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Innocent Vision  作者: MCFL
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第135話 レイズハート

黒原君デーモン化の後、黒原君が倒れていてそれに驚いた叶さんも倒れてしまったという説明で先生を呼んだ僕は黒原君の容態もあって病院で見てもらうことを推奨、一緒に救急車で病院に向かった。

診察の結果幸い2人とも命に関わるようなことはないそうで過労か貧血だろうとの診断だった。

大事を取って一晩入院となったため先生は家族に連絡すると言って席を外した。

叶さんには聞きたいことがあったのだが目が覚めないなら仕方がない。

僕は帰ろうと足を踏み出して…芦屋さんの病室に向かった。

すでに面会時間は過ぎているのでこっそりと向かう。

(端から見れば変質者だな。)

そう思いつつ芦屋さんの病室に到着、音に気を付けながらノックをする。

「…誰ですか?」

小さなノックだったが芦屋さんは拾ってくれた。

返事をするのはまずいので無礼を承知で室内へと滑り込んだ。

「半場?」

「こんばんは。」

本を読んでいたらしい芦屋さんは当然のように驚いていたが

「責任を取ってくれるなら夜這いでも歓迎だよ。」

意外とあっさり受け入れてくれた。

冗談だと思いたいが笑顔が逆に本気っぽい。

「芦屋さん、実は僕が目を潰したこと根に持ってて責任取らせたいんでしょ?」

ついそんなことを考えてしまった。

叶さんと違って僕は人を完全に信用できない。

芦屋さんは困ったように笑って手を横に振った。

「あー、そんな風に受け取られちゃったか。そうじゃないよ。」

芦屋さんは左手を目に、右手を左足に伸ばしてなんとも言えない表情をした。

「あたしは足も目もこんなになっちゃったしその原因にソルシエールなんて人には話せないような力まで関わってきてる。それに、叶ほどじゃないけどあたしも初対面の人とか苦手で、そういう性格って出会いに向かないじゃない?」

芦屋さんはモジモジと足の上で指を捏ね回す。

ベッドライトの明かりなので暗いが頬も赤く染まってるように見えた。

「その点、半場はあたしの事情を全部知ってるし半場の事も知ってる。男子の中じゃ一番好きだし、それに若干負い目も感じてくれてるって弱味も握ってるしね。」

冗談めかしてニッと笑っているがその前に男子で一番好きとか然り気無く告白されました。

「…全人類的には何番目くらい?」

「親友たちの次くらい。」

「超えられない壁を感じるよ。」

「あはは。」

本気にしろ冗談にしろここは曖昧なままでいい。

どのみち戦いが終わったら去るつもりの僕に約束は重すぎる。

それが将来的な約束なら尚更だ。

「それで、こんな時間にどうかしたの?」

本題を振られて夕方の戦いを思い出してしまい表情が固くなるのを感じた。

それを読み取った芦屋さんの表情から笑みが消える。

「どうやら、楽しい話って訳じゃなさそうだね。」


僕は今日あった戦いを芦屋さんに説明した。

黒原君がジェムと融合してデーモンになったこと、叶さんの光が黒原君を救ったこと、改めて説明してみるといかに荒唐無稽な話か実感した。

だが芦屋さんの存在も非日常に位置するため笑い飛ばすようなことはない。

「叶の光?」

「僕にも何が起こったのかわからない。叶さんに不思議な力があるって思ったことはない?」

僕よりも長い付き合いの芦屋さんなら何か知ってるかと思ったがほとんど悩むことなく首を横に振った。

「全くないよ。」

「そうだよね。」

もし普段の生活で見られるならとっくに気付かれているはずだ。

結局のところ叶さん本人に尋ねるしかないようだ。

「そういう不思議な力のことなら太宮神社の巫女さんに聞いてみたら?」

「琴さんか。」

確かに巫女と言えば神職だし琴さんの家系に至っては"太宮様"という予言の力まである。

禍々しいソルシエールの朱い光とは正反対の暖かな光、あるいはあれは神の力なのかもしれない。

「そうだね。明日にでも聞いてみるよ。」

そろそろ帰るために出口へと向かう。

「半場。」

背中にかかる芦屋さんの声に僕は振り返らずに動きを止める。

「叶をお願い。」

「…友達だからね。」

僕は振り返らず、芦屋さんのお願いもはぐらかして病室を後にした。

どうにか病院を抜け出した僕は"Innocent Vision"の皆に今日の戦闘についてメールした。

「ジェムが人の中にいる、か。…大変なことになりそうだ。」

下弦の月が笑う。

それはまるで魔女が嘲笑っているようだった。



陸が帰宅している頃、ローテーションでジュエルを警護しているヴァルキリーの神峰美保は建川にいた。

ついさっき最後の1人を送り届け終えて帰るところだ。

「いつまで続くのよ?まったく。」

この警護はジュエルが襲われるかもしれないという理由で行っている守りである。

つまりはジェムが来ない可能性も十分にあり、いつ来るかもわからないジェムを待ち続けるのは気の短い美保には苦痛だった。

「もっと敵の本拠地に乗り込んで大暴れとかの方がいいわね。」

文句を言ったところでジェムに本拠地があるのかも不明なので後手に回る外ない。

そんな状況に美保は焦れていた。

「ジェム出ないかしら?今ならギタギタにしてあげるのに。」

わりと危険な言動を呟きながら美保は住宅街の路地を曲がった。

暗い夜道に恐れることはない。

だが、道の先にある点滅する外灯の下に人影が見えたときにはさすがに肝を冷やした。

美保は眼鏡の奥の瞳を細めて闇の向こうを見る。

(幽霊じゃないわよね?)

ゆっくりと警戒しながら近づいていく。

変質者ならぶん殴り、ジェムなら叩き斬る準備をしながら前へと進む。

ある程度の距離まで近づくと顔が見えてきた。

「あれ?確かジュエルの…」

そこにいたのは今日壱葉で家まで送り届けたジュエルの1人だった。

声をかけても返事がない。

美保は気を悪くしながらも警戒心を緩めていた。

「せっかく家まで送ってあげたんだから大人しくしてなさいよ。」

苛立ちをぶつけて頭を掻く。

ジュエルの少女はやはり答えない。

「ちょっと聞いて…」

シュン

「ッ!?」

近づいて肩を叩こうとした瞬間、美保の獣のような直感が体を後ろに動かした。

体スレスレを通り抜けていく鋭い何か。

ポトリと制服のリボンが地面に落ちた。

「何すんのよ!?」

(ジュエルはヴァルキリーに逆らえないんじゃなかったの?)

チカチカと外灯が光った。

その手にあったのはジュエルじゃない。

刃のように鋭く伸びた爪だった。

「…ヴァルキリー…偉そう…憎い…」

ボソボソと怨み言を呟いた少女の体が暗闇の中で変化していく。

次に明かりがついたとき、そこにいたのは少女ではなかった。

「ジェム!?」

「あああああ!」

右手の爪だけがサーベルのように伸びたジェムが美保に襲いかかる。

「くっ!スマラグド!」

状況は理解できなかったがここで負けるなんて真っ平御免だと美保はスマラグドを取り出して振り下ろされた爪にぶつけた。

「なに、この力!?」

少女のものとは思えない力強さにギリギリと押される。

「このぉ!」

押し返して距離を取った美保は眼前の存在を睨み付ける。

(これはもうジュエルじゃない。こいつは敵!)

認識の変化で朱色の瞳の輝きが増す。

スマラグドの刀身に翠色の光が纏う。

「敵は殺す!」

「ヴァルキリー!」

振り上げた刃と爪がぶつかり合いギィンと甲高い音を奏でた。

再び距離が開いたところでジェムは爪を美保に向けたまま肘を後ろに引いて突きの構えを取った。

そのまま突き出すと不可視の衝撃が咄嗟に回避した美保の脇を抜けていった。

「音震波!?クォーツのジュエルね。」

系統が似ていれば技も似通ってくる。

ジェムが使ったのはまさに音震波だった。

(ジュエルの力を使えるジェム。最悪ね。)

「だけど!」

美保はニッと笑みを浮かべて前に出る。

ジェムは続けざまに音震波を放つがステップで左右に移動しながら前進する美保には当たらない。

「羽佐間由良の音震波はもっと広くて速いのよ。この程度であたしを仕留められると思うわないことね!」

不可視の空気の弾丸を美保は避けて迫る。

ジェムは焦っているのか乱発するだけで狙いが甘い。

普段は刀身から光を撃ち出しているが纏えば斬撃の威力は増す。

「これで終わりよ!」

決着の一撃をジェムは爪でガードするがビシリとヒビが入る。

勝利を確信して力を込めた美保の耳に目の前の少女の嘲るような声が聞こえた。

その内容は


「スーパーソニックショック」


(な、に…)

美保は朦朧とする意識で顔に張り付いた地面を見ていた。

(スーパーソニックショック…超音振…こんな、技まで。)

効果範囲は狭いが直撃を受けたら本家と何も変わらない。

三半規管の異常で立ち上がることもできない。

意識があるのが奇跡的だった。

「ククク…無様…」

まだ意識があるのかジェムになった少女は美保を嘲笑いながらゆっくりと近づいてくる。

美保なはその足だけしか見えない。

「がっ!」

ゲシッと美保の背中が蹴られてくぐもった声が口から漏れた。

「…憎い…なんで私が…憎い…偉そうに…」

絶好の勝機にジェムは怒りや憎しみをぶつけるように蹴り続ける。

「ぐっ、ふっ…」

その度に美保の口から空気が抜けるような声がする。

ジェムはそれを聞いてはニタリと笑いよりいっそう強く蹴る。

美保はグラグラと人形のように揺すられ蹴られながらはっきりとしない意識で考える。

(あたしは…何をしているの?)

見えるのは足と揺れる地面。

感じるのは背中に走る痛み。

聞こえるのは怨嗟の声。

(うる、さい。)

美保の中に一つの火が灯る。

(ジェムが、ジュエルが、あたしを笑うな…)

それは矜恃。

美保を美保たらしめるプライドが現状を許さない。

手にはスマラグドの感触がある。

ゆっくりと力を取り戻しつつある手を握り込む。

「い、…」

抉るような蹴りに意識が飛びかけたが唇を噛んで耐えた。

口の中に血の味が広がり頭がカッと熱くなる。

「いい加減にしろぉ!」

握ったスマラグドが光を放ち、光刃がジェムを弾き飛ばした。

「!!」

完全な死角からの一撃に受け身も取れず弾き飛ばされたジェムは起き上がり、そして見た。


幽鬼のようにゆらりと立ち、左目を煌々と輝かせた修羅の姿を。


「レイズハート(rays hurt)」

光刃、『光の傷』と名付けられた翠の刃が飛ぶ。

だが三半規管の異常によって完全ではない美保の狙いはずれていてジェムは余裕でかわしていく。

「ヴァルキリー…憎い…殺す…」

「こっちだってね、わざわざ警護までしてあげてんのに守ってる奴から殺られるんじゃやってらんないわよ!」

ガリガリと頭を掻いた美保は苛立たしげにトントンと足を打つ。

「だからあたしに意思のある兵なんていらない!」

美保がスマラグドを天に向けて振り上げる。

直後、周囲の空間が一斉にエメラルドグリーンに輝き出した。

驚くジェムが見たのはさっき外れていったレイズハートが滞空して輝いている姿。

それはまるで美保の命令を待っているようだった。

「スペリオルグラマリー、スターインクルージョン。」

ブンと振り下ろされるスマラグド。

「切り刻みなさい!」

縦横無尽に迫る光の刃にジェムは恐怖しつつもスーパーソニックショックを放つ。

空間の振動で光の刃が消滅する。

荒い息を繰り返しながらも勝ち誇った笑みを浮かべたジェムは


先ほどの倍はあろうかというレイズハートを見て笑みを凍りつかせた。


「レイズハートはあたしの力が尽きるまで生みだし続けられるのよ。さあ、あたしが倒れるまで生きていられるかしら?」

獰猛な獣のような目で不敵に笑う美保にジェムとなってなくなったはずの恐怖が生まれた。

「あ、あ…助け、て…」

命乞いを始めたジェムに不満げな目を向けスマラグドを突き付ける。

身構えた背後からぶつけられたレイズハートによってジェムは地面に投げ出された。

見上げれば弱者を虐げ、見下す気高き獣が壮絶な笑みを浮かべて立っていた。

「命乞いなんて聞きたくないわ。さあ、最後まであがいて見せなさい!」

美保は乱雑にスマラグドを振るう。

美保の意思で意のままに動く光刃はジェムが消滅する時までその肉体と心をズタズタに引き裂いたのだった。

「弱いくせに、喧嘩を売っていい相手かどうかの見極めが足りなかったわね。」

もはや塵一つ残さず消滅したジェムの最後にいた場所を一瞥した美保は高笑いをあげながら夜の町に消えていった。


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