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Innocent Vision  作者: MCFL
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第146話 不測の救援

僕と桐沢、下沢と八重花の対決は

「さあ、始めるわよ!」

八重花の放ったジオードの炎が僕たちを分けたことで始まった。

下沢は僕とは反対の方向に飛ぶと同時にコランダムの青い壁を展開、八重花のドルーズの炎を防いでいた。

「よそ見してるなんて余裕ね。」

桐沢はジュエルを持つゆえの傲りか矜恃か、不意討ちしてくることはなかった。

確かに今は目の前の敵に集中した方が良さそうだ。

「僕としては戦いたくないんだけど。」

「そうは行かないよ。あんたを倒して八重花さんに認めてもらうんだ。」

桐沢のジュエルに力が込められた。

武骨な剣の切っ先は僕に向けられている。

「さあ、踏み台になってもらうよ!」

ジュエルを大きく振り被りながら肉薄する桐沢を警戒しつつ足を止めておく。

逃げる意思を見せないことで相手によっては裏を読んで手を出してこないこともあるが

「動かないなら絶好の的だよ!」

桐沢は真っ向から斬りかかってきた。

(直接戦闘型。知略ではなく力で押すタイプ。)

斬撃を大きく後ろに飛んで回避し、着地した際に足元に落ちていた石を投擲する。

「そんなの効かないよ。」

桐沢はかわせる石を敢えてジュエルで切り裂いた。

(ジュエルの力に頼る傾向がある。回避よりは迎え撃つタイプか。)

「ホラホラ、ちゃんと避けないと怪我するよ!」

桐沢の攻撃を僕はバックステップやサイドステップでかわす。

ヒュン、ビュンと体のすぐ近くを触れれば命を刈り取る刃が走っていく。

「くっ、この、当たれ!」

だが振り回された斬撃も僕には当たらない。

虚しく空を斬るばかり。

ようやく桐沢も今の状況がおかしいことに気が付いたらしく手を止めて僕を睨み付けてきた。

その表情には先ほどまでの余裕は感じられない。

「これがInnocent Vision、未来を見て私の攻撃をかわしたのね。」

「違うわよ。」

「……」

何も答えない気でいたら横から否定の声がかかった。

あまりにも余裕そうな様子でこちらに割り込んできた八重花に下沢がやられたのかと心配になったが見ればドルーズの青い炎のうねりを展開した壁で防いでいるのが見えた。

余裕には余裕らしいが早くも膠着状態に入ったらしい。

下沢の鉄壁ぶりを褒めるべきか戦闘中に雑談できる八重花を畏れるべきか悩みどころだ。

「どういうことですか、八重花さん?違うって?」

「だってりくはまだInnocent Visionを使ってないもの。ねえ、りく?」

「…。」

八重花は今のInnocent Visionを使えば左目が光ることを知っている。

僕は沈黙を答えとした。

それで十分だったらしく八重花はフッと満足そうな顔をしたが隣の桐沢は逆に納得が行かない様子だった。

「あれが未来予知じゃないならさっき全部の攻撃を避けたのはどう説明するんですか?」

食って掛かる桐沢に八重花は煩わしげにため息をつくとドルーズを引っ込めた。

「終わりましたか?」

炎の渦から開放された下沢はさすがに疲れたのか息が荒い。

下沢の足下には砕けたコランダムの破片が転がっていて八重花の攻撃の激しさを物語っていた。

八重花は下沢の様子を気にした様子もなく桐沢に語る。

「これでもりくは何人ものソーサリスと戦って生き残ってきてるの。技も太刀筋も違う相手から殺されないくらいだから動体視力と瞬発力に優れていて、要するに茜の攻撃は見切られたのよ。」

まるで僕のことをすべて知っているような断定だが実は合っている。

花鳳との戦いで自分でも初めて気が付いたのだがどうやら僕にはInnocent Vision以外にも相手の動きを見て先の行動を予測する、八重花の言う見切りがあるみたいなのだ。

特に今回の桐沢みたいな単調な攻撃が主体の相手の場合ほとんど予測通りに回避することが可能だ。

「つまり…」

「今のりくは一般人として戦っているということ。」

八重花は指摘するだけしてあっさりと去っていってしまった。

真実を知った桐沢は俯いて肩を震わせている。

あれは泣いてるんじゃない。

「バカにしてー!」

怒っているんだ。

桐沢は絶叫すると再び踊りかかってきた。

ジュエルからこれまでにない力を感じる。

怒りでジュエルの力が高まり、強化された身体能力でスピード、パワーともに向上したのだろう。

だがやはり攻撃自体は単調だ。

攻撃の速さは等々力に届かず、向けてくる殺意は神峰と比べるまでもなく、攻撃の奇抜さは花鳳の足元にも及ばない。

だからどんな攻撃であろうと避けきれる。

だけど

(反撃する手段がないんだよね。)

本当に僕は無力だった。

スタンガンは黒原君との戦いの後壊れてしまったままで、殴ろうにもジュエルの対抗力なら殴った僕の手が砕かれかねない。

慣れない武器を手にすればその分隙が生じやすくなるから逆に危険になる。

「当たれ、当たりなさい、当たってください!」

「残念だけど、当たれないよ。」

一際力の隠った一撃を軌跡の後ろまで移動することでかわす。

桐沢は苛立たしげにジュエルを地面に突き立てて僕を睨み付けてきた。

「はあ、はあ。もしかして助けが来るまで逃げ続けるつもり?」

「それが生き残るための一番の近道だからね。」

別に隠すようなことでもないので正直に答える。

時間を稼いで助けを待つ。

それが僕が桐沢に勝つ最も効率的な方法。

だけど…

「だけど無駄よ。この町にはジェムとヴァルキリーがいるんだから都合よくあんたを助けになんて来れないわ。」

そう、このそれなりに広い壱葉の地で僕の元に駆けつけられるのかが一番問題だった。

電話が通じるこの状況で連絡がないことに不安を覚えてはいる。

やられてしまったとは思っていないがすでに交戦に入っていて連絡が入れられない可能性は大いにあり得る。

「…」

気づけば額から冷や汗が流れていた。

極力表情には出さないようにしていたが焦りが見えたらしく桐沢の表情に余裕が戻ってきた。

「さあ、いつまで避けられるかな?」

冷や汗が首の後ろを一筋伝う。

(長い戦いになりそうだ。)



一方その頃、明夜と由良は陸の予想通りそれぞれ違う場所で交戦していた。

「くそっ、なんだって集合場所の駅前にヴァルキリーがいるんだよ!」

「"Innocent Vision"を倒した時の点数は決めてなかったけどやっぱ大物狙いよね!」

由良はジェムの跋扈する壱葉駅前で翠の光の刃を操る美保と遭遇し、

「時間はあまりないけど、デーモン狩りよりはずっと有意義だね。」

「邪魔しないで。」

明夜も商店街から少し路地に入った幅の広い道路で良子に捕まっていた。

(陸はうまくやってるとは思うが急がねえと。)

(振り切るのは…難しい。なら、倒す。)

少し離れた場所にいても陸のもとへ駆けつけようとする意思は同じ。

2人は臨戦態勢に入り自らの敵を見据えた。


壱葉駅前はいまだ恐怖の悲鳴とジェムのうめき声が響く魔境だった。

その中で二人のソーサリスは互いを睨みつけて対峙していた。

由良は玻璃を構えながら美保の変化を観察する。

「ついに人を操れなくなって光に鞍替えしたか。」

「逆よ!言うことを聞かない駒なんていらない。従順なこの子たち、レイズハートがあればあたしは最強よ。」

「最強、か。」

フッと小バカにしたような呟きにカチンときた美保の感情に呼応して5つのレイズハートが震える。

「何がおかしいのよ!」

「いや。…いいぜ。最強の力、見せてもらおうか。」

由良はにやりと余裕の笑みを浮かべたまま指をちょいちょいと動かしてかかってこいと告げる。

由良の挑発に美保は激昂しスマラグドを乱暴に振るった。

「見せてあげるわよ!ズタズタに切り裂いた後の目玉にね!」

美保が敵意を放つとレイズハートが飛び出していく。

正面から時間差で2つ、左右から1つずつと上からも襲いかかる5つの光の刃。

「賢いな、主以外は。」

由良はまだ美保を挑発しつつギリギリまで引き付けてから前へと飛び出した。

上と左右から迫ってきた光が互いに衝突し、由良はそれを確認することもなく正面の1つを突きで打ち砕き、

「行け!」

そのまま音震波を放って後から迫っていた1つを撃ち落とした。

行動と攻撃の一連の動作で瞬く間にレイズハートを撃ち落とした由良が体勢を起こして美保を見る。

光が散った先に見えた美保の顔は…笑っていた。

「かかったわね!」

美保がスマラグドを大きく引くように振り上げると由良の後方でぶつかり合い、大きくなった光の塊が釣られるように由良の背中に向かって飛び出した。

完全な死角である背後からの一撃は

「ふん。」

弧を描くようにくるりと回りながら振るわれた玻璃によって呆気なく叩き落とされた。

「な!?」

「何を驚いているんだ?あの程度で策を練ったつもりか?」

先の攻撃は正面からの攻撃は2発目が見えている以上当たらない。

歪曲軌道も終着点が分かってしまえば簡単に避けられる。

そのため美保の攻撃の本命は3つ分のレイズハートによる背後からの奇襲だった。

だが由良はそれすらも予測していた。

「何、インヴィに対策でも立ててもらったの?」

「は?あんな攻撃、ちょっと考えればガキだってわかるぞ。」

「ガキ、ですって!?」

度重なる侮辱に美保から余裕が消え、代わりに怒りが沸き上がってきて左目の輝きが増す。

「あたしを侮辱したことを死んで詫びなさい!」

無造作にスマラグドを振り回す度に光の傷が虚空に刻まれていく。

その数は10を越え、20を越え、さらに増えていく。

由良は頬を掻いて玻璃を握り直した。

「ちょっとやりすぎたか。エスメラルダと違って冷静さを失っても使えるようだな。厄介だが、今日こそ潰れてもらう。」

由良の感情の高ぶりに呼応して玻璃が細かく振動を始める。

「ハアアア!」

「うおおお!」

光と音を盛大に響かせる激闘はまだ始まったばかりだった。


ガギン

ギン

空中に火花が散り、金属音が響く。

明夜と良子の2人は人の身を超えた高速戦闘で縦横無尽に飛び交い、刃を交えていた。

明夜は地面だけでなく崩れかけた壁や折れた電柱を足場として攻撃を仕掛けていた。

良子は広いスタンスで広範囲に対応できるようにしながら足を止めて明夜を迎え撃つ体勢を取っていた。

「はぁ!」

赤い軌跡を残しながら良子のラトナラジュが空を斬る。

明夜はかわせないと悟るとすぐに2つの刃を交差させて斬撃を受け止めた。

「ルビヌスを使ったあたしのスピードについてこられるなんて、やっぱり普通じゃないね。」

ギリギリと力を込めるが明夜は感情を表に出すこともなく耐え、さらにはわずかに押し返すと跳躍して大きく距離を取った。

右手の刃は肘を曲げて後ろに引いて突きの構えを取り、左の刃は真っ直ぐに良子へと向けられている。

良子は苦い顔をしてラトナラジュを少し短めに持った。

「それ、嫌なんだよね。」

明夜の好んで使う突きの構え。

これは二刀であることでさらに応用が可能となる。

1つは突き出したままの左手による突き。

威力は小さいが明夜の速度によって最速の攻撃となる。

次に引いた右突き。

引き付けた分腕の伸長の威力が増す。

そして二刀であるがゆえに1撃目からすぐに連撃を放つことができるのだ。

左から入れば右の溜め突きを、右を放てば必然的に引かれる左手からもう1撃溜め突きをと。

良子はすでに何度もこの連撃に惑わされ傷を受けていた。

「接近戦で後れを取ると自信無くすな。」

だが口調ほど良子は落胆していなかった。

その不気味さに明夜はスッと目を細めて警戒を強める。

「だからちょっと、力の使い道を考えてみたんだ。」

良子はラトナラジュの柄の末端を握ると腕を真っ直ぐに伸ばして天に切っ先を向けた。

「あたしはバカだからあんまりラトナラジュの力について考えたことはなかったんだけど、美保の新しい力を見て違う使い方もあるんだって教えられたよ。」

良子の体に纏っていた真紅の光、燃え立つ炎のような光が良子の握るラトナラジュに移っていく。

「あたしはずっと身体能力の強化がラトナラジュの力だと思ってたんだけどね。」

光はさらに柄を登って刀身に燃え移り、最後には普段あまり使われることのない鉾槍の槍の先端に収束した。

「どうもラトナラジュは力を一方向に引き出すみたいなんだよね。だからあたしが使うと走ったり飛んだり攻撃したりの時に何倍も力を出すことができるし…」

光を宿したラトナラジュの切っ先を良子は明夜の額に向けた。

これまでの良子では絶対に届かない射程。

だが明夜は本能的に身を捻ってその場から動いた。

「ッ!」

直後赤色の光の線が明夜の頭があった位置を貫いた。

「力だけで使えばこんなことも出来る。」

力のベクトル操作がラトナラジュの本質だが良子は理屈ではなく体感でそれを導き出した。

良子にはなかった遠距離用の攻撃手段。

接近戦の能力しか持たない明夜にとっては不利になる要素。

「…。」

だが明夜は何も語らず同じ構えを取り続ける。

「今日のあたしは全力で行くよ。そっちも本気で来なよ。」

刃と足に真紅を纏い良子は駆けた。



「はあ、はあ。」

戦闘開始からもうすでに20分は経ったはずだ。

僕は膝立ちで息を整えながら顔を上げる。

「はぁ、はぁ。」

桐沢の方が武器を振るっている分だいぶ疲れているようで肩で息をしている。

だが気持ちが高ぶっているせいか表情は生き生きとしている。

「お仲間は来ないみたいだね。」

「…そうみたいだね。」

闘っている間連絡もなければ救援も訪れなかった。

デーモンで足止めを受けるとは思えないのでヴァルキリーに捕まったか。

いくら明夜たちでもソーサリス相手では簡単にはいかないだろう。

つまり増援は期待できない。

ちらりと横目で隣で続いている戦いに目を向ける。

「うっ!」

「ほら、反撃してきなさい。」

下沢も八重花の攻撃を防ぐので手一杯でむしろあっちも増援を望んでいる状態だった。

(やるしかないのか?)

このままでは僕も下沢も体力を削られて最終的には負ける。

僕たちには決定的に相手を直接攻撃して戦闘続行不能にする力が不足していた。

なら僕がどうにかして桐沢を倒して下沢と一緒に八重花を退けるしかない。

桐沢を倒すにはInnocent Visionを使ってカウンターで気絶させるしかない。

殴った時に腕が壊れる可能性があるがこのまま負けるよりはましだ。

僕は覚悟を決めてぐっと拳を握りながら立ち上がり


「お困りみたいだね。」


「ッ!?」

「?」

「!!」

「!?」

あり得ない声が聞こえた。

僕も、桐沢も、下沢も、八重花も、皆が手を止めて驚き振り返った。

ただし抱く思いは違う。

僕は後悔を、桐沢は困惑を、下沢は不安を、そして八重花は絶望を。

病院へと続いている道の向こうから近付いてくる人影。

左足が地面に着くたびにガシャ、ガシャと鎧が歩くような音が聞こえる。

現れたのはよく知り、そしてに2度と出会うことがないと思っていた姿をしている人物だった。

戦況を理解しているのかその表情に驚きはなく、むしろ笑みすら浮かべていた。

彼女は僕を見てゆっくりと口を開いた。

「いつかの借りを返すために加勢するよ、半場。」

剣の義足でしっかりと地面に立ち、芦屋真奈美さんはしっかりと宣言した。

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