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Innocent Vision  作者: MCFL
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第132話 ジュエルの目覚め

八重花ジュエルその1は建川の町を歩いていた。

時刻は夜の8時過ぎ。

八重花の指示で建川に来た彼女はジェムに狙われている証拠を挙げるために撒き餌として投入されて町を散策していた。

その姿は気弱そうで八重花のジュエルになる前のようでもあった。

そして八重花はあんパン片手に彼女の後を尾けていた。

(いつ出てくるかわからない相手を待つのは大変ね。警察官を見直すわ。)

現実にあんパンとパック牛乳で張り込みをする刑事がいるのかは定かではないが今の八重花はまさにそんな感じだった。

ただし、周囲から見れば制服姿でこそこそと同じ学校の生徒を付け回している姿は怪しい以外の何者でもなく

「ちょっと君いいかな?」

「…はい?」

本物さんに声をかけられてしまった。



ジュエルその1はふと足を止めて振り返った。

「今、八重花さんの声が聞こえたような気がしたけど?」

だがそこには人の波があるだけで探していた人の姿はない。

突き放したように見せて実はこっそり見守ってくれているかと期待したがいなかったため肩を落とした。

ちなみに現在八重花は物陰で職務質問中である。

「やっぱり自分の力でなんとかするしかないのかな?」

気弱ながらも八重花に名前を覚えてもらうために前向きに考えた彼女は視線を前に戻そうと振り返り


店と店の間の路地に怪しく煌めく異形の瞳を見た。


「ヒッ!?」

冷や汗さえも凍りついて全身の体温が奪われたようだった。

震えるのはきっとその寒気のせいだと変な納得の仕方で現実をねじ曲げ、視線を無理矢理外す。

「ッ!」

ダッ

ジェムが見えなくなった瞬間、彼女は全力で駆け出した。

道行く人たちが何事かと首をかしげるが気にしてなどいられなかった。

(出た!本当に来た!嘘うそウソー!?)

頭は恐怖で染まりパニックになっていた。

とにかく早く、少しでも遠くへと行かなければならないという衝動が足を動かした。

(いやー!)

悲鳴を上げる力すらも惜しむようにジュエルは夜の町を駆けていく。



「ちっ!本当に出た!」

八重花は駆け出していくジュエルを見て舌打ちをした。

「出たって何のことだい?」

警察官は職務に準拠しているだけだ。

だが今はこの拘束が人の生死を分けている。

八重花は熱くなりかけた頭の奥底にある冷静な部分で現状を打開する案を導き出す。

「ストーカーです。私は彼女に頼まれてストーカーがいることを証明しようとしたんです。」

八重花の剣幕に警察官はたじろぐ。

「しかしそういうのは警察が…」

「まだ未確認のストーカーの存在に対して警察がきちんと動いてくれるんですか?」

「そ、それは…」

痛いところを突かれて警察官は返事できなかった。

警察は何かが起きてからしか動けない。

それならば多少危険でもその何かがある証明を用意するのが最良だと考えるのも無理はない、と思わせる。

「彼女が逃げました。きっとストーカーを見掛けたんだと思いますから、失礼します!」

「あ…」

警察官に制止される前に八重花はすり抜けるようにして駆け出した。

警察官は追っては来なかった。

「ストーカーに違いはないけど手が早い。なんとか持ちこたえるのよ。」

何だかんだでジェムの出現を喜ぶよりも彼女の心配が先立つ優しい八重花であった。



ジュエルその1は息を切らせながら町を駆け抜け、とうとう体力の限界を迎えて足を止めた。

「はあ、はあ、…ここ、は…?」

無我夢中で走ってきたため周りを見る余裕もなかった。

それでも大通りをまっすぐに走っていただけなのだから変な場所に出るはずがない。

「…え?」

だが彼女が見たのはビルのコンクリートの壁に囲まれた見知らぬ路地裏だった。

恐怖と同じくらいの困惑が頭を真っ黒にする。

膝をついて動くこともできず顔をあげた彼女が見たのはゆっくりと近づいてくる人型の化け物、ジェム。

「あ、あ…」

奥歯がカチカチと音を立ててぶつかり合う音が聞こえる。

同じような路地裏の戦場で、ゴルフ場での大戦でジェムと戦ったことがあったがあの時は狩る側だったし仲間もいた。

だが今は狩られる側の獲物だ。

「そ、そうだ。ジュエルを、ジュエルがあれば。」

もはや心を支えているのはジェムと同様に日常とは異なる力であるジュエルだけだ。

震える手を前にかざしていつものようにジュエルを顕現させるイメージを作り上げる。

「来て、アルミナ!」

幾度もの戦いを潜り抜けてきた相棒の名前を呼ぶ。

だが、左目に力が宿る感覚も手に出現する確かな重みもない。

「なんで…なんで出ないの!?」

叫んで手を振り回すがアルミナは現れない。

最後の救いが失われ、残されたのは戦う力のない一般人と

「ハアァァ…」

獲物を捕えようと体勢を低く構えたジェムだけだった。

「い、いやー!!」

魂を震わせるような悲鳴は、誰の耳にも届かない。


「があああ!」

「きゃー!」

襲いかかるジェムを彼女はどうにかかわしていく。

ジュエルによる強化がないとはいえ戦いを経験してきたため見切る目が鍛えられてきたのだ。

だがそれは恐怖を持続させる行為に他ならなかった。

「ぐうぅぅ…」

避けられてジェムの気配から余裕が消えた。

「や、やだよぉ。」

彼女はすでに戦士ではなく化け物に震える少女でしかなかった。

必死に手を突き出してアルミナの名を呼ぶが現れる気配はない。

「があああ!」

ジェムが大地を蹴って飛び上がり、彼女を屠らんと襲いかかった。

「助けて!誰か!」


「唸れ、ドルーズ!」


その声は背後から。

前方から迫っていたジェムは炎から逃れるように距離を取っていた。

ジュエルは振り返る。

そこには信じていた八重花と、"Innocent Vision"の明夜の姿があった。

八重花はドルーズを左腕に纏いながら彼女へと駆け寄る。

「どうしてジュエルで応戦しないのよ?」

安心させる言葉も遅れた謝罪もなく八重花は叱責する。

それでも声は優しくてジュエルは安堵で涙を流した。

「ジュエルが、アルミナが、出てくれないんです。」

鼻を啜りながら嘆くジュエルの頭をポンと叩いて八重花は顔を前に向ける。

明夜も両手の剣を構えて八重花の隣に並んだ。

「ここに連れてきてくれたことは感謝してるけど、ここから先はやらせて貰うわよ?」

「わかった。」

明夜はあっさりと引いて後ろに下がった。

八重花は警戒して唸るジェムを睨みながら顔を歪める。

(ジュエルが出ないって。もしかしてジュエルの制約のせい?)

ジュエルはヴァルキリーへの謀反を防止するためにヴァルキリーの為にしか力を使うことができないように調整されている。

だから今回のように独断で自分のために力を振るうことは出来ないのである。

(本当の恐怖を感じてもジュエルが発現しないんじゃ成長するわけがないわ。)

ジュエルの在り方に憤り、八重花は隣のジュエルに目を向ける。

「名前は?」

「…え?」

涙に濡れた少女は何を聞かれたか分からなかった。

「あなたの名前は?」

「桐沢茜、です。」

八重花はその名を刻み込むように瞳を閉じ、

「茜!」

八重花らしからぬ激しい叫びをぶつけた。

「は、はい!」

驚きながら返事をする茜に八重花は目を開けてドンと自分の胸を叩いた。

「茜のジュエル、私の為に使いなさい。」

「え、えと?」

「いいから!」

「はい!」

活を入れられて茜の背筋が伸び上がる。

その表情に先ほどまでの恐怖はない。

隣を見れば厳しくも優しく見守ってくれている八重花の姿がある。

それだけで勇気が沸いてきた。

(私は八重花さんみたいに強くなる。力も、心も!)

グッと握りしめた拳に沸き上がる力を感じる。

(八重花さんのために、)

「出なさい、アルミナ!」

叫びながら振るった手が止まったとき、その手には装飾に乏しい武骨な西洋剣が握られていた。

左目が朱に輝きを放ち全身に力が漲る。

その表情が喜色に染まった。

「アルミナが、アルミナが出ました!」

「そう。なら、後はどうすればいいか分かるわね?」

八重花は茜の背中を軽く叩いて下がる。

不安げに振り返ることはしない。

後ろには尊敬する八重花がいて、手には力の象徴であるアルミナが握られている。

そして目の前にはジュエルの発動で動揺するジェムがいる。

(敵を、倒す。)

ジュエルとしての根元の思考は

(八重花さんのために!)

思いを受けてより強い力を生み出す。

朱色の輝きが増し、アルミナが光を纏った。

「…すごい。」

かつてない力の充実に茜が歓喜の呟きを漏らした。

その背後で八重花と明夜もまた驚いていた。

(茜はやっぱり初めの時にグラマリーの片鱗を見せていたのね。)

(ジュエルにもグラマリーを使う人が出てきた。)

「があああ!」

ジェムが大地を蹴る。

「やあああ!」

茜もアルミナを手に前に出た。

ジェムの爪とアルミナがぶつかり合いかん高い音を上げた。

ジュー

「ッ!?」

ぶつかり合ったジェムの爪が焼かれたように異臭を放ちジェムは弾かれたように距離を取った。

アルミナを覆う光がジェムを傷つけたのだ。

その事実に気付いて茜は前に飛び出す。

「たああああ!」

振るう剣の軌跡を光が追う。

ジェムは脅威的な身体能力で縦横無尽にかわしつつ生まれた隙をついて襲撃した。

「くっ!」

茜もまた強化された能力を駆使して回避する。

間合いを取って相手の出方を窺う両者の力は拮抗しているように見えた。

「そろそろトドメよ。あなたのグラマリーの力を私に見せてみなさい、茜。」

「はい!おおおおお!」

しっかりと返事をした茜はアルミナを見よう見まねの正眼に構えて気合いの声を上げる。

アルミナに纏っていた光が膨れ上がり暗い路地裏の空間を明るく染め上げる。

振り被った刃が光に包まれ

「エクス…」

「却下。」

「…。でぇい!」

技名を却下されたが気合いの隠った一撃は光の刃となり離れた位置にいたジェムを縦一文字に切り裂いた。

ジェムは光に晒されて砕けるように消滅していった。

「はあ、はあ。…やった。私、ジェムを…八重花さん!」

喜びを抑えきれず振り返った茜は

「…。」

「…。」

武器こそ構えていないもののいつ戦いを始めてもおかしくないほどに切迫した雰囲気の八重花と明夜を見て息が詰まった。

その迫力たるや先ほどの茜の戦いの比ではない。

「朝から茜をつけ回していたわね?」

「うん。」

八重花の質問に明夜は素直に答える。

陸ならば隠さないだろうという観察結果だ。

「ジェムが茜を狙った理由を聞かせてもらうわよ?」

八重花の追及に明夜は空に目を向けた。

ジェムの消滅で人を寄せ付けないフィールドが砕けていく。

気が付けば表通りの脇の路地で車や雑踏の音が聞こえてきた。

「ジェムは人の持ってる魔力を食べてる。」

「魔力…。まさか、行方不明者は…?」

コクンと頷いて明夜はグッと地面を踏み込んだ。

そのまま三角跳びで屋根の上に登ってしまう。

「待ちなさい!」

明夜は一瞥すると八重花の制止を聞かず屋根伝いにどこかへ行ってしまった。

「…ふぅ。」

明夜の気配が完全になくなったのを確認して八重花は息をついた。

振り返ると気配に飲まれて放心した茜がいる。

「次の相手は明夜ね。」

「ええ!?」

「何を驚いてるの?"Innocent Vision"は敵なんだからいずれ戦うことになるわよ。」

そこはヴァルキリーの皆さんが、とは言えない下部組織ジュエルの茜。

落ち込んだ茜を見ながら八重花は明夜の言葉を反芻する。

(魔力という概念は理解できた。ジュエルの成長も個々の魔力の大小に左右されると考えれば説明がつく。あとは魔力の見極め方だけど…とりあえずはジュエルの中で狙われる人を探すしかないわね。)

一般人の方は"Innocent Vision"に任せておけばいいと信頼ではなく利用の意味で納得する。

「ん?」

見ると茜がニヤニヤした顔で八重花を見ていた。

「何?」

「ついに八重花さんが私の名前を覚えてくれましたね!」

「…」

窮地に追い込まれていた意識を引き上げるためには名前を呼んで激励するのが効果的だと思って聞いたのだが茜はすっかり認められたと勘違いしているようだった。

「しかもジュエルを、私の為に使いなさい、なんて。お姉様と呼んで良いですか?」

「却下よ。」

冷たく否定しても茜は動じない。

「えへへ。」

だらしなく目尻を下げてニヘラと笑っている。

「とにかく今日は帰るわよ、…茜。」

「はい!」

子犬のように寄ってくる茜に八重花は微笑んでいた。

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