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Innocent Vision  作者: MCFL
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第147話 強き少女たち

戦場に、しかもジュエルを発動させた状態で現れた芦屋さんの存在に僕たちが止まる中、当人はゆっくりと近づいてきた。

ガシャ、ガシャと左足で歩く度に鎧のような足音がする。

「どうして?」

当然の疑問だ。

本来なら芦屋さんは病院にいて動けず、おそらくは医師達により批難させられているはずなのだから。

それが剣の義足で器用に歩き、戦場に飛び込んできたことを驚かないわけがない。

「ここに来たのは偶然だよ。空がこんなになって外に出て歩いていたら半場たちに会ったんだ。」

左目の眼帯の下に朱色の光を宿していても芦屋さんは穏やかなままだ。

だから余計に困惑してしまう。

「そうじゃなくてど…」

「どうして、真奈美がここに、そんな格好でいるのよ?」

僕が詳しく問いただそうとするとその声を遮るように低く重たい声が聞こえてきた。

振り返るまでもなく八重花の声だが振り返らずにはいられないほどにその声は震えていた。

その顔は困惑の色が濃い。

だが対する芦屋さんは動揺する素振りもない。

「久し振りだね、八重花。ちょっと見ない間に変わったね。」

「それはこっちの台詞よ!どうして真奈美がジュエルを…!!」

八重花は途中で何かに気付いて言葉を止めると信じられないような顔のまま首を巡らせた。

視線の先で下沢は沈痛な面持ちのまま目をそらしていた。

「たぶん八重花の考えた通りだよ。あたしもよく覚えてないんだけど花鳳先輩がこれをあたしに埋め込んだ。まあ、一度は半場に壊されたんだけどね。」

芦屋さんは自嘲気味に眼帯を押さえながら答え、僕を見て苦笑した。

「左目…まさか、ジュエルをそこに…だからりくは…」

僕が去った日の真実へ到る情報を元に八重花は呆然とうわ言のように仮説を組み上げていく。

いままでどんなに考えても分からなかった"なぜ真奈美が公園にまで出ていたのか?""なぜ左目が潰されていたのか?"

そして

"なぜりくが姿を消したのか?"

それらの疑問が目の前にいる芦屋真奈美という存在によって氷解していく。

「狂気に取り込まれたあたしを半場は救ってくれた。だけどもう一度この力を手にしてしまったから、今度は助けてくれた半場を助けたいとずっと思ってたんだ。」

芦屋さんは八重花への返答ではなく、自分の思いを告げるために真実を口にした。

「芦屋さん…」

僕は何と答えるべきかわからず返事ができなかった。

あの時とは違い芦屋さんはジュエルの力を完全に受け入れてしまっているから切り離すことは出来ないだろう。

それに僕も二度と友達にあんなことをしたくはない。

(だけど、いいのか?)

芦屋さんはジュエルとしての知識を持っている。

特殊だけどジュエルとしての力もある。

その力を"Innocent Vision"に貸してくれるなら心強い。

だけど戦いに巻き込むことは"人"の世界から遠ざかることになる。

叶さんや久住さん、中山さんが待っている場所から離れてしまう。

そして、今参戦すれば芦屋さんの前に立ち塞がるのは八重花なのだ。

ソルシエールとジュエルの力の差だけじゃない。

何より友達同士を争わせることに抵抗がある。

そんな悲しいことをさせられるほど僕は傲岸不遜な人間ではないからこそ返答を悩んでいた。

「…ヴァルキリーは、真奈美のことを隠していたのね?」

自分の中で結論が出たらしい八重花は芦屋さんではなく下沢に尋ねた。

その目は特別強い感情を宿してはいない。

むしろ覇気の感じられないくらいに平坦だった。

下沢は八重花の目を正面から見ようとしないまま小さく頷く。

「…はい。芦屋真奈美さんは完成したジュエリアの被検体の第1号として選ばれ、花鳳様が直に力を与えたと聞いています。」

「私に話すとどうなるか分からないから黙っていたのね。…その予想は正解よ。訳が分からなすぎて腸が煮えくり返りそう。」

感情が平坦なんじゃない。

八重花ですら感情を持て余して制御できずにいるようだった。

八重花は髪をガリガリと掻きむしると

パンッ

左手で自分の頬を叩いた。

「ッ!?」

「八重花さん!?」

突然の行動に僕たちが驚く。

そして、頬を赤くしたまま顔を上げた八重花は怖いくらいに冷たい目をしていた。

「…どうせ今日の戦いでりくとの決着はついてヴァルキリーとの関わりはなくなるからそっちはどうでもいいわ。でも見逃せないのは、真奈美。」

八重花がジオードの切っ先を芦屋さんに突きつけた。

「ん?」

「真奈美は私よりも先にりくに近いところに立った。すべてを知りながらその事を隠し、りくの友達として側にいた。これからもその位置に居続けようと言うの?」

人間関係や事情が複雑に絡み合っていく中で八重花だけはスタンスを変えず己を貫いてきた。

曰く

「りくに近づくすべての敵を排除し、りくを手に入れる。」

その妄執によって今、目の前の親友を敵に定めようとしていた。

ピリピリと大気が引きつるような感覚に僕や桐沢は冷や汗を流す。

だというのにそれを前にしても芦屋さんは穏やかに笑っていた。

「"Innocent Vision"だっけ?もしも認められるならあたしは半場と共に戦いたい。半場には恩もあるし、それに…」

そこで一度区切った芦屋さんは僕を見て照れ臭そうに頬を掻き

「こんなボロボロのあたしでも大切にしてくれそうだからね。」

いろんな意味に取れる言葉を告げた。

それは八重花への宣戦布告のようで

「…そう。」

八重花の瞳から一切の感情が消えた。

纏う雰囲気だけが灼熱のように熱く滾り、ジオードを手にゆっくりと前に出た八重花は

「待ってください、八重花さん。」

こちらを睨んだまま横に腕を伸ばした桐沢に止められた。

「茜、邪魔をする気?」

今にも斬り殺しそうな低い声を出す八重花を見る度胸がないのか桐沢はまっすぐにこちらを見たまま首を横に振った。

「邪魔はしません。…でも、八重花さんがあいつと戦うと私、ソーサリスと戦うことになるんです。だから私がやります。」

桐沢の堂々とした、かなり後ろ向きな理由に一同唖然とする。

嫌な感じに微妙な沈黙が戦場を包み、遠方から人だかジェムだかデーモンだかの叫びが耳に届いた。

やっぱりここはツッコむべきかとしたとき、その空気を破ったのは八重花だった。

気概を削がれた様子でジオードを握る力を緩めながら視線を芦屋さんから下沢へと向けた。

「…いいわ。茜にも勝てないようじゃ私の敵じゃないし。ジュエルはジュエル、ソーサリスはソーサリスでやりましょうか。」

「ありがとうございます!」

桐沢は許可を得ると刀身に手を添えながらゆっくりと近づいてきた。

僕の前に立った芦屋さんと桐沢が正面から向かい合う。

「一応名前を聞いておくよ。私が倒す初めての人間だからね。」

「芦屋真奈美。ヴァルキリーは人に名乗らせて自分は名乗らない主義なのかな?」

敵を前にしているというのに動じない芦屋さんの様子に桐沢は戸惑っているように見えた。

実際に僕だってどうしてこんなにも芦屋さんが落ち着いていられるのか不思議でしょうがない。

「その余裕、いけ好かないね。私は桐沢茜、八重花さんが一番信頼する部下だよ。」

「ふーん。」

芦屋さんはちらりと八重花を見てからフッと笑った。

「まあ、別にいいよ。どうやらあなたを倒さないと認めてもらえないみたいだから。半場、手出ししないでよ。」

「…わかったよ。」

無茶なのも無謀なのも全部分かった上で芦屋さんはこの場に足を踏み入れた。

もう後戻りする気なんてないのだろう。

ならば見極めよう。

芦屋さんの力を。

僕のこの"目"で。

「さて、こっちも再開しましょうか?真奈美の他にも何か隠してないかじっくり話してもらわないといけないものね。」

「隠し事は言わないから隠れているんですよ。」

八重花の挑発に下沢がのらりくらりとかわす会話が繰り広げられる。

その間も両者の闘志は際限なく膨れ上がり、こうして同質の魔剣同士の戦いが始まった。



暫しの休息を終えた叶たちは立ち上がったものの道の真ん中から動かないでいた。

倉谷に向かうための道の途中であり、時折車がもうスピードで走り抜けていく。

「さて、これからどうしたものかね?」

「雅人くんが勇者のように化け物をバッタバッタとやっつけるとか?」

芳賀はぶんぶんと大きく首を横に振った。

「却下だ。あんなのを相手に出来る奴がいるとしたらそいつも化け物だ。」

ジェムやデーモンの存在を、その圧倒的な破壊の力を見た一般人の考えは芳賀と大差ない。

だから

(陸君は化け物なんかじゃない。)

その感想に反感を抱いた叶こそが異常であり、それを理解しているからこそ叶は思いを胸に留めるだけで表には出さなかった。

場を和ませようとして失敗した裕子は真面目な顔になって少し不安げに答える。

「どうするって、逃げるしかないんじゃない?」

「だけどさっきから見てると車がどっちからもすごい勢いで走っていくだろ?」

「にゃは、確かにスピード違反だね。」

久美の微妙に論点のずれた相づちに芳賀は苦笑し、すぐに裕子に向き直る。

「ちらっとしか運転手は見えなかったけどみんな怯えた様子だった。つまりこのまま倉谷の方に逃げても化け物がいる可能性が高いんじゃないか?」

視線を倉谷の方角に向けるが空が赤いだけで今の所は何も異常は見られない。

芳賀の杞憂であり進んだ先に救いがあるかもしれない。

だが逆に騒ぎが起こらないほどに壊滅的な状況にあるという可能性もあった。

「どうしよう…」

「…」

何もかもが不確定な現在、信じられるのは自分だけだった。

全員で顔を見合わせるが誰も何も答えない。

「あー、これじゃあ決まらないな。1人ずつどうしたらいいか言ってくれ。俺はこの辺りに身を潜めてやり過ごすのがいいと思う。」

「それなら雅人くんと一緒に行くよ。」

芳賀の意見に裕子は賛同した。

確かにこの辺りにはジェムとデーモンの姿はない。

偶然なのか人通りが少ないからなのかは分からないが現状では安全圏と言えた。

ここに身を隠すのは確かに1つの手である。

「私は、太宮神社に向かった方がいいと思います。」

そこに手を上げたのは叶だった。

「太宮神社の巫女の琴先輩はこういった魑魅魍魎の事にも詳しいですし、前に神社のような場所は聖域と呼ばれるためお化けが近づけないようになっていると言っていました。いつ化け物がやって来るか分からないから安全な場所に逃げ込んだ方がいいと思います。」

叶の知識は半端なものだったがそれでも真実であった。

神社の形成する結界、聖域は純然たる魔を退ける強固な守りとなる。

人に魔の力が宿った存在の場合でもその力を著しく抑圧されるため実質的には"非日常"の力がほとんど及ばないまさに安全地帯であった。

だが芳賀や裕子の反応は鈍い。

「だけどな、太宮神社に行くにはまた町の中を抜けていかないと行けないんだぞ?ここまで来るときも大変だったのにもう1回あそこに戻るのか?」

「それに、神社が本当に安全かどうかもわからないし。」

たとえおみくじの結果に一喜一憂しようと、たとえ神頼みをしようと、極限状態になったとき宗教色に薄い人々は神の力を、奇蹟を信じない。

神様なんていない、それもまた一般人の考えだから。

「にゃは、神社の方がいいかな。」

久美もオカルトを信じる質ではなかったがこの場に留まるよりはと叶に賛同する。

「よりによって半々かよ。」

芳賀が舌打ちして悪態をつく。

こうして2対2になるといよいよ打つ手はない。

生命を及ぼしかねない極限状況、人智を超えた力を有する敵に対して有効な打開策はなく助けが来るかも、そもそもそんなものがあるのかもわからない。

救いの見えない暗闇に落とされたとき、人は自分と、その手に掴んでいるものしか目に入らなくなる。

「…だったら、俺と裕子はここに残るから2人は太宮神社にでもどこにでも行けばいいだろ?」

「ちょっと、雅人くん。」

芳賀の突き放したような言い方に裕子は注意しようとしたが

「なら裕子はまた町に戻れるのかよ?」

「う…」

問い質されると何も言わなかった。

久美は芳賀と裕子をじっと見つめるだけで何も言わないが少なくともいい感情は浮かんでいるようには見えなかった。

「何だよ、中山?」

「…。」

芳賀と久美の間に険悪な空気が漂う。

裕子は仲裁したい様子でおろおろしていたが芳賀と同じ意見でいるため説得の言葉が思い付かないようだった。

「そうだね。行こうか、久美ちゃん。」

そこに割り込んだのは叶だった。

久美が驚いたように叶の顔を見ると叶は笑顔で頷いた。

叶は少し寂しそうな顔で振り返り戸惑う2人を見た。

「私はやっぱり太宮神社の方が安全だと思います。でも裕子ちゃんたちが行かないと言うなら無理には誘えません。だから2人で行きます。」

芳賀と裕子はただ驚いていた。

叶と言えば誰かの後ろにくっついて怯えているような子だった。

それがこんな状況にも拘わらず健気に笑顔すら浮かべて自分の意見を述べている。

(いつの間に作倉の奴、こんなに強くなったんだ?)

(やっぱり恋をすると女は強くなるって本当だったんだ。)

声も出せず呆然としている2人の前で叶は久美の手を取る。

「裕子ちゃん。」

「え、なに?」

「太宮神社が安全だって分かったら連絡するから。そうしたら避難してきてね。」

裕子は隣の芳賀をチラリと見たあと

「…うん、わかった。」

大きく頷いた。

叶は笑顔になり俯きがちなままの久美を引っ張って町の方に歩いていってしまった。

「…別に、無理にここに残る必要はなかったんだぞ?」

芳賀は顔を背けてそんなことを言う。

裕子はフッと息をつくと芳賀の肘を抱いた。

「雅人くん1人を置いていくわけないじゃない。」

「…絶対守るからな。」

「うん。」

2人は震えながら抱き締めあった。


叶は久美の手を引いてジェムの少なそうな道を歩いていた。

(太宮神社の安全を確認して2人を呼ばないと。)

叶は2人を見捨てる気などもちろんなく、敢えて自分が偵察に行くことを志願したのだ。

より安全な場所を確保するために。

「かなっち、ちょっとトイレ。」

黙ってついてきていた久美が突然手を振り払うと走り出して適当な路地に駆け込んでしまった。

この状況下で悠長に公衆トイレを探す訳にも行かないが適当な路地はどうなのだろうと思い

「久美ちゃん?」

叶は失礼とは思いつつも路地を覗いた。

だが、そこは行き止まりで久美の姿はなかった。

「久美、ちゃん?」

叶は不安げに視線をさ迷わせ、今来た道を戻るように駆け出した。


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