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Innocent Vision  作者: MCFL
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第14話 戦乙女の長

壱葉高校は私立校で比較的レベルは高いと言われるものの全国的に名を知られるような超有名私立校といかない。

当然お嬢様学校とも異なる普通の高校であるため、俗に言うお嬢様が本当にいた場合には学校側もどう対処して良いか分からず言われるがままになってしまっても仕方がないと思われる。

ヴァルキリーの実質的な長、花鳳撫子は本物のお嬢様である。

庶民の生態や思考を学び、いずれ人の上に立つときの糧にせよという家長の命により壱葉高校に入学したわけだが、

学校にも自分がくつろげる部屋を用意したいとわがままではなく懇切丁寧に願い出て、正式な手続きに基づいて学校側に校舎一階最奥の空き教室を提供させた。

ポケットマネーで作り替えられた室内はかつて教室と同じ作りであったことなど分からないくらいにきらびやかだ。

撫子は部屋の中央のテーブルにつき、付き人である海原緑里の淹れた紅茶で優雅にティータイムをしていた。社会勉強のために入ったのにちゃっかり自分の空間を作る箱入り娘であった。

「困りますよ、美保さん、良子さん?勝手なことをされては。」

口調も表情も穏やか、それでも叱責を受けた神峰美保と等々力良子はビクリと身を震わせた。

撫子はソーサーにカップを乗せる時にわずかに音を立ててしまったことに顔をしかめたが、2人は自分たちのしたことに怒っているのだと勘違いして青ざめた。

ついでに紅茶を淹れた緑里も味が悪かったのかと誤解して青ざめた。

「で、でも、インヴィは絶対に危険です!」

「そうです。インヴィは人畜無害そうな顔して頭が切れるからししししし…」

「獅子身中の虫ですか?」

「そう、それです。絶対にやめた方がいいですよ!」

良子が息巻いてテーブルを叩いた際に紅茶が少し零れたことにため息を漏らして撫子は2人に目を向けた。

「あなた方お2人がそう仰るのですからインヴィさんは大層賢しい方なのでしょう。ですがお2人は殺すつもりでお会いになったのでしょう?命を狙う者に組みしろと要求されたところで首を縦に振るとお思いですか?」

「う!」

「それは…」

好戦的な2人は今さら気付いて目を泳がせた。

「一度わたくしたちのヴァルキリーという組織について理解していただいた後、それでも誘いを拒むのであれば致し方ありません。葵衣。」

パンパンと手を叩くとちょうどドアから下沢悠莉と共に海原緑里の双子の妹、海原葵衣が入ってきた。

「お呼びでしょうか、お嬢様。」

「ええ。インヴィとの会談の席の用意をお願いするわ。」

葵衣は両手で持っていた段ボール箱を足元に置くと手帳を取り出して一発で今月の予定を開いた。

「それでしたら本日はディオン様にご予定がおありのようですし明日はお嬢様がお稽古の日、明後日はいかがでしょうか?」

「それで構いません。場所はここヴァルハラで構わないでしょう。」

スッと、撫子から対角線の位置に腰掛けていたヘレナ・ディオンが目を細めた。

「どこの誰かわからない男をこのヴァルハラに入れるというの?冗談じゃありませんわ!」

「そうです!男なんて野蛮で臭くて低能なサルですよ。病気が移ります。」

ヘレナに便乗して捲し立てる緑里を宥めつつ撫子は立ち上がって窓辺から外を眺めた。

「ヘレナさんの仰ることもわかります。ここは戦乙女の園、ソルシエールを持つ乙女だけが入ることを許された楽園です。しかし彼を招き入れるためには全てを明かさなければ信頼は得られないとわたくしは考えています。」

「しかし…」

撫子の言いたいことはわかるが納得しきれないヘレナは不満を露にする。

葵衣を除く他の面々も程度の差はあれ否定的な様子だった。

撫子は残念そうにため息をついて頬に手を当てた。

「仕方がありませんね。インヴィとの会談はわたくしと葵衣で行います。場所もどこかゆっくりと話のできるところで致しましょう。」

「そんなのダメです!男と撫子様を一緒にしたらきっと…あああ!」

緑里が勝手に妄想で暴走するのを葵衣が止めに入る。

「あの、花鳳様。私も同席させていただいてよろしいですか?」

手をあげたのは悠莉だった。

良子が目を見開いて驚いている。

「インヴィのまだ大人の男性になりきれていない感じがわりとタイプなんです。そんな子に少しずつ痛みを与えて私に服従するように躾ていく。ああ、なんて甘美なことでしょうか。」

想像だけで恍惚の表情を浮かべる悠莉の左目が朱に染まる。

「悠莉、それはちょっと悪趣味じゃない?」

「そうでしょうか?ふふふ。等々力先輩も躾甲斐がありそうですよね。」

暗い笑みを浮かべて笑う悠莉に別種の恐怖を感じた良子は文字通り飛ぶように部屋の隅まで一瞬で逃げ出した。

「ふふふ、怯えてしまって。かわいいですね。」

「うわー、くるな!」

冗談か本気かわからない下沢と本気で逃げ回る等々力に室内が騒がしくなる。

「リョーコ、ユーリ!静かにしなさいな!」

「良子先輩、安らかに眠ってください。」

「勝手に殺すなー!」

「撫子様、危ないです!」

「姉さん、どさくさに紛れてお嬢様に抱きつかないでください。」

かしましいを通り越した混乱、それを

「みなさん、お静かに。」

撫子はただの一言で静まらせた。

追う者、追われる者、騒ぐ者、宥める者、その誰もが口をつぐみ足を止めた。

そうさせるだけの威厳が撫子にはあった。

「では明後日、わたくしと葵衣、悠莉さんがインヴィとの会談を行います。異論は…」

もはや誰も口を挟む者はいない。

最終的な決定権は撫子に委ねられているのだから。

「ありませんね。それでは、皆も揃いましたし本日のスイーツに致しましょうか。」

葵衣が持ってきた段ボールは世を忍ぶ仮の姿、中からは最高級と名高い名店のロゴが入った箱が出てきた。

いさかいも喧騒も甘いものの前ではたちどころに収まってしまう、女性にとって甘味とは麻薬のようなものである。

(さて、インヴィはどう出るのでしょうか?)

撫子は和やかな輪を眺めつつすでに先を見据えていた。


夢を見た。

荒廃した世界で僕は誰かと向かい合っている。

相手の顔はぼんやりとしていてよく見えない。

ただ何となく女の人だと思う。

本当に僕が関わる人は女の人ばかりだ。

これは以前に見た夢の続きなのだと思った。

彼女は何かをしゃべっているが僕の耳には届かず風に流れる砂の音しかしない。

(ここはどこ?)

僕の声すらも声にはならない。

彼女は舞い上がる砂塵の向こうに霞み…


「何なんだ、あれは?」

気がつけば目が覚めていた。

寝起きだというのにクリアな思考で夢について思う。

(一面がどこまでも続く砂漠なんて本当に実在するのか?)

現実の砂漠を知らないから分からないがあの場所はそういったものとは違う気がした。

女性に対しても主だった情報はない。

「シルエットも、僕が知ってる人にはいないんだよな。」

久住さん、中山さん、東條さん、芦屋さん、作倉さん、明夜、羽佐間先輩、神峰、下沢、等々力、その他母や先生なども違う。

「あれすらも起こりうる未来なのか?」

僕は窓の外に目を向けた。

…いつもより太陽の射し込む角度が高いような気がする。

ギギギと錆びたブリキのオモチャのように振り返れば物言わぬ時計は逆L形をしていた。

…ぶっちゃけ、超アウト。


「僕はそのうち目が覚めなくなるのかもしれない。」

「例の病気なんだろ?遅刻の言い訳があるなんていいよな。」

深刻な悩みっぽく言ってみたけど芳賀君はまったく心配する様子も見せずに笑っていた。

それに芳賀君の言う通りInnocent Visionのせいで昏睡していたようなものなのだから仕方がないとしか言いようがない。

昏睡といえば先日、謎の昏睡事件の被害者が目を覚ましたらしい。

まだ話せる状態ではないとのことでコメントはなかったがどういった証言がなされるのか興味深い。

僕としては犯人の目星がついているので複雑でもあった。

(羽佐間先輩。)

あの日以来、羽佐間先輩には会えていない。

学年が違うし欠席なども多いようなので仕方がない。

しかしあの惨劇が起こるまであと2日しかないことを考えるとのんびりしているわけにもいかなくなってきていた。

今日はなんとしても先輩と会わないと。

そんな決意を持って挑んだ昼休み。

決死の覚悟でファイブガールズ警戒網を突破し、上級生からの奇異の視線に晒されながらどうにか羽佐間先輩の教室に到着した。

軽く中を覗いてみたが羽佐間先輩の姿はない。

だけど諦めるのはまだ早い。

今は昼休みだから昼食に行っているだけかもしれない。

出てこようとしていたちょっと気の弱そうな眼鏡の先輩に尋ねてみることにした。

「すみません、少しいいですか?」

「はい?」

「はざ…」

まだ「ま」まで言い切っていないのに先輩は声にならない悲鳴をあげて後退った。

明らかに怯えた様子で、よく見れば周りも程度の差はあれ同じようなものだった。

「は、羽佐間さんは今日は来てないけど…」

どうやら羽佐間先輩はいないらしい。

ならばここに用はない…のだが、このままでは誰にとっても好ましくない。

ほんの少しお節介をしてみたくなった。

「先日不良に絡まれてるところを助けてもらったのでお礼を言いたかったんですが、仕方ないです。また出直します。」

周囲からは

「あの羽佐間が?」

「一緒になっての間違いじゃないか?」

「不良を叩きのめしたかっただけだろ。」

と戸惑う声が聞こえてきた。

(これで少しは変わるかな?)

こんなのは自己満足だし本人にとっては迷惑かもしれない。

それでも僕が助けられたのは事実なのだから評価されていいはず。


“人”は、1人では生きてはいけないのだから。


決意も空振りで思いの外早く用事が済んだ僕が戦線が一段落してハズレ商品だけになった購買でパンを買って教室に戻ると何やら騒がしい。

教室を覗いていた生徒は僕を見てにやにやしているし一部男子は睨んできた。

と言うことは

(また、女の子か?)

明夜という可能性もあるがそれは以前にもあったので騒がれるのは少し違和感がある。

僕と行き違いになった羽佐間先輩が訪ねてきたとも考えたが僕は名乗っていないし、

何より“あの”羽佐間先輩がクラスにやってきたらいくらよく知らない1年生とはいえ色めき立つとも思えない。

(もしかして、ヴァルキリーか?)

神峰や下沢、等々力、他のメンバーも含めて少なくとも表面上繋がりはない。

彼女らの誰かがいる可能性が一番高かった。

(いよいよ来たか。)

等々力の一件以来音沙汰なかったからそろそろだろうと思っていた。

どんな展開を期待しているのかワクワクした様子の野次馬の間を抜けて教室に入ると

「待ってたよー。」

知らない女の子が僕の席に座って手を振っていた。




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