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Innocent Vision  作者: MCFL
152/189

第152話 "Innocent Vision"の思想

ルチルに取り込まれた八重花が目を開くとそこには

「ようこそいらっしゃいませ。東條さん。」

一面の花畑の中央に置かれたテーブルで柔らかく微笑む悠莉の姿があった。

八重花は警戒しながら近づいていく。

無駄かと思っても一応左手に集中するとジオードが顕現した。

(武器を封印しない?)

「そんな所に立っていないで座ったらいかがですか?」

ジオードを見ても悠莉は怯えることもなく態度を変えることもなかった。

八重花はそれを不気味に思いながら着席する。

座った途端に椅子が消えることも覚悟していたが特に何もなかった。

「ここがコランダムの中?想像していた場所とはずいぶん違うわね。」

コランダムは相手の精神を破壊するグラマリーだと聞いていたのでもっとおどろおどろしい世界だと思っていた。

「この世界は私の心を映す鏡ですから、今の私はこんなにも穏やかだということです。」

「それは…りくに頼られたからかしら?」

八重花の目がスッと細くなり雰囲気が剣呑さを帯びる。

「さあ、どうでしょう?」

クスクスと花のように笑って悠莉ははぐらかす。

それが八重花の神経を逆撫でする行為だと知った上でやっていると気付いて八重花は無理やり気を落ち着かせた。

(相手のペースに飲まれたら負けよ。)

聡明な八重花はすぐに気を落ち着かせると意識を自分の冷静な部分に合わせた。

「これが精神攻撃とは思えないわ。何が目的なの?」

幻覚のように本人の望む姿を見せて足止め、あるいは洗脳をするならばわかるが八重花に花畑の中心でのんびりする趣味はない。

どちらかと言えばパソコンの前に座っている方が落ち着くくらいだ。

だからさっき言っていた悠莉の心を映すというのは嘘ではないと判断した。

「たまには東條さんと腹を割ってお話ししようと思いまして。」

悠莉はいつの間に取り出したのかテーブルの上に置かれたティーポットからお茶を注いで1つを八重花の前、もう1つを自分の前に置いた。

八重花は悠莉とお茶の交互に視線を向けるばかりで手を出さない。

悠莉はカップを手に苦笑を浮かべた。

「別に毒なんて入っていませんよ?」

「…いただくわ。」

八重花は紅茶に口をつける。

葵衣の淹れたものほどではないが薫り高い紅茶の味だった。

だがお茶は本題とは全く関係ないので褒めたりはしない。

2人がお茶を飲むために僅かな沈黙が降り、花畑を駆ける風の音だけが聞こえてきた。

「東條さんはこれからどうするのですか?」

唐突に悠莉は質問した。

ひどく抽象的な質問に八重花は首を傾げる。

「あなたを倒して外に出る、と答えればいいかしら?」

「ダメです。」

悠莉はきっぱりはっきりと否定した。

「でしょうね。」

八重花もフッと笑う。

分かっているのだ、悠莉が聞こうとしたのはこの戦いが終わった後の事、そしてすべてが終わった後の事だと。

「気の早い話ね。私たち全員が魔女に殺される可能性だってあるでしょうに。」

「ですが人は未来を見据えてこそ今を頑張れるのですよ。」

八重花は一瞬紅茶に目を向け、すぐに瞳を閉ざした。

心の内に問いかければいつもと同じ答えが返ってくる。

「私は今日すべての戦いに決着をつけてりくを手に入れるわ。負けるなんて思っていないから戦いの先にはりくが側にいる未来があるだけよ。」

八重花の思いは揺るがない。

多くの人々の思惑で波打ち、凪ぐ海原の中で八重花だけはりくという目印に向かってただ漕ぎ続けているだけだから。

それが正しいと信じているから。

あまりにも予想通りの答えに悠莉は苦笑いを浮かべる。

そしてそれこそが悠莉の求めた答えでもある。

「では見てみましょうか。東條さんの描く未来を。」

「え?」

悠莉はテーブルに置いた指でトンと音を立てた。

すると花畑はみるみる闇の向こうに消えていき2人が座るテーブルだけがぽっかりと闇に浮かんでいるだけになった。

ヴンとテレビの起動する音がして目の前にテレビのような画面が現れた。

初めは砂嵐を映していた画面が段々画像を表していく。

「半場さんは"Innocent Vision"や芦屋真奈美さんと一緒に行動するでしょう。」

画面に中継カメラの映像のように陸と"Innocent Vision"のソーサリス、そして真奈美が映った。

実際にLIVE中継しているのではないかというほどに精巧な映像はまるで目の前に立っているかのような錯覚を受けた。

「東條さんの目的は半場さんに近づく女性の排除ですからよほどうまい策を講じない限り半場さんの目の前で戦う事になります。」

どうやら八重花の視点らしく時折視界の角にジオードが映る。

まるで3Dゲームをしているように八重花は走っていき一番手前にいた明夜を斬りつけた。

本来なら抵抗してくるだろうがそこは映像、明夜は身動きもせず刃に切り裂かれ鮮血をほとばしらせた。

妙に生々しい映像に八重花は気分が悪くなったが悠莉は微笑んだまま画面を見つめている。

画面の中の八重花は血を撒き散らす明夜の体をさらに切り裂き、突き刺し、焼き払う。

周囲の大地を赤く染め、焦げた嫌な臭いまで感じられそうな惨状の中、画面の中の八重花は次の獲物を狙う。

由良の首をはね、蘭を真っ二つにし、真奈美の四肢を切り落とす。

そしてさらに陸の前に立ち塞がった叶にさえ画面の中の八重花は刃を向けた。

八重花はまるでそれが自分の今見ている視界のように感じていた。

手にはジオードの重みを感じ、怯える陸の前に両手を広げて立つ叶の緊張した息遣いまで感じられるようだった。

「たとえ力のない一般人であっても半場さんに近づく女性に違いはありませんから当然排除しますよね?」

「…。」

八重花はジオードを構えたまま一直線に駆け出す。

ブスリと肉を貫く感触が手に伝わってきた。

「八重花ちゃん…どうして?」

ごふと咳き込んで口の端から血を流す叶が涙も枯れた虚ろな瞳で八重花に尋ねる。

「あ、…や…」

八重花に返す答えはない。

八重花は恐れた、人を手に掛けることを。

八重花はずっと誰であろうと倒すと言い続けてきた。

だがそれは無知ゆえのこと。

八重花は誰1人として人を殺めてはいなかったのだから。

殺すことを知らぬものに殺すことの重みを知ることはできない。

八重花はようやくその一端を知り、恐怖したのだ。

ズルリと刃から抜け落ちた叶は瞳を開いたまま地面に倒れ、血の池に沈んでいく。

見れば足元は既に血で満たされていた。

地平まで続く血の池、漆黒の空の下には八重花と、ただ立ち尽くす陸の姿しかない。

陸の表情には輝きがない。

ただ見つめるだけの人形のようだった。

「目の前で友人や仲間を殺されたのですから正気を保っていられるわけがありません。よしんば耐えられたとしてもあなたは殺人犯、半場さんははたして今までのように笑いかけてくれるでしょうか?」

「や…やめ…いや…」

八重花の正面に立つ陸は笑わない。

泣かない。

怒らない。

ただそこにあるだけの器。

こんなものは八重花の求めたものじゃない。

「ですが今の東條さんが手に入れられるのはこれだけです。半場さんの気持ちも笑顔も、一生あなたの手には入らなくなるのです。」

「ッ!」

八重花は後退り、背を向けて逃げ出した。

どこまでも続く血の池をただひたすらに走る。

行く先なんてない。

今は陸から逃げることしか考えていなかった。

「違う!私が欲しかったのはこんなものじゃない!」

パシャパシャと赤い水を撥ね上げて走るが何処まで行っても果ては見えない。

その背中に何処からか悠莉の声が響く。

「そうでしょうね。半場さんの周りにいる女性たちは皆、東條さんと同じことを出来るだけの力を持ちながら誰もしようとはしませんよ。何故か?みんな分かっているからですよ。だから違うアプローチを取っている。」

八重花は足を止めていた。

空を見上げると漆黒の空から雨が降りだしてきた。

それはまるで八重花自身の涙のようだった。

「…どうすればいいの?」

「聡明なあなたがわからないはずがありませんね。これが恋は盲目と言われる由縁ですか。」

悠莉はおかしそうに笑うだけで答えは示さない。

八重花のカップに新しい紅茶を注ぐだけ。

八重花はいつの間にかテーブルに座っていた。

「東條さんがその答えを見つけるまでお付き合いします。ゆっくりと考えてください。」

緩やかな時を刻む世界の支配者は慈愛の表情を浮かべて紅茶に口をつけた。



芦屋さんのグラマリー・ガンマスピナはアルミナの防御ごと桐沢を叩き伏せた。

桐沢はあり得ないと言うような驚愕を浮かべたまま気を失った。

「はあ、はあ。やっと、終わったみたいだね。」

芦屋さんはしゃがみ込んだまま大きく息をついた。

「ご苦労様。」

何はともあれ戦闘は終了だ。

今は一掃して近くにいなかったジェムやデーモンも集まってくるかもしれない以上移動する必要がある。

立ち上がらせるために手を差し出したが芦屋さんは僕の手を取ることに躊躇いを見せた。

どうしたのかと待っていると芦屋さんはぐっと拳を握って真剣な目を向けてきた。

「半場、あたしはその手を取る資格を得られたかな?」

つまりこの手を取ることはInnocent Visionの一員として認められたと考えていいのかということ。

僕は目を閉じて考える。

戦力としてだけじゃない。

芦屋さんの今後や戦いの情勢、そして戦いの後の人間関係について。

僕は目を開けてぐっと手を突き出した。

「しっかり見せてもらったよ。だから後は芦屋さんの覚悟次第だ。僕たちと一緒に来れば桐沢以上の強敵と戦わなければならないし、日常では力を隠して生きていかなければならない。秘密を抱いたまま生きていく覚悟がある?」

芦屋さんは僕の前に跪いたまま手をじっと見つめていた。

僕には芦屋さんの人生を背負うほどの度胸はないから芦屋さん自身に決めてもらうしかない。

ここでもし手を取らず逃げ出すというなら僕は全力でサポートするつもりだ。

だけどそんな懸念は無意味だと、芦屋さんを見ていればよくわかった。

「戦う覚悟は初めからできてるよ。日常の方は力を隠しながら学校に通っていた先輩たちがいるからね。」

そして芦屋さんは予想通り気負った様子もなく笑みを浮かべながら手を取った。

僕は手を引いて芦屋さんを立ち上がらせる。

ガシャンと左足が音を立てた。

「わかったよ。芦屋さんの力を僕たちに貸してほしい。」

「はは。"Innocent Vision"のトップなのに随分と腰が低いね。俺についてこい、くらい言ったらどう?」

笑う芦屋さんに僕は笑い返せない。

「でも、僕には力なんてないから。」

「人を率いるのに力はいらないよ。必要なのは人望と仲間を大切にしたいと思う心だよ。」

一応僕は"Innocent Vision"を率いるリーダーで、芦屋さんは新人なのに言動はまるで先達のようだ。

よくよく考えると怪我をする前はソフトボール部のキャプテンだったのだから統率者の考えも分かっていたはずだ。

「…人望は分からないけど、皆を守りたいとは思ってるよ。」

(これじゃあ、どっちが戦いの先輩だかわからないな。)

今更ながらずっと手を握っていたのが恥ずかしくなって慌てて離した。

「それはそうとさっきの光はなんだったんだろう?」

芦屋さんは線路沿いの方角に目を向けた。

すでに立ち上る光は消えていて正確にどの辺りだったかまでは把握できない。

僕は確信に近い仮説を持っていたが芦屋さんに話すのは躊躇われた。

「とにかく一度太宮神社に向かおう。あそこなら安全だし琴さんに聞かなきゃならないこともある。」

「このジュエルの子はどうする?」

「連れていこう。」

置いていくとほぼ間違いなくジェムやデーモンの餌食になる。

みすみす見捨てることはしたくない。

僕は浮かぶルチルの宝石を掴んでポケットに詰め込んだ。

これも浮かんでいるまま放置しておくと壊されてしまいそうだったからだ。

「"Innocent Vision"の皆もそろそろお使いから帰ってきてるはずだから太宮神社に集合って連絡をしておくよ。」

僕は携帯を操作してまず蘭さんに電話する。

1コールが終わるより早く

『デートのお誘いかな?』

状況にそぐわない明るい声が聞こえてきた。

「デートのお誘いだよ。太宮神社で出来るだけ早く待ち合わせたいんだ。」

『りょーかい。』

意外と素直に理解してくれて助かった。

続いて由良さんのアドレスを出して通話ボタンを押す。

2コールで繋がり

『陸、無事か!?』

鼓膜が破れるんじゃないかという声が耳に直撃した。

「だ、大丈夫だよ。それで…」

太宮神社に集まることを告げると由良さんはあっさり承諾。

もうすぐ近くにいるらしかった。

「後は明夜か。どのあたりにいるかな?」

明夜の電話番号を引っ張り出して電話をかける。

プルルルルルと携帯の受話器から電子音が聞こえたあと、

ピリリリリリ

すぐ近くで電話が鳴り出した。

僕と芦屋さんは驚いて音のした方を振り返った。

タイミングが重なっただけで別人である可能性もあるため芦屋さんが前に出てくれた。

着信音は相変わらず鳴り続けていて路地の向こうから聞こえてくる。

身構えた僕たちの前に現れたのは

「等々力!?」

「…だけじゃない。」

ヴァルキリーの等々力良子を肩に担いだ明夜だった。

僕の隣に芦屋さんが立っていてその左足が見たことのない義足になっていても明夜は動じることもなく

「陸、無事?」

僕の安否を気遣ってくれた。

「大丈夫だよ。それは?」

僕は等々力を指差して尋ねる。

理由は聞くまでもなく

「放っておくと殺されるから。安全な場所まで持っていく。」

まるっきり僕と同じ考えだった。

さすがは"Innocent Vision"の同志、考えは一緒だ。

「それなら太宮神社に行こう。皆ともそこで合流する予定なんだ。」

「わかった。」

明夜が頷くと等々力の体が落ちそうになったがどうにか堪えた。

「それじゃあ僕は桐沢を…」

「いや、あたしが連れていくよ。スピネルのおかげで体に力が沸いてくる感じがするんだよね。」

そう言った芦屋さんは軽々と桐沢を背中に背負った。

そのまま太宮神社に向かって歩き出す。

「陸。」

明夜が等々力を担いだまま僕の隣に立って声をかけてきた。

表情には表れなくても言いたいこと、聞きたいことは分かる。

「後で皆と一緒に説明するよ。」

「わかった。」

明夜は頷くと等々力を揺らしながら前を歩いて行った。

こうして戦いがひと段落した僕たちは太宮神社に向かった。

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