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Innocent Vision  作者: MCFL
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第159話 鳳の意思

花鳳撫子は僕の前に敵として立った。

「今の攻撃は"Innocent Vision"への敵対の意思と判断していいんですね?」

僕は花鳳が来たことに驚いてはいない。

Innocent Visionで見なくても来るのは分かっていた。

どんなに僕との戦いを避けたがっていると言っても花鳳が仲間を見捨てるはずがないと思っていたからだ。

だが予想外だったのは

「…。」

花鳳にまだ迷いが見られたことだ。

花鳳はその迷いを表すように僕たちから距離を取っており海原やヘレナに合流してはいない。

「撫子様。」

「…無事で何よりよ、緑里。」

嬉しそうに駆け寄る海原に笑顔は向けるものの表情は固い。

その視線が動かないヘレナへと向く。

「ヘレナさん、そのグラマリーは?」

「ナデシコが光ならワタクシは闇ですわ。愚鈍なワタクシを笑いなさい。」

「笑いなどしませんよ。その闇は三日月のようなセレナイトを映えさせる漆黒の闇。ヘレナさんにこそ相応しい力です。」

花鳳は柔らかく微笑み、ヘレナはプイと赤くなった顔を背けた。

若干、百合の気配を感じた。

「ヴァルキリーってああいう組織なんだ。」

真奈美がちょっと頬を赤くしながら花鳳たちの様子を見つめている。

海原の発言とか態度とか、その他にもいくつか思い当たる節はあるがヴァルキリーは健全な世界平和を目指す組織だと真奈美にはしっかり教育しておくとしよう。

「こうなっては仕方がありませんわ。一度吐き出すとまた吸収するのに時間がかかるので嫌でしたのに。」

ヘレナはため息をつくとセレナイトを漆黒の球体に突き刺す。

直後、ボゴボゴと内部から膨れ上がり、風船が破裂するように爆発した。

「うわっ!」

指向性はないものの質量を持った岩石が降り注ぎ僕たちは慌てて避ける。

それは当然花鳳たちにも平等で海原が護法童子を使って打ち払っていた。

「何するんだよ!?」

「周辺のビルをいくつか丸々飲み込んでいたのですから仕方がありませんわ。」

海原は噛みついていくがヘレナは悪びれないで海原の頭をポンポンと叩いた。

仲が悪いように見えてやはり仲が良いらしい。

これで構図はヴァルキリー対"Innocent Vision"で収まり、あとはきっかけさえあれば戦いを始められる状態になった。

実際、"Innocent Vision"の皆と海原、ヘレナは戦意を高めて静かに視線で睨みあっている。

そしてきっかけとは組織の長の意思。

「答えてください。花鳳先輩は僕たち"Innocent Vision"と戦うつもりですか?魔女に対しての対抗策として戦わないと言ったのは嘘だったんですか?」

僕は花鳳を糾弾する。

僕はヴァルキリーと戦うことを迷わない。

確かに花鳳が言っていたように魔女との戦いに備えて戦力を温存し、さらに共闘で戦力が増強するのは魅力的だ。

だが、これは未来視ではなく僕の勘だが、魔女はヴァルキリーと"Innocent Vision"が戦わない限り出てこない気がするのだ。

これは魔女のゲーム。

僕が太宮神社で言ったRPGのセオリーを魔女も重んじているなら中ボスを倒さない限り姿を現してはくれないだろう。

共闘しても背中から撃たれそうな件も含めて僕は戦わなければならないと思っているのだ。

「さあ、どうなんですか?」

問い詰めると花鳳は視線をそらして俯いた。

それはまだ迷っているから。

はたしてどちらの花鳳撫子が戦うつもりでいるのか。

花鳳撫子という1人の女性がInnocent Visionという化け物を恐れているのか、あるいはヴァルキリーの長が先を見据えて戦いを回避しようとしているのか。

「インヴィ!撫子様をいじめるな!」

海原は両手を広げて花鳳を守るように前に出てきた。

「海原先輩に僕を止める資格があるんですか?共闘の申し出を断ったのは僕ですけどヴァルキリーの長はまだ迷っています。なのにあなたは"Innocent Vision"に戦いを挑んできた。主の意思に反して。」

「!!」

自分でもいやらしい顔をしているだろうと思う。

だけど本当のことを指摘されて海原はよろめき、それでも立ち塞がったままだった。

「…確かに、ボクは勝手に戦ったよ。だけど、ボクは葵衣と違って撫子様を支えることは出来ないから、せめて撫子様を傷つける奴だけは絶対に倒すって決めたんだ!」

迷いのないまっすぐな目が僕を貫いた。

その隣に同じように強い意思が宿った瞳を持つヘレナが並ぶ。

「ヴァルキリーの掲げる恒久平和の世界に不適切な存在を排除することは背信には当たらなくてよ?」

海原とヘレナの力強い目は僕としては好ましく思う。

だが"Innocent Vision"のリーダーとしてはその意思を利用させてもらうとしよう。

「つまりトップが居なくてもヴァルキリーは変わらないってことですね。」

「ッ!!」

海原とヘレナの向こうで花鳳がサッと青ざめるのが見えた。

こういう行為に喜びを感じる下沢はやっぱり異常だ。

僕は申し訳なさの方が圧倒的に大きいが、どちらに転ぶとしてもやらなければならないことだ。

それならとことんヒールを演じるとしよう。

「インヴィ!撫子様に謝れ!」

「でもトップが決めなくても目的のために動くのは許されるんですよね?方針さえ決まっていればそれ以外は自由にしていいって。」

「それを言うなら"Innocent Vision"もお飾りの頭ではありませんの?」

ヘレナも平静を装っているが怒っているらしく頬をピクピクさせている。

「そうですよ。」

僕が素直に認めるとヘレナはとても面白い顔をした。

信じられないと言いたげな、何を馬鹿なと蔑むような、驚いた顔。

「僕はただ未来を見ることができて、ヴァルキリーの理念に反対する意思を持っていただけの存在です。今の"Innocent Vision"は僕の意思に賛同してくれた強い乙女たちが形を成したもの。たとえ僕がいなくてもその意思が残される限り"Innocent Vision"はヴァルキリーの敵であり続けるでしょうね。」

"Innocent Vision"の方針は"化け物"の力を使って普通の日常を守ること。

だから明夜や由良さん、蘭さん、真奈美がそれを正しいと思ってくれるならたとえ"Innocent Vision"なんて無くてもやがて集い、ヴァルキリーに立ち塞がったはずだ。

「黙ってるつもりだったが、ちょっと口を挟ませてもらうぜ。」

突然首に回された腕に抗えず引き寄せられて由良さんに頭を抱えられる。

ムニュとした感覚が頭に触れて言葉が出なかった。

「相変わらず陸は卑屈というか謙虚だが、俺たちは陸がいたからこそ集まったんだ。"Innocent Vision"のトップは陸以外いないんだよ。」

「うん。陸が必要。」

「りっくんがいなかったらランはヴァルキリーにいたかもだしね。」

「あたしも半場がいなければここにはいなかった。」

由良さんだけじゃなく明夜が、蘭さんが、真奈美が僕を必要だと言ってくれている。

由良さんはぐいぐいと腕で頭を締め付けてくる。

「だから自信を持て、陸。お前は…」

「この美少女ハーレムの王なのだ。」

「…。」

「…。」

蘭さんのボケに一同硬直。

ヴァルキリーの皆さんはとても冷たい目で僕を見ている。

ゴン

由良さんが空いた手で蘭さんを殴った。

「ひーん。」

「話の腰を折るな。まあ、とにかくそういうことだ。」

急に恥ずかしくなったのか由良さんは適当に言葉を濁すと腕を解いて僕の背中を押した。

気を取り直してヴァルキリーの前に立つ。

「そういうわけで前言は撤回させてもらいます。」

皆が"Innocent Vision"に僕が必要だと言ってくれるのなら、僕は皆のために力を尽くそう。

自分の意見を変えて反論されるかと思ったが海原もヘレナも不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。

「インヴィがいなければもっと前にヴァルキリーの勝利は確定していましたわ。不本意ですがヴァルキリーの誰もがインヴィの重要性を認識していますの。自覚が足りないのではなくて?」

むしろ怒られてしまった。

「ええと、ありがとうございます?」

一応褒められたようなので礼を言っておく。

ここまで言い争っていても花鳳は俯いたままだ。

(立ち直ったかと思ったけどダメだったかな?)

"Innocent Vision"としては花鳳の脱落はありがたく、半場陸としては残念というか申し訳ない。

だけどジェムやデーモンがいまだ蔓延る現状、花鳳にばかり構ってもいられない。

そろそろ終わりにしよう。

「別にどっちでも構わないんですよ。"Innocent Vision"の意思は変わらない以上戦うことになりますから。だから戦う気がないならせめて邪魔をしないで下さいよ。」

戦いの気配を感じたのか海原とヘレナがわずかに腰を落とした。

僕の背後でも皆がいつでも動けるように準備している。

「…わかりました。」

花鳳の呟きに全員の視線が集まる。

その中で花鳳はゆっくりとこちらに歩み出し

ブン

アヴェンチュリンを僕に向けて振るった。

アヴェンチュリンの先は、僕の眼前で止まっていた。

そして、花鳳の瞳に浮かんだ涙を見たときにちょっとやりすぎたと後悔した。

「わたくし、これまでの人生でこれほど蔑まれたのは初めてです。後で覚えておいてください。」

花鳳の目には確固とした意思の光がある。

どうやら僕は目を覚まさせてしまったらしい。

だが怒りや憎しみによる目覚めにしては随分と表情は穏やかだ。

朱色の輝きを帯びる左目もどこか優しい色をしている。

こういうと自意識過剰だが尊敬や親愛みたいな感情が見える気がした。

「鳥籠の鳥、ですか。確かにわたくしは半場さんの不気味さに怯え、宿り木さえも失って外に飛び出すことを恐れていました。ですが宿り木は、葵衣は信じてくれているのですね、わたくしが再び羽ばたけると。そして、どのような思惑があるのかは存じ上げませんが半場さんもそれを信じ、自ら悪役を演じてまでわたくしを立ち直らせようとしてくださったのでしょう?」

露骨にやりすぎたらしい。

花鳳は全部分かってる顔をしている。

ならば嘘を言ったところで見抜かれるだけだ。

「ケーキのお礼ですよ。すでに前払いされていたから約束を破るのは気が引けたので。」

ちょっと照れ臭くてどうでもいい真実を真面目に答えると花鳳は目を丸くして、クスクスと上品に笑った。

「フフ、本当におかしな方。」

ここまで敵意のない表情を向けられると花鳳が美人なのを認識してしまってものすごくむずかゆい気持ちになる。

ついでに敵味方両方から向けられる負の感情で照れた顔以外のすべてに冷や汗をかいているような状態だ。

僕は意識を切り替えてヴァルキリーの長に対する。

「もう一度聞きますね。"Innocent Vision"と戦うつもりですか?」

花鳳の目にもう迷いはない。

穏やかに笑みを浮かべつつ

「はい。」

しっかりと頷いた。



「撫子様!」

「そうでなくては困りますわ。」

花鳳が明確な意思を見せたことで海原やヘレナがやる気を取り戻した。

目の前にいるのは僕たちがずっと抗ってきた強敵ヴァルキリーのソーサリスだ。

「わたくしたちの理想を実現させるためには多くの困難が待ち構えています。この程度のことで躓いていてはただの夢、絵空事になってしまいます。夢を夢で終わらせないために、わたくしは"Innocent Vision"と、貴方と戦います。」

いい表情になったとは烏滸がましいので言わないがそう思った。

それでこそ打ち倒す意味があるというものだ。

「ようやくわたくしたちの因縁に決着がつくのですね。」

花鳳のアヴェンチュリンの太陽の意匠に光が灯る。

「因縁、ですか。僕は常にヴァルキリーに追い回されていたような記憶しかないんですが。」

僕も徐々に下がりながら戦闘準備に入る。

「未来視という有用な力をヴァルキリーのために使わないというなら排除しようとするのは当然です。」

花鳳も下がり、海原とヘレナが両脇を固めるようにソルシエールを構える。

「それなら嘘でも協力するって言っておくべきでしたね。」

明夜と真奈美が僕よりわずかに前、蘭さんと由良さんは横に並び始まりの時を待つ。

「最後に確認します。半場さん、わたくしたちの理想に協力しては戴けませんか?」

この最後の最後にきての真摯な願い。

「今の花鳳先輩ならあの時とは違う理想を見ているような気がしています。」

かつての花鳳はソルシエール至上主義で人を殺すことをなんとも思わない神様みたいな人だった。

だけど花鳳は恐怖を知り、それに打ち勝つために仲間や組織を作り上げ、支えてくれる人のありがたみを知った。

だからもうヴァルキリーは無作為な殺害はしないと信じられる。

「でも…ダメですよ。僕にはまだ飛び出した鳥を大空へと羽ばたかせる役目が残っているみたいですから。」

「ならば"Innocent Vision"を倒し、あなたを掴んだまま大空に飛び立つとしましょう。」

花鳳が一瞬大きく翼を広げた鳳鳳に見えた。

改めてとんでもない人に目をつけられたと思いながら僕は手を振り上げる。

「さあ、始めましょうか、最後の戦いを。」

"Innocent Vision"の仲間が、敵であるヴァルキリーのソーサリスが僕の言葉を待っている。

「戦闘開始!」

Innocent Visionの導くまま、僕は手を振り下ろした。


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