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Innocent Vision  作者: MCFL
162/189

第162話 野望の狂信者

それは一瞬の出来事だった。


赤に染まっていた世界が翠色の光に照らし出された直後、分身も本体も、敵も味方もなく光の怒涛に晒された。



叶は太宮神社で琴の手伝いをしていたがふと光ったように感じて空を見上げた。

「どうかされましたか、叶さん?」

琴がそれに気付いて声をかける。

もともと手伝いと言っても食材があるわけではないので炊き出しができるわけでもなく、避難してきた人たちを落ち着かせることくらいだからどちらも手が空いているとも言えた。

叶は空を見つめていた視線を戻して首を横に振る。

「陸君たちは大丈夫ですよね?」

それは疑問ではなく信頼。

だけど叶の表情には不安も見え隠れしている。

琴は少しだけ言葉を探してから口を開いた。

「こんな異常な世界です。誰も彼も、それこそこの太宮神社でさえいつまで無事でいられるかはわかりません。」

「…。」

慰めを求めている相手には少し冷たく感じる琴の言葉。

だが叶も分かっているから何も言わない。

戦いに赴いた陸たちが無事でいる保証なんて何処にもない。

「後悔、されていますか?」

「後悔ですか?」

叶は考えてみるがそんなに重い言葉を使うような何かは思い当たらない。

不思議そうな顔をしていると琴はわずかに目を細めた。

「セイントの力を使って陸さんたちの手助けをするべきだったのではないか、そう考えてはいませんか?」

「…」

責めるような口調で問い詰められて叶は押し黙る。

しばらく沈黙が続くと不安げになったのはむしろ琴の方だった。

「別に怒っているわけではないのですよ?話し合いの時はわたくしが勝手にお止めしてしまいましたが叶さんがどうしても行かれるというのならわたくしは止められません。」

止めないと言いながらも心配しているのがありありと浮かんでいた。

叶はそんな琴のちぐはぐさにクスッと笑って首を横に振った。

「私がついていったとしても邪魔にしかなりませんから。」

それは叶の本心であり事実。

だからついていかなかった事への後悔なんて叶の中にはない。

後悔と呼べるものがあるとすればそれは

「陸君の力になってあげられないことが、後悔です。」

"Innocent Vision"の皆のように陸と戦うことも、琴のように予言で道を示すこともできずただ守られるだけ。

そんな存在でしかないことを叶は悔いていた。

叶の心情を読み取った琴はにやりといたずらな笑みを浮かべた。

きっと狐の耳と尻尾がひょろりと生えたことだろう。

「そうですね。戦いに赴く男性が求めるのは帰ってくる場所。つまりは家族や恋人の所です。叶さんは…どうなのでしょうね?」

ホホホと笑う琴の前で叶は

「…そうですよね。私じゃ陸君の帰る場所には役不足ですよね。」

盛大に落ち込んでいく。

弄ろうと…もとい、スキンシップを図ろうとしたのに落ち込まれて琴は慌てたがすぐに気を持ち直す。

しょんぼりと俯いた叶の頬に手を添える。

「自信を持ってください。陸さんは叶さんのところに帰ってきてくれますよ。」

「…でも、明夜ちゃんとか羽佐間先輩とか江戸川先輩とか、あと真奈美ちゃんに八重花ちゃん。陸君の周りには強くて綺麗な人たちがたくさんいます。陸君は強い女の子の方が好きなんじゃないですか?」

(そこにあの下沢さんも加わるのですか。本人が望んだことではないと分かっているとはいえ、あの天然ジゴロは…)

「琴先輩、痛いです。」

陸への怒りで手に力を入れすぎて叶が呻き声を出したためサッと手を引いて愛想笑いを浮かべる。

確かに陸の周りには戦う乙女ばかりだ。

「ですので叶さんはその逆の癒し系としてアピールしていくのです。」

「!は、はい!」

光明を得て叶の顔に明るさが戻った。

戦っているであろう陸たちの戦場と繋がっている空を見上げる叶の後ろ姿を見ながら琴は目を瞑る。

(ですが、もしかしたら叶さんの力が必要になるかも知れません。その覚悟が叶さんにあるでしょうか?)


「あはははは!」

「…ん…」

耳に障る笑い声で飛んでいた意識が戻った。

全身が痛みを発している。

幸い死に至るダメージは無いようだが力が入らない。

僕は立ち上がるのを諦めて現状を理解しようと耳に意識を集中した。

「あたしが本気になれば"Innocent Vision"だって、ヴァルキリーだって敵じゃないのよ。これからはあたしがトップよ!」

首を巡らせなくても分かる。

神峰美保だ。

由良さんが取り逃がしたと言っていたけどまさかこのタイミングで出てくるとは。

予想外というかある意味予想通りというか、とにかく最悪だ。

(皆は、どうなった?)

不意打ちで襲ってきた高威力攻撃に気付いたのは由良さんくらいだったからろくに防御も出来なかっただろう。

この程度じゃ死なないと信じるしかない。

「ちょっとやりすぎたかしら?ククク、もしかしてみんな肉片になったかな?」

神峰の声がゆっくりと近づいてくる。

ゲシッ

「ぐっ!」

途中で何かを蹴飛ばす音とくぐもった声が聞こえた。

(真奈美。)

「芦屋真奈美だったわよね?なんでジュエルがこんなところにいるのよ?」

「…」

真奈美は気を失っているのか答える気がないのか無言で神峰は何度も真奈美を蹴飛ばす。

ゲシッ、ゲシッ!

「ごほっ、ごほっ。」

蹴られるたびに苦しげな声は聞こえるものの抵抗する様子は無い。

「ちっ。まあいいわ。」

真奈美を蹴り飽きたのか神峰は舌打ちをしてまた歩き出す。

真奈美の弱まった呼吸が聞こえてきてその状態が心配になる。

神峰は僕が起きているのに気付いていてじわじわと恐怖を与えようとしているんじゃないかと思えてきた。

ゆっくりとした足取りだった神峰の足音が止まる。

僕の前じゃない。

「…花鳳先輩。」

その相手は花鳳だった。

ここで仲間を起こして"Innocent Vision"を一掃するつもりだとしたら最悪だが、花鳳たちもまとめて攻撃してきた以上その可能性は低い。

「あたしは気に食わない相手を殺せるからヴァルキリーに入ったんです。それなのにムカつく"Innocent Vision"は殺せないし、ジュエルを殺しても文句を言われる。それじゃあますますストレスが溜まるだけじゃないですか。」

神峰はザッ、ザッと地面を足で踏みながら自分の中の感情を発露させていく。

蹴る足の音がだんだん大きくなっていく辺りに神峰の苛立ちが見える。

「だからこれからはあたしがヴァルキリーのリーダーになってあげますよ。ソルシエールを隠す必要なんてない、この力で殺したいやつを殺し、壊したいものを壊す。あたしたちにはそれだけの力があるんだから!」

感情が入りすぎて力が制御できていないらしく地面が爆発したような音を立てた。

パラパラと降る土の中で神峰は声を押し殺すように笑う。

「ククク。さあ、認めてください。あたしにヴァルキリーをくれるって!」

神峰があんな野望を持っていたことには驚きだが確かに誰かの下についていられるような質ではない。

だけど神峰自身が語ったように彼女は殺戮を肯定する思考の持ち主だ。

だから神峰の手にヴァルキリーが渡れば間違いなく殺戮集団と化す。

超常的な力で世界を支配する存在になってしまう。

ヴァルキリーの理想に共感できない僕だがそれ以上に神峰の作るであろう組織は容認できなかった。

(だけど神峰をトップにしたらダメだ。)

「…認め、られません。」

苦しげに息を吐きながら花鳳が立ち上がった。

僕は体をずらして視界に両者を収める。

アヴェンチュリンを杖にやっと立ち上がった花鳳の向かいでは青筋を浮かべた神峰が苛立たしげに地面を踏む。

「強いやつがトップに立って何がおかしいのよ!?」

もはや敬う言葉も忘れ神峰は吠える。

花鳳は立ちあがるのすらつらそうに顔をしかめながらも引き下がる様子は無い。

「力の優劣で順位を決めるだけならただ本能に生きる獣と同じ。そして力を律する心を持たないというのなら、それはジェムと変わりません。」

そう、ソルシエールの衝動の根幹は負の感情。

だから衝動の赴くままに力を振るうのは理性を失い破壊と殺戮を続けるジェムと同じだ。

「あたしが、ジェムと同じ?…くくく、はははははは!」

神峰は呆けたように呟くと大声で笑い出した。

壊れたような笑い声が耳に響く。

「あたしをあんな化け物と一緒にしないでよ!もういいわ、それならもう死になよ!レイズハート!」

神峰がスマラグドを振り上げると空中に僕たちを襲った翠色の光が浮かび上がった。

花鳳はどうにかアヴェンチュリンで体を支えて立っている状態なので避けられるはずがない。

それでも花鳳の瞳には神峰への怯えが微塵も見られなかった。

「何よ、その目は!?怖がりなさいよ!あたしを憐れむように見ないでよ!」

神峰がスマラグドを振るう度にレイズハートが増えていく。

「もう消えちゃいなさい!」

苛立ちのままにスマラグドが振り下ろされ、光が花鳳に殺到する。

花鳳はそれを見つめながらも動けず


折り鶴が光にぶつかって砕けた。


「撫子様に、手を出すな。」

すんでの所で花鳳を守ったのは海原だった。

こちらもどうにか立ち上がったもののダメージは深刻らしくフラフラしている。

だが邪魔をされた神峰は額に青筋を浮かべて弱った海原を睨みつけた。

「緑里先輩はいつもいつも撫子様撫子様って煩いのよ!」

「美保だってすぐにキレてカルシウム足りてないんじゃないの!」

レイズハートと白鶴が術者の感情そのままに激しくぶつかり合う。

光と式、物質としては異なる操作系術者の戦いは物量に制限のある海原が不利だ。

普段ならそれを持ち前のスピードで補うことが出来るのだろうが今の海原では立っているのがやっとだ。

正面からの衝突では分が悪い。

「うっ!」

「どうしたんですか、緑里先輩?まさかもう終わりなんて事無いですよね?あたしはまだまだ行けますよ?」

海原が限界なのを知りながら神峰は手を緩めず、むしろ勢いを強めて嘲笑う。

翠色の光の波は着実に海原を押し潰そうとしていた。

「漁夫の利を得ようとして後から出てくるような小者が、よく吠えるよ。」

それでも海原は花鳳と同じで神峰に屈することはなかった。

ブチンと血管がちぎれるような音が聞こえた気がして神峰の顔が憤怒で激しく歪む。

「あー!ムカつくムカつくムカつくムカつく!!!あたしを侮辱する奴はみんな殺す!」

神峰の生み出す光が正面だけでなく海原の周囲にも出現する。

虚勢を張っただけの海原に避ける力が残されているわけもなく海原は諦めたように微笑んで花鳳を見た。

「緑里!」

「撫子様、ボクは…」


花鳳の伸ばした手も海原の呟きも


「スターインクルージョン!!」


神峰の光と声に掻き消えた。



もうもうと立ち上る粉塵。

「はあ、はあ!」

怒りで息を荒くする神峰。

「緑里…」

伸ばした手の行く先が分からず呆然とする花鳳。

戦場は異様な静けさに包まれていた。

"Innocent Vision"の皆が無事なのかは僕の位置からは確認できないが今は神峰と花鳳、そして海原の動向だ。

「はあ、…はあ、…くく。」

徐々に息が整ってきた神峰は喉の奥で笑い、

「あっはっは!とうとうあたしはソーサリスを殺した!あたしが最強よ!」

高らかに声をあげた。

「緑、里…」

花鳳は失意に膝を折って地面に座り込む。

気力だけで立っていたようなものだからもう戦う力は残っていまい。

「花鳳先輩、悲しむことはないですよ?」

神峰はどこか慈悲深くさえ感じる優しい声で語りかける。

手加減なんてするわけがないのにそれを期待したような希望の目を向けた花鳳に

「花鳳先輩もすぐに同じ所に送ってあげますから。」

悪役の台詞を本気で吐いてスマラグドを掲げた。

その顔はちらりと見えただけでも悪魔のようだった。

花鳳が恐怖なのか海原を失った悲しみなのか身を震わせる。

もはや完全に抵抗の意思は見られない。

さすがにこのまま花鳳が殺される状況を見過ごすわけにも行かない。

神峰をヴァルキリーのトップにさせるわけにはいかないから。

僕は痛む体を無理矢理に奮い立たせて


「ならばどこへも行く必要はございません。」


ひどく冷静な声が戦場に響くのを聞いた。

「!」

「まさか!?」

粉塵が散っていく。

赤く染まった世界に照らし出されたその向こう側には海原緑里を抱き抱えた双子の妹、海原葵衣が立っていた。


「葵衣…」

花鳳が安堵した声をかける。

それは海原緑里の無事だけではない、真に信頼する海原葵衣がこの場にいることが大きいのだろう。

「お待たせ致しました、お嬢様。ご主人様の身の安全の確保を優先させたため遅れてしまい申し訳ありません。」

海原葵衣は変わらない様子で頭を下げる。

花鳳はペタンと座り込んだまま今にも泣きそうな顔で笑みを作った。

「無視するな!」

不意討ちで放たれたレイズハートを海原は身を捻ってかわす。

「今さら出てきて何の用よ、仲間殺しの殺人鬼?」

「…」

苛立ちと嘲りを隠そうともせず神峰は言葉の刃を海原葵衣に突き立てる。

海原葵衣はただ黙ったまま言葉の暴力に晒され、くるりと神峰に背を向けた。

いっそ無防備にも見える様子で座り込んだ花鳳のところまで歩いていく。

「お嬢様、姉さんをよろしくお願い致します。」

海原葵衣は海原緑里を花鳳の隣に横たわらせると立ち上がり、ゆっくりと神峰に歩み寄っていく。

「何よ、今度はソーサリスであるあたしまで殺すつもり?」

それがあり得ないとわかっているからこその挑発。

だが海原葵衣の足並みは止まらない。

「美保様にはなぜ私があのような事態を招いたか説明していませんおりませんでしたね?」

神峰が何を言いたいのかわからないというように目を細める。

だが言葉よりも先に態度は雄弁に意志を現しており海原葵衣の左目がゆっくりと朱色に染まっていく。

「私はお嬢様の理想にそぐわない相手を排除する刃、今の美保様はヴァルキリーの理念の障害以外の何者でもありません。セレスタイト。」

静かに、厳かに、元の空の色を映したような片割れの魔剣が顕現した。

「お嬢様を傷つけた存在を排除致します。」


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