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Innocent Vision  作者: MCFL
133/189

第133話 変わっていくもの

"Innocent Vision"にもたらされた災厄と魔道の襲来、ヴァルキリーにもたらされたジェムの狙う人物の特定法。

両組織共に一歩ずつ前進を果たしやる気を充足させていた。

だが戦いの予兆を感じながらも"Innocent Vision"、ヴァルキリー、ジェムの間には散発的な接触しかなかった。


そして週末、土曜日の午前中授業が終わった僕の前に叶さんがやって来た。

「行きましょうか、陸君。」

そう呼ばれた日は教室内で阿鼻叫喚が巻き起こったが数日経った今はさすがに落ち着いてきた。

「…」

「…」

八重花とか黒原君が呪いの隠ってそうな目で睨んできている以外は。

一緒に来た久住さんも苦笑いしている。

「最近よく一緒だけどデートとかじゃないんだっけ?」

それは何度か聞かれた。

「違うよ、裕子ちゃん。琴先輩が…」

「あー、はいはい。」

そして何度も同じ説明をしているので久住さんは適当に切り上げた。

「でもいつの間にか半場君から陸君に変わってたからね。何かあったと思うじゃない?」

「あったよ。琴先輩と陸君がお友達になって、私も友達だから名前で呼ぼうってことが。」

これが真実なわけだが面白味にかける話にクラスメイトは瞬く間に興味を失っていったというわけだ。

「それにしても神社に行ったって面白いことあるの?」

鞄を持って出口に向かう僕たちに掛けられた声に叶さんは笑いながら振り返る。

「琴先輩は寂しがり屋さんだから。それに美味しいお菓子とお茶が出るの。」

本当に嬉しそうな叶さんを見てクラスメイトが脱力しながら行ってらっしゃいと見送ってくれたのだった。


「今日は琴先輩のところじゃないんですけどね。」

僕たちは神社とは逆の方向に進んでいた。

向かう先は病院。

もちろん芦屋さんのお見舞いだが2人で病院に向かうなんて言ったら

「まさか産婦人科か!?」

と反応するに決まっている。

実際に由良さんは似たような事を言っていた。

「今回は筋トレグッズはいいんですか?」

「…。」

叶さんに悪意が無いことは理解している。

しているが…古傷を抉られてガクリと気落ちする。

「もう許してください。」

「え?だって真奈美ちゃん、すごく喜んでますよ。入院前より握力上がったって言ってました。」

「…2人の優しさが身に染みるよ。次は鉄アレイとかかな?」

「あはは。」

結局フルーツを買って病院に行き、叶さんが看護師さんと話をして芦屋さんの病室に向かった。

だけどドアを開ける前に立ち止まり神妙な顔で僕を見た。

「…やっぱりノックはマナーですよね。」

どうやら先日の琴さんとの件を言っているようだ。

コンコンとノックすると室内から返事があった。

「こんにちは、真奈美ちゃん。」

「お久しぶり。」

病室に入ると芦屋さんはまさにハンドグリップを使っていた。

その場で土下座してしまいそうになった。

芦屋さんは僕たちの荷物をきょろきょろと見て

「そろそろ新しい筋トレグッズが来る頃だと思ったけど?」

「いろんな意味でごめんなさい!」

結局、僕は土下座をするのだった。


土下座した僕を2人は宥めてくれてどうにか落ち着いた僕は席についた。

「半場の前で筋トレグッズのことは禁句だね。」

「う、うん。」

小声で何か話していたがよく聞こえなかった。

気を取り直して声をかける。

「元気そうだね。」

「まあね。リハビリしてるから体も動かせるしね。」

「ジュエルの力を使って?」

意地の悪い僕の質問に芦屋さんは曖昧に微笑んだ。

「…そうだ。義足があるんだよ。」

話を逸らすように芦屋さんはベッドの脇に目を向けた。

そこにはプラスチックだかで作られた足型のパーツが置かれていた。

立て掛けてあるので独りでに立ってるようでちょっと不気味だ。

「まだ退院しないのに早くない?」

「うちの両親がいつ退院しても平気なように入院した頃に作ってもらうように依頼したんだって。本来は足の怪我だけだったからそんなに入院しない予定だったけど結局目のこともあったから義足の方が先に出来たんだ。」

説明しながら芦屋さんは手を伸ばして義足を取り、カチカチと取り付けていく。

「よいしょ。」

立ち上がろうとしたがふらついてベッドに尻餅をついた。

「もう1回。」

芦屋さんはもう一度立ち上がろうと力を込め、バランスを崩しそうになりながらも二本足で立ち上がった。

「おっとと。まだ慣れてないからかフラフラするね。アルミナみたいにがっしりしてくれてる方がよかったな。」

「普通金属製にしたら重くて歩けないよ。」

芦屋さんは笑い、よたよたと危なげな調子で病室をゆっくりと歩く。

隣でハラハラしていた叶さんは結局見ていられずに寄り添って歩き出した。

「無理しちゃダメだよ?」

「無理じゃないよ。」

確かに最初はバランスを掴むのに苦労しているようだったが暫く歩いているうちにだいぶ慣れたように見えた。

「4月までには退院できそうなの?」

「多分…いや、絶対に退院するよ。でも、もし留年したらその時は半場と一緒だね。」

力強く答えた芦屋さんは、困ったように笑いながら付け加えた。

僕はその頃きっと壱葉にはいない。

だから僕は何も答えられなかった。


それから看護師さんの巡回検診に合わせて帰ることにした。

「叶さん、そろそろお暇しようか?」

「そうですね。またお見舞いに来るからね。陸君、忘れ物しないようにしてくださいね。」

「叶さん、陸君、ね。」

芦屋さんがベッドの上で嬉しそうな顔をしていた。

それについて聞いてみようと思ったけど看護師さんを待たせていたので僕たちは挨拶を交わして芦屋さんの病室をあとにした。

「真奈美ちゃん、どんどん元気になっていてよかったです。」

病院からの帰り、叶さんは嬉しそうだった。

「早く登校してこれるといいね。」

「はい。裕子ちゃんに久美ちゃん、八重花ちゃん、それに真奈美ちゃんで全部元通りです。」

それでいい。

八重花を叶さんたちのところに返せば僕がいなくなっても大丈夫。

「それに琴先輩と明夜ちゃんと、ちょっと怖いですけど羽佐間先輩と江戸川先輩。」

それがいい。

"Innocent Vision"のみんなだって戦いが終わったら普通の女の子に戻る。

「それに…」

これですべてが終わったあとの憂いもなくなったと後ろ向きに安堵していた僕は優しく包み込まれた手の感触に震えてしまった。

叶さんが僕の手を両手で握っていた。

「陸君もですよ。わかってますか?」

分かっていなかった。

叶さんの優しさの深さを。

叶さんは何かを失う勝利なんて求めていない。

誰もが幸せになれる、そんな理想を信じている。

それはとても小さく儚いけれど暖かな光。

「そう、だね。分かってる。」

泣きそうになるのを少しだけ叶さんの手を握り返して押し止めながら笑う。

「だから、気を付けてくださいね。」

僕たちはなんとなく手を離すのが名残惜しくて分かれ道まで手を繋いで帰るのだった。



ヴァルキリーは八重花の発見したジュエルの成長度が高い者ほどジェムの襲撃を受けやすいという事実を踏まえ、危険度の高いジュエルの重点的な警戒に移行した。

当人たちにも茜の体験談を交えて注意を促し1人で行動しないよう呼び掛けていた。

そしてここ数日で着実に成果を示したことで哨戒をローテーション制にするところまで漕ぎ着け、ジェム対策は一段落がついたと言えた。

だが、今日のヴァルハラは人が少なかった。

「あら、リョーコだけですの?」

進学関連で職員室に寄っていたヘレナがヴァルハラに顔を出すと良子しかいなかった。

良子はバレー部のユニフォームで昼食の弁当を食べていた。

飲食禁止ではないがエレガントではない、正直に言ってしまえば粗暴な食べ方の良子を見て目尻をひくつかせながらヘレナは席に座った。

だが待っていたところでお茶の一つも出て来はしない。

青筋が1つ浮かぶ。

「アオイは仕方がないにしてもナデシコとミドリはどこですの?」

苛立たしげな疑問の声を聞いた良子は口に含んでいた食物をゴクンと飲み下した。

自分で話しかけておいてなんだがあれは体に良くないと思うヘレナ。

「撫子先輩と緑里はジュエリアの再生産がどうのって電話しながら出ていきましたよ。なんか葵衣が回してた仕事の方でトラブったとかで行かないと分からないとかなんとか。」

「アオイの仕事をミドリがすべて引き受けるのは荷が重いでしょうに。」

葵衣の有能さを改めて自覚しつつ良子の隣の席に目を向ける。

「ミホとユーリはどうしました?」

「悠莉が今日のローテーション当番で美保は付き添いだそうです。ジェムが相手とはいえ悠莉のソルシエールは守りながら戦うのは大変ですからね。守りだけじゃ勝てませんし。」

「相変わらず仲がよろしいことで。」

そういうことなら仕方がない。

ヘレナは最後に睨み付けるようにして最後の席に目を向けた。

「それで、ヤエカはどうですの?」

良子は苦笑を浮かべて肩をすくめる。

「さあ?」

「さあ?じゃありませんわ!人数的にリョウコがヤエカとペアなのですからしっかり手綱を握っていなさい!」

ヘレナの叱責はもっともだがその話題は良子にとって禁句だった。

ダバッと滝のような涙を流し始めた良子を見てヘレナは3メートルくらい飛び退った。

「八重花は、八重花はあたしに冷たいんですよ!インヴィには笑うのにあたしには冷たい目ばっかり向けて。」

「それは、ヤエカがインヴィを手に入れると豪語するくらいですから愛しているのでしょう?好きな方には笑顔くらいダース単位で振り撒きますわよ。」

正論だが良子は怯まない。

「それだけじゃないんです!クラスメイトの仲の良い友達には冷たいツッコミを入れたりするんですけど優しいんですよ。あたしの心に氷の刃を突き立てる八重花の言葉とは思えないんです。うう、八重花の友達が憎い。」

ギリギリと歯軋りする良子を見てヘレナはため息を漏らす。

「手を出したらヤエカに殺されますわよ。」

「ほら、ここにも扱いの差があるじゃないですか!」

癇癪起こした子供みたいに叫ぶ良子をウザいと思いながらも今さら部屋を出ていける雰囲気ではなかったので覚悟を決めた。

「さらにさらに、なんか八重花のとこのジュエル。最近ジェムに襲われたっていうあのジュエルが八重花にべったりなんですよ!こっちは本気で酷いこと言ってるんです。」

「なら良いじゃありませんの。」

「でも、それが強くするためにあえて厳しく当たってるように見えるんです。可愛い子には旅をさせろとか獅子は子を谷底に突き落として這い上がってきた子を育てるとか、そんな感じなんです!」

(よく見てますわね。方向性を決定的に間違えてはいますが。)

ほとんどストーカーレベルの良子に呆れつつ現在の情報を総合する。

陸にはデレ、友達には優しく、子飼いのジュエルには厳しくも将来性を見据えた指導。

そして良子には心に氷の刃を突き立てるような態度。

「…単純にリョーコがヤエカに嫌われているだけじゃありませんの?」

「やっぱり!?」

ガクッと膝から落ちた良子は床に伏してさめざめと泣く。

ヘレナは難しい顔で整った顎のラインを撫でた。

「…ヤエカは、本当に信頼できますの?」

良子はうつ向いたまま答えない。

「ヤエカは最初に言った通り、インヴィを手に入れるためにヴァルキリーを利用する気しかないように思いますわ。初めからワタクシたちに心を開くつもりなんてないのではなくて?」

「…ッ。」

良子もわかっている。

八重花がヴァルキリーのメンバーと仲良くなる気が無いことくらい、一番近くでよく見ているのだから。

それでも東條八重花に惚れ込んだ良子は振り向いてほしくて努力した。

けれど結局八重花の心は微塵も変わることなく陸を追っている。

良子の入り込む隙間なんてどこにも存在していない。

「…こういうの、失恋て言うんですかね?」

「女性相手に使うのかは知りませんわ。ただ、broken heart、心が壊れるような痛みを感じているのなら、それは恋だったのかもしれませんわね。」

ヘレナは自分の言葉に苦笑を浮かべて席を立つ。

この場にいる意味はもうない。

ヘレナは静かにヴァルハラの門を閉ざし、中から聞こえてくる声が外へと聞こえるのを防ぐ。

「変わっていきますのね、いろいろなものが。ですから、その前に決着をつけさせていただきますわ、"Innocent Vision"。」


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