第164話 瞬間移動の謎を追え
「明夜と蘭さんは海原、由良さんと真奈美は花鳳に応対して!」
僕の指示で"Innocent Vision"の戦士たちは散開して敵に向かっていく。
海原の力量は不明だが接近戦タイプでスピードのある明夜と幻覚で相手を撹乱する蘭さんなら遅れを取ることはないはずだ。
「ヴァルキリーの大将との戦闘なんてあたしには早いと思うんだけどね。」
苦笑を浮かべながらも真奈美は迷いなく花鳳に向かっていく。
「緑里やヘレナさんを退けたお力、見せていただきましょう。」
花鳳はサンスフィアを展開、真奈美に向けて撃ち出す。
真奈美はステップで回避しつつ接近するが先を読むように狙った弾丸は的確に真奈美を襲う。
だがそれを手甲で弾き、スピネルで切り裂きながら真奈美は突き進む。
「アルファスピナ!」
距離を詰めた真奈美は黄色の閃光を纏い地面もろとも切り裂きながらムーンサルトを放つ。
花鳳はアヴェンチュリンで防いだが
「この力は!?」
ソルシエールの効力を弱めるセイバーの力でそのガードを打ち抜いた。
花鳳の上体がスピネルの軌道に釣られて大きく揺らぐ。
そのまま素早く一回転した真奈美は右足を地面に打ち付け強引に縦から横への回転へと斬撃を変換させる。
それはアルファの光を横切る横一文字の軌跡。
「クロススピナ!」
十字の軌跡を描く斬撃を花鳳は大きく後ろに跳んで回避した。
「っ!」
逃げの一手に出ながらもサンスフィアを放って真奈美の追撃を防ぐ。
「がら空きだ!」
だがその飛び退いた花鳳の側面から由良さんが玻璃を手に走り込んでいた。
すでに玻璃は震えていて音震波を撃てる体勢に入っている。
「この状況で超音振は放てないでしょうが危険な方です。しばらくの間、その動き、封じさせていただきます。」
花鳳は攻めてくる由良さんに防御ではなくアヴェンチュリンの先端を向けた。
互いに武器を向け合う格好になり
「音震波!」
「サンライト!」
玻璃からは振動による波、アヴェンチュリンからは目を焼く光が飛び出した。
「うあ!目が!」
物理攻撃ではない強い光に由良さんが目を押さえて踞る。
「くぅ!」
花鳳も音震波をかわしきれず振動波の影響で膝をつく。
だが花鳳の言った通り由良さんは目をやられてしばらくは動けなくなった。
「由良先輩!」
「俺に構わず戦え、真奈美!」
「はい!」
熱い会話が一瞬あって真奈美はほとんど立ち止まることもなく再び花鳳に向けて駆け出していた。
花鳳がアヴェンチュリンで体を支えながら顔をしかめる。
「わたくしは負けません。絶対に。」
それでもその瞳は固い決意の光を微塵も失ってはいなかった。
「真奈美、1人だとコロナのチャージをされるかもしれない。空に力を溜めているような素振りを見せたら言って!」
「わかったよ、半場!」
真奈美に指示を出しつつ僕は明夜たちの戦いに目を向ける。
明夜は両手の二刀で海原に突きを主体とした連続攻撃を行うが海原はそれらを体捌きや首の動き、セレスタイトで受け流していく。
「速く正確な攻撃です。」
「それを避ける人はもっと速い。」
海原も明夜も相手の力量を誉めながらもそれを打開するための手を打って出る。
「逆首刈りチョップ。」
明夜のオニキスは武器の形状が手の甲から伸びる刃なので極論的には長い指のチョップと変わらない。
拡げた右腕を内側に引き戻すように斬る。
当然対象は内側に入り込むのは危険なので後ろ、あるいは刃とは逆方向へと逃げる。
だが明夜は左足を大きく前に踏み出して外側から大きく弧を描き左の刃を退路を絶つように振るう。
海原は後ろに跳んでいたため左から迫る罠を避けていた。
明夜の両手の刃があぎとのようにガギンの空を噛み砕く。
「両手の刃による二段攻撃ですか。」
「まだ。」
そこにもう一段階、体の前で刃を交差させた形になった明夜が強い踏み込みから前に飛び出す。
バックステップで退いた海原と追うために前に出た明夜では速度が違う。
一気に懐に飛び込んだ明夜はギュワッと刃同士を擦り合わせることで鞘走りのような効果を使い加速した斬撃を海原に打ち込んだ。
「っ!」
海原が斬撃の交点にセレスタイトをぶつけて高速の斬撃をキャンセルさせる。
だが突進力までは打ち消すことができず、刃を振り抜く力も加わって海原は弾き飛ばされる。
海原は靴底を滑らせてどうにか体勢を維持した。
「うわぁ、葵衣ちゃんバランスいいね。」
「ッ!」
そんな声が背後から聞こえてきて海原が肩をビクリと震わせる。
いつの間にか姿を消していた蘭さんが映画の特殊効果を現実で目の当たりにしたように何もない空間からゆっくりと姿を表した。
蘭さんは硬直した海原の肩に手を伸ばす。
「葵衣ちゃん、捕まえ…」
「ッ!!」
「…た?」
蘭さんの手が触れようとした瞬間、海原は蘭さんの手の届く範囲から消えていた。
慌てて周囲を見回すと5メートルほど離れたところでしゃがみこんだまま軽く息を乱していた。
蘭さんは首を傾げながら明夜に合流する。
「明夜ちゃん、どう思う?やっぱり瞬間移動?」
当然神峰との戦闘を見ていればその結論にはたどり着く。
「…。」
明夜はわからないのか考えていないのか何も答えない。
蘭さんは首をくるりとこちらに回すとぶんぶんと手を振った。
「りっくんに参戦要求だよ。そのブレインをランに貸して。」
直訳すれば考える気がないから見極めと作戦指示を頼むということだが選択としては悪くない。
だいたいこう言っては何だが明夜と蘭さんは考えながら戦うタイプには向いていない。
「ここで半場様の投入ですか。」
僕が歩いて近づいていくと海原が表情には出さず警戒の気配を強めた。
「ヴァルキリーの最大の標的が前に出てきたんです。もう少し喜んでもいいんですよ?」
「Innocent Visionによるこちらの行動予測と攻撃命中率の低さを考慮しますと最悪の状況です。」
口ではそう言いながらも海原は引き下がる様子はまるでない。
ここで引き下がってくれれば、あるいは花鳳と合流してくれればこちらも合流できるのだがそれは望めない。
そうなると花鳳の相手が真奈美1人ではさすがに荷が重い。
「作戦はもう考えてある。行くよ。」
「うん。」
「さすがりっくん!」
速攻で海原を無力化して真奈美の救援に向かってもらおう。
「明夜、とにかく接近して攻撃し続けて。」
「うん。」
明夜は一足で風のように飛び出すと海原に近づき一振り、海原がセレスタイトによる防御に入るとすかさずもう一方の刃で防御の隙間に斬りかかる。
これが二刀流の戦闘様式。
明夜自身のスピードと相まって普通の相手なら数合と持たずに一撃を入れられる。
だが海原は一撃目の攻撃を受けたセレスタイトをずらして打点を逸らし、さらに二撃目を防御してきた。
(やっぱり剣術として相当な腕を持ってるみたいだな。)
明夜は攻撃が外れてもすぐに次の攻撃に移る。
海原は明夜を捌くことに専念せざるを得ず、蘭さんへの注意や僕への攻撃を犠牲にしなければならない。
それほどまでに明夜の斬撃は激しいものだった。
「りっくん、ランは?」
「蘭さんはもう少し待って。」
この状況を続けていて不利になるのは海原だ。
そうなればあの瞬間移動に見えるグラマリーを使うに違いない。
あのグラマリーのからくりのおおよその検討はついているが確証がない。
今はそれを見極めることが先決だ。
「じゃあ、りっくんは瞬間移動だとは思ってないんだね?」
蘭さんは何気無く僕の心を読んだような発言をした。
久々だったが相手が蘭さんなので驚くような事でもない。
「そうだね。実際に瞬間移動なら明夜の攻撃を受ける必要はないよ。完全に振り抜いた瞬間に死角に飛び込んで斬りつければ大抵の相手は一撃だからね。それに、海原が跳ぶ時と着地の格好が違ったんだ。だからあれは「瞬間」移動じゃないよ。」
本当に秒を置かずに座標のみを変化させて場所を移動できるなら跳ぶ前と後は同じ体勢のはずだ。
そうではないということは瞬間移動ではなく目に見えないほどに速い移動となる。
「超高速移動の原理を見極めるんだ。」
明夜の攻撃は僕の意図を汲んだように徐々に海原を追い詰める速度へと上がっていく。
あるいは、海原がそう誘導しているか。
「そろそろか。Innocent Vision。」
僕の左目で海原の跳ぶ未来を見る。
「蘭さん、あそこだ!」
「合点だ!」
海原の出現地点に蘭さん向かってもらい僕はその時を待つ。
「これで終わり。」
「終わりません。」
明夜の攻撃を受けきれないと判断した海原は例の瞬間移動を発動し
「にゃー!?!」
出現地点に向かっていた蘭さんがギャグみたいに吹っ飛んだ。
「?蘭ちゃん、遊んじゃ、メッ。」
「…」
「りっくん、酷いよ!」
明夜は首を傾げながら注意し、蘭さんは両手を振り回してこちらに抗議をしてきた。
明夜と蘭さんはアレだが海原は警戒を強めてこちらを見ていた。
明夜と蘭さん、そして僕が取り囲むような形で海原と対し、海原は僕の方を見た。
「…さすがです、半場様。私のグラマリーがお分かりになられましたか?」
「そこまではさすがに分からないですよ。ただ空気を操るような力だと考えただけです。」
「…」
海原は答えない。
だが雰囲気からして外れたことをほくそ笑んでいる風ではないので図星だったと見るべきか。
サスペンスドラマの犯人のようにネタばれをしてくれる保証は無いが蘭さんたちに教えるためにも海原葵衣のグラマリーに対する考察を説くことにする。
「空気は地球上にいる限り必ず存在しています。そして物質が動く時、空気を掻きわけるように進むためそこには抵抗が存在します。もしその空気抵抗を特殊な力によってキャンセルすることが出来れば武芸家として鍛えた足腰とソーサリスで強化された筋力による素早い動きをさらに一段階も二段階も高められるはずです。空気抵抗は速く移動する物体にこそ大きく寄与しますからね。」
「それじゃあさっきランが飛ばされたのはその体当たりのせい?」
僕の説明に海原葵衣は沈黙を守ったまま、蘭さんと明夜は揃って首を傾げる。
僕は海原から視線を外さないようにしながら首を横に振った。
「それだと今頃蘭さんはバラバラだっただろうね。高速移動する物体の運動エネルギーはものすごいはずだからね。たぶんグラマリーを解放する時の空気の反動で飛ばされたんじゃないかな?」
あれだけギャグっぽく吹っ飛んでほとんど無傷なこともこの仮説を裏付けている。
それに多分本当にぶつかったのだとしたら海原とて無事では済まない。
恐らくは蘭さんが進行ルートに入り込んだため急遽グラマリーを解除したのだろう。
「さあ、反論をどうぞ?」
ビシリと海原に指を突きつける。
さながら探偵漫画の犯人はお前だ、的に。
すると犯人は大抵笑うのだ。
海原も口の端にわずかな笑みを浮かべた。
「お見事です。将来は探偵業をお勧めします。」
グラマリーを当てられても海原には微塵の揺らぎもない。
「それでは私のグラマリーの対処法も思い付かれましたか?」
僕も負けじと笑みを返して
「さっぱりです。」
肩を竦めた。
「陸、…ダメな子。」
「りっくん、使えなーい。」
仲間から反感の嵐だがどうしろというのか。
海原は今まで距離を取るときにのみグラマリーを使っていた。
だけどもしあれを攻撃に向けて使われたら…視認できない速度で接近されて吹き飛ばされるかあるいは斬られるか。
追撃しようにも消えたように移動するので実質的には不可能。
海原葵衣のグラマリーは派手さが無いからこそ弱点の見つからない難攻不落の能力だった。
「姉さんは私との実力の差にずっと苦しめられていました。姉さんにこのグラマリー、ウインドロードを見せるわけには参りません。姉さんが目覚める前に終わらせていただきます。」
そう海原が言い終わった瞬間、僕は左目を押さえながら全力で横に跳んでいた。
頬を掠めてセレスタイトが突き抜けていく光景に肝が冷える。
「そうでしたね。Innocent Visionは唯一私の速度を知覚することができる能力。ですが半場様に戦闘能力がない以上…」
「はっ!」
「やあ!」
明夜と蘭さんの背後からの一撃は空振り
「誰も私を止めることは叶いません。」
海原はその向こう側に移動していた。
(まずい、まずい、まずいな。)
海原の良くないスイッチを押してしまったらしい。
下手に背を向ければ斬られるので真奈美の応援どころではない。
3対1ですら不利な戦い、さらに由良さんを欠いて1人で戦う真奈美。
"Innocent Vision"は今、大ピンチに追い込まれていた。
(早く戻って、由良さん。)
ここは赤い砂漠の世界。
限りなく近く、果てなく遠い魔女の世界。
魔女は豪奢な椅子に腰掛け、壱葉の戦いを見てつまらなそうに嘆息した。
「せっかくのソルシエールがスポーツの道具に成り下がってるわ。もっと血で血を洗う戦いを望んでいるのに。」
魔女は足を組み替えてふんと鼻を鳴らす。
「放っておいても望みは叶うけれど、それじゃあ面白くないわ。」
これはゲーム。
ならばイベントを起こさなければならない。
魔女は壱葉というゲーム盤の上にある駒を探す。
「聖域はどうでもいいわ。あの力は守ることに長けている。こちらから手を出さなければどうと言うことはない。」
魔女は取り敢えず"Innocent Vision"とヴァルキリーの戦う戦場にデーモンを呼び寄せる。
「主役のいない場所で遊ばせておくのも無駄よね。それと…」
魔女は戦場を見る。
神峰美保に少し手を加えてみたが結局上手く行かなかった。
魔女は弱者に用はない。
ふと、その目が止まる。
「フフフ、これは面白いことになりそうね。」
魔女は立ち上がると左手を前にかざす。
足元に展開するは闇色で描かれた魔法陣。
「さあ、絶望しなさい。誰も彼も震え上がり、地に這いずり、そして我が糧となりなさい。」
魔女は瞳を閉ざす。
闇が蠢き、魔女は闇の深淵へと沈んでいった。