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Innocent Vision  作者: MCFL
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第149話 翠と紅の光の行方

「それそれそれそれそれ!」

赤い世界に翠色の光が飛び交い周囲を破壊していく。

この元凶、スマラグドの担い手である美保はレイズハートを生み出しては由良に直撃させるために所構わず放っていた。

その破壊の余波で駅前のタイルはめくれ上がり、壁が破損し、看板が砕け落ちた。

竜巻が通りすぎた後のような惨状の中を由良は駆けていた。

「ったく、見境なしかよ!?」

樹木だろうがコンクリートの壁だろうがレイズハートは無数に出現し圧倒的な数の暴力で蹂躙していく。

無限に生まれ出る光を操る美保の本領発揮と言えた。

「あはははは、この力があればあたしは最強よ!ヴァルキリーだってあたしのものにしてやるわ!」

気分も最高潮で眩しいほどに左目を輝かせた美保がそんな言葉をのたまった。

ヴァルキリーへの叛意とも取れる言葉を聞いた由良は足を止めると正面から迫るレイズハートを切り裂いた。

パンと軽い音がして翠色の光が散り散りに消えていく。

「なんだ、そんな野望まで持ってたのか?」

あっさりと弾かれたことに顔をしかめるが周囲にはまだ無尽の刃が浮かんでいる。

圧倒的に有利な状況には変わりなく美保はすぐに笑みを浮かべた。

「強いものが組織の上に立つのは当然でしょ?花鳳先輩のやり方はまどろっこしいのよ。あたしがヴァルキリーのトップになれば…」

「世界は阿鼻叫喚の地獄絵図、か。」

由良は玻璃を肩に担いで涼しい顔でしれっと悪態をつく。

上機嫌だった美保の表情が瞬く間に険しくなった。

「恒久平和よ!」

「寝言は寝ながら言え。俺やお前じゃ出来て世界征服が関の山だ。」

由良は呆れたように片目を瞑ると玻璃を大きく薙いだ。

ギィンと金属の震動のような音を立てて玻璃が震え出す。

由良が言うと世界征服が絵空事ではないように思える辺りがそら恐ろしい。

「羽佐間由良!!お前と一緒にするな!」

同類扱いされて激昂した美保は数十のレイズハートと共に由良へと襲い掛かる。

圧倒的な翠の光の洪水を前にしても由良は怯えることもなく立っていた。

「一緒だよ。壊すことしかできない俺たちみたいなのに人の上に立つ資格はない。」

由良はさらに逆太刀にもう一振り。

玻璃の震動音はギギギギと軋むように嘶き、危険なほどに暴れている。

由良は怒濤のように迫る翠の光の中、玻璃で突きの構えを取った。

剣と槍の中間のような形状をした水晶剣のもっとも威力のある型、防御ではなく攻めのみを考えた時にのみ取る構えだった。

「うるさーい!スペリオルグラマリー、スターインクルージョン!!」

縦横無尽に飛び散った光の傷が全周から由良へと殺到する。

間隙はなく、迫る光に視界までもが封じられる。

「邪魔する奴はすべて殺すのよ!」

翠の尾を引いた光の刃が由良に殺到した。


「スペリオルグラマリー・Xtal(エクスタル)


光の刃は確かに直撃したのだが由良に触れた瞬間レイズハートは火花のように散ってしまった。

1つ目がぶつかった直後に由良の死角から迫った一撃もまた由良に直撃すると同時に光の粒となって霧散した。

それが秒を置かずに数十、由良の回りには翠色の火の粉がハラハラと舞い落ちていった。

「な、何よ、その力は!?」

絶対の自信を持っていたレイズハートがいとも容易く破られた衝撃に美保はパニックになった。

本人すら無自覚に足が後退りを始めていた。

ギギギと悲鳴のような音を立てる玻璃…クリスタロスを突き付けて由良は笑う。

「俺もこいつを手に入れたときは怒りに任せてすべてをぶち壊したいと願っていた。これがその想いの力。触れる物すべてを破砕する俺の奥義だ。」

由良は舞ってきた木の葉に向けて玻璃を振るった。

パンッ

刀身が触れた瞬間に木の葉は散り散りに砕けて原型を留めることはなかった。

「ヒッ!」

美保は初めて本気で由良に恐怖を抱いた。

もしもあの攻撃がスマラグドに触れたら、自分の体に触れたら、力の象徴が、命が簡単に散って消える様がありありと目に浮かんだ。

「くっ!覚えてなさいよ!」

分が悪いと知るや否や背を向けて逃げ出そうとする美保に

「俺たちみたいに人を本当の意味で信用できない奴は誰も導けないぞ。」

由良は自嘲するように呟いた。

「っ!」

美保は置き土産にレイズハートを一発撃って戦場から逃げ出した。

由良は光の傷を叩き落として大きく息を吐くと

「グッ!」

脇腹を押さえて地面に膝をついた。

震動の収まった玻璃を杖がわりにしてどうにか体を支える。

「触れる物すべてを破砕する…それは俺だって例外じゃないからな。本当に、命懸けの奥義だな、まったく。」

口の端から一筋の赤い血が流れる。

どこかの内臓を痛めたらしい。

「クリスマスん時はしばらく腕が使い物にならなかったから今回はましな方か。」

由良は血を親指でビッと拭うと大きく伸びをした。

「さて、まずは明夜と蘭を探してから陸を探すとするか。」

由良は玻璃を手に歩き出す。

まだ戦いは終わらない。



赤い閃光が一直線に道路を駆け、家の塀に穴を穿った。

それを紙一重でかわした明夜は安堵する間も無くその場から跳躍する。

直後、明夜のいた場所が撃ち抜かれた。

スナイパーはラトナラジュを操る良子。

「はは。これ、ゲーセンにあるガンシューティングみたいだ。」

実際に戦況は良子のシューティング状態だった。

良子の赤色レーザーを放つグラマリー・バラスは良子の不得手だった遠距離での戦闘を激変させる結果となった。

連射性能はそれほど高くはないものの射出速度が亜光速の域に到達するため撃ち出された瞬間には直撃してしまい、さらにはレーザーであるため叩き落とすことは不可能。

避けるためには足を止めず常に照準に捉えられないようにするしかない。

かといってクロスレンジに持ち込めばスピードとパワーに優れたルビヌスでの強力な斬撃が待っている。

こうして良子はルビヌスを使った自分を脅しとしながらバラスで狙撃をするスタイルを作り上げたのだった。

「…。」

「もうちょっと驚くなり悔しがるなりしてくれないかな?でないと張り合いがないよ。」

良子が文句を言っても明夜は黙々と避けるだけ。

明夜は新たな力には何の感慨もなく現状を切り抜けることだけを考えている。

「ふう。さっさと君の切り札を出しなよ。右手の刃の戦士。」

「オニキスのグラマリー、アフロディーテ。」

「名前は何でもいいけどそれが君の切り札だよね?手加減されたまま勝っても嬉しくないからね。」

そう言って良子はバラスの斉射を止めた。

周囲はすでに穴だらけでなにもしなくてもボゴリと崩落している場所まである。

良子はラトナラジュを一振りすると肩に担いだ。

明夜は警戒しながら飛び回っていた塀の上から降りて良子の正面に立つ。

「どうしてアフロディーテを使わせるのかわからない。あのまま使わせないで追い詰めた方が簡単。」

本気で不思議そうな顔をする明夜に良子は自分でも理解している救えなさに苦笑した。

「なるほどね。確かに戦う側からすれば勝たなきゃ何の意味もないんだから弱い相手と戦えるようにした方が楽だろうね。」

何度も"Innocent Vision"に敗北してきた良子だからこそ勝利することに意味があることは十分に理解していた。

だがそれは理屈でしかない。

「けどね、あたしはスポーツマンなんだ。スポーツマンは常に自分の全力を出して戦わないと気が済まない人種でね、ソーサリスになってもその根っこは変わらなかった。だから自分が全力を出すなら相手も全力を出してもらって、その上で勝つ!」

ゴウと炎のように溢れ出す紅色の力はまさに良子の闘志そのものと言えた。

明夜はオニキスを真横に水平に構える。

「よくわからない。でも、私が望み、相手が望むなら出す。アフロディーテ。」

明夜がその名を呼ぶとオニキスは一度黒色の光になって明夜の手元から飛び上がり、空から右手に刃をつけた女性型の鎧が降りてきた。

構える姿は明夜と鏡写しのように左右真逆で同じ動き。

「アフロディーテ、降臨。」

その美しさすら感じられる鎧に良子は目を奪われた。

「話には聞いてたけど改めて見るとすごいね。美保の操作とは全然違うし緑里の童子よりも動きがずっと滑らかだ。」

良子はアフロディーテの姿を見て驚き、喜んでいた。

子供のようにワクワクした様子の良子を明夜はいぶかしむような目で見ていた。

「あなたがよくわからない。」

「まあ、わかってほしいとは言わないよ。あたしが願うのはその力を全力でぶつけてきてほしい、それだけだ。」

良子は実に楽しそうにラトナラジュを両手で握り、穂先を明夜に向けて構えを取った。

「行くよ!」

撃ち出されたバラスを明夜とアフロディーテが左右に割れてかわし、戦闘が再開した。


ビシュ、ビシュ

良子はラトナラジュを明夜に向けてバラスを撃って牽制、その隙に近づいてきたアフロディーテに向かって刃を振るった。

アフロディーテの刃とぶつかり合い一瞬拮抗するが

「でぇい!」

良子は強引にアフロディーテを力でもって弾き飛ばした。

そのまま体を回転させて真紅の鉾槍を振り回す。

ガギンと音を立てたのは背後から飛び込んできた明夜の刃。

明夜は咄嗟に刃を防御に回したことで弾き飛ばされるだけで済んだが下手をすれば胴体分断ものの一撃だった。

それでも明夜は少なくとも表面上は涼しい顔でアフロディーテと等距離を保ったまま良子の周りをゆっくりと回る。

「1人なのにソーサリス2人分の強さ。気を抜けば背後からばっさりやられる緊張感。いいね、決闘はこうでないと。」

良子はスタンスを大きく取って視界の端に明夜とアフロディーテを入れるようにしながら笑っていた。

「フッ!」

明夜が瞬間的に息を吐き出し弾丸のように良子に迫る。

完全同時にアフロディーテもまた同じ速度で良子に接近していた。

片方を相手にすればもう片方に斬られる状況で

「はぁ!」

良子はラトナラジュの中程を掴むと豪快に回転させた。

真紅の円盤は振り下ろされた2つの刃を弾き、なおも回転力を上げていく。

さらに

「バラス!」

回転したラトナラジュの先端からレーザーが撃ち出される。

飛び出した方向は明後日の方向だったが防御でありながら攻撃に転じられる技から逃れるために明夜は大きく後退する。

「くっ!」

偶然明夜の型をバラスのレーザーが掠めた。

2度、3度とレーザーは明夜に向かって飛んでくる。

「あの回転をしながら狙ってる。」

非常識なとは言わないが似たようなことを思う明夜。

回転速度と射出角度、射出速度から計算した射撃…な訳がないのでこの辺りで撃てばあっちに飛ぶだろうと考えているだけに違いなかった。

だが狙いが定まってきている時点で十分に危険な技と言えた。

「さあ、どうした!?これで終わり?」

良子は破壊を撒き散らしながら高らかに笑う。

これこそが良子の抱える感情の本質、プライドから派生した他人には負けられないという負けん気である。

「もっとあたしを追い詰めて、あたしの限界を越える戦いをしようよ!」

狂気ではない。

純然たる戦いへの喜びと期待が良子を狂わせる。

「…わかった。」

明夜は右手を刃に添えると力を注ぎ込む。

纏った刃が力を帯びて淡く輝くとラトナラジュの回転とは逆方向に駆け出した。

反対側のアフロディーテも同円心上を移動する。

「狙いにくい。だけど!」

良子は感覚的にタイミングをずらしてバラスを発射。

まっすぐに明夜を捉えた。

だが、赤いレーザーは明夜の残像を突き抜けただけだった。

「残像!?それほどに速いのか!?」

もはや明夜かアフロディーテかわからないほどの残像は数を増し、徐々に輪を狭めてくる。

バラスは至近距離だというのに残像を貫くばかりで本体には到達しない。

「これは幻影なのか?それなら本体は別にいるはず。」

そう考えた矢先、ラトナラジュに向けてオニキスが振るわれて強い衝撃に手が止まった。

「ぐう!まだまだ!」

良子はさらに回転力を上げつつ光の残像へと斬りかかる。

遠心力を加えて柄の末端を握った攻撃は良子の最大の一撃。

これを喰らって生きていられるものがいるはずがない最強の一撃。

さらに円運動の反対方向へと回っていた相手にとっては速度が上乗せされた最凶の一撃となる。


手応えはあった。

だがそれは肉を絶つ柔らかさなどどこにもない。

無機質な固さが砕けた感触だけが伝わってきた。

(アフロディーテ!?)

バラバラになったのは鎧であるアフロディーテだけだった。

良子の一撃は一回転振り抜かれたが円心上には切り裂ける対象はなかった。

振り抜いた格好のまま困惑し、思考を止めた良子の頭上から


「アフロディーテ、再構成。」


そんな声が聞こえた。

首を上に向けるとき、背後からガシャガシャと何かが組み上がる音が聞こえ、頭上には刃を振りかざした明夜の姿があった。

「はは…あたしの敗けだ。」


「ゴッデスネイル。」


十字を切るような神の爪が良子に直撃し

「痛ぁ!?」

良子は悲鳴を上げた。

衝撃で地面に大の字に倒れた良子は目をぱちくりさせる。

良子が受けたのは斬撃ではなく刃の側面による殴打だった。

それでも結構な威力で、脳震盪を起こしたのか視界がぐらつきだしたが死にはしない。

不思議そうな良子を見下ろす形になった明夜は

「スポーツは人を殺さない。」

試合終了とでもいうようにお辞儀をした。

「く、くく、あはははははは!」

良子は腹の底から声を出して笑い転げ、

「完敗だよ、まったく…。」

そのまま地面に転がって気を失ったのだった。


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