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Innocent Vision  作者: MCFL
143/189

第143話 ラストゲーム開幕

世界が赤く染まったとき、僕は太宮神社を訪れていた。

相変わらずいつの間にか帰ってきている琴さんにお祓いをしてもらおうと思っていたのだが遅かったらしい。

「これが、"太宮様"の予言にあった魔道。」

境内に出て空を見上げた琴さんはわりと冷静だった。

神社の周囲にはすでにジェムとデーモンが現れているらしく破壊音や悲鳴があちこちから聞こえてくる。

「陸さんは当然この原因をご存じですよね?」

若干冷ややかな目を向けられて戸惑うが責めているわけではないとすぐに理解した。

「はい。魔女がとうとう最後のゲームを仕掛けてきたようです。」

「…果たしてどちらにとっての最後なのか。わたくしは何をすればいいでしょう?」

背筋が冷たくなるような呟きは聞かなかったことにして琴さんの役割を考える。

(魔道に堕ちたとはいえさすがは神社、ジェムが入ってこられないみたいだな。琴さんがデーモンになるとは思えないから…)

「琴さんにはここで逃げ込んできた人たちを保護してあげてください。ジェムはたぶん入ってはこられないはずです。」

戦えない琴さんには留まってもらうのが最良だと判断した。

琴さんも頷いて特に異論は無いようだった。

「ベースキャンプと言ったところですね。ですが今の口ぶりだと陸さんは外に出るようですが黒き異形に抗う術はあるのですか?」

さすが琴さん、痛い所をつく。

実は"Innocent Vision"の皆にはやって貰いたいことがあって昼のうちに用事を頼んで出払ってしまっていた。

襲撃は夜だろうと高をくくっていた裏をかかれたので救援を頼んでもすぐに駆けつけて貰うことはできない。

僕は携帯を取り出してジッと見る。

「…ないわけじゃないんですが…」

最近登録した番号は出来れば頼りたくなかったが叶さんたちが危険に会っている可能性が高い以上ここに留まっているわけにも行かない。

「仕方がない!琴さんは叶さんに連絡を取って今どこにいるか確認を取ってください。」

「分かりました。」

こと叶さんの事となると琴さんは迅速に社務所へと向かっていった。

「ふう。」

僕は意を決して登録した番号に電話をかけた。



"RGB"の3人は今日も元ジュエルに目星をつけてデーモンの手がかりを探していた。

壱葉駅近くまで1人のジュエルをつけていたところ突然世界が朱色に彩られた。

「何、空が?」

「この声、確か魔女だったね。撫子先輩の忠告通りジェムが動き出したみたいだ。」

驚愕して空を仰いだ美保と良子の隣で悠莉は困ったような笑みを浮かべて前を指差した。

「どうやらジェムだけでは無いみたいですよ?」

視線の先ではつけていたジュエルが人ならざる者に変わるところだった。

しかも他の一般人に見えた人たちまで奇声をあげながら化け物に変わっていく。

「こりゃ、人に見られるとか気にしてる場合じゃなさそうだね。ラトナラジュ。」

良子は左腕を振り下ろした。

斜め下に向けられた手にはいつの間にか真紅の鉾槍が握られている。

「良子先輩。こいつらを殺すのと一般人を助けるの、どっちを優先します?」

美保の胸の前に構えた手から天に伸び上がるように翠色の光が溢れて細身の装飾剣・スマラグドが現れた。

獰猛な笑みを浮かべる美保は既に答えが決まっていて敢えて尋ねているようにしか見えない。

良子は苦笑を漏らしてラトナラジュを肩に担いだ。

「一応ヴァルキリーは平和を守るのが使命みたいなものだけど、やられる前に殺った方が早いし楽だね。」

「さすが、よく分かってます。」

すっかり戦う気満々の2人に付き合う形でサフェイロスを取り出そうとした悠莉は絶妙のタイミングで掛かってきた電話に邪魔されてしまった。

「こんなときに誰よ!?さっさと切りなさい。」

美保が焦れたように叫ぶ。

律儀に待っている辺りに仲間としての意識を感じながら電話に出た悠莉は

「え、は、はい。下沢です。」

普段聞かないくらい喜色に染まった声を出した。

美保と良子が訝る視線を向けるも悠莉は気にした様子もなく嬉しそうに電話の相手と話している。

「はい、わかりました。それでは。」

悠莉は携帯を宝物のように両手で包むと驚きと緊張で詰まっていた息を吐いた。

「…美保さん。」

「何?そろそろ向こうが待ってくれそうに無いんだから早く…」

「頑張ってくださいね。私は所用が出来たので失礼します。」

言うが早いか悠莉は背を向けて駅とは反対方向に駆けていってしまった。

「はあ!?」

理解不能な行動に引き留めようとした美保だったが

「美保、来るよ!」

良子の声で視線を前に向けるしか無くなった。

「悠莉の、バカー!」

いつぞやと同じように美保の叫びが戦場に響いた。



「はあ、はあ。お待たせしました。」

「あ、いや、来てくれただけで凄くありがたいよ。」

連絡を取った下沢は急いできてくれたらしく息を荒くしていた。

頬を赤く染めて息を乱している姿に色気を感じてしまう自分を諌める。

「でもよかったのかな?友達を助けに行きたいとはいえ手伝ってもらっちゃって。」

ここでは敵同士なのにとは言わない。

下沢もそれを理解した上で来てくれたのだから。

「ふふ、構いませんよ。ヴァルキリーには力を持つ者の責務として力ない人々を助けるという訓示があります。」

気に食わない人は殺すくせにとツッコみたいところを我慢。

実際に関係のない一般人を何度もジェムから守っていたのは知っているから。

「もし全部終わって僕が生きていられたら何かお礼はするから。」

「…うふ。お礼でしたら受け取らないのも失礼ですね。期待させて貰います。」

一瞬恐怖ではない寒気を感じたが生き残れるなら相応の礼はするつもりでいる。

何はともあれ協力を取り付けられたのは幸先が良い。

「琴さん、叶さんたちはどこに?」

「慌てた様子でしたが壱葉の商店街をご学友と一緒に逃げているとのことです。」

下沢を前にしても平然としている琴さんの話を受けて行き先が決定した。

「駅前の商店街ですか?とんぼ返りになりますね。美保さんに見つかったら怒られそうです。」

行く先にいきなり神峰と恐らく等々力もいる状況に逃げ出したくなったが神峰たちが叶さんたちを守ってくれる保証はない以上向かうしかない。

「叶さんをよろしくお願いします。」

琴さんに頷いて下沢を見る。

「サフェイロス。」

下沢が左手を前に突き出すとその手に幅広の刀身に文字が刻まれた蒼い剣・サフェイロスが顕現した。

「これがソルシエールですか。」

実物を見たのは初めての琴さんの声を背に聞きながら出口へ向かう。

厄介な敵も仲間になれば心強い。

「行こうか。」

「はい。」

こうして"Innocent Vision"とヴァルキリーの垣根を越えた僕たちは人助けのために飛び出していった。



その頃、叶と久美、裕子、芳賀は突然襲いかかってきたジェムから逃げるため細い路地裏を走っていた。

「何だよ、あれ!?」

「はあ、ひい。知らないわよ!」

「逃げないと。」

「みんな、待ってよ。」

混乱してとにかく逃げようとする3人を追いかけながら叶は表情を固くする。

(これが琴先輩の言っていた魔道なら、あの化け物は1人じゃない。)

「があああ!」

進行方向の路地からいきなり飛び出してきたジェムに全員が悲鳴すら忘れて硬直する。

ジェムの魔の手が裕子に迫り

「き…」

「!このぉ!」

芳賀は咄嗟に拳を振るってジェムを横から殴り飛ばした。

完全な不意討ちだったようでジェムは吹っ飛んで路肩のゴミ箱に突っ込んだ。

「あああ…」

悲鳴が安堵に変わった裕子はへなへなと座り込みそうになったが芳賀が腕を取って支える。

「今のうちに逃げるぞ。裕子、ちゃんとついてこいよ。」

「う、うん。」

男らしい芳賀の姿に裕子は見惚れて素直に頷いた。

目の前で行われるラブコメをちょっと羨ましく思いながら叶たちも後に続いてジェムから逃げる。

(さっきの琴さんからの電話は陸君が助けに来てくれるって事だよね。だから私、諦めないよ。)

叶は決意を胸にしっかりと顔を上げて恐怖の支配する町を進んでいた。



「行くのよ、レイズハート!」

翠色に輝く光の傷が駆け抜けてジェムを、デーモンを薙ぎ払っていく。

完全に制御された光の刃は美保の意のままに敵を切り裂いていく。

「美保、いつの間にそんな技を?」

「ふふん。良子先輩はゆっくり休んでいて良いですよ。この程度あたし1人で楽勝ですから。」

以前とは違い多少意識を外したところで攻撃の手は緩まない。

だからと言って良子が休むわけがない。

「そりゃ大変だ。うかうかしてられないね。」

良子は呟いた直後にはジェムの懐に飛び込んでいた。

「せい!」

そして一刀両断。

デーモンが一撃で真っ二つになった。

パワーとスピードにおいてはやはり良子に大きなアドバンテージがあった。

挑戦的な良子の行動に美保は目を細めて口の端を吊り上げる。

「…勝負、します?」

「いいね。ジェムが1点、デーモンが2点で行こう。」

立ち止まっている間にも獲物は2人を取り囲んでいく。

2人は時計を合わせて

「それじゃあ1時間後…」

「点数の高い方が勝ちだよ。」

携帯のタイマー機能の電子音を合図に2人はそれぞれ飛び出していった。

「数で圧倒するわよ、レイズハート!」

「デーモン狙いで点を稼ぐ。掛かってきなよ!」

紅と翠の閃光が駅前広場に駆け抜けていった。



「予言の時が来てしまいましたか。」

撫子はヴァルハラの窓に手を当てて赤く染まった世界を見つめていた。

世界が塗り替えられたのは驚いたが予備知識があった分迅速に行動に移すことができた。

学内の様子を見に行っていた緑里が慌てて駆け込んできてドアを閉めた。

「撫子様!学校の中でジュエルだった子達がデーモンになって襲ってきました。」

ドアがドンと叩かれて軋む音がした。

「もう来た?護法童子!」

緑里はポケットから人形を取り出すと護法童子を召喚、ドアの支えにした。

「ミホたちの言い分は正しかったみたいですわね。」

「そのようですね。そしてわたくしたちは敵の巣窟にあると。」

かつては共に戦ったジュエルの大半は壱葉の学生であるためデーモンと化したジュエルが一番集まっている場所だった。

ヘレナも撫子も既にソルシエールを手にして戦う気でいる。

ヘレナは澄ました顔で撫子に問う。

「かつての部下を手にかけるのが嫌ならここで休んでいてもいいですわよ?」

セレナイトが周囲の光を吸収するが魔道のためかいつものようにはいかず刃の周りだけだった。

そのことに顔をしかめたヘレナは石突を床に打ち付ける撫子の不敵な笑みを見た。

「ヴァルキリーの理想を阻むとなれば容赦はしません。お気遣いは無用ですよ。」

「…そうでしたわね。」

ヘレナは改めて花鳳撫子という存在の気高さと非情さを垣間見た気がして乾いた表情を浮かべた。

ドンッ、ドン

ドアを叩く衝撃はいよいよ強くなり押しきられるよりも先にドアの方が持ちそうになかった。

「撫子様、ここを抜けたらどうするんですか?」

緑里もベリルを抜き放って亀裂の入ったドアを睨み付けながら尋ねた。

「そうね…」

撫子は視線を前に、その向こう、自らの道に転がる障害物を思い浮かべた。

現れたのは不気味な余裕を見せる力なき少年の姿。

「"Innocent Vision"との決着をつけるには最高の舞台ではないかしら?」

ヘレナも緑里もデーモンが攻めてきているこの状況での宣戦布告に驚き、笑った。

「本当に、ナデシコには驚かされてばかりですわ。」

「やる気出てきたー!」

「因縁を断ち切り、元凶である魔女を倒し、ヴァルキリーの導く世界へと歩み出しましょう。」

ドガン

遂にヴァルハラの扉が破られ、異形のジュエルを携えたデーモンが踏み込んできた。

その光景を前にしてもソルシエールの担い手たるソーサリスは怯えを見せはしない。

「ヴァルキリー…憎い…」

「…殺す…偉そうに…殺したい…」

怨嗟の言葉を呟きながらデーモンが迫る。

「ワタクシの下についていたかもしれない方々がこの程度の俗物とは、嘆かわしいですわ。」

「結局撫子様の理想についていけるのはソーサリスだけなのかな?」

「いずれはすべての人々を導くのが使命ですが、今は押し通らせていただきましょう。」

攻め入る黒き怒涛の向こうから陽光の一撃が火蓋を焼き落とした。


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