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Innocent Vision  作者: MCFL
155/189

第155話 共に闘う意思

「結局駄目だった。」

僕は海の入った柩の事は伏せてそう答えた。

僕自身あれが何だったのか確証がないし、できれば幻覚だと思いたかった。

「まあ、Innocent Visionで見られるならとっくに見つかってただろうからな。」

元から期待していなかったのか落胆した様子はない。

由良さんの言う通りである。

「でもそうなるとどこを探せばいいのかサッパリだね?」

蘭さんが畳に足を投げ出した格好でぼやく。

確かに魔女がどこにいるかに関してはまるでわからないのが現状だ。

だけど手掛かりが全くないわけじゃない。

「とりあえず魔女は壱葉から建川の範囲のどこかにはいるよ。」

「そのこころは?」

魔女とのゲームだから、とは言わない。

僕は社務所の隅に置かれたテレビをつける。

外が赤い世界に染まって時間の感覚がなかったが現在4時過ぎで夕方前のニュースが始まっていた。

その放送内容は関西で有名なスイーツの店の取材だった。

明夜の目がキラリと光ったような気がした。

「普通に生放送してるでしょ?日本中や全世界規模で起こっていたらそんな暢気なことはしてられないよ。」

「うーん。それだけだとこの辺にいる理由には弱いんじゃないかな?」

一応それらしい理由を上げてみたがやはり適当すぎたらしい。

芦屋さんからの反論ももっともだ。

「由良さんたちは地図を見て知ってると思うけど最近のジェムは壱葉から建川の範囲にしか出てないんだ。もしかしたらこのあたりで何かを探しているのかもしれない。」

だから推測に確証を織り混ぜておく。

こういうときはすべてが嘘であるよりも真実が混ざっていた方が信憑性が高くなるから。

「探し物、ですか?」

琴さんが疑念を宿した声を漏らすがそこはあくまで推測なので苦笑にとどめる。

「とにかくここに隠っていても被害が広がるだけだから町に出てジェムを倒しながら魔女の痕跡を辿っていこう。ほら、ゲームでもボスにたどり着くまでに封印を解除したり中ボス倒したりしないといけないでしょ?」

俗な喩えだが的は射ているように思う。

皆の決意も固まったようだ。

僕が立ち上がるのに合わせて蘭さん、由良さん、明夜とその肩に捕まった芦屋さんが立ち上がった。

叶さんは迷うように俯いていたが座ったままだった。

誰も、何も言わない。

それでいい。

叶さんに戦いなんて似合わないから。

由良さんは立ちあがった芦屋さんの肩を叩いた。

「どれほどのものかは知らないがうちは人手が少ないんだ。頼りにさせてもらうぞ、芦屋。」

由良さんの言葉に芦屋さんは力強く頷く。

「はい。それと仲間になったんですから真奈美で良いですよ。あたしも由良先輩って呼ばせてもらいますから。」

「それならランは蘭ちゃん先輩で!」

「了解です、蘭ちゃん先輩。」

短期間ですっかり打ち解けたようだ。

もともと明夜とは友達だし、由良さんや蘭さんのことは僕を経由して知っているわけだから知らない仲というわけでもない。

だがこれからは知り合いや友達ではなく"Innocent Vision"の仲間だ。


『芦屋真奈美が仲間に加わった』


そんなテロップが頭に浮かんで苦笑が漏れた。

「そう言うわけだから半場もこれからは真奈美と呼ぶように。」

ちょっとくだらないことを考えていると話がこちらにまで波及してきていた。

しかも許可ではなく強制っぽい。

「…別に良いけど、そっちは半場のまま?」

「だって明夜と由良先輩が陸って呼ぶんだと紛らわしいでしょ?」

名前なので紛らわしいことはないと思うが…まあ、メタな話は置いておこう。

明夜は画面に映るスイーツを食い入るように見ているが立ちあがってはいるので同行する気はもちろんあるようだ。

僕はここに残る座ったままの2人を見る。

その視線に気づいた琴さんは頷いて、叶さんは少し心配そうな目をしながらも健気に微笑んだ。

「魔道に落ちてから"太宮様"の先見は使えなくなっています。ですがわたくしは陸さんたちの進む未来に幸があると信じています。」

「何にもできませんけど皆さんの無事を祈っています。無茶しないで下さい。」

2人とも"半場陸のお友達"として僕たちを信じ、帰りを待っていてくれる。

これでますます負けられなくなった。

「皆さんではなく陸さんなのではないですか?」

「な、なな、何ですか!?」

琴さんがいたずらっ子の目で叶さんを流し見、叶さんが慌て出す。

早速じゃれているのは僕たちの緊張を解すため…だと思っておこう。

「それじゃあ、行ってきます。」

僕の言葉に琴さんと叶さんは驚き、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

「「いってらっしゃい。」」

帰る場所がある。

そう強く心に刻み込んで"Innocent Vision"は安息の地を後にした。



鳥居を出ると待ち構えていたようにジェムとデーモンの熱烈な歓迎を受けた。

「早速来やがったぜ。」

「いっぱいいるね。」

「押し売りはのーさんきゅー。」

「ほらみんな、そんなのんきな感想言ってないで、来るよ!」

「早速活躍の機会を準備してくれるなんてありがたいね。」

だがそんなものは進行の妨げにはなりはしない。

二刀が風すら切り裂いて奔り、

振動が全てを震わせ吹き飛ばし、

幻影が互いを敵と認識させて同士討ちを誘い、

輝く刃が演舞のように華麗に軌跡を描く。

切り裂かれ、吹き飛ばされた黒き異形は闇色の煙を血のように噴き出しながら消滅していった。

一騎当千のソーサリスが集まれば下沢とあれほど苦労して突破した群れがものの数分で壊滅出来てしまった。

戦いが一段落したところで蘭さんが真奈美のスピネルに興味を示した。

「真奈美ちゃんのスピネルかっこいいね。光の残像が出る辺りがアニメみたい!」

「セイントのシンボルだからキラキラ光ってんのか?」

「いえ、これは元がアルミナのジュエルだからだと思います。」

「光、出ない。」

明夜が真似をして光を出そうとしていたが系列が違うからか発現する様子はなかった。

「うーん。」

だけど僕の悩みはそこじゃない。

ずっと考えているのだがなかなかまとまらない。

「それで、戦闘中も上の空で何をうんうん唸ってるんだ、陸は?」

由良さんが呆れた様子で尋ねてきた。

だって下沢と違って皆は僕のInnocent Visionが無くても問題なく強いから何もしなくていいのだ。

ならば別の事を考えた方が建設的だろう。

「で、魔女の居場所でも考えてたのか?」

「ううん。真奈美の新しい呼び方。」

ポカッ

大真面目だったのに何故か殴られた。

「呼び方?新しいあだ名ってこと?」

真奈美本人もわかっていないようで首を傾げて尋ねてきた。

「そうじゃなくて。ソルシエールを持っている人たちはソーサリスでしょ?そしてセイントはシンボルを持つ。だけど真奈美は元ジュエルだけど武器はシンボルだからどう呼べばいいかなと思って。」

説明すると由良さんがまた拳を振り上げたので真奈美の後ろに緊急避難する。

「まったく、人が戦ってるときに何考えてんだか。」

「でも、確かに困ったね。」

「そうだね。武器はジュエルじゃなくなったしあたし自身はセイントじゃないって言うし、そもそもスピネルは魔剣のカテゴリーですら無いんだ。」

「考える。」

だが意外、由良さん以外は思いの外食い付きがよく真剣に悩み出した。

振り上げた拳の行く先に困っている由良さんを見ているのも面白いかと思ったが安全のためにも同志の輪に入る。

「ソーサリスがソルシエール、セイントがシンボル、ジュエルがジュエル。むー。」

「でもあたしはソルシエールとソーサリスには関係ないんだよね。」

「うん。」

真奈美が授かった力は叶さんからだし器は花鳳に与えられたものだ。

だからソーサリスとなるために魔女と出会っていない。

皆が悩んでいると蘭さんが元気よく手を上げた。

「はーい!それならジュイントのジュボルに決定!」

「蘭さん、さすがに安直すぎだし、なんかカッコ悪い!」

なんだかフュージョンを失敗したみたいな名前なので却下。

「それじゃあセイエルでシンエル!」

「同じだよ!」

やいのやいの、あーだこーだと議論を繰り広げる僕たちだったがなかなか気に入った名前が見つからない。

「キラキラでピカピカ。」

「…明夜。」

本人は真面目に考えてくれているのだろうがさすがにキラキラのピカピカを使う真奈美では可哀想だ。

『"Innocent Vision"のキラキラ・ピカピカのスピネルを持つ芦屋真奈美が相手だ。』

…女の子向けのアニメでもこのネーミングはないだろう。

「……」

だがそろそろ決めないと由良さんが爆発しかねない。

「だからジュイントにジュボルだって。」

「なんか戦闘中に笑っちゃいそうだよ。」

もう流れ的に蘭さんの意見で決まりかけた時、

「…ジュエリストのセイバー。」

ボソリと聞こえた声に皆が一斉に振り向くと由良さんはそっぽを向いていた。

「ジュエリスト。デュエリストみたいでかっこいいし、ジュエルの最上級っぽい!」

「それにセイバー。刃だからってだけじゃなくて救うものの意味もある。この局面での味方はまさに"Innocent Vision"の救いだね。」

「由良先輩、センスありますね。」

「グッジョブ。」

称賛の声に横を向いた由良さんの頬が赤くなっていく。

「~~ッ!さっさと先に進むぞ!」

由良さんは肩を怒らせながら歩いていってしまう。

照れ隠しなのは分かっているので後を追おうとした。


「随分と楽しそうですね?」


「!!」

だが、その声を聞いた瞬間、血がぞわりと震えるような感覚が全身を走り、体が硬直した。

いつの間にか差し掛かっていた公園、そこにはまるで待ち構えていたように花鳳撫子、ヘレナ・ディオン、海原緑里がいた。

「驚いてるね。でもボクにかかれば"Innocent Vision"の動きくらい簡単に分かるんだよ。」

海原の操る式には偵察能力まであるのだとすればかなり汎用性の高いソルシエールだ。

内心その利用価値に怯えていたら

「あれだけ身軽に駆け回れれば大抵の情報は探れますわよ。」

ヘレナは呆れたように嘆息。

「いいじゃないか!役に立ったんだから!」

吠える海原がヘレナに食って掛かった。

どうやら式ではなくソーサリスとしての俊敏性で偵察したようでちょっとひと安心。

仲間の喧嘩には関わろうとせず花鳳は真奈美を見てわずかに目を見開いた。

「芦屋真奈美さん。」

「お久しぶりです、花鳳先輩。」

真奈美が挨拶をすると花鳳はひどく複雑そうな表情を浮かべた。

「…わたくしを恨んでいますか?」

「いいえ。今あたしがここにいる結果を思うとむしろ感謝してるくらいです。」

真奈美はまっすぐに花鳳を見て答えた。

紛れもない本心なのだと、言葉の強さから伝わってくる。

その言葉の意味を体現する真奈美のセイバー・スピネルを見た花鳳は瞳を閉じた。

「わたくしの思惑はいつもインヴィの存在によって大きく変えられてしまいますね。」

僕に向けられた花鳳の瞳は言葉とは裏腹に暗い感情を浮かべてはおらず、どこか楽しげだった。

だが僕にはその笑顔が危うげに見た。

花鳳は一歩前に出ると赤い空を見、そして僕を見た。

「良子さんたちとも連絡がつかない現状、今の戦力で"Innocent Vision"と事を構えるのは危険だと考えています。半場さん、魔女を打倒する時までもう一度共闘を結ぶ気はありませんか?」

「…。」

「なっ!?」

「何を考えていますの、ナデシコ!?」

僕以外の両陣営から驚愕の声が上がる。

まさかの土壇場、一触即発にも近い戦場での共闘の呼び掛けに戸惑いが広がっていく。

(魔女打倒という目的の合致とそれに至るまでの困難さ。そして"Innocent Vision"が魔女と戦うために戦力を欲してること。全てを鑑みた上での笑みか。)

「魔女がこれほどの暴挙に出るのは予想外でしたがジェムやデーモンはわたくしたちの敵ではありません。注意すべきは魔女であり、同等の力を有するソーサリスです。魔女もヴァルキリーと"Innocent Vision"が潰し合うことを想定していることでしょう。ですから、敢えてその裏をかき、十分な戦力をもって魔女に挑むのが良策ではないでしょうか?」

花鳳の意見は正論だ。

魔女は世界を一瞬にして赤く染めるほどの強大な力を有しており、それはソーサリス1人が成しうる異能の域を大きく超越している。

ならば小さな力を束ね、大いなる脅威を払い除ける選択は生き残るためには正しい。

だから誰も反論しない。

それぞれに言いたいことはあるだろうがそれが勝つためには最も有効だと分かるから。

目の前に立つ花鳳は笑みを湛えたまま、分かりきった答えを聞くために待っている。

だから僕はその分かりきった答えを告げる前に1つだけ尋ねた。


「その提案をしているのは誰です?」


僕の疑問に花鳳を含めヴァルキリー、"Innocent Vision"の誰もが首を傾げた。

「半場さんはおかしな事を聞くのですね。それはわたくし、花鳳撫子の提案です。」

「そうですか。」

僕はそれを聞くと一度言葉を切った。

あの約束は、きっと分かっていたんだ、彼女には。

それは未来視ではなく、最も近くにいてその心を知っていたからこそ到達した答え。

そんな純粋な思いだったからこそ僕は同意したのだ。

「つまり、その提案は気高きヴァルキリーの長ではなく、強敵を前に臆した花鳳撫子という女性の提案ということですね?」

「!!」

花鳳の表情が驚きでひきつった。

花鳳ばかりではない。

ヴァルキリーも"Innocent Vision"の皆でさえ僕の返答に困惑を示している。

「僕の知るヴァルキリーの長は未来視という化け物の力を前にしても不敵な笑みを浮かべて刺客を送り、怯むことなく正面から正々堂々と戦いを挑む人でしたよ。」

「半場、さん…」

花鳳はあり得ないという様子でよろめく。

僕は悲しくて、申し訳なくて目を細めた。

僕という存在があれほどまでに輝いていた気高い人を堕としてしまった、その罪悪感に。

だが今の花鳳は僕の表情さえも読み違えて怯えている。

見ていられなかった。

僕は花鳳に背を向ける。

「共闘の提案があなたの独善だというのなら他のソーサリスは信用できませんし…」

僕は横目で花鳳を睥睨し、終わりの言葉を告げる。

「今の花鳳撫子を仲間に引き入れる理由なんてどこにもありませんよ。」

「あ…」

花鳳がガクリと膝から崩れ落ちた。

「ナデシコ!」

「撫子様!」

ヘレナと海原が駆け寄っても花鳳は呆然とどこかを見つめたまま。

「…行こうか、皆。」

居たたまれなくなって僕は完全に背を向ける。

"Innocent Vision"の皆は何も言わずについてきてくれた。

「インヴィ!!」

空気を震わすほどの怒気の隠った声に足を止め、振り返らない。

「どうしてだよ!?ボクは嫌だけど、撫子様が認めたんだ!なのに…」

「それが分からないなら…彼女が可哀想だ。」

「彼女?」

僕は最後にもう一度だけ振り返る。

「僕に共闘条約を反対するようお願いに来た人が居たんですよ。だけど、無駄だったみたいですね。彼女の願いはもう叶わない。」

海原が、花鳳が、気づいて凍りついた。

彼女らが最も大切にする海原葵衣の意思を。

「花鳳撫子は空に怯えた籠の鳥になってしまった。」

僕は海原葵衣が僕に告げた言葉の一端を思い出し、そう言い残してその場を去った。

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