭も、琴や叶も気づいている。
「だからあたしは半場を"人"としてここに居ていいんだって言ってあげる。それがあたしが"Innocent Vision"で戦いに身を投じる覚悟までして決めた誓いです。」
真奈美の戦う意志に呼応して眼帯の奥が青く輝きを放ちスピネルが淡い黄色の光を纏う。
撫子は真奈美の言葉に衝撃を受けていたがそれを考えるよりも早く真奈美が動いた。
「スピネル、行くよ!」
大地を強く蹴って飛び上がった真奈美は空中で回転し、スピネルを突端とした流星となる。
「退く気はないと言うのですね。ならば半場さんが合流される前に決着をつけると致しましょう。舞いなさい、サンスフィア!」
撫子もすぐに迎撃体勢に移る。
張っていたレイラインを外側から順に炸裂させていく。
日輪の弾幕は空間すべてを覆い尽くすように飛び交う。
上空から飛来する真奈美には地上から対空砲火を受けて弾幕が張られていくように見えた。
スピネルの光でサンスフィアは弾け飛ぶが間断なく迫る弾丸は光を突き抜けて真奈美を襲う。
「くっ!」
身に襲い来る弾丸を手甲で防ぎ、それすらも抜けてくる光には耐えて真奈美は流星のごとく光の波に飛び込んでいく。
「正気ですか?そのまま飛び込んでくるのであれば全力で撃ち落とさせていただきます。」
「あたしのスピネルはまだこういう戦い方しか出来ないから、スピネルと自分の体を信じて突き進むだけだ!」
肩が焼け、頬が焦げても真奈美は光の怒涛の中を突き進んでいく。
溢れ出した光が真奈美の周囲に渦巻き、その流れに当てられたサンスフィアが真奈美に触れる前に爆発する。
「あの光の力を受けてサンスフィアが誘爆していきますね。止められませんか。ならば…」
撫子がアヴェンチュリンを前にかざすと太陽の意匠が眩い光を放ち始める。
「コロナほどの威力はありませんが、今の貴女に防ぐことができますか?」
急速に意匠に光が集まって行き太陽のような輝きが世界を照らし出す。
収束した光が放出の時を待って膨れ上がる。
「どんな攻撃だろうとスピネルを信じて突き破るのみ!」
「ならばその信念の源を砕いて差し上げます。ソーラーフレア!」
アヴェンチュリンの太陽がカッと本物のように輝き、
ドウ
日光の波動がまっすぐ真奈美に向かっていく。
それはさながらコロナの縮小版だった。
ソーラーフレアは撫子自身が生み出したサンスフィアを飲み込みながら空に向かって伸び上がっていく。
圧倒的な熱量を感じて真奈美が右の目を細める。
(さすがに無理かな?でも、やるしか…)
グッとスピネルに力を込めて衝突に備えた。
流星が日光に飲み込まれる
その直前、両者の中間点に異物が投げ込まれた。
それは一つの水晶を切り出して作り上げたような剣とも槍とも言えるソルシエール。
「震えろ、クリスタロス!」
本来は所有者の手を離れた瞬間にその力を失うはずのソルシエール、だがクリスタロスは主の声に応えて激しく震え出した。
先にぶつかったソーラーフレアが、いや、ぶつかる前に振動によって光が飛び散っていく。
「あれにぶつかるのは危ないか!」
真奈美は咄嗟にスターダストスピナを解除しながら強引に体を捻って震えるクリスタロスをかわす。
軌道をそれた真奈美は肌を焼くソーラーフレアの脇を抜けて地面に降りていく。
その背後でパァンと一際強い光が破裂してソーラーフレアは消滅した。
ズザァと地面に着陸した真奈美とソーラーフレアを放った姿勢のまま立っていた撫子、どちらもが驚きの表情で振り返る。
撫子はソーラーフレアを打ち消すほどの力を示したクリスタロスに。
真奈美は味方であるはずの自分にすら被害を及ぼしかねない攻撃を放ったことについて。
「戻れ、クリスタロス!」
視線の先で由良は荒々しく叫び、戻ってきたクリスタロスを乱暴に手に取った。
(クリスタロス?)
真奈美はその名前に違和感を感じた。
普段の由良なら自分のソルシエールのことを玻璃と呼ぶ。
撫子は緊迫した面持ちでアヴェンチュリンをぐっと握った。
「葵衣から報告を受けています。クリスマスパーティーで見せた強さ、今の羽佐間さんがそうなのですね。」
ギギギと耳障りな震動を続けるクリスタロスを地面に突き立てて
「うおおおおおお!」
左目をあり得ないくらいに朱色に輝かせた由良が獣のように吼えた。
由良は赤い世界をさらに朱色に染まった視界で見ていた。
その世界では細かい判別など不可能で「動くもの」と「力の発動」しか知覚できない。
そして、
「魔女、どこだ!?ぶっ殺してやる!」
由良の心は復讐の念に支配されていた。
それは目をやられて回復を待っていたときのことだった。
『フフッ、無様ね。』
「!?」
その声はまみえることを望み、2度と会いたくないと願った相手のもの。
「魔女、どこだ!?」
『あなたのすぐそばよ。でも決して触れることはできない。』
「くそ!」
由良は玻璃を乱雑に振り回すが魔女を捉えた感触はなく、声はあらゆる方向から聞こえてくる。
『どうしたのかしら?まさかあなたの私を殺したいという思いはその程度だと?』
嘲るような、失望したような声が由良の神経を逆撫でる。
握り潰さんばかりに玻璃を掴んで振り回す。
「お前がそれを言うな!俺は1秒だって忘れたことはない!」
『当然よね。だって私はあなたの家族に憑りついて惨殺した憎い憎い相手だもの。』
「魔女ォ!」
楽しそうに語る魔女に怒り、立ち上がった由良は真っ暗だった視界がいきなり見覚えのある光景に変わったのを見て震えた。
「ここ、は…」
『知らないはずがないわよね?ここはあなたの家なのだから。』
そう、目の前に広がっているのは今も住んでいる決して広くない家だ。
何事もなければ家族であの広い家に引っ越す予定だった。
何もなければ…
「!?」
突然窓の外が赤く染まる。
だが由良の視線の先にあるのは赤よりも紅い、鮮血の海に沈む両親と血を滴らせる包丁を手に不気味な笑みを浮かべる弟の姿。
弟の後ろに魔女がいる。
寄り添うように、憑りつくように嫌な笑みを浮かべている。
だが由良は怒りよりも驚きと恐怖に縛られていた。
なぜ両親が倒れているのか、なぜ弟の手に血に濡れた包丁が握られているのか、なぜ幽霊が見えるのか。
あの時に感じた思いをそのまま再現するように意味をなさない呟きを漏らすだけ。
背後の魔女と同じようににんまりと笑みを浮かべた弟は包丁を逆手に持ち直すと
トス
何の迷いもなく自分の胸に突き刺した。
傷口から心臓の鼓動に合わせて血が噴き出し、その脈動がどんどん弱くなっていく様を由良は何もできずに見ていた。
立ったまま動かなくなった弟が
『壊れてしまったわね。これじゃあ使えないわ。この器じゃ私を受け入れることはできない。』
死人が不満げに目を伏せた直後に魔女が抜け出し、弟は物言わぬ骸になった。
「魔…女…魔女、魔女、魔女ォォォォ!」
『ようやく思い出したようね。あの時気まぐれに与えた力はその手にあるはずよ。さあ、目を開けなさい。そこに倒すべき敵がいるわ。』
「倒すべき敵は、魔女!うおおおお!」
由良は瞳を開き、不確かな視界で戦う姿を見つけた。
それが誰かなんて関係ない。
不可思議な力を使う相手をすべて殺せばその中に魔女の亡骸が転がっているはずだ。
「クリスタロス!」
ギャギャギャと悲鳴を上げながら主の命に従うソルシエールは空間までも震動させて熱を生む。
外気の熱とは裏腹に真奈美と撫子は隠されることなく溢れてくる無差別な殺意に背筋を凍りつかせていた。
「なんという重圧でしょう。これが羽佐間由良さんの本当の力。」
「敵も味方も関係なしって感じだね。でも止めないと。少なくとも私にとって由良先輩は"Innocent Vision"の大切な仲間だから。」
「どこだ!!」
由良はクリスタロスを振り回して周囲の大地を抉り、破壊していく。
たった一振りでアスファルトは砕け、岩石は粉々になる。
獣のように吼えて力を振るう由良に真奈美の声は届いていない。
ただ叫ぶだけでは由良の耳には、心には届かない。
真奈美はそれを悟ると由良ではなく同じく警戒している撫子に目を向けた。
「花鳳先輩。由良先輩とあたしを同時に相手をするのとあたしと一緒に由良先輩を止めるの、どっちがいいですか?」
真奈美はあっけらかんと共闘を申し出る。
撫子はパチクリと目をしばたかせた後不審げに目を細めた。
「わたくしが後ろから撃たないと言い切れます?わたくしたちの目的は"Innocent Vision"の打倒ですよ。」
「そうしたら花鳳先輩はその程度の人間だったって思うだけです。」
撫子のプライドを逆撫でする真奈美はすでに撫子を見ていない。
共闘を持ちかけた時点で由良を止めるために全力を尽くすことは決まっている。
「…芦屋さんとは違い、わたくしは羽佐間さんには手加減しませんよ?」
由良の異常性と真奈美の矛先が自分から外れたこと、それとプライドの問題から条件付きで同意した撫子は自分の主張を述べながら真奈美に並び立った。
「今の由良先輩は腕の1、2本折らないと止まりそうもないですよ。」
冗談ではなく真奈美は破壊の権化と化した由良を見て呟く。
その姿は人の形を取ったまま荒れ狂うデーモンのようだった。
「何があったのかは知らないけど、戻ってきてもらいますよ、由良先輩。」
「おおおおおお!」
届かぬ思いを決意に変え、真奈美は左足を踏み出す。
目に移るのは剣の足、セイバーのスピネル。
「頼むよ、相棒。」
真奈美は由良を救うために駆け出した。