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Innocent Vision  作者: MCFL
158/189

第158話 漆黒の悪夢

ブラックナイトメア。

それは"吸収"の力を持つセレナイトのまさに至高の奥義。

光さえも飲み込むジプサムを凌駕し、あらゆるもの、それこそ魔術ですら喰らう究極の闇。

それが今、僕たちの前に現れた。

「ヘレナさん、無事だったんだ!」

海原がイマジンショータイムから抜け出して嬉しそうな声を上げる。

「ワタクシがあの程度でやられるわけがありませんわ。」

ヘレナは余裕の表情で縦ロールの金髪を払うが身に纏う制服は汚れ、擦りきれていた。

そういった状況がヘレナのプライドを汚し、漆黒の悪夢を呼び覚ましてしまったのだ。

ゴゴゴゴ

近くに転がっていた建物の破片が浮かび上がり黒い球体に引きずり込まれた。

ヘレナの頭上に浮かぶ黒き点は無作為に周囲のものを飲み込んでいく。

「ミドリがずいぶんとお世話になったようですわね。」

「いえいえ、なんのお構いも出来ずすみません。」

慇懃無礼に笑って答えるとヘレナの額に青筋が追加、相当キテるらしい。

「…今のワタクシは機嫌がよろしくありませんの。あまり下らないことは仰らない方がよろしくてよ?」

口調も無駄に丁寧で平坦で、だからこそヘレナの怒りの深さが窺い知れる。

「でも、仰っても仰らなくてもやることは変わりませんよね?」

そう、ここまで怒りを覚えていて今更遜ったところで何が変わるわけでもない。

Innocent Visionが示すように、戦いを避けられるわけではないのだ。

「!…フフ、そうですわね。」

ヘレナは目を見開いたあとおかしそうに笑ってセレナイトを肩に担いだ。

海原も新しい白鶴を展開して結局また仕切り直しになった。

だが違うのは敵のどちらもが本気になったことだ。

(ブラックナイトメア、見たままの能力だとしたら相当危険なグラマリーだな。)

人間には到底太刀打ちできない力と言う意味では花鳳のコロナと同列か。

具体的な能力が分かるまでは迂濶に近づけない。

そう考えていた矢先、

「行く。」

突然明夜が飛び出した。

「明夜!?」

予想外の展開に咄嗟の判断が出来ず明夜の動きを目で追うことしかできない。

明夜の狙いはヘレナだ。

何の策もなく両手の刃を羽根のように広げたまままっすぐに走っていく。

「ワタクシを脅威に感じるのは正しいですわ。ですが、戦いを挑むのは愚か者のすることですのよ!」

ヘレナがセレナイトを翳すと一瞬ブラックナイトメアの輪郭が輝き、日食のような姿を見せたあと中からコンクリートブロックを高速で吐き出した。

弾丸を明夜は持ち前のスピードで回避し、そのまま直線から円運動へと動きを変化させた。

ヘレナの周囲を回りながら徐々に距離を詰めていく。

「陸、俺たちも行くぞ。」

「ちょっと待って。明夜に何か考えがあるのかもしれない。由良さんたちは海原が明夜に攻撃するのを止めて。」

明夜は何を考えているのかいまいち分からない子だけど意味もなく突撃していくようなことはしない。

ならばそれをサポートするのが今の僕の役目。

「真奈美は先行して海原を足止め、由良さんはそのあとに続いて。蘭さんは白鶴を通さないよう壁役をお願い。」

皆は指示に頷くとすぐに行動開始。

真奈美は金属の足音を立てながら海原に駆け寄っていく。

(蘭さんもそうだったけど別に真正面から突撃する必要はないんだけどな。)

海原も明夜とヘレナの戦いをどう見るか迷っていたようだったが真奈美が駆け込んだことによってこちらの迎撃に決めたようだった。

これで明夜の邪魔はできないはずだ。

「今のヘレナさんの近くに行くのは怖いから相手してもらうよ!」

「あたしも暇だったんだ、受けてたつよ。」

海原の前に酒呑童子が並び立ち、真奈美は飛び上がって蹴りによる斬撃を放つ。

「楽しそうな喧嘩だな。混ぜてもらうぞ!」

さらに由良さんも参戦してあちらは混戦になった。

「蘭さん、危なくなりそうなら加勢して。」

「ラジャー!」

ビシッと敬礼した蘭さんに満足して僕は視線を明夜の戦いに戻す。


「どうかしまして?周りを走っているだけではワタクシに届きませんわよ?」

「…。」

周囲を走る明夜に向けて瓦礫が撃ち出される。

黒き球体に前後左右は存在しないようでヘレナの背後でも的確に明夜を狙っていた。

明夜はその弾丸を避けながら隙を窺っている。

「そうやってワタクシを煽り、痺れを切らして飛び出してくるのを待っているつもりですの?浅はか、浅はかですわ!」

ヘレナが笑って左目の輝きを増すと飛び出す瓦礫の量が一気に増した。

岩石の怒濤が明夜のいた場所に殺到し

「明夜!」

「なんとすばしっこいのでしょう。」

明夜はさらに速度を上げてその攻撃をかわしていた。

飛び出して地面にぶつかった瓦礫は再びブラックナイトメアに吸収されていく。

周囲の物体を取り込み、それを武器にする。

ある意味永久機関の破壊兵器、それが今のヘレナだ。

「てい。」

明夜は吸い込まれていく瓦礫の破片をオニキスで打ってヘレナにぶつけようとした。

だが結構な速度があったにも拘わらず瓦礫は突如軌道を変えて漆黒の闇に飲まれてしまった。

「…。」

明夜は二度三度それを繰り返しながら今度は徐々に離れていく。

「払っても払っても近寄ってくる羽虫は本当にイライラしますわ!」

怒りで左目を朱に光らせたヘレナの後ろで集められた瓦礫を強引に団子状に押し固めた巨大な岩石が闇から出てこようとしていた。

それはもはや受けることや斬ることは叶わない、圧倒的な質量を持った武器。

いくら明夜の足でもあれが直撃ないし地面に激突した後の余波を捌ききれる保証はない。

「蘭さん!」

「やっぱりりっくんのお気に入りはランみたいだね!」

口調はおちゃらけていながらも足は拙速、蘭さんは後退してくる明夜と岩石の間に飛び込んだ。

「ドゥームスター、お行きなさい!」

撃ち出された超重量の弾丸を前に蘭さんはオブシディアンを前面に押し出す。

「スペリオルグラマリー、アイギス!」

エネルギープレート状に展開した光の盾と岩石がぶつかり合い、バキバキと岩が砕ける大音響が耳を叩く。

「うううああああ!」

蘭さんの叫び声が木霊し、アイギスの盾が光となって散る。

瓦礫が粉々になったあとに残ったのは小さな体であの巨大な岩石から僕たちを守ってくれた蘭さんの姿だった。

「退くよ、皆!」

唖然としていた由良さんたちも呼び戻して一度距離を取る。

ヘレナは動かず、ブラックナイトメアに瓦礫を吸収させながらこちらを睨んでいた。

音震波で海原の追撃を牽制していた由良さんはブラックナイトメアを見て呆れたような顔をした。

「なんだ、あれは?発展しすぎた文明を滅ぼす超科学兵器か?」

「はは。」

確かにあんなものが現れたら文明なんて瞬く間に壊滅する。

明夜が放った石が慣性を無視して取り込まれたところを見ると戦車や戦闘機、もしかしたら核兵器すらも吸収し、何物にも傷つけることができないかもしれない。

「半場、あのブラックナイトメアをどうにかする作戦はないの?」

「突然そんなポンポンいい策は浮かばないよ。」

僕は椅子に座ったまま事件を解決できる名探偵でもポケットから便利道具を取り出すロボットでもない。

Innocent Visionでこの技を見ていたならまた対策を立てる時間もあっただろうが初見ではさすがにどうしようもない。

「なんとかブラックナイトメアを突破する方法を考えないとな。」

「でも近づいたらランたちだって吸い込まれちゃうかもよ?」

(ブラックナイトメアの守りを抜くためには吸い込まれるよりも多くの何かをぶつけることくらいしか思い浮かばない。だけどそんなものどうしようも…)

「何もしないでいい。」

有効な打開策も見つからず難しい顔で円陣を組んでいた僕たちの中で明夜だけはいつも通り感情に乏しい顔をしていて、そんなことを言い出した。

「もしかして、何か気付いた?」

コクリと明夜はしっかりと頷いた。

やっぱり明夜はただ飛び出していった訳じゃなくて理由があったんだ。

僕は明夜を信じていたよ。

「その根拠はなんだ?今回はミスったらただじゃすまないぞ?」

こう言うときに意見に懐疑的な人がいると議論が進みやすい。

由良さんは不安定な策では仲間が危険に晒されるからという優しさからそんな感じに疑ってくれるので実に安心して話の推移を見守ることができる。

「黒いあれは近づくとだんだん引き寄せられる。」

そういう能力だから吸い込まれるだろう。

見たままあれはブラックホールのようなものだ。

中心に行けばいくほど光すら抜け出せない吸引力を持っていると考えるのが妥当だろう。

「ちょっとずつ近づいたら、えっと…」

明夜は5歩ほど後ろに下がった。

「このくらいから急に引っ張られるのが強くなった。」

「5メートル程度か。それ以上近づくとヤバイってことだな。」

確かに明夜の放った岩石もそのくらいの距離で軌道を変化させていたように思う。

「明夜はそれを確かめるためにヘレナに向かっていってくれたんだ?」

「うん。」

未知の能力に対して臆することなく飛び込んでいける勇気と何も考えていないようで実は戦術に必要な情報を集めることを考えていてくれたこと、僕は今回のことで明夜を凄く見直した。

思わず頭に手を伸ばして撫でていた。

明夜は目を細めてされるがままになっている。

「あー、明夜ちゃんいいな!」

「蘭さんも明夜を守ってくれたからいい子いい子。」

「えへへ。」

膨れていた蘭さんも一撫ですると瞬く間に笑顔に変わった。

「これが"Innocent Vision"のスキンシップなんだ。由良先輩もなでなでされるんですか?」

「アホか。」

真奈美がまた"Innocent Vision"について間違った知識を得、由良さんは苦笑する。

ヴァルキリーの面々からは戦場で何をやっているのかという視線を感じなくもないがこれが"Innocent Vision"なのだから仕方がない。

「でも何もしないでいいっていうのはどういうこと?」

そして最初の疑問に戻る。

ヘレナに近づきすぎないようにすることは理解したが放置しておいても問題を先送りにするだけで根本的な解決には至らない。

だけど明夜の次の言葉を聞いた僕たちはその意味を知り、一様にほくそ笑むのだった。

「ッ!?」

その向こうでヘレナが悪寒に身を震わせていた。



僕たちは海原に向かって蘭さんをワントップにした陣形を成し、ヘレナから大きく迂回した位置に展開していた。

「ちょっと!ワタクシを無視しないで下さいます!?」

ヘレナは叫んでいるが気にしない。

海原も集中して狙われていることに戸惑いを隠せないようだった。

「確かにヘレナさんのブラックナイトメアは不気味だからボクの方を狙うのはわかるけど簡単にはやられないぞ。」

簡単にやられてくれないのは十分に分かっている。

これはブラックナイトメア対策であると同時に明夜の証言を見極めるための攻撃なのだから。

「作戦開始!」

僕の掛け声と共に蘭さんが無警戒に走り出す。

「また同じ結果になるだけだよ。」

「それじゃあ酒呑童子の攻撃を避けられるのも運命だね。」

さっきのイマジンショータイムで完全に避けられたことを思い出して海原がぐっと息を詰まらせる。

その間にも後衛の3人は左右に迂回して海原を目指していた。

こうなると6体を使役するかごめは海原自らの隙が大きくなるため使えなくなる。

さらに護法童子が使えるなら別だが何度も緊急回避用に使っただけなのを見る限り、酒呑童子と白鶴を使った状態では護法童子を完全に制御することは出来ないようだった。

「くっ!」

海原はやむを得ず酒呑童子を2体ずつに分けて由良さんたちに対応、蘭さんには白鶴を差し向けた。

ドン、ドン

戦場の横合いから岩石の弾丸が撃ち込まれる。

確かに危険だがある程度距離があるため強い乙女たちが直撃するようなことはない。

僕の方にも飛んでくるがInnocent Visionを使って避ける。

「ヘレナさん!援護をお願い!」

「…」

もともとスピードタイプのヘレナならすぐにでも来られそうな距離だというのにヘレナは動かない。

「どうやら明夜の言ったことは本当みたいだな?」

由良さんがヘレナを見て呟く。

「なんのことだよ?」

由良さんは玻璃で酒呑童子を弾き飛ばして笑う。


「ブラックナイトメアを使ってるヘレナは一歩も動けない。」


明夜が見い出したのはその事実だった。

言われてみれば挑発がどうのと言いつつヘレナは一歩も歩いていないどころか振り返りすらもしていなかった。

「多分ヘレナ先輩自身を楔にしてブラックナイトメアをあの場に留めてるんだよ。あんな破格の能力を好き勝手に振り回せないようになってるってことだね。」

だからヘレナは相手にしなくていい。

ブラックナイトメアを解除すればいいように思うが何かしらの制約があるらしくヘレナは遠目にも悔しそうな顔をしているだけで解こうとはしなかった。

「そういうわけだから大人しくやられたらどうだ?」

嘲りを含む由良さんの提案を海原はベリルを振るって拒絶する。

「ボクたちは勝つんだ!じゃないと、撫子様が、ボクの大好きな撫子様が帰ってこないんだ!」

海原は護法童子を出現させるが許容量を越えた式の使用で制御は乱れ、白鶴は地に落ちた。

「ミドリ!」

ヘレナの叫びも虚しく響くだけ。

蘭さんはオブシディアンを振り回しながら海原に駆け寄っていく。

「これで終わりだよ、緑里ちゃん。ランちゃーん…」

これで詰み。

蘭さんが海原を倒せばあとはヘレナをどうにかすれば…

「っ!」

突然左目が痛み

「蘭さん、避けて!」

「なに!?」

反射的に叫んだ声が消える前に足を止めた蘭さんの眼前を光が横切っていた。

止めなければ直撃していた。

突然の攻撃に僕たちだけでなく海原やヘレナも攻撃の手を止めていた。

全員が出所に視線を向ける。

そこには

「…。」

「ナデシコ。」

「撫子様!」

アヴェンチュリンを手にした花鳳撫子が立っていた。


その目にまだ迷いを残して。


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