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Innocent Vision  作者: MCFL
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第156話 奇襲

僕が公園から離れた所で立ち止まって振り返ると何とも物言いたげな"Innocent Vision"の皆も立ち止まった。

「さて、そろそろいいか?」

「はい、どうぞご自由に僕をなじって下さい。」

僕は卑屈になって縮こまる。

花鳳に

「それはヴァルキリーの長ではなく花鳳撫子という女性の提案ですね。」

と事実上の糾弾をしておきながら僕自身が"Innocent Vision"の意見を聞かずに共闘条約を蹴ってしまった。

しかもその理由が敵である海原葵衣との約束だというのだからもはや救いもない。

煮るなり焼くなりされても仕方がない。

「りっくん、なじられたいの?」

「別になじられたいわけじゃないけど…」

「本当に?」

真顔で聞き返されるとなんだか自分を誤魔化しているような気になってくる。

本当は…

「って、なじられたいなんて思ってないから!危ない!」

今のは心理攻撃の一種だ。

簡易ゲシュタルトみたいなものを蘭さんにやられた。

蘭さんはテヘッと可愛らしく笑って誤魔化そうとしていた。

「なじるくらいならそこにある銭湯で背中でも…」

「ごめんなさい!それだけはご勘弁をぉ!」

「"Innocent Vision"には、その、そういう裸の付き合いもあるんだ。」

真奈美が恥ずかしそうにチラチラとこちらを見る。

「"Innocent Vision"に対しても僕に対しても誤解だよ!」

この流れはいけない。

このままでは僕の貞操の危機。

それ以前にここは戦場の真っただ中なのに緊張感なさすぎだ。

「共闘はしなくてよかったと思うよ。」

いち早く流れを引き戻してくれたのは意外にも蘭さんだった。

すると本題に戻って皆が真面目な顔になる。

「陸も言ってたが一緒に戦っても後ろから撃たれるかもしれないんじゃ前に集中できないからな。」

「"Innocent Vision"は強い。」

「あたしはヴァルキリーとどんな戦いをしてきたのかよく知らないから、半場に任せるよ。」

由良さんも明夜も真奈美も僕を糾弾しない。

これが信頼という尊いものなのか。

思わず感動に涙腺が緩みそうになった。

「だが、陸と約束した彼女って辺りはちょっと詳しく聞きたいところだな。」

「え…」

その涙の分の水分が冷や汗に代わる。

「何時何分何曜日?」

「えと…」

「これは名探偵ランの出番だね。りっくんの体に聞くしかないね。」

「あの…」

「体に…ドキドキ…」

「は、話し合おう。」

「「うん。」」

結局海原葵衣が訪ねてきて花鳳撫子の成長のために共闘条約を反対してほしいと頼まれたこと、あとついでに帰り際にケーキを置いていったことを話した。

「いいなぁ!ランもケーキ食べたい!」

「ケーキ。」

「わかったよ。全部終わったら買ってあげるから。」

「わーい!」

「ケーキ。」

蘭さんと明夜はむしろケーキに食い付いてきたので交渉完了。

「一くくりに組織って言ってもいろんな人の思惑が動いてるんだね。」

「特にヴァルキリーは自由というか自分勝手というかだね。それをまとめてるんだから花鳳先輩はすごいよ。」

真奈美は組織運用の厳しさを知ったようで感心していたが僕に尊敬の目を向けられても。

僕は花鳳みたいにジュエルを組織したりはしていない。

たまたま同じ志を持った仲間と巨大な敵に抗ってきただけなんだから。

さあ、最後に残された審判を受けよう。

由良さんの前に歩み出て判決を待つ。

腕組みをして瞳を閉ざしていた由良さんはゆっくりと封印を解いていった。

「お人好しだな。花鳳が潰れるのは俺たちにとっては有益だろうに。」

由良さんは思っていたよりも怒っていなかった。

どちらかといえば呆れている。

「でも今後戦いが終わった後のことを考えると花鳳先輩に負け犬人生を歩ませるのはさすがにかわいそうかなと思って。」

花鳳はソルシエールなんか無くてもすごい人だから楽な方に流れてダメにしてしまうには惜しい。

僕とは違って花鳳は多くの人に望まれ、期待されているのだから。

「今後、か。俺たちとの戦いで死んだら今後も何もないがな。」

由良さんは最後に皮肉っぽく告げて背中を向けた。

これで追求は終わりにしてくれるらしい。

「…あと、終わったら俺にもケーキ。」

「はいはい。」

恥ずかしそうに追加する由良さんをちょっとかわいいなと思った僕だった。



撫子は公園の真ん中でペタリと座り込んでいた。

緑里は撫子を支えているがかける声が見つからない。

「葵衣が、反対していたなんて、わたくしは知らない。」

何でも知っていると思っていた葵衣が自分とは違う考えを持っていて、それを敵である陸には打ち明けといたという事実が撫子を打ちのめす。

「何をしていますの、ナデシコ!共闘でなくなったのなら"Innocent Vision"を倒すべきですわ。」

ヘレナはすぐにでも飛び出せるよう準備していたが撫子はアヴェンチュリンさえ手離して立ち上がる気配すらなかった。

ヘレナはグッと唇を噛み締めてセレナイトを強く握る。

「敵を前にして逃がすつもりなどあり得ませんわ。それがソーサリスの、ヴァルキリーの選ばれし者の選択だと言うの!?」

「…わたくしは、インヴィが怖いのです。彼は人の中から選ばれたわたくしたちをさらに超越した存在なのではないかと。抗うことのできないもの、そう、運命のようなものではないかと思うことがあるのです。」

「…。」

撫子の弁解とも独白とも言える呟きにヘレナは答えない。

陸の采配が時に神がかっているという実感はヴァルキリーの誰もが抱いたことのある思いではあった。

特に圧倒的な情勢をひっくり返したクリスマスパーティーはヴァルキリーに危機感を与えた。

だがヴァルキリーのソーサリスたちはそれをも打ち破らんという決意を胸に闘志を燃やしていた。

インヴィは倒すべき敵であり越えるべき壁である。

しかし決して越えられないなどとは誰も考えていなかった。

悠莉の場合もInnocent Visionに屈伏したわけではなく人としての意思で戦いの虚しさを感じただけだった。

だというのにヴァルキリーのトップである撫子は負けることを恐れて震えていた。

ヘレナはいつまでも俯いたままの撫子からフンと鼻を鳴らしながら顔を背けて公園の出口へと足を向けた。

「失望しましたわ。こんな方の下について追い抜けなかったなんて、ワタクシは自分が許せませんわ!」

苛立たしげに振るわれた三日月の鎌が地面を抉り取る。

「ヘレナさん…。」

「ワタクシがライバルと認め、友と思っていた方はそんな弱々しい目はしませんの。抜け殻のあなたに興味はありませんわ。」

「ですが、葵衣はインヴィに…」

ヘレナはきつくセレナイトを握り締めると地面に向けて振り下ろした。

大地に突き刺さった鎌を離して怒りに燃える瞳を撫子に向けた。

「誰のために葵衣がインヴィに接触したと思っていますの!?」

ヘレナは傍観者だったからこそ葵衣の、そして陸の思いに気付いていた。

「それは、わたくしには話せなかったから…」

「ッ!」

パンッ

ヘレナは思い切り撫子の頬を平手打ちした。

愕然とした表情を浮かべて頬に手を上げる撫子。

痛む手を強引に腰に当てて撫子に背を向ける。

今の撫子には何を言っても意味がない。

ならば言葉ではなく行動で示すしかなかった。

「ワタクシは行きますわよ。たとえ今のあなたが共に歩む価値のない人だとしても、ワタクシはヴァルキリーのために戦って差し上げますわ。」

「ヘレナ、さん…」

マントをはためかせてしっかりした足取りで歩いていく背中に手を伸ばすがヘレナは立ち止まることはおろか振り向きもしない。

そして

「…ごめんなさい、撫子様。」

ずっと黙っていながらも撫子を支えていた手の感触が消える。

隣を見ればベリルを手に泣きそうな顔をした緑里がいた。

撫子が見上げると緑里は目をそらした。

「ボクは撫子様が大好きです。でも、ボクは撫子様に何もしてあげられない。それに、ボクはやっぱり"Innocent Vision"を許せません。ボクの中の衝動が葵衣の仇を取れって叫んでるんです。だからボクはヴァルキリーのために、撫子様のために"Innocent Vision"と戦います。」

溢れた涙を拭って緑里は駆け出し、ヘレナの横についた。

手を伸ばしてももう届かず、声も出せない。

やがて公園から2人が出ていくと撫子は首を上げる気力すらなくなり俯いた。

「とうとう、1人になってしまったわね。」

自嘲の呟きを止める者も今はいなかった。



「"Innocent Vision"!」

黒き異形によって蹂躙された町を固まって歩いていたところに背後から声がかかった。

「やっぱり追ってきましたか、海原先輩。」

振り返ればベリルを携えた海原がこちらを睨み付けていた。

とてももう一度話し合いをしようという雰囲気ではなかったので由良さんたちもすでにソルシエールやセイバーを構えていた。

「江戸川蘭!」

「ラン?」

「ボクは葵衣をあんなにしたことを許さない!」

海原の言葉に蘭さんが一瞬息を飲んだように見えた。

蘭さんが海原葵衣にしたことを後悔しているからだ。

「緑里ちゃんにランを倒せるの?すごくない方の双子ちゃん?」

だけど次の言葉はいつも通り、いや、若干裏側が見える蘭さんだった。

可愛らしい笑みとは裏腹に結構な毒舌である。

「くぅ!言ったな!白鶴!」

海原は激昂し8羽の白鶴を展開した。

その白き弾丸が撃ち出される直前、突然視界が闇に包まれた。

「これは!?」

「敵が1人とは限りませんのよ!」

響くヘレナの声。

「これでも食らえ!」

放たれる見えざる白鶴。

こうして因縁のヴァルキリーとの最後の戦いの火蓋は切って落とされた。


セレナイトのジプサムで視覚を奪い、さらにヘレナ自身がビルから飛び出して上からの攻撃を加えた奇襲は

「ちょっ!よく考えたら飛び込んだワタクシも白鶴の的じゃありませんの!?」

ヘレナの悲鳴が聞こえただけだった。

当然緑里はヘレナの落下地点を予測して白鶴の軌道を制御していたがそれ以外にもまるで手ごたえがなかった。

「ヘレナさん、インヴィたちは!?」

「はぁ!」

ヘレナは闇を生み出した鎌で闇をも喰らいながら鎌を一周大振りに振り抜く。

だがそこに人を斬る感触や刃がぶつかる音はなかった。

「どこに行きましたの!?」

「まさか幻術?ヘレナさん、ジプサムを解除して!」

「わかってますわ!」

ヘレナがジプサムの吸収を遮断することで急速に闇が払われていき世界の赤が戻ってくる。

その消えていく闇の向こうに地面に横たわった"Innocent Vision"の姿が見えた。

「なっ!?」

「この時を待ってたぜ。音震波!」

スナイパーのようにうつ伏せに寝転んだ由良の玻璃から音震波が放たれる。

ジプサムを解除した直後のヘレナにそれを防ぐ術はなく

「きゃあああ!」

突風に弾かれたヘレナはビルの窓ガラスを突き破って中に飛んでいった。

「Innocent Vision、その力で僕たちの攻撃を知ってたんだ!?」

立ち上がる"Innocent Vision"の戦士たちには傷1つない。

そして最後に立ち上がり服の埃を払ったのがInnocent Vision、ヴァルキリーの倒さなければならない敵。

「僕のInnocent Visionの前では奇襲は無意味ですよ?」


そう、奇襲は無意味なのだ。

奇襲は不意をつくからこそ効果があるため、奇襲の内容を知った時点でそれは奇襲ではなくなり、奇襲に対しての奇襲をかけることもできる。

戦術的な技法において未来視ほど恐ろしい技能はなく、それを使いこなすInnocent Visionは"化け物"なのだ。



僕たちはヘレナが上から襲ってくることも白鶴の軌道も分かっていた。

だからあえてその場で地に伏して攻撃を凌いだ。

こちらには蘭さんがいるため相手は幻術にも警戒する。

視界が悪い状態での見えざる敵の攻撃は危険すぎるから当然闇を払う。

あの闇は攻撃吸収能力ジプサムの副産物でしかないため闇を取り除くにはジプサムを解くしかない。

それは防御を棄てるのと同義でありその隙をついて速攻を叩き込む。

Innocent Visionと戦術を駆使することで僕たちの戦いはもはや反則だと自覚できるほどに無駄がなかった。

「半場の作戦勝ちだね。」

「まだだよ。」

あの程度じゃヘレナは倒れない。

それにさっきの奇襲は対処出来たが、混戦で何度も行き交う攻撃をあの暗闇の中でもすべて見極めるのは実質不可能だ。

だからヘレナが落ちている今の内に海原を鎮圧する。

「目標、海原緑里の鎮圧。」

「わざわざ言うってことは速攻で潰せってことか?」

「りっくんにしては珍しいね。」

「うん。嫌な予感がするんだ。」

近未来を見るInnocent Visionにはまだかからない、だけど確かに何かが起こる予感が僕の中にあった。

「陸の予感か。そりゃ捨て置けないな。」

「ソーサリスがどれくらい強いのか分からないけど精一杯ぶつかるだけだよ。」

「敵は、倒す。」

「ふっふっふ、覚悟してね、緑里ちゃん。」

僕の予感なんて不確かなものでも皆は信じてくれる。

なら僕も皆の力を信じて乗りきることを考えよう。

「しゅ、酒呑童子!」

形勢の不利を感じた海原は赤い大男を召喚、さらに白鶴を準備してこちらを迎え撃つつもりのようだった。

「数ではこちらが不利でも、僕たちを止められるかな?」

「止めるんじゃない、倒さないといけないんだ!」

海原は引き下がるつもりもないようで敵ながら天晴れ。

ならばこちらもその気概に応えるまで。

「攻撃開始!」

僕の合図で一斉に攻撃が始まった。


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