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Innocent Vision  作者: MCFL
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第16話 ヴァルハラへの招待状

「信じてくれ。僕は無実だ!」

僕の叫びに観衆の冷たい視線が返ってくる。

今や教室は裁判所の様相を呈していた。

周囲に観客が取り囲んでいて正面に裁判長の久住さん、左に東條さんと中山さん。

こちらは検察らしい。

そして弁護側に芦屋さんとなぜか被害者扱いのはずの作倉さんが座っている。

しかしこれは裁判ではない。

「有罪、有罪!」

「モテ男に裁きを!」

観客にして裁判官であるクラスメイトの怒号と検察側の圧倒的な口の上手さに勝てるわけもなく

「半場陸君を有罪とします。」

久住さんの判決に異論を唱える者は誰もいなかった。

がっくりと項垂れる僕に裁判長から刑が告げられる。

「半場君には更正のため…今度の日曜日に叶とデートしてもらいます!」

騒いでいたクラスが一気に静まり返る。

「へ?」

突然名前が上がった作倉さんはポカンとし

「え?」

僕はなんでそうなるのかと首を捻り

そして…

「「ええーっ!!?」」

学校中に響き渡るクラスメイトの叫びが上がるのだった。


僕は帰宅するとふらふらとベッドに吸い寄せられるように近づき、制服のまま倒れ込んだ。

「疲れた。」

最近口癖のように呟いている気がするが学校に行く度に気苦労が増えていっているのは気のせいではないはずだ。

「そりゃ、楽しいけどね。」

今までのように人が関わって来なかったのに比べればどんな感情であれ接してくれるのはありがたい。

“人”のように生きられるから。

不意に意識が遠退いて僕は抗うことなく眠りに落ちた。


僕の目の前には一目でお嬢様と分かる気品漂う女性とそれに付き従い斜め後ろに立つどこか冷たさを感じる女性、そして柔和な笑みを湛えた下沢悠莉が座っていた。

皆制服を来ているので先輩と後輩だと辛うじて分かるがこれが私服なら僕は場違いなことだろう。

「花鳳先輩。」

それはヴァルキリーの長、花鳳撫子であった。

「お返事を聞いてもよろしいですか?」

僕の声を遮るように花鳳先輩は返答を求めてきた。

今この場において僕に肯定の意を示す以外の選択肢はない。

神峰や等々力による襲撃がヴァルキリーの総意ではないことや彼女らの理念を知り、少なからず共感できる部分もあった。

(だけど僕は…)

引き延ばすのは限界で、抗う術を持たない僕には圧倒的な流れに逆らうことはできそうになかった。


目を開けると真っ暗な部屋の天井が見えた。

時計を見れば10時半、6時間近く眠っていたことになる。

僕はベッドに横たわったまま腕で目元を覆う。

「ヴァルキリーとの会談、か。」

いつかは来ると思っていた事態を夢に見た、それは近い将来実現するということだ。

「花鳳撫子に下沢悠莉。後は海原…どっちだろ?」

先日校門前で花鳳と海原姉妹を見掛けたのでヴァルキリーの7人はあとヘレナ・ディオンを残すのみ、こちらも有名人で一通りの情報は得ている。

3年の留学生で成績は花鳳の次点でプライドの高いお嬢様とのこと。

「あのサイトが本物ならこれで全員か。」

だが腑に落ちない点も多い。

そもそもヴァルキリーがサイトを運営する必要性はないのだ。

特に頻繁に更新している様子はないし誰からのメールだったのかもいまだに不明なので罠である可能性の方が高かった。

「はぁ。ヴァルキリーも羽佐間先輩もなんとかしないといけないのか。」

結局羽佐間先輩には会えていないため明後日には渋谷で大惨事が起こってしまう。

「明日、明日にはなんとかしないと。」

決意はあくびに掻き消える。

食事も風呂もまだだが落ちてきた瞼に抗うことはできず僕の意識は闇に落ちていった。

夢を見ないことを願いながら…。



翌朝はInnocent Visionの夢を見なかったためすっきりと起きることができた。

だが気分爽快とはいかない。

「今日中に羽佐間先輩を見つけて説得しないと。」

夢で見た期日は明日、それまでになんとかしないと沢山の人が犠牲になってしまう。

僕は決意を固めて学校に向かう準備を進めるのであった。


 教室に向かうともはや珍しくもなくなってきた人だかりが出来ていた。

僕が来たのを見て道を開けたりいやらしい笑みを浮かべているから十中八九僕への客、それも女の子だろう。

明夜、蘭さんに続く人物に心当たりがないので首を捻りながら教室に足を踏み入れると

「お待ちしておりました、半場様。」

ヴァルキリーの1人、海原姉妹の片割れが、なぜか執事服という男装で待っていた。

「…何事?」

理解が及ばずふらふらと自分の席に向かうと海原はスッと椅子を引いてくれた。

「どうぞ、お座り下さい。」

「あ、ありがとうございます。」

戸惑いながらも促されるままに着席する。

周囲ではクラスメイトが海原の執事っぷりに感心していた。

海原は気にしている様子はなかったが僕としては居心地が悪い。

「それで、すみませんがどちら様でしたっけ?」

僕は一応知っているが姉妹のどちらかは知らないし初対面だ。

それは向こうも同じなので海原は軽く着衣の乱れを整えて一歩引き下がった。

「ご挨拶が遅れました。私は海原葵衣と申します。本校の2年、あなたの先輩に当たります。」

「ご丁寧にどうも。僕のことは知っているみたいですけど、半場陸です。」

礼には礼を、心で海原と呼び捨てにしていても体面上は先輩としてきちんと対応する。

一応隣の席を促してみたが海原は座る気はないようだった。

「それで、海原先輩は僕に何か用ですか?」

もちろんある程度予想はついている。

等々力の襲撃からすでに数日経っていてその間ヴァルキリーからの接触はなかった。

神峰や等々力の言動からして諦めるようには思えなかったのでそろそろ次が来ると思っていた。

(だけどこんな朝の学校で僕の前に現れても攻撃してこれないはず。どういうつもりだ?)

僕の懸念を余所に海原は懐からいかにも質が良さそうな手紙を取り出した。

「本日の放課後、暇を作って戴きたいのです。」

海原から受け取った手紙の封を開けながら続きを聞く。

「花鳳撫子お嬢様が半場様とお話をされたいと申しておいでです。」

海原の発言の直後、クラスメイト全体が震えるほどの悲鳴が沸き起こった。

「半場のやつ、ついに女王にまで手を出したぞ!」

「私の花鳳様が、半場君許せない!」

「うおおー!なぜ半場ばかりがー!俺のモテ期よ、早くこーい!」

男子だけじゃなく女子までもが嫉妬と憎悪を振り撒いて僕を睨み付けてきた。

怯えながら手紙に目を落とすと

『来たら殺す。撫子様を拒んだら殺す。なにもしなくても殺す。』

そこには怨嗟の念が籠められていてなんだか黒いオーラが立ち上っていた。

「ひっ!」

「すみません。そちらは姉が書いたものでした。お嬢様のしたためた文はこちらになります。」

本気なのか冗談なのか海原の淡々とした様子からは判断がつかなかった。

改めて受け取った手紙にはゆっくりと話がしたいから今日の放課後に会いたいといった内容が書かれていた。

そのどこにもヴァルキリーとかソルシエールという言葉は記されていなかった。

「確かにお渡し致しました。それでは後ほどお迎えに上がります。」

海原は恭しく礼をすると真っ直ぐに背筋を伸ばして教室から出ていってしまった。

残されたのは呆然とその後ろ姿を見送る僕と怒りに震えるクラスメイト、そして

「半場君?」

底冷えがするような声で笑顔のまま静かに怒っている久住さんと

「あううー。」

机に身を隠すようにさめざめと泣く作倉さん、そしてそれを面白そうに見守る3人娘だけ。

僕はプチ人生の終わりを感じながら思った。

(結局、海原の執事服にはどんな意味が?)


「はっはっは、災難だったな。」

「痛たた!そう思うならもっと優しく治療してください!」

あの後押し寄せてきたクラスメイト(主に男子だが一部女子)に押し潰された僕は机の角に頭をぶつけ、額から血を流す羽目になった。

それで皆も落ち着いたようで暴動は収まり、今は作倉さんに付き添われて金子先生の治療を受けていた。

「文句を言うな、このモテ王が!」

「イダダダダダダ!」

消毒液のついた脱脂綿をグリグリと傷口に押し付けてくる大人げない金子先生。

しかもピンセットの先が刺さって思わず悲鳴をあげた。

「ああ!半場君、大丈夫ですか?」

本当の意味で味方は作倉さんだけで、作倉さんが天使に見えて涙が溢れた。

「先生っ、半場君が泣いてます。」

「む、やりすぎたか。」

誤解を与えてしまったようだが、まあ、いいだろう。


少しくらい“人”として扱われる幸せを噛み締めたって。


僕は2人に見えないように自嘲気味な笑みを浮かべるのだった。


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