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Innocent Vision  作者: MCFL
134/189

第134話 Demon

魔女は砂嵐の世界に佇む。

朝も昼も夜もなく、ただ一定の風が絶えず吹いてわずかに砂を舞わせるだけの閉ざされた世界。

「…クッ。」

魔女の口の端がつり上がり小さな声が漏れる。

それは怒りか笑いか、閉ざされた瞳では判断がつかない。

この夜の来ない世界に月はない。

だが、あちら側では朔が近づいている。

「いよいよ、終わりの時は近い。」

太陽すらもあるのかわからない分厚い雲を通して差し込んでくる日差しは砂の大地に魔女の影を映し出す。

影は少女の形ではなかった。

化け物のようなシルエットが裂けたような口で笑う。

「そろそろ準備を始めるとしましょうか?ククク、ハッハッハ!」

何もない世界で魔女は高らかに笑う。

この呪わしき世界から解き放たれる時を思って。



最近"Innocent Vision"は集まって行動していない。

未来地図は渡してあって連絡も取り合っているがそれぞれに時間が合わないのだ。

そして困ったことに、会えなくても活動に支障はないので困らない。

各自が勝手に動きつつも総合的に見れば"Innocent Vision"として正しい活動を続けているというおかしな状態だ。

(ここのところ由良さんが学校で見ないけど何やってるのかな?蘭さんも自主登校だからいないみたいだし。明夜はいつも通りだけど。)

明夜もあまり訪ねてこない。

愛想つかされたかなと自分で考えて落ち込みつつ、今日も叶さんといる。

「ごめんなさい、陸君。手伝ってもらって。」

「別に大丈夫だよ。」

僕は先生に呼ばれて仕事を頼まれた叶さんの手伝いをしていて今はプリント束を抱えている。

「でも黒原君が仕事を放棄したなんて珍しいですね。裕子ちゃんは…まあ、仕方がないですけど。」

「はは。」

仕方がないで済ませて良いのか?

そのとばっちりが叶さんに向かうのだから困ったものだ。

「先生が最近の黒原君が怖いから頼み事をしづらい言ってたね。いつ頃くらいから?」

「最近あまりクラス委員の手伝いをしていなかったのでよくわからないです。」

憐れ、黒原君。

叶さんにとって君はクラス委員らしい。

今日の仕事はプリントをホッチキスで止める作業。

是非ともそういう作業は機械に任せた方が良いと思うのだが学校のプリンターにそこまでの機能はないらしい。

別に職員室近くの部屋でもよかったがついつい教室にまで戻ってきてしまった。

数人の女子が残っていたが

「あらあら、2人で共同作業なの?それじゃあ後は若い者に任せて。」

とか言いながら帰っていった。

絶対に明日良からぬ噂が流れるに違いない。

叶さんは特に気にした様子もなく背中を見送ると僕の方に振り返り握りこぶしを作った。

「それじゃあ始めましょうか。」


カサカサ

トントン

パッチン


これは単純作業。

カサカサと数枚のプリントを集め、トントンと紙を揃えるために机に当て、支給されたホッチキスでパッチンと角を留める。


カサカサ

トントン

パッチン


揃っているようでずれている2つの音が教室にかすかに響く。

「…ふふ。」

そこに混ざった叶さんの楽しそうな笑い声。

「どうかしたの?」

単純作業で思考が平坦になりかけていたので良い刺激になった。

「入学式の時からの夢だったんです。陸君と仲良くなってこうして一緒に何かをする事が。」

ささやかな夢だ。

普通の学生なら叶さんが少し勇気を出せば簡単に実現しそうな夢を僕たちは1年近くかけてようやく叶えた。

「叶さんらしいね。」

「私らしい、ですか?」

僕の言いたいことがわからないらしく僕を見て首をかしげる。

実に素朴で優しい気持ちにさせてくれる。

だけどそんなことは恥ずかしいので言わない。

「うん、叶さんらしい。」

「?」

叶さんは詳しく聞き出そうとしたけど僕はのらりくらりとかわして白状しなかった。

こんな風にじゃれ合うこと、もしかしたらこれが叶さんの夢だったのかもしれない。

それからは叶さんが話題を振ってきて話して、作業よりも雑談の割合が増えていき、作業が終わる頃には世界は赤い夕日に照らされていた。

「遅くなっちゃいましたね。」

職員室に資料を届けた時に先生がなんとも言えない表情をしていたのが気になったがすぐに思い至った。

2人きりの放課後、時間のかかった作業からそういうことを連想してもおかしくはない。

そんなことは全くもってなかったわけだが。

「暗くなると危ないから送っていこうか?」

「…お願いします。」

以前なら慌てて断っていただろう叶さんも今は恥ずかしがりながらも受け入れてくれている。

それがジェムを警戒しての事なのか僕との関係が変化したからなのかはわからないが良い傾向だと思う。

2人で並んで歩く距離も雰囲気もぎこちなさはなくなってこういうのが普通の学生なのかなと思う。

(ずっとこんな日々が続けばいいのに。)

そう願うこともある。

だけど僕は"化け物"で


運命が僕に平穏を許さない



職員室から昇降口へと続く廊下。

窓から差し込む真っ赤な夕日に照らされた昼と夜の境目。

ただ1つの出口へと向かう僕たちの前に、それは現れた。

「黒原君?」

叶さんも気付いてその名前を呼んだ。

不思議に思うのも無理はない。

彼がいるならば本来僕たちはさっきまでの作業をしていなかったはずなのだ。

僕は背中に嫌な汗をかいていた。

黒原君が何をしていたかじゃない。

なぜここにいるのかを疑問に思った。

黒原君は俯いていて顔は見えない。

それがいっそう彼の不気味さを際立たせていた。

「どうしたんで…」

「叶さん。」

近づこうとした叶さんの手を握って止める。

その瞬間、

「くっ!」

射殺されそうな視線が叩きつけられた。

発したのはもちろん黒原君だ。

顔をあげた彼の両目が夕日とは違う朱色に染まっているように見えた。

ゾクリと悪寒が走る。

あの目を僕は知っていた。

(ジェム?)

だけどあり得ない。

あれは間違いなく黒原君だ。

「陸君、怖い。」

「下がって。」

ようやく黒原君の異常に気づいた叶さんが怯えだし僕は庇うように前に出た。

「半場陸ゥ!」

怨嗟の叫びが大気を震わせる。

もはや人の成せる業ではない。

(どういうことだ?ジェムが黒原君に擬態していたなら気付かないはずがない。)

ふとジェムが人を喰らう行方不明事件を思い出した。

ジェムの行動、生態を常識に当てはめてはいけない。

(はじめ人からジェムを作ったときは不完全で強くなかった。その後のジェムは人ではない何かから作っていたみたいだけどソーサリスには敵わなかった。なら、もっと強いジェムを作るにはどうするか?ジェムも原理がソルシエールと同じなら強さは負の感情に依存する。人ならざるジェムに感情があるとは思えない。ならどうするか。)

答えに至る自分の思考が嫌になる。

(…人をジェムの苗床にする。人を人にしたまま力だけを蓄えて、最後に…ジェムを産み出す。ジェムは喰ったんじゃない。人に憑りついたんだ。)

夕日に影が指した。

色を失った灰色のフィルターの向こうで

「おおおお!」

黒原君が、変容した。

ボゴリと筋肉が不自然に盛り上がり、肩胛骨の辺りからは人にはない異形の翼が飛び出し、裂けた口に並ぶ牙からは粘着質な唾液が滴り落ちる。

その姿はもはやジェムではなく悪魔(デーモン)と呼ぶべき存在だった。

(産むんじゃなく、融合した!?)

「きゃあああ!」

叶さんの悲鳴と同時にデーモンと化した黒原君が翼を羽ばたき浮き上がった。

狭い廊下で器用に飛びながらかなりの速さで迫ってくる。

「ッ!Innocent Vision!」

悩んでいる暇もなくInnocent Visionを発動。

朱色の世界でデーモンの動きを見る。

(爪。)

僕は叶さんを抱き寄せながら地面に倒れ込む。

僕の頭の上を指が2倍くらいに伸びた黒原君の爪が通り抜けていった。

そのまま風を引き連れて突き抜けていったデーモンは廊下の先で旋回して再び戻ってくる。

その間に立ち上がった僕は一瞬の中でいくつもの未来を見る。

左目が熱くなり脳までが熱を持ったように感じる。

「はあ、はあ!」

「陸君、どうしたの!?」

急激な使用の反動でスタンIVを使った時のような疲れが襲ってきた。

だけどその甲斐あって黒原君を無力化することは出来そうだ。

(だけど、僕に黒原君を助けることは出来ない。)

その先の未来は見なかった。

だから今は目の前に迫るデーモンを倒すことだけを考えていればいい。

デーモンが飛来する。

今度は地面スレスレを飛んでくるあたり今までのジェムよりも賢い。

あるいは頭は黒原君のままなのかもしれない。

「陸君!」

「大丈夫。」

僕は鞄からボールペンを取り出す。

そんなもので何ができるとデーモンが小バカにしたように笑った気がした。

(やっぱり黒原君か。)

元が人だったという認識を追い出してデーモンを睨み付ける。

「いけっ!」

ボールペンを投擲。

目を狙って投げたペンは想定通りの軌道で飛んだ。


当たっても命に支障が出るわけのないボールペン。

だが当たり所が悪ければ目くらいは潰れる可能性がある。

構わず突き進むこともできるだろう。

だがデーモンは速い飛翔をしている。

相対速度で強化されたペンの威力はバカにできないかもしれない。

そうなればどうするか?

避けるか叩き落とす。

だがたかがボールペンを避けるなど矜恃に関わること。

よってボールペンを叩き落としそのまま頭を握りつぶしてやる。


トレースした思考の通り、そうして振り下ろされたデーモンの腕はボールペンを砕き、直後に発生する一瞬の死角である正面から鞄をガードに使ってタックルを叩き込んだ。


「ぐぅ!」

緩衝剤として鞄を挟んだが自転車が追突してきたような衝撃に肩が砕けそうになる。

だがそれ以上の衝撃がデーモンの顔に直撃したのだ。

鞄の向こうで鼻が折れたらしい衝撃が伝わってきた。

「ごあああ!」

牙も折れたのか床に転がり落ち、僕の体を弾き飛ばしながらもんぞりうって地面に墜落した。

「きゃあ!」

「叶さん、下がって!」

起き上がろうとしたデーモンが叶さんに手を伸ばした所で僕が背後から馬乗りになり鞄に入れておいたスタンガンを両手で逆さに持ちスイッチを入れながら背中に叩きつけた。

「ギッ!」

衝撃と電撃でデーモンは震え、そのままうつ伏せで廊下に倒れ伏した。

完全に沈黙したのを確認してから僕はデーモンの背中を離れて立ち上がる。

「陸君!」

叶さんがすがり付いてきたのを受け止める。

不安げな眼差しで僕を見たあとその視線をデーモン、黒原君に向けた。

「…黒原君を、どうするの?」

僕は視線を逸らす。

罪の意識を感じながらも生き残るための選択をする。

「目を覚ませばまた襲ってくる。それにジェムになった人が元に戻るとは思えない。だから、殺すよ。」

「ッ!?」

叶さんが息を飲んで両手を口に当てた。

僕は叶さんから離れて携帯を取り出す。

明夜にでも連絡しようとした僕は

「やっぱり駄目です!」

飛びかかるようにして迫ってきた叶さんに携帯を掴まれた。

「…それならどうするの?あの姿の黒原君を人間だと思う?」

酷だとは思うが僕たちは戦わなければならない。

たとえ大切な人が立ち塞がろうと、戦うしかないのだ。

「…。」

叶さんは力なく手を離してくれた。

分かってくれたのかと思ったがそのままデーモンに近づいていったので慌てて駆け寄る。

「いつ起きるかわからないから近づいたらダメだ!」

「…でも、黒原君なんです。」

叶さんは、泣いていた。

「クラス委員で真面目に頑張って、手伝いの私にも優しくしてくれました。それがなんでこんなことに。」

その無自覚が招いたこと、なんて言うわけがない。

悪いのは魔女なのだから。

叶さんはデーモンの手を包み込んだ。

「…黒原君。」

ポタリと叶さんの涙が手に落ちた。


涙の雫がはじけた瞬間、叶さんとデーモンが淡く儚い黄色の光に包まれた。


(なんだ、これ?)

叶さんは祈るように目を瞑り手を握りしめていた。

その手を基点に黒かった肌の色が肌色に、変容した体が元に戻っていく。

光が収まったとき、黒原君は完全に元に戻っていた。

驚きを通り越して訳がわからない現象に動くことも出来ない。

夕日が沈み校舎に明かりが点ると黒原君が薄く目を開いた。

「作、倉、さん。僕は…」

「今はゆっくり眠ってください。」

優しい笑みに黒原君は安堵したように瞳を閉ざした。

「叶さん、君は…いったい?」

僕の問いには答えず、叶さんも体を傾けて倒れてしまった。


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