第153話 集う仲間たち
襲ってくるジェムやデーモンを明夜と芦屋さんが撃墜しながら太宮神社に向かう。
戦いづらそうなのでどちらかを僕が担ぐと言ったのだが
「大丈夫だよ。」
「いい。」
何故か意固地に2人は任せてくれなかった。
そうして太宮神社に到着するとすでに多くの一般人が避難してきていた。
神頼みで駆けこんだのか入って来ないのを知って逃げ込んだのか分からないが普段人気のない神社が初詣みたいになっていた。
境内に入ると避難民の対応に当たっていた琴さんが近づいてきた。
「陸さん、ご無事で何よりです。」
「はい、なんとか。…盛況、ですね。」
「普段からこれくらい信心深くあってほしいものです。」
僕の冗談に付き合ってわざとらしくため息をつくものの疲労の色は濃い。
突然化け物に襲われて錯乱した人たちの相手に奔走したのだろう。
琴さんの目が僕の後ろで木に桐沢を横たわらせている芦屋さんに向いた。
正確に言えばその左目の眼帯と足元を見ている。
「彼女は、芦屋真奈美さんですよね?あれもソルシエールですか?雰囲気が違うようですが。」
「その辺りは皆が集まったらお話しします。」
「そうですね。それでしたらお疲れのようですし、芦屋真奈美さんの姿は誤解を招きかねないので社務所の方で休んでいていただきましょう。」
確かにこんないかれた状況で武器を持っていれば敵だと思われかねない。
琴さんの厚意に従って芦屋さんには社務所で休んでもらうことにした。
芦屋さんに声をかけるとやはり疲れていたのかすぐに頷いた。
だが訝るような目で僕を見てくる。
「それじゃあちょっと休ませてもらうけど、置いていったりしたら恨むよ?」
「そんなこと考えてもいなかったよ。」
もう仲間だと認めた以上この戦いで僕たちは一蓮托生だ。
芦屋さんが休んだのを確認すると僕は鳥居の所まで戻る。
「もう一回電話しておいた方がいいかな?」
「誰に?」
「誰って蘭さんと由良さんに。」
「必要ない。」
いつの間にか僕の独り言に割り込んで会話をしていたのは明夜だ。
ここに来るまではオニキスで道を切り開いてくれていたがさすがに人目のある境内ではソルシエールはしまっていた。
「等々力は?」
「あそこ。」
明夜が指さした方向をみると等々力が鳥居の下に腰かけていた。
いくら敵だとは言えあんな場所に放置しておくのはどうかと思う。
そのことを注意しようとしたら
「ん、なんでヴァルキリーの等々力がこんなところに転がってんだ?」
「由良さん、よかった、無事ですね。」
由良さんが玻璃を肩に担ぎながら悠々歩いて鳥居から入ってきた。
激しい戦闘があったらしく服は汚れていたり切れているが目立った傷は無いようだった。
「まあな。」
「…。」
玻璃をしまった由良さんを明夜がジッと見たかと思ったら突然手首を掴んだ。
「明夜?」
「陸はここで待ってて。」
「お、おい。明夜!?」
明夜は有無を言わさず由良さんの手を引いて琴さんと一言二言言葉を交わすと社務所に向かってしまった。
「なんだろう?」
首を捻ったところで分かるわけもない。
待っていろと言われた以上中に入っていくわけにもいかないので頭の隅には止めつつ別の事を考える。
「後は蘭さんか。そうしたらすぐにでも叶さんたちを探しに行かないと。」
あの時感じた光が叶さんのものだとしても今もなお危険の中にいることには変わりないのだから。
僕は入り口の所で蘭さんの到着を待つ。
少しすると明夜だけが社務所から戻ってきた。
「結局何だったの?」
「陸には秘密。」
何だったのか聞いても明夜は答えてくれないので無言のまま鳥居の外を眺める。
だがいつまで経っても由良さんのようにひょっこり姿を現してはくれない。
「遅いな。まさか敵の襲撃を…」
誰かを迎えに行かせるべきかと考えていた矢先、ボロボロになった軽トラックが交差点をドリフト気味に曲がってこちらに向かってきた。
その後ろからはジェムとデーモンが追ってきている。
なんだか分からないが誰かがジェムたちに追われているのは事実。
「明夜、敵が来た!」
「ん。」
僕の呼び掛けに明夜はすぐに応えて鳥居から飛び出すと歩道を駆けながらソルシエールを発現し軽トラックと入れ違いにジェムの群れに突っ込んでいった。
あちらは明夜に任せておけば問題ないだろう。
軽トラックはプスンプスンと嫌な音を立てながら鳥居の前にやって来て停車した。
窓ガラスがひび割れているせいで運転席がよく見えない。
よくこんな車を運転できたものだと感心してしまう。
ガタガタと車体が揺れるがドアが開かないのか運転手は出てこない。
と思ったら
パリン
フロントガラスが内側から弾け飛んで
「いやー、怖かったよー。」
「ら、蘭さん!?」
蘭さんがよじよじと這い出てきた。
「もしかしてさっきの運転は蘭さんだったの?」
驚愕を隠せないまま尋ねると蘭さんは胸を張って頷いた。
「そうだよ。運良く動く車を拾ったんだけどジェムの中に突っ込んじゃって大変だったよ。」
「いや、免許持ってたんだって意味なんだけど。」
あまりにも意外な光景に現実を受け止められずにいると蘭さんは子供みたいに頬を膨らませて腕を振り回した。
「ランはりっくんより2つも年上なんだよ!」
「そ、そうだね。」
確かに年齢的には18歳なので免許を取ることはできるだろう。
いまだに蘭さんが18歳だということが信じがたいが。
とにかく蘭さんが無事で何よりだ。
「でもなんでわざわざ車なんかを?」
「そうそう、りっくんにプレゼントがあるんだよ。」
そう言って蘭さんは荷台に被せてあったシートの固定を外していく。
ビニールのシートが取り払われて積んであったものが明らかにされる。
「叶さん!?それに久住さん、中山さん、芳賀君まで!それと知らないおじさんが。」
荷台には5人が横になっていた。
皆気を失っているらしく、芳賀君に至ってはボロボロだった。
「もしかして蘭さん、例の光の近くにいた?」
「うん。それでなんだろうって思って行ってみたら5人が倒れててデーモンが寄ってきてたから車を借りたんだよ。」
確かに蘭さんだけだとよくて誰か1人、下手をしたら誰も運べない可能性もあった。
そう考えると蘭さんの選択は最良だ。
ポフポフと頭を撫でると蘭さんはくすぐったそうに首を縮めながらも頭を寄せてくる。
「んふー、もっと褒めて。」
「蘭さんはいい子だ。」
気分はお父さんで柔らかい髪の感触を堪能する。
蘭さんも喜んでいるが殊の外撫でる側も気持ち良かったりする。
「この非常時に何をなさっているのですか、陸さん?」
背後から掛けられた冷たい声に振り返ると琴さんが犯罪者を見るような目で僕たちを見ていた。
僕も蘭さんも何となくばつが悪くなって距離を置く。
「これは…。そんなことより手伝ってください、叶さんたちを中に寝かせないと!」
うまい言い訳が思い浮かばずわざとらしく切迫した雰囲気を出してみた。
だがそうでなくても叶さんの名前を出すと琴さんはすぐに食いついてきた。
荷台を覗き込んで驚いている。
「この人数では社務所には入りませんね。叶さんは私が運びますので他の方は本殿にお願いします。」
私情挟んでるなと思いながらも上手く関係者を住み別けする手腕に感心させられる。
僕と蘭さん、戻ってきた明夜で手分けして残りの人を中に運び、ついでに桐沢と等々力も本殿に運び入れた後、僕たちは社務所に集まった。
明夜、由良さん、蘭さん、芦屋さん、琴さん、気を失ってるけど叶さん、そして僕。
"Innocent Vision"と事態を知る僕の友達が集まった。
「まず何から話そうか?」
"Innocent Vision"には琴さんや叶さん、芦屋さんのことを話さないといけないし、逆に琴さんには"Innocent Vision"の紹介をしないといけない。
他にもスピネルの事とか琴さんが何か知っているらしいセイントの事とか叶さんの光の事とか、ちゃんと情報共有してなかったせいで話さないといけないことが山積みだった。
「お話の前に疑問だったのですが、この非常時に"Innocent Vision"の皆さんはどこに行かれていたのです?」
琴さんが素朴な疑問と若干の非難を込めた言葉を投げかけてきた。
確かに最初から皆が壱葉にいればもっと早くに合流できていたはずだから琴さんの疑問はもっともだ。
「それは僕がお願いしたんです。壱葉が戦場になることは分かっていたのでどこまで逃げれば戦闘範囲から逃げられるのかを遠出して探ってもらっていたんですよ。魔女の動きが予想よりも早かったせいで裏目に出ましたけど。」
夜から戦いが始まっていたなら叶さんや琴さん、久住さんたち皆を戦闘圏外へ向かわせるつもりでいた。
結果的には無駄になってしまったが。
「やっぱりこの壱葉から建川の間だけに魔女の結界が作られてるね。はい、これお土産。」
蘭さんがごそごそと荷物を取りだすと美味しそうなお菓子が出てきた。
「美味しそうですね。それではお茶を準備いたしましょう。」
「あの…」
そんな場合ではないのだが止める前に琴さんは出ていってしまった。
その後少しの間蘭さんの買ってきたお菓子でまったりとするのであった。
一息の休憩を挟んで仕切り直し、
「半場、まずはあたしからでいいかな?」
芦屋さんが真っ先に手を挙げた。
「確かになんでここにいるのか俺も聞きたかった。」
由良さんも警戒した様子で賛同した。
由良さんは芦屋さんが目覚めた時もジュエルを使って僕を襲うんじゃないかと警戒していたから疑念は抜けていなかったのだろう。
由良さんの訝る視線を前にしても芦屋さんは苦笑を浮かべるだけだった。
「そうだね。それじゃあ…」
「芦屋真奈美です。」
芦屋さんは器用に片足で立ち上がると壁に手をつきながらお辞儀した。
「半場に助けられて以来"Innocent Vision"の力になりたいと思ってました。そして…」
眼帯の奥が青く輝き、左足にスピネルが顕現する。
「このスピネルで半場に認めてもらいました。よろしくお願いします。」
畳を傷つけないように左足を上げたままもう一度礼をする。
だが驚いているからなのか不審がっているのか僕以外拍手は無かった。
芦屋さんはこのままうやむやにする気はないらしくきゅっと唇を引き結んだまま立っていた。
"Innocent Vision"の3人は顔を見合わせ、由良さんが手を挙げた。
「まあ、適性とか覚悟に関しては陸が認めたなら何も言わない。だけどその力が何なのか、説明して貰わないと安心できないな。」
「左目が青いもんね。」
「ソルシエールでもジュエルでもない。」
やはり関心はスピネルに向いたか。
だけど僕や芦屋さん自身、スピネルについての情報が少なくて分かっていないことの方が多い。
セイントの事も含めて琴さんに聞こうと思っていたのだから。
芦屋さんもどう答えるべきか迷っているようで視線で僕に助けを求めてきた。
「それに関しては後ほど説明するとしましょう。」
「琴さん?」
意外な言葉が琴さんから出てきた。
やはりスピネルについて何か知っているようだ。
由良さんたちは腑に落ちない顔をしていたが一応芦屋さんを認めてくれたようで拍手が起こった。
芦屋さんはスピネルを消して元の位置に座る。
続いて由良さんの視線が琴さんとその後ろで眠っている叶さんに向いた。
「で、そっちの2人がこの場にいるのにも意味があるんだろ?」
由良さんの視線に琴さんは動じない。
由良さんの怖さが和らいだのか僕の周りの女性陣が強いのかよくわからないが素直に感心してしまう。
「察しが早くて助かりますね。わたくしから説明してもよろしいですか?」
「どうぞ。」
僕が手で許可を出すと琴さんはたおやかにお辞儀をして全員を見回した。
「それでは失礼します。わたくしは太宮院琴、この太宮神社で巫女をしているものです。この神社には"太宮様"と呼ばれる未来視を司る巫女がおりましてその縁で陸さんと知り合いました。」
「りっくん以外にも未来視を使う人がいたんだね。」
蘭さんは驚いた様子で相づちを打つ。
さっきから新情報ばかりだから口が開きっぱなしだ。
琴さんは頷いて話を続ける。
「その卜占で壱葉に災厄が訪れ、邪が蔓延り、人が嘆き、魔道へと落ちると出まして、半場さんと共に対策を練っていたわけです。」
由良さんはフムと考えるように頭を垂れた。
「太宮院の方はわかった。だが、そっちのはどうなんだ?」
「そうだね。叶ちゃんはいかにも守ってあげたい感じで戦いには向かないよね。りっくんが個人的に守りたいとかならあれだけど。」
ニシシと意地の悪い笑みを浮かべつつちょっと不機嫌そうな蘭さん。
「…。」
明夜の視線もとても痛い。
「そう言や最近俺たちよりも作倉と一緒のことが多かったな。」
「え!?」
「あたしん所に来た時も叶の付き添いだったし。」
「な!?」
「神社に人気のないことをいいことに叶さんとイチャイチャ…」
「嘘はやめてください!」
ああ、いつの間にやら全員が敵に。
僕を助けてくれる人はいないのか。
「う、ん…」
その時布団の上で叶さんが身動ぎした。
僕は安堵とついでに救いを求めて叶さんに駆け寄る。
「叶さん、大丈夫だった?」
うっすらと目を開けた叶さんの瞳が僕を映し、次第に焦点があっていくと涙で潤んだ。
「陸君!」
一瞬何が起こったのか理解できず、布団に落ちた感触で抱きつかれたのだと気づいた。
「よかった、陸君にまた会えました。うう。」
何があったのかは分からないが凄く不安だったのだろう。
叶さんはギュッと抱きついてくる。
僕はあやすようにポンポンと背中を叩きながら…背後から感じる殺気じみた雰囲気にどう対処しようか必死に考えていた。
「えと、陸君を信じたくてお話ししたくて琴先輩と追いかけてるうちにInnocent Visionとかソルシエールとかのことを知って、その、陸君の助けになりたかったんです。」
叶さんはしどろもどろになりながらも皆の前で説明し、特に厳しい追求はなかった。
厳しいツッコミは全部僕に向いていたから。
「確かに知られたまま放り出すのは危ないな。」
由良さんが建前上の同意を示しつつ目では本当のことを話せとせっついてくる。
僕は琴さんに助けを求める視線を送るがツンと受け流されてしまった。
気遣わしげなのは叶さん位だ。
(やっぱり叶さんは優しいな。)
思わずホロリと泣いてしまいそうなほど優しさが身に染みる。
「りっくんがまた叶ちゃんと見つめ合ってる!」
ワイワイと騒ぐ姿は日常と変わらなくて今が非常時だと忘れてしまいそうになる。
だからこそ、忘れてはならない。
魔女を倒さない限りこの平穏を手に入れられないということを。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。」
僕が真面目に切り出すとざわめきはすぐに収まった。
僕は"Innocent Vision"のトップ、半場陸ではなくInnocent Visionとして場を仕切る。
「琴さん、叶さんも目を覚ました事ですし話してもらえませんか、電話で言っていたセイントの事を。おそらくはそれが芦屋さんのスピネルにも関わりがあることなんですよね?」
全員の視線が琴さんへと向かう。
太宮神社の巫女さんはきちんとした正座の姿勢を保ったまま黙考するように瞳を閉ざした。
静謐が空間を支配し誰もが琴さんの言葉を待つ。
「わかりました。お話ししましょう。わたくしがなぜ叶さんと接触したのかを。」
琴さんの言葉に叶さんが意外そうな声を上げた。
「え?陸君のお友達だったからじゃないんですか?」
琴さんは穏やかに微笑み、しかししっかりと首を横に振る。
「それなら叶さんである必要はありませんよ。」
確かに半場陸の友人というだけならば久住さんや八重花、さらに言えば芳賀君でも良かったはずだ。
それがなぜ叶さんだったのか、そこには理由があるという。
琴さんは区切り、告げた。
「叶さんが聖人だと薄々気付いていたからです。」