第154話 魔女の居場所
「聖…」
「…人?」
琴さんの言葉を聞いても皆の反応は薄かった。
それも仕方がない。
日本ではあまり聞かない名前だ。
「聖人て神様の御使いでしたっけ?」
芦屋さんは少し知っていたようだ。
僕も多少の知識がある程度。
「私が、聖人。…?」
名指しで指名された叶さんはやっぱり自覚なしだった。
「実際に世間一般で言われている聖人と合致するかどうかは分かりませんが、神の愛せし子です。」
神に愛された子。
その恩恵の1つがあの光だと言うのだろうか?
「太宮神社の巫女、"太宮様"も聖人です。つまり神より特殊な力を授かった者が聖人、セイントと呼ばれるのです。」
「特殊な力?」
「叶さんは以前うちのクラスの黒原君がデーモンになったのを元に戻したんだ。」
由良さんの疑問に僕が答えると驚いた様子で叶さんを見た。
叶さんは縮こまり
「…それと、今日久美ちゃんが、その、デーモンになっちゃったんですけど、それも…く、久美ちゃんはどうなりました!?」
突然取り乱し始めた叶さんを琴さんが落ち着かせ
「みんなを見つけたときは全員人のままだったよ。」
蘭さんの証言で落ち着いたようだった。
「よかった。」
叶さんはよほど安堵したのかへなへなと座り込んだ。
「つまり作倉にはジェムを浄化する力があるって事か。」
「最終兵器。」
明夜が尊敬するような目で叶さんを見る。
確かにジェムやデーモンを相手にするには最強の力かもしれない。
「ですがまだ完全ではないようですね。真の覚醒を果たした聖人にはシンボルが現れるはずですから。」
「シンボル?」
また聞きなれない単語が出てきて皆が首を傾げる。
さすがに今度は誰も分からない。
「力の象徴であるソルシエールのようなものです。シンボルは力を増幅する役目があるそうです。」
「それがあればさらにパワーアーップ、だね。」
蘭さんが楽しそうに拳を振り上げる。
だが当の叶さんはどこか落ち込んで見えた。
芦屋さんもそれに気付いている。
(その力を使うってことは叶さんを戦場に立たせるってことだ。)
非常識が常識の魔剣ソルシエールの戦いにいくら聖人だとしても叶さんを連れていくのは無謀だ。
しかも完全じゃないならなおのこと、もし肝心な時に使えなければ最悪命を落とすことになるだろう。
(琴さんだってそのくらいのことに気付かないわけがない。なのに何で?)
「ちなみに芦屋真奈美さんのスピネルは非常に特殊な存在ですね。本来は聖人にしか顕現させることが出来ないシンボルにジュエリアという中身のない器を与えることで他者にもその力を譲渡させたのです。」
「はあ、それで八重花がジュエルじゃないって言ってたんだ。もしかしてあたしもセイント?」
芦屋さんはちょっと得意気だったが
「違います。」
琴さんにバッサリ切られて撃沈。
「叶は選ばれた者。」
明夜は唐突に呟いたがその単語には聞き覚えがあった。
「それって確かソルシエールの話を聞いたときに言ってたことだっけ?」
「うん。ソルシエールは選ばれなかった者に与えられる力。セイントは選ばれた者。」
「それだとまるで聖人の候補だったけど選ばれなかった人に魔女がソルシエールを与えたみたいに聞こえるんだけど?」
もしそうなら僕たちが魔力と定義した力は神様が聖人候補に与えた力ということになる。
「?」
だが残念なことに明夜もよく分からないようだった。
「とにかくセイントが凄いことはよくわかった。」
由良さんたちはすでに叶さんが戦闘に参加する気でいるみたいだが僕としては反対だ。
芦屋さんも似たようなものだが戦闘に不慣れな人を連れていくと弱点になる可能性が高い。
僕は反論しようとして
「結局のところ、叶さんを戦いに赴かせるつもりは毛頭ありませんが。」
琴さんが先にきっぱりと宣言してしまった。
僕は別の意味で驚いてしまったが由良さんや蘭さんは意外と冷静だった。
「反対しないんだね、2人とも?」
「スペックが高いのは分かったんだけどね。」
「本人に戦う気がなければただの足手まといだ。そんな奴を連れていけるかよ。」
結局みんな分かっていたんだ。
叶さんだけはよく分からなかったらしくキョトンとした様子で皆の顔を見ている。
琴さんは安心させるように肩を抱き寄せる。
「セイントの力が現れたとはいえ本来は戦闘に用いるような力ではありません。叶さんの本質は『癒し』なのでしょう。」
それはよくわかる。
叶さんはいるだけで周りを和ませる存在だった。
あの癒し系効果が聖人の力の一端だったのには驚きだが。
「ねえねえ叶ちゃん。それってゲームみたいに傷をパーッと治したり出来ないの?」
蘭さんは興味津々で手品をねだる子供みたいに叶さんの肩を揺らしている。
「えーと、どうなんでしょう?」
「わたくしに聞かれましても。叶さんの力ですので。」
琴さんにお伺いを立てるが呆れられてしまう。
「それなら試してみればいい。」
そう言って明夜は何故か由良さんを叶さんの前に引っ張っていった。
「由良さん、どこか怪我したの?」
「してない。」
「お腹。」
「明夜!」
由良さんは吠えるが明夜は引き下がらない。
しかしお腹に傷となると僕はこの場に居てはまずいのではなかろうか。
「あー、僕ちょっと外に出てるから。」
「良い心掛けです。ついでと言ってはなんですが境内の様子を見てきていただけますか?」
「了解です。」
琴さんにお使いも頼まれて由良さんの暴れる声を背に社務所を出た。
「これは酷いな。」
境内は避難してきた人たちで溢れていた。
初めは炊き出しもしていたらしいがあっという間に品切れたそうだ。
各々が外を怖がり身を寄せあっている。
(こんなことをして、魔女は何がしたいんだ?)
これが探し物をするためだなんて到底考えられない。
人の絶望を糧にしているとしか思えない。
世界をこんな色に染めさせるわけには行かない。
(魔女の目的を考えろ。魔女はあの砂漠の世界が憎いほどに嫌いだと言っていた。それから徐々に魔女は現実に近い形で僕との接触を図ってきた。つまりは現実世界への進出、あるいは侵略が目的か?)
ここまでなら以前も考え、探し物との繋がりの無さから断念していた。
だがさっきの会話で新たな道が開けてしまった。
(力の譲渡。魔女という存在をこちら側にある体にまるごと移し変えることで現世に現れようとしているとしたら?)
ジェムが探しているのは魔女の全てを入れることができる器たる人間。
そのテストとして憑依しているのだとしたら。
「"太宮様"の占いの魔道は魔女が現れたときに真の姿を表すってことか?」
現状ですら地獄とかした世界が魔道へ堕ちたらどうなってしまうのか想像も出来ない。
「止めないと。絶対に。」
僕は決意を新たに社務所へ戻るのだった。
社務所に戻ると何故か由良さんは部屋の隅で体育座りをしていて明夜と蘭さんは得意気に笑い、琴さんはお茶を啜って我関せず、叶さんと芦屋さんは苦笑を浮かべていた。
「どうしたの?」
「なんでもねえよ。」
由良さんはふて腐れた様子でそっぽを向いてしまった。
由良さんがそんな子供みたいな仕草をするとは珍しい。
視線で尋ねても皆答えてくれそうになかったので諦めた。
「陸さん。あなた方はこれからどうされるのですか?」
琴さんの言葉に緩んでいた場の空気が引き締まった。
僕たちはまた戦いに繰り出さなければならないと自覚出来た。
皆が僕の言葉に耳を傾けている。
「魔女を見つけ出して倒し、この赤い世界を元に戻します。」
これは"Innocent Vision"発足当初からの目的だから揺らがない。
これ以上被害が広がる前に魔女を止めるんだ。
「だけどヴァルキリーがあと半分残ってるぞ?神峰も逃がしちまったし花鳳たちも俺たちを狙ってくるだろうな。」
「ヴァルキリーとも決着はつけなきゃいけないけど、僕としては魔女を倒すまで共同戦線を張りたいんだよね。」
魔女の本気がどの程度なのか計れない以上手勢は多い方がいい。
そうなるとあとはヴァルキリーに協力してもらう他ない。
「ランが葵衣ちゃんをやっちゃったから無理かも。」
蘭さんが責任を感じてしょげていた。
確かに話を聞いただけでも凄惨な状況にあったようだから心証としては最悪の部類に入るだろう。
「俺も無理だと思うぞ。後ろから斬られたら堪らないしな。」
由良さんの意見に明夜も頷いている。
実際下沢が特殊な事例だったわけで敵の敵が味方とは限らないのは仕方がない。
(それに海原葵衣との約束もあるし。)
結局持ちかけて来なかったが花鳳は魔女との決戦に備えて共闘を計画してヴァルキリーで反対されたようだからますます望み薄だ。
「ヴァルキリーとの戦闘をなるべく避けたいなら魔女を倒せばいい。半場、肝心の魔女の居場所はわからないの?」
芦屋さんは建設的な意見を出してくれたがそれがわかれば苦労はない。
「わからない。…けど、やってみる価値はあるか。魔女の居場所をInnocent Visionで探ってみる。」
これまで一度も魔女に関する未来を見たことはない。
だけど今の魔道なら、あるいは魔女の気配を掴めるかもしれない。
「Innocent Vision。」
僕は左目を押さえながらその名を呼ぶ。
瞳の奥が熱くなり目蓋の裏に朱色の光が焼けつく。
だが今必要なのはこの力じゃない。
僕は朱色の視界の更に奥へと意識を伸ばす。
(見せてくれ、Innocent Vision。運命に刻まれた未来を。)
体の存在が途切れ、意識もどこかに引きずられていく感覚の直後、
僕は漆黒の闇の中に立っていた。
コラン-ダムと違い足の裏の感覚はある。
だけどまるで光が差し込まない世界ではそこに何があるかもわからない。
(あれ?僕の意識がまだある?)
夢に落ちたはずなのに自分が夢を見ていると分かる状態。
僕はこの感覚に覚えがあった。
(これ、魔女のところに行ったときと同じ感覚だ。)
これではInnocent Visionの未来視にならないが、もしかしたらこちらから魔女に接触できるチャンスかもしれない。
僕は暗闇の中を歩くことにした。
右も左も前も後ろもよくわからない空間を足元の感覚だけを頼りに足を前に進めていく。
足場は平坦で変化はなくずっと同じ場所を歩いているのかもしれなかったが僕は足を動かし続けた。
すると、ある一瞬、それこそ瞬きをした瞬間に僕は有限な空間へと飛び出していた。
そこは地下にある洞窟のように光は差し込んでいなかったが遺跡のように整えられた造りをしていた。
部屋と呼ぶには広大な空間はすり鉢状に段々と中心に向けて下がっていて、斜面となった部分には紋様のようにも見える黒い煤がなにがしかの法則でこびりついていた。
下手に弄らない方がいいかと思い、踏まないように斜面を降りていく。
床は中心に向けて下がっていくのに天井は逆にドーム状で中心に行くほど高くなり、その中央は天の向こうにまで続いているような光が差し込む穴が開いていた。
そしてその唯一の光が差し込む部屋の中央に石造りの柩が鎮座していた。
僕は知らずすくんで止めていた足を前に踏み出そうとしたが震えていて思うように動かせなかった。
まるで、僕の身体が柩に近づくのを拒むように。
だが身体とは裏腹に僕の興味は柩にあった。
震え、拒む足を1歩ずつ前へと進める。
何かを畏れていたが怖れてはいない。
不思議な感覚だった。
近づきたくないのに近づいて、畏れているのに興味が尽きない。
とうとう一番低い所まで降りてきた。
直径4メートル程度の床にだけ光が差し込んでいて柩をライトアップしている。
柩の蓋は閉ざされたままだったがよく見れば顔に当たる部分だけが水晶かガラスか解らないが透明な材質で造られている。
おそらく中に納められている人の顔が見られるようになっているのだろう。
ゴクリ。
何故か喉がカラカラだった。
足だけだった震えは指先にまで伝わり歯の根までがカチカチと鳴る。
僕という存在の全てが柩を怖がっているのに僕の魂である精神は柩の中身を確認せずにはいられない衝動に駆られた。
にじり寄る形で足を進め、柩を見下ろした僕が見たのは
静かに眠る双子の妹、海の姿だった。
「ハッ!?…はあ、はあ。」
僕は跳ね起きると胸を締め付けられるような苦しさを感じた。
「大丈夫ですか、陸君?」
叶さんが背中を擦ってくれるが言葉を返すことができずただ頷くだけ。
頭が混乱している。
(なんだ、あれは?)
あれは…儀式場だ。
だが海があそこにいるはずがない。
海は…死んだのだから。
(魔女の幻覚か。まんまと嵌められたわけだ。)
苦笑すると唇が震えていた。
瞳を閉じると海の顔が鮮明に浮かび上がる。
その幻想はどんなに振り払っても消えてはくれなかった。