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Innocent Vision  作者: MCFL
161/189

第161話 無限のInnocent Vision

蘭さんの放ったミラーハウスにより僕たちが無数に増殖していた。

「うわっ!"Innocent Vision"がいっぱい!?」

「これもオブシディアンの幻覚の一種ですのね。猪口才ですわ。」

2人はソルシエールを構えるが如何せんどっちを見ても敵しか見えないので標的が定まらない。

『ふっふっふ、ランの影分身、見切れるかな?』

無数の蘭さんが一斉に腕組みをして不敵に笑う。

自分以外の誰が本物なのか分からないので普通に不気味だ。

『ほう、こりゃ面白いな。』

『私がいっぱい。』

『おっ、動きがぴったりだね。』

由良さんも明夜も真奈美もさっさと順応して自分で自分を見て遊んでいる。

右を見ても左を見ても前も後ろも僕か明夜か由良さんか蘭さんか真奈美がいる。

さすがに地平線の彼方までとはいかないが有効範囲内である半径100メートルほどの中には100人を超える"Innocent Vision"がいた。

この中から本物を見分けるのは僕だって無理だ。

「影分身のセオリーは影がないことだって聞いたことがある。」

海原は希望を持って僕たちの足元を見て

「…みんな影がない。」

そもそも影が出ていないのに気が付いて気落ちした。

『まあ、太陽が出てませんから。』

「うるさいな!」

普通にツッコミを入れたらすべての僕が同じことを言うので確かにうるさかった。

「ならば太陽の輝きをここに!」

花鳳がアヴェンチュリンを掲げると目の前に太陽が生まれたかのような目映い光が発生し僕たちを照らし出した。

コロナのような攻撃用の力ではなくあくまでも光を生み出すグラマリーだったようで止める間もなく発動されてしまった。

「わー、大変だぁ!…なんちゃって。」

蘭さんがわざとらしい悲鳴を上げた後に一斉にいたずらっ子の顔をして舌を出した。

次の瞬間、今まで見えていなかった僕たちを映し出す鏡に光が反射して空間一帯が白い光に包まれた。

「ナデシコ、これでは何も見えませんわよ!」

「見えない魔術鏡による鏡像でしたか。光が使えないとなると少々面倒ですね。」

花鳳が光を収めるとようやく視界が赤い世界に戻った。

まだ目がチカチカするがそれは相手も同じこと。

『攻撃開始!』

油断の生まれたこのタイミングで号令をかけた。

『『おおー!』』

5人にして無限の軍隊が声を上げて進撃を開始する。

その姿はかつてジュエルを率いていたヴァルキリーと"Innocent Vision"の構図を逆転させたようだった。

「だけど本体はたったの5人ならほとんどは当たっても…わああぁ!」

言い終わる前に海原が人波に流されていく。

どうやらあの魔鏡、物理判定付きらしい。

ますますもってとんでもない技だ。

「鏡像は姿だけです。叩けば割れるはずです。」

花鳳はアヴェンチュリンの端を握ると慣れない動きで大振りに振り回した。

たまたま駆け寄っていた僕(偽)の顔面に直撃し

「ぶはっ!」

嫌な声と表情を残しながらバリンと砕けた。

「…何と言いますか…ごめんなさい。」

「いや、こちらこそ見苦しくてすみません。」

手にかけた花鳳も僕自身もなんだか後味悪い。

「なるほど、殴りたい放題なんだ。」

海原が嬉々として駆け出し明夜に向かってベリルを突き出す。

これだけの数だから偽者だとは思うが仲間にソルシエールが突き刺さろうとしている光景は肝が冷える。

深い海の色をした刃はまっすぐ明夜に向かい

スッ

首の捻りだけで回避した。

「…。本物!?」

『わからない。』

考えの読めない表情の明夜が一斉に首をかしげる。

確かに影分身は僕(本体)の動きをトレースするので攻撃されているのを知っていれば避けられるだろうが逆に自分が居すぎて誰が狙われているのか見るのが難しい。

それを平然とやってのけるのだから相変わらず明夜のスペックは謎だ。

『さあ、どの俺が超音振を撃つかな?』

「誰が撃ってもこの一帯は全滅ですわよ。」

由良さんの牽制にも構わずヘレナは片っ端から影分身を斬り倒していく。

だが僕たちは後から後から湧いて出るように一向に止まる気配がない。

流石の花鳳にも焦りが見え始めた。

「こうなれば仕方がありません。ヘレナさん、ブラックナイトメアを。」

「そうだよ!こんな鏡、全部吸い込んじゃえ!」

「分かりましたわ。ただし、発動までのワタクシの身の安全、任せますわよ。」

ヘレナは両手でセレナイトの柄の中程を握ると石突を地面に突き刺した。

セレナイトの刀身から闇がゆっくりと滲み出していく。

この時を待っていた。

『今だ、せーの!』

「まさかこのタイミングを狙っていたのですか!?」

「ヘレナさんは守るよ!」

花鳳と海原が慌て出すのを横目に見ながら僕たちは


動かずじ~っとヘレナに目を向けた。


先程までの騒乱のざわめきが嘘のように静まり返り、赤い世界の静寂が嫌に目立つ。

花鳳も海原も"Innocent Vision"の突然の行動は意味不明らしく顔をひきつらせた。

僕たちはただ表情を無くしてヘレナを見続ける。

「~!何なんですの!?ナデシコ、気が散って仕方がありませんわ!」

ヘレナは意識を集中させながら器用に叫ぶ。

「そうは言われましても、本体が分からなければ止めようがありません。」

「頑張ってー。」

「あなた方は~!」

丸投げする気満々な2人への怒りでヘレナの左目が輝きを放ちセレナイトの刀身から極小の黒い粒が飛び出した。

ヘレナの表情に笑みが浮かんだ。

(あれがブラックナイトメアの核。)

「さあ、これで…」


『総員、退却!』


ヘレナがスペリオルグラマリーの力を使おうとした瞬間、じっと見つめるだけだった僕たちは一斉にヘレナから逃げ出した。

「に、逃がしません!」

「何なんだよぉ!」

大移動に驚きつつ花鳳や海原は追ってくるがやはりヘレナは追ってこない。

見る見るヘレナだけをその場に残して僕たちは遠ざかっていく。

『近づかなければブラックナイトメアは怖くない。』

「卑怯ですわよ!」

卑怯なのは重々承知しているがブラックナイトメアは危険なグラマリー。

何と言われようが勝つためには必要なのだ。

ヘレナの足が止まれば僕たちとしては他の2人を相手にすればいいので4対2となりこちらが楽になる。

『さあ、相手が2人の間に畳み掛けよう。』

『りっくん卑劣~。』

「ヘレナさん!」

「ああ、もう!屈辱ですわ!」

花鳳の呼び声にヘレナは忌々しげに生まれたばかりの漆黒の球体をセレナイトで切り裂いた。

『一同、反転!』

ヘレナがブラックナイトメアを消した瞬間、"Innocent Vision"はまた足を止めて戻る。

ちょっとした打ち合わせだけでここまで息ぴったりなのは結束の成せる業か。

ぞろぞろと戻っていく"Innocent Vision"の中で花鳳は困惑したまま無造作にアヴェンチュリンを振るっていた。

「いったい何を狙っているのか理解できません。」

花鳳が困惑してアヴェンチュリンを構え直す。

「とにかくたくさん居すぎて気色悪いよ。」

『護法童子の動きほどじゃないよ。』

「何をー!」

海原はベリルを振り上げて憤慨するが怒るべき相手がいっぱいいすぎてぐるぐる回っている。

「こうも簡単にブラックナイトメアを封じられるなんて…」

『俺たちのリーダーを舐めるなよ。』

これで完全に"Innocent Vision"のペースだ。

鏡像が見破られない限りこの攻勢は揺るがない。

「もう、こうなったら!護法童子、白鶴!」

海原が突然ポケットから紙を鷲掴みにして空中に放り投げた。

紙はヒラヒラと舞いながら大男と折り鶴へと姿を変える。

「邪魔な"Innocent Vision"を全部やってけちゃって!」

8羽の白鶴と6体の護法童子が無差別に僕たちに襲いかかってきた。

力を宿した式符は魔鏡の幻影をやすやすと砕いて飛び回る。

その速度は出現する影分身よりも早い。

『りっくん、ピンチであります!』

『半場、迎撃していいかな?』

『本体がバレると分身の意味があまりなくなるんだよ。』

予想はしていたが予想外に海原が暴走するのが早かったのだ。

「良いですわよ、ミドリ。数が減れば本体を見つけるのも楽になりますわ!」

ヘレナは猛然と僕たちの間を駆け抜けて偶然僕に斬りかかってきた。

(しまった!)

ここで僕がやられるのはもちろんまずいが僕の本体がバレるのも戦術的に厳しくなる。

(避けるしか…)

だけどここは命を取る。

僕は明らかに回避する体勢になるのも構わず後ろに

『黒マント、討ち取ったり。』

「!」

飛びずさろうとした直前、無防備になったヘレナの背中に向けて明夜が斬りかかった。

ヘレナは咄嗟に鎌を小径で振り回し、そのまま後ろに向かって回転しながら武器を振るった。

ガギンと互いのソルシエールがぶつかり合いすぐに離れる。

その隙に僕は他の僕の中に紛れて事なきを得る。

「これは分身!?ユギメイヤ、どこに行きまして!?」

(助かった。だけどさっきの明夜の攻撃はまるで本物の僕だと知っていたようだった。)

明夜はすでに分身の輪の中に入ってどれが本物なのかわからない。

なんであれこのままでは危険なのはよくわかった。

鏡像に実質的な攻撃能力がない以上、式の攻撃で数が減っていくためいずれはジリ貧だ。

そろそろ作戦を始めるとしよう。

それを始めるに当たって必要だったことはすでに済ませてある。

(Innocent Vision。)

僕がInnocent Visionを発動すると僕の分身全員の左目も朱色に輝く。

発動した時の自分の姿は初めて見たがなかなか不気味だ。

朱色の向こうに見えた世界に従って僕は体を動かす。

高速で飛来し、予測不能の動きをする護法童子とさらに速い速度で飛び交う白鶴による攻撃を分身を含めて完全にかわしきる。

「うそ!?この数の攻撃を避けられた!」

『この無数に存在するInnocent Visionに見えないものはない。』

はったりもここまでいけば本物に変わる。

花鳳たちはInnocent Visionという化け物の虚像に怯えて攻撃の手が緩慢になっていく。

「…ナデシコ、平気ですの?」

「ええ、大丈夫です。ありがとうございます、ヘレナさん。」

少し前までInnocent Visionを過剰に恐れていた花鳳はしっかりと立ち直っていた。

だがヴァルキリーの攻勢が緩んだ今こそがチャンス。

『明夜と真奈美は海原の式を抑えて。』

僕の指示で直ちにたくさんの2人が護法童子と白鶴に突撃する。

大半は鏡像なのでぶつかれば砕ける存在だがそれでも何人もが連続でぶつかり続ければ白鶴なら失速させられる。

その中に本物が混ざれば護法童子だって敵ではない。

真奈美が護法童子の1体を倒した瞬間

「本物、見つけたよ!」

海原が真奈美に向かって飛び出した。

『よく見てるね。』

ベリルの突きを真奈美が手甲で弾く。

肉薄されては分身の意味はない。

だけど

『後ろ、危ないよ。』

真奈美の忠告と同時に明夜が海原の後ろから狙っていた。

「くっ、間に合わな…」

完全に不意をついたタイミングに明夜の刃が海原に突き刺さり

パリン

明夜の方が砕けた。

「え?」

衝撃に備えていた海原は呆け、その間に真奈美は分身に紛れて式を狩っていた。

鏡像と実体の見分けがつかないことを利用した攻撃が相手を翻弄していた。

それは蘭さんと由良さんも同じ。

2対2の状況を幻影を交えることで有利に進めている。

『ふははは、ランのスピードについてこれる?』

シュバババと高速移動…しているように見せて電車ごっこみたいなことをしている蘭さんを花鳳が狙い撃つ。

光の弾丸は魔鏡を乱反射させて姿を隠してしまうため命中率は悪い。

「ソーラークルセイド。」

光の十字架が帯のまま飛んで分身を消し去る。

『さすが撫子ちゃん。まだまだ行くよ!』

無駄に元気な蘭さんの近くでは由良さんが直にヘレナとぶつかっていた。

「わざわざ本人が仕掛けてきてくださるなんて、ありがたいですわ。」

『こういうのは性に合わないんだよ。やっぱ一撃必殺だろ。』

熱血主人公理論だが女の子はあんまり賛同しないだろうし、僕もレッドよりはブラックとかブルー派だ。

由良さんは構わず玻璃を振るってヘレナと剣撃を交えている。

「ハザマユラ、あなたはやはり仲間を持たない方が強かったのではなくて?仲間がいるからこそこうやってソルシエールで直接戦うしかないのですから。」

確かに由良さんの超音振はすべてが敵なら何の制約も受けない。

周りに傷つけたくない相手がいるから使えないのだ。


そういう意味では由良さんは弱くなったと言えるかもしれない。


「お望みとあらば使ってやるよ。」

肉薄してつばぜり合いに甘んじていた由良さんの握る玻璃が突然大きく震え出した。

それは大気をも震わせて耳鳴りのような耳の痛みを引き起こす。

その予兆を受けてヘレナの表情がひきつった。

「正気ですの!?周りにはたくさんの…!!」

ヘレナが言いかけて一瞬で青ざめ、反転して逃げ出そうとした。

ヘレナは気づいたのだ。

いつの間にか周囲には由良さんの分身しかおらず、そしてその分身に完全に包囲されていることを。


だが同時に、由良さんは強くなったのだ。

仲間を得て、1人では決して得られない強さを。

仲間と連携することで得られる絶大な力を。


由良さんはマントの端を掴んで食い止める。

「おっと、逃げんなよ。あんたの為にここまで大掛かりな手品をやったんだからな。」

「ブラックナイトメアを使わせて発動までの時間を探り、戦場の乱戦に紛れてワタクシを孤立させたのですね!」

玻璃は激震し、空間そのものを揺らす。

「そこまで分かってれば話が早い。しばらく落ちてろ!」

由良さんは玻璃をヘレナのマントごと地面に突き立てる。

空気と大地が震え

「超音振!」

空間の振動が分身たちを飲み込んで爆発した。




爆心地ではヘレナが横たわっていた。

セレナイトは消え、金色の髪は地面に投げ出されている。

僕たちは超音振の有効射程から本体を離脱させて退避したが偶然か本能的にか花鳳たちも超音振から逃れていた。

「ヘレナさん。」

花鳳は悼むようにその名を呟くと振り返らず僕たちにアヴェンチュリンを向けてきた。

「まだ1人やられただけ、ヴァルキリーは敗けてはいませんよ。」

「たとえボクたちだけでも絶対に勝つんだ!」

追い詰められた状況だと言うのに2人に迷いはない。

魔女との交戦が控えていることも考えてすぐに決着をつけた方が良さそうだと直感が告げていた。

『その希望を砕きますよ。』

たくさんの僕が手をあげる。

たくさんの明夜たちが一斉に武器を構える。

手を振り下ろせば終わる。

僕は手に力を込め


「逃げろー!!」


由良さんの叫びと同時に翠色の光の怒濤が赤い空を覆い隠して降り注いだ。

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