第160話 聖剣を担う魔剣使い
開始の合図と同時に由良さんが動いた。
「とりあえず音震…」
「ダメだ、由良さん!」
咄嗟に止めたことで音震波は不発、代わりに明夜が飛び出していきジプサムを発動させようとしていたヘレナに斬りかかった。
「インヴィ、さすがですわね。」
ヘレナはジプサムを解除しながらセレナイトを大きく振るって明夜を牽制、距離を取った。
「固まってるときに音震波とか超音振は危ないよ。」
「悪いな。」
由良さんは軽く謝罪をすると前に出ていく。
前線では明夜に続いた真奈美がヘレナを追撃し、白鶴の妨害を受けた明夜が海原に標的を変えて攻めていた。
花鳳は海原たちよりさらに向こうからサンスフィアによる援護に徹している。
「今のところコロナを使う様子はない。由良さんと蘭さんは援護攻撃に警戒しつつ前衛2人を狙って!」
近くに待機していた由良さんと蘭さんに指示を出す。
「でもりっくんががら空きだよ?」
「僕を狙ってくるようなら好都合。背中を狙い撃って。」
「わお、りっくん男らしい。」
蘭さんはククッと笑いながら駆けていった。
僕は戦場から少し離れた場所から戦況を見る。
どちらも大技は使わず武器を使った小競り合いを繰り広げている。
花鳳のコロナ、ヘレナのブラックナイトメア、海原の酒呑童子、どれも発動すれば今の状況を打開できる威力を秘めたグラマリーだ。
それを使わないのは先の戦いで力を使いすぎたかまだ様子見なのか。
前者ならこちらとしては楽になるが実際そううまくは行かないだろう。
(4対3、こちらの数の優位はほぼ無くなった。それなのにあえて2人が前で戦っているということは、花鳳がなにか狙っているのか?)
コロナはチャージに時間のかかる上に分かりやすいが花鳳のグラマリーはそれだけではない。
援護しつつ何かを準備していると考えるべきだろう。
(だけど、その技、見させてもらうよ。Innocent Vision。)
左目の奥に意識を集中させる。朱色の世界の向こうに未来の姿がある。
「燃えなさい。フレア!」
乱戦状態だった戦場に火線が走り、スピードタイプの海原たちが飛び出した瞬間、火線に描かれた炎の内部に炎が噴き上がった。
「ッ!」
(あえて2人を範囲に入れ、逃げ出すことまで計算に入れた範囲攻撃!)
速度的には明夜も逃げ出せるがそれでは根本的な解決にはならない。
撤退させるか技をキャンセルするか、あるいは…
(逃げても範囲を変えられる可能性がある。どうやって発動させているのか分からない以上花鳳を狙うしかないけど何か策があるはずだ。)
花鳳がある意味無防備に立って援護している以上そこには確実に何がしかの罠はある。
それが何か分からない以上戦力を割くのは危険だ。
ならば範囲を変えず、無理に解除せず、発動を防ぐだけだ。
「皆、2人を包囲するんだ!」
「なっ!?」
僕の号令ですぐさま4人は四方に散開して包囲陣形を形成した。
特に訓練したわけでもないのにその反応は実に速かった。
おかげで僕の指示に海原たちが驚いているうちに陣は完成し、容易には抜け出せない刃付きの檻となった。
僕は向かいに立つ花鳳を見た。
遠めだが歯噛みしているように見える。
(さあ、どうする?仲間を犠牲にしてもフレアを放つか、解くか。)
海原たちも"Innocent Vision"を警戒しながら花鳳の動向に気を向けていた。
「ミドリ、突破しますわよ!」
「わかってるよ!」
一瞬花鳳と目を合わせたかと思うと2人は同時に一方向に飛び出した。
「狙いはあたしか。」
真奈美は同時に迫るソーサリスに対して逃げ出すこともなく構えを取る。
海原たちの判断理由は検討がつく。
明夜は二刀を操ることで2人の同時攻撃にも対処できる。
蘭さんのオブシディアンは盾の形をしていることからも分かるように下沢同様守りに入ったときにこそ幻影と高い防御力の真価を発揮する。
由良さんはジプサムの影響を受けやすいため一見突破しやすく感じるが由良さんの周辺に集まると他のメンバーが退避して超音振を撃つ可能性が存在する。
そうして比較していくとジュエル上がりで大した力がなさそうな真奈美を狙うのは定石とも言えた。
「まずは…」
「1人目!」
下段の鎌と上段の剣が同時に襲いかかった。
だがヘレナたちは大きな勘違いをしている。
真奈美はジュエルでもソーサリスでもない。
恐らくはこの世界でも類を見ない聖剣を担う魔剣使いなのだ。
「なっ!?」
「なんですって!?」
真奈美は上げた左足のスピネルでセレナイト、左腕の手甲でベリルを受け止めていた。
片足立ちだというのにぶれることなく立っている。
「くぅ、さすがに2人同時はキツいね。でもこっそり鍛えた足腰と半場からもらった筋トレグッズで鍛えた腕はちょっとやそっとじゃ折れないよ。」
わずかに顔をしかめる真奈美だったが普通はその程度では済まされない。
実際対面にいた由良さんは後ろから音震波を撃つ体勢に入っていたが驚いて固まっていた。
(これがジュエリスト、セイバーの力か。)
「あり得ませんわ!こんなジュエル上がりの新人にこうも容易く受け止められるなんて、認めませんわよ!」
ヘレナは隣にいた海原にも構わずセレナイトを振り回して乱撃を放った。
「うわっ!」
「でかい鎌なのに速いね。」
だが真奈美は手甲とスピネル、そしてフットワークで斬撃のことごとくをかわしていく。
「アルファスピナ!」
さらには一瞬の隙をついてムーンサルトで反撃、もう少しでヘレナの縦ロールが吹っ飛ぶところだった。
だがヘレナもヴァルキリーのソーサリスとして伊達に場数を踏んできた強者ではない。
「ミドリ、今ですわ!」
回避で体勢を崩しながらもヘレナが叫ぶ。
その隙をついて海原は輪の外に飛び出そうとしていた。
片方が包囲を抜ければ今度は挟撃の形になり一気に有利になるからだ。
だが、
「させないよ!」
着地の屈伸をそのまま次の跳躍への原動力として真奈美は地面を滑るように飛び出す。
人間にとって足元への攻撃は完全に受けきるのが難しい部位、そこに低空で高速接近する斬撃など咄嗟なら避ける以外選択できるわけがない。
海原は大きく後ろに飛んでヘレナの隣に戻った。
「なんだよ、何なんだよ、お前は!?」
海原は目の前でゆっくりと立ち上がる真奈美に指を突きつけた。
そこで改めて真奈美の左目の眼帯の奥が青く輝いていることに気付く。
真奈美はスピネルを引き上げてコツンと叩く。
「あたしはセイバー・スピネルを持つジュエリスト、"Innocent Vision"の芦屋真奈美だよ。」
(真奈美の強さの秘訣はやはりセイントとジュエルの力を併せ持っていることだ。)
明夜はセイントを選ばれた者だと言っていた。
つまりシンボルにはソルシエールよりも優位な力があると考えられる。
実際、さっきの攻防を見る限りスピネルはまったく傷ついていない。
それがソルシエールを寄せ付けないのか強化を解除させるのかはわからないが武器としての格が上位にあるのだろう。
そして魔剣使いとしての身体能力の向上。
聖剣で魔を刈る魔剣士は魔の力に対して絶大なアドバンテージを持つがゆえにソーサリスと互角以上の戦いを繰り広げることができているのである。
(惜しいな。もっと早く真奈美が目覚めてくれていればきっと魔女との戦いの切り札になれたのに。)
今の真奈美には経験が足りない。
もっと多くの戦いを経験すればスピネルのグラマリーの幅も広がっただろう。
そればかりはどうしようもない。
これからの成長に期待だ。
尤も、魔女を倒した先にこれからがあるのかは疑問だが。
(これで2人が輪から逃げ出すのは難しくなった。さあ、どう出るかな?)
視線の先で花鳳はアヴェンチュリンを掲げると石突を地面に打ち付けた。
バリンとガラスが割れるような音がして花鳳の組んでいたフレアが消滅したようだった。
「ヘレナさん!緑里!」
花鳳は光を宿したアヴェンチュリンを大きく横に振るって光の帯を生み出しながら2人の名前を呼んだ。
「皆、光の弾丸が来るから注意して!」
あれはクリスマスの戦いで何度も見たし実際に受けた技だ。
ソーラークルセイドだったか。
縦振りで十字を象った光はカッと光量を増加させ、直後無数の光のつぶてが弾けた。
「うわわっ!」
「蘭、手伝え!超音壁!」
「う、うん!アイギス!」
由良さんと蘭さんがシールドを展開、明夜と真奈美はすぐに飛び込んで光弾を回避する。
ガガガガガガ
障壁に光弾がぶつかってスパークする。
僕もすでに斜線上から退避していたので無傷だ。
津波のようだった光の奔流が収まっていき、目を焼く光が消え去った後には全員無事な仲間が立っていた。
成果を上げられなかった花鳳は小さく溜め息をつく。
「散弾状にサンスフィアを放つというのにただの1つも通らないとは。半場さんにも何度も避けられましたし、使えない技なのでしょうか?」
なんだか花鳳が落ち込んでいた。
「そんなことないですよ。あれはたまたま盾の能力があっただけですしインヴィは…変なだけです!」
海原はフォローしようとして失敗して僕を睨み付けてきた。
他にいい言い訳が見つからなかっただけだと思うがさすがに変は酷いのではなかろうか?
それについて同意を求めようと仲間たちに目を向けると
「あれを避けた?」
「今のInnocent Visionは確か決戦の最後に手に入れたって言ってたな。ってことは陸のやつ、なんの力も使わずに避けたのか?」
「あんなどこに飛ぶかわからない攻撃、ランじゃ盾で防ぐしかできないよ。」
「Innocent Visionじゃなくても半場は化け物か?」
何故か仲間内からも変な目で見られた。
弁解するなら1回目は咄嗟に木という盾の裏に隠れたし、2回目は接近戦で使われたから花鳳の後ろに飛び込んだだけだ。
あの弾丸すべてを見切ったわけではない、というか僕がそんな事が出来るわけがない。
だが敵である"Innocent Vision"の遠回しな褒め言葉に花鳳は気を持ち直してしまった。
「敵に認められるほど分かりやすい保証はありませんね。」
「あーあ、りっくんのせいだ。」
不条理だ。
超音壁とアイギスを解除し、仕切り直しのように陣形を取る両陣営。
(さすがに疲れが出てきてるな。)
ソーサリスとの戦闘なのだからジェムやデーモンとは違い、グラマリーの連発は避けられず連戦は皆も厳しいだろう。
海原もだいぶ辛そうだからそこを攻めるのも手だが花鳳やヘレナを自由にすると大技を準備されてしまう。
(やっぱり由良さんの超音振で一気にけりをつける作戦を考えるのが妥当か。)
今までならその構成で何も悩む必要はなかったのだが現状1つの懸念事項がある。
それはセレナイトのスペリオルグラマリー、ブラックナイトメアの存在だ。
ブラックナイトメアは蘭さんのイマジンショータイムを吸い込んで解除させた。
幻覚による攻撃すらも取り込むならば由良さんの超音振さえも防がれる可能性が高い。
ブラックナイトメアの発動までにどんな制約があるのかわからないがなんとかして使われる前にヘレナは無力化してしまいたい。
「作戦タイム!」
僕が手でT字を作りながら叫ぶと全員が唖然とした様子でこっちを見た。
「こちらの策はInnocent Visionで見透しておきながら自分達は作戦タイムとはふてぶてしいですわよ。」
「そうだよ!」
ヘレナと海原はたいそう不満げに文句を言っていて
「俺たちの戦いはスポーツじゃないんだからタイムとかはさすがにねえだろ。」
由良さんも否定的だ。
そんなことは百も承知の上で敢えて言っている。
「構いませんよ。全力の"Innocent Vision"を打ち倒す、それがヴァルキリーの優位性を示すことになるのですから。わたくしたちはどんな策であろうと打ち破ってみせましょう。」
だけど花鳳なら承諾してくれると思っていた。
プライドを取り戻した花鳳ならそう言うだろうという魂胆があったからだ。
花鳳が頷いたことで海原たちも渋々ながら引き下がりいったん大きく距離を取った。
「それで、何を思いついた?」
集合早々、由良さんは本題に入った。
いつまでも待たせるのもあれなので僕も真剣に今回の策を説明することにした。
反論はなかったので実質数分で終わった作戦タイムから戻るとヴァルキリーのソーサリスたちも戻ってきた。
「勝てる策は見つかりましたか?」
「勝つための策を作ったつもりですよ。」
目に見えない火花が散る。
今回は僕も作戦に参加しているので不安を見せないようにどっしりと構えておく。
僕を中心に正面が蘭さん、左が明夜、右が真奈美、後ろが由良さんの十字に並んだおかしな陣形。
なので僕の前に立つ蘭さんの小さな背中が今は非常に頼もしい。
「インヴィをわざわざ前に持ってきて防衛するなんて何を考えてるの?」
海原は不審げ
「的が近い方が良いですわ。」
ヘレナは楽観的で
「…。」
花鳳はこちらの真意を読み取ろうとしているようだった。
(だけど見切れるか?"Innocent Vision"の奇策を。)
「行くよ、皆!」
「りっくん、ついにあれをやるんだね。」
蘭さんは意味深っぽい台詞を呟いてオブシディアンを前に向けた。
「迂濶でした!江戸川さんが前衛にいたのは防御ではなく…」
「ミラーハウス(鏡像幻影)!」
花鳳は気付いたがすでに遅い。
黒い鏡が光を放ち
「うっ!」
「なんですの!?」
「撫子様!」
花鳳たちは条件反射で目を閉じる。
「精神攻撃では…ありませんね。」
次に花鳳たちが目を開いたとき
目の前にはたくさんの僕たちがいた。