第151話 新たなる剣
「くっ、なんなの、この光は!?」
「暖かい。」
「いったい何がどうなってるのよ!?」
赤い空に彩られた戦場が暖かな光に包まれた。
事態を把握できない八重花たちは慌てていたが僕はただ驚いていた。
離すのを忘れていた携帯から琴さんの声が聞こえた。
『目覚められたのですよ、セイントが。』
「セイント、神の代行者ですか?」
基督教には聖人と呼ばれる神の意志を受け奇蹟を成した偉人がいる。
しかし宗派の違う琴さんがなぜそのことを?
『答えは是であり否でもあります。以前はわたくしも神の力を与えられた方だと思っていましたが最近は違う考えを持っています。』
「違う考え?」
琴さんはセイントという力の存在を知っていたらしい。
だがその考えが最近になって変わったという。
琴さんの周囲が変わったのは僕たちと関わるようになってから。
おそらくは僕たちに関係のある内容だと確信して思わず手に力が入る。
電話の向こうで琴さんは一呼吸置いているのか神社に避難した人たちのざわめきが聞こえた。
『セイントは、ソーサリスと対を成す存在なのかもしれないと言うことです。』
その仮説が事実だとした時、それは何を意味するのか。
問い掛けようとするよりも先に光が収まり始めた。
セイントの話は気になるがそれ以上に今は芦屋さんに何があったのかの方が重要だ。
いつまでも電話している訳にも行かない。
「後で太宮神社に行きます。話はその時に。」
『お気をつけて。』
携帯を切ると同時に、僕は横へと飛ぶ。
直後光の中を青い炎が僕のいた場所、より正確に言えば僕の携帯に向けて飛んでいった。
「この光の中でよく狙えたね?」
光の晴れた先には左手をこちらに向けて舌打ちしそうなほど悔しげな顔をした八重花。
「電話していた時の姿勢と声の聞こえた位置から狙いをつけたのよ。」
万が一当たっていたら僕の手と耳が大惨事だったはずだから咄嗟に働いてくれたInnocent Visionには感謝だ。
だが今はそんなことはどうでもいい。
遠くで立ち上った光もすでに消えている。
ならば僕たちが今見るべきは芦屋さんの様子しかない。
だが振り返る前に僕の視界に別の光が映った。
桐沢のアルミナのグラマリーだ。
「もう待てません!そいつを倒して私はソーサリスになるんです!」
桐沢は芦屋さんに収束していく光を切り裂かんとするように光を纏ったジュエルを大上段に構えて飛びかかった。
「茜!まだ…」
八重花の制止でも止まらない。
下沢も膝をついていてコランダムを生み出せる状態には見えない。
僕は慌てて駆け出すがタイミング的には良くて肉の壁、悪いと間に合わない感じだった。
「真奈美のために死ぬなんて許さない!」
「ッ!!八重花!」
だが僕の進路を炎が妨げる。
足を止めないわけにはいかず、僕が動けなくなったことで桐沢を阻むものは何もなくなった。
「芦屋さん!」
「やあああああ!」
僕の叫びも桐沢の声に掻き消され…
ガイン
光の向こうから突き出してきた刃がアルミナを弾き飛ばした。
「ぐぁ!?」
すっぽ抜けそうになるアルミナをぐっと掴んだまま後退った桐沢の向こう、光が消えた先に
「…。」
武骨なアルミナとはまるで違う、目を惹き付けられる美しい刃の義足をつけた芦屋さんが立っていた。
「これは…」
芦屋さんも戸惑っているようで左足を持ち上げたり動かしたりしている。
太股の先から刃だったアルミナとは違い、芦屋さんの装着した義足は西洋の鎧のような形で膝に当たる部分が屈伸できるようになっており、膝から下が鋭利な刃と化していた。
さらに左腕には足の鎧と同質の手甲が手首から肘までを覆うように装着されていた。
大きく変化したジュエルの姿は確かに驚くべきことだが僕はそれ以上に気になる点があった。
「芦屋さん…その目…」
僕は芦屋さんの左目の眼帯を指差した。
「いや、自分じゃ見えないんだけど。」
ごもっとも。
芦屋さんの左目は朱色ではなく澄んだ青色を灯していた。
「瞳の輝きが青いよ。」
朱色の輝きはソルシエールやジュエルの力を示すものだった。
その色が変わったからには大きな意味があるはずだ。
芦屋さんはしっかりと立って足の調子を確かめている。
「スピネルって言うのか。あたしに力を貸してくれるんだ。」
まるで義足と話をするように芦屋さんは呟く。
今、戦場の誰もが芦屋さんの存在、挙措に注目していた。
「やっぱりあれはジュエルじゃない。」
「何、それは!?」
八重花は困惑し、桐沢は怒りを露にする。
桐沢がやっとの思いで手に入れたジュエルのグラマリー。
そのアルミナの一撃を払いのけた真奈美の攻撃はジュエル以上の力を持っている可能性もあった。
桐沢はそれを許すことなどできないだろう、あからさまに警戒を強めていた。
「私と戦っていることを忘れてもらっては困りますよ?」
突然無防備な八重花に下沢は斬りかかった。
だが八重花は間一髪で回避してジオードを振るって反撃した。
下沢もそれをかわして両者は構えを取った。
「防御しか出来ないのに私の邪魔をしないで欲しいわね。」
八重花の苛立ちを前にしても下沢はどこか余裕な笑みを浮かべていた。
「倒されなければ負けにはなりません。東條さんに私が倒せますか?」
これまでひたすらに防戦一方だった下沢だが確かに倒れていない。
しかし倒れなければ負けではないという考え方は攻撃を仕掛ける側にしてみれば屁理屈のようで気分のいいものではないのだろう。
八重花の雰囲気が冷たくなった。
「…茜、真奈美を無力化しなさい。ただし、殺さないように。」
「殺さないかは約束できませんよ。」
桐沢は桐沢で芦屋さんに対抗意識を燃やしているのですでに臨戦態勢だった。
手にしたアルミナが強い輝きを放っている。
そんな中僕は芦屋さんの変化が気になっていた。
(スピネル?芦屋さんも琴さんの言うセイントなのか?)
疑問を問う暇もなく戦いが始まってしまった。
「ちょっと、形が、変わって、綺麗になったからって、いい気にならないでよ!」
桐沢は大地を蹴って芦屋さんに躍りかかると隙を与える気もなく光の刃を振り回す。
だが芦屋さんは先程までとは比べ物にならないフットワークを見せ、その攻撃すべてをかわしていく。
「左足で踏みきれる分かなり楽になった。これなら!」
さっきまでは義足の剣で威力を相殺していたのに対して今は紙一重で回避できるようになっている。
芦屋さんは攻撃が止んだ瞬間を狙って駆け出した。
これまでは右足による跳躍力を推進力にして左足を振るわなければならなかったため攻撃が読まれやすかったが今は普通の足と変わらない様子で走っている。
強化された身体能力での疾駆は風のように速い。
「この!」
苦し紛れに振るわれた横薙ぎをしゃがんで回避した芦屋さんは
「はっ!」
飛び上がり左の膝に当たる部分に伸びた刃で下から襲いかかる。
桐沢は咄嗟に上体を逸らして避けたがバランスを崩して攻撃に移れない。
だが芦屋さんは上昇から降下へ切り替わる瞬間、空中でスピネルを真っ直ぐに伸ばし踵落としの要領で振り下ろした。
不意の一撃をアルミナで受け止めた桐沢だったが不安定な体勢での防御では押さえきれず体がぐらつく。
「こっの!」
倒れる寸前強引にアルミナをスピネルにぶつけた反動で横に転がった。
芦屋さんの攻撃はコンクリートの地面に亀裂を生んで制止する。
「なるほどね。あたしのスタイルに合わせてくれたみたいだ。」
芦屋さんは桐沢を見ていない。
新たな相棒となったスピネルの調子を確かめている。
追撃のチャンスもあったのにせず、むしろ眼中にない様子の芦屋さんに桐沢は吠えた。
「私と戦え!そしてやられろ!」
「戦うよ。半場にあたしの力を見せないといけないからね。」
ギンギンと刃をぶつけ合い2人の戦いは激化する。
一方、芦屋さんと桐沢の戦いの横では相変わらず一方的な戦いが繰り広げられていた。
「大口叩いた割に結局防ぐしかないのね。」
八重花の二色の炎に対して下沢はひたすらに壁を作って防いでいた。
壁が砕けて破片として散ってはまた新たな壁を生み出す。
まるでどちらかの力が尽きるまで続ける持久戦のようだった。
だが、
「そろそろ、いいでしょうか。」
下沢が小さく呟いてサフェイロスを地面に突き立てた。
サフェイロスの表面の文様が青い光を放ち、周囲を覆っていた壁が一斉に飛び散って炎を巻き込みながら消えていった。
八重花は炎を破られたことに驚きつつも盾を失った下沢を見て笑った。
「いよいよ倒される覚悟が出来たみたいね。いいわ、一思いに骨も残らないようにしてあげる。ジオード、ドルーズ!」
八重花が両手を掲げると赤と青の炎が螺旋を描き出す。
「燃え尽きなさい!」
放たれた炎は混ざり合い、紫色の炎となって下沢に襲いかかり、
「無駄ですよ、もう。」
青い壁に阻まれた。
だがそれは今までとは違う。
青白い欠片が集まって炎を妨げていた。
(これは、さっきから弾けていた障壁の破片!?)
八重花は慌てて周囲を見回した。
炎にあぶり出され、八重花の全周を急速に囲うように青白い破片が姿を現した。
「私の防壁はコランダムの発動に使うものと同じです。普通に放つと逃げられてしまう可能性がありましたから逃げられないようにしてみました。」
下沢がサフェイロスを抜き放ち突きつけると再び文様が青く強く輝き、欠片が収縮していく。
「半場さん。」
その美しい光景を見ていると突然声をかけられた。
「何?」
下沢は申し訳なさそうな顔をした。
「私はここまでです。もともとは"Innocent Vision"のどなたかが来るまでの時間稼ぎのつもりでしたが芦屋真奈美さんもいらっしゃいましたし、東條さんに話もあります。だから…頼って下さって嬉しかったです。」
下沢の心遣いに僕は笑みを返す。
「僕の方こそ本当にありがとう。お礼はするとして、これから先も戦わないで済むことを願ってるよ。」
下沢は笑うだけで答えず、障壁の向こうで何かを叫んでいる八重花に目を向けた。
八重花は障壁の向こうで何度も炎を放っているがそのすべてが分厚い壁に阻まれて消えていく。
「出しなさい、私は、りくを!」
「それでは失礼します。スペリオルグラマリー、ルチル。」
下沢の奥義の発動と共に青い光が生まれ、目を開けると下沢と八重花の姿は消え、青い宝石が浮かんでいるだけだった。
「ありがとう。」
僕はもう一度礼を言って視線を芦屋さんたちの戦いに向けた。
「何、今の光は?八重花さんは!?」
「よそ見してると怪我するよ!」
アルミナの斬撃を手甲で受け流した芦屋さんはそのまま左足のローキックを放つ。
刃のローキックは実質相手の足を奪う一撃、桐沢は飛び上がってかわす。
アルミナを振り下ろした体勢のまま跳んだ桐沢は剣の勢いに流されて前傾姿勢になっていた。
ザクッとアルミナが地面に突き立った時、既に芦屋さんの右足は回転して空中の桐沢に向けて放たれていた。
変則の後ろ回し蹴りが無防備な腹に直撃し、桐沢は壁まで吹き飛んだ。
「ぐはっ!な、なんでグラマリーを使えるようになった私が、こんな奴に。」
桐沢は悪態をつきながらアルミナを杖にして立ち上がる。
その顔は屈辱に歪み、柄を握る手は震えていた。
芦屋さんはガシャンと足音を鳴らして桐沢の前に立つ。
「八重花が消えたら力が急に弱くなったね。それがジュエルの制約ってやつなのかな?」
芦屋さんの言う通り桐沢のアルミナの光は八重花がルチルに取り込まれた直後から急に弱くなった。
ヴァルキリーのためにのみ使用を許されるジュエルは八重花が消えたことで芦屋さんをヴァルキリーの敵と定義できなくなってきているのかもしれない。
「長引かせる訳にもいかないからそろそろ決着をつけよう。」
芦屋さんの言葉に桐沢は顔をしかめながらも立ち上がりアルミナを構えた。
「余裕だね。こっちもさっさと終わらせて八重花さんを助けなきゃいけない。」
桐沢のアルミナに目映い光が宿る。
だが、同時に芦屋さんのスピネルも黄色の光を発し始めた。
形は変わったとはいえ元は同質のジュエリアから生み出された力、行き着く先は同じなのかもしれない。
白色の輝きが目を焼き、淡い黄色の光が目を惹き付ける。
ゴクリと生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
赤い空の下、異形の咆哮が響く魔道でこの場だけは清く張り詰めた静寂が支配していた。
僕は無意識に左手を目に押し当てていた。
この戦いの先を知りたくない。
今目の前で行われるであろうありのままの結果を受け入れようと思っていた。
だから頑張れとも無理しないでとも言わない。
芦屋さんが望む言葉は多分この戦いの先にしかないものだから。
僕はこの目ですべてを見届ける。
「ジュエルにいればもっと強くなれたかもしれないのに、残念ね。」
「あそこじゃあたしの護りたいものは守れないからね。それに、女の園はどうにも苦手なんだ。」
芦屋さんははにかむように笑うとグッと体勢を低くしてクラウチングスタートの構えを取った。
それは僕との戦いの最後の一撃によく似ていた。
違うのは武器の形状と芦屋さんの気持ち。
「あたしは"Innocent Vision"で大切なものを守るよ。」
ダッとアスファルトに粉塵を撒き散らして芦屋さんが一足で限界速度にまで到達する。
地面スレスレを滑るように桐沢に接近する。
対する桐沢はアルミナの柄を両手で握りしめて大地を踏み締める。
防御など考えていない真っ向勝負の構え。
「グラマリー・アルファルミナ!」
カッと白い光の奔流が天に噴き出す。
巨大な光の刃が形成され、地を駆ける芦屋さんに向けて振り下ろされる。
「グラマリー・アルファスピナ!」
左足を真っ直ぐに伸ばした刃が光を纏い前に振り抜かれた刃はアスファルトをバターのように切り裂いて真下から桐沢のアルファルミナと激突した。
2つの光がぶつかり合い、拮抗する。
「ぐうぅ!」
「はあぁ!」
体勢的には上から振り下ろす方が重量が加わる分有利なはずだが下から蹴り上げる芦屋さんのサマーソルトはまるで推進力がついているかのように押し返していく。
「あああああ!」
スピネルの軌跡が半円を描き出す。
武器を弾かれた桐沢はもう一度力を溜めようとしたが
タン
芦屋さんは両手を地につけて逆立ちの状態で止まった。
スピネルの光はまだ消えていない。
桐沢の表情が絶望に染まる中
「ガンマスピナ!」
腕の力で体を倒ししなりを加えた切り返しの一撃が、体勢を崩させるための一撃の後に用意された本命が今、放たれた。