第130話 後ろ向きの決意
昼休み、いつもならみんなでご飯に行くところだが叶が準備をしたころには八重花と陸は教室を出ていこうとしていた。
(別々に出ていっちゃったけど、まさかこっそり会うとか?)
昨晩見たドラマでそんな感じの展開があったので変な想像を働かせる叶。
「叶さん、いらっしゃいますか?」
「琴先輩。」
ドアを見ながら思案していると制服姿の琴が入ってきた。
まだ着なれていないのかしきりにスカート丈を気にしている。
「昼食をご一緒にいかがですか?」
「あ、はい。」
チラリと振り返ると裕子と久美は頷いたり手を振っていた。
叶としては一緒にどうかと誘おうと思っていたのだが見送られたのなら仕方がないと諦めた。
「どうかなさいました?」
「いえ、大丈夫です。どこに行きましょうか?」
「お弁当を作ってきましたので茶道室に行きましょう。」
琴の作ったお弁当を楽しみにしながら2人は茶道室へと向かった。
琴が持っている茶道室の鍵で扉を開けると畳の匂いがした。
部屋の中央に腰を下ろすと琴は手に提げていた弁当を真ん中に置き包みを開いた。
「はぁ、重箱です。」
「ちょうど良い大きさの箱が見つからなかったもので。」
二段の重箱の蓋を取れば一段目にはちらし寿司、二段目には純和風なおかずが詰めてあった。
「季節外れのおせち料理みたいですね。」
叶的には驚きすぎてリアクションが取れないだけだったが琴にはそれが反応が薄いと見えていた。
「このようなお弁当はお嫌いですか?」
「?おせち料理は好きですよ。」
「良かったです。」
琴は安堵し取り皿と箸を渡す。
最初は遠慮がちに取っていた叶だったが
「あ、すごくおいしい。」
気が付けば箸が進んでいた。
二段のお重を食べきったら今度は茶道室らしく日本茶を振る舞われる。
至れり尽くせりな対応に叶はご満悦だ。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。」
「お粗末様です。」
弁当を片付けて後は昼休みの終わりまでのんびりとお茶を、そんなささやかな幸せの余韻は
「叶さん。」
琴の真剣味を帯びた言葉で引き締まった。
叶は空気が変わったのを感じて女の子座りから正座へと居住まいを正した。
琴が制服の懐から取り出したのはもう見慣れた和紙。
「"太宮様"の占いですか?」
「はい。今朝、突然"太宮様"が予言をされました。」
カサリと広げられた紙に目を向け、神託を告げる巫女は言霊を紡いだ。
「壱葉の地に災厄が降りる。人は嘆き、邪が蔓延り、大地は魔道へと下るであろう。」
室内の空気が冷えたような錯覚がした。
占いと呼ぶには断定的でまさに予言と呼ぶに相応しい。
「まるでノストラダムスの大予言のようですね。」
琴自身がそれを認めて息をついた。
「よくわからないですけど怖いですね。具体的にはどんな内容なんですか?」
「…わかりません。ただ、私の占いでもそう遠くない未来に凶の運勢が出ていますので恐らくは今月中に何かが起こるのでしょう。」
災厄、魔道。
不吉な単語の羅列に言葉を失う。
「避ける事は出来ないんですか?」
未来に不幸なことが起こると分かっているならその未来を回避できればいい。
人が占いにすがるのはそういった側面がある。
叶の提案に琴は曖昧に首を横に振った。
「災厄となれば元凶が存在するはずなのですがそれが何か判明しないのです。元凶を取り除くことができればあるいは救いの道も拓かれるかもしれません。」
現状では打つ手なし、災厄へと進んでいくという事実が2人の口を重くしていく。
茶道室の外は平穏な日常なのにここだけが重たい空気に満たされているようだった。
「…半場君。」
「はい?」
「半場君に聞いてみてはどうですか?違うものが見えるかもしれませんし話し合えば何か見つかるかもしれません。」
叶は名案とばかりに明るくなったが琴は懐疑的だった。
「魔道へと下る、それは彼らの力を指している可能性があります。そうなるともしかしたら災厄の元凶が彼である可能性も…」
「それならやっぱり半場君に話すべきですよ。半場君が災厄を起こしたいわけがないんですから。」
信じきった言葉に琴はすべての反論を封じられた。
「…分かりました。半場陸さんとお話をしましょう。今日の放課後にお呼びすると連絡していただけますか。」
「はい。」
ちょうどチャイムが鳴った。
立ち上がってドアへと向かう叶の背中に
「壱葉から逃げるという選択もあったでしょうが、叶さんはそれを選ばないのですね。」
琴が何か呟いた気がして振り返ったが当人は片付けを終えて立ち上がるところだった。
「参りましょうか。」
「はい。」
琴が呆れるほどに強く成長した叶もまた運命のゲームに立ち向かうように足を踏み入れていく。
災厄の日はもう目前まで迫ってきていた。
昼休みにも陸と明夜はジュエルの動向を調査していたが八重花もべったりと張り付いていた。
「急にどうしたんですか、八重花さん?今朝は待ってくれてたし昼も一緒に。もしかして名前を聞いてくれる気になりました?」
八重花ジュエルその1は期待に瞳を輝かせるが
「聞いてほしいなら勝ってみなさい。」
八重花はいつも通り。
しょぼんと落ち込みながらカツを頬張るその1だった。
(あっちにいるのはりくと明夜。一緒にご飯ってわりにはこっちを見てるわね。…もしかしたら当たりを引いたかしら?)
他のジュエルのデータが得られなかった八重花が頼ったのは自分の目だった。
合宿の時に見せた戦いぶり、そして見間違いかと思っていたが刀身が光を放ったように見えた事、そしてジュエルとして八重花の下で戦っていた成長度合いを自らランク付けしてこのジュエルその1が怪しいと睨んだのだ。はっきり言って勘と変わらないが"Innocent Vision"も注目しているとなると一気に信憑性が増した。
(ジュエルの成長度合いが何に影響されているのかは分からないけれど、その要素が狙われた理由と見て間違いなさそうね。)
確信が強まれば後は結果を示せばいい。
「ジュエルその1。」
「はひ?」
カツを銜えたままのジュエルが目をぱちくりさせる。
八重花はため息をついて手を振りさっさと食べるように促す。
「はい、何です?」
「あなた、ジェムに狙われてるわよ。」
八重花はまったく包み隠さずに伝えた。
その1はしばらく硬直した後神妙な顔で
「マジで?」
と訊いた。
「マジで。」
八重花も真顔で返す。
数秒見つめ合い、ジュエルその1は乾いた笑みを浮かべた。
「私、もうすぐ死ぬんですね。それならせめて…八重花さんに名前をー!」
「落ち着きなさい。」
襲いかかる勢いで胸に飛び込んできたジュエルその1の顔面を八重花は押さえ込んで押し留めた。
「うわーん。死にたくないよー!」
「死ぬと決まった訳じゃないでしょ。」
本気で泣くジュエルその1を適当に宥めてどうにか落ち着かせる。
周囲の視線を集めていたことに気付いてジュエルその1は縮こまった。
「私の見立てでは近いうちにジェムに襲われるわ。でも狙われると分かってるなら迎え撃つことも出来るでしょ?」
「…確かに。でも準備できてもジェムに勝てるんですか?」
少しだけ気を持ち直したがすぐにまた不安げになる。
当初の予定では一緒に行動してジェムを誘き出して殲滅するつもりだったが
(この子からは等々力先輩と同じ匂いがするわ。)
優しくするとすぐに付け上がる性格だと先ほどまでのやり取りで把握したため考えを改めた。
「気が向いたら助けてあげるけど、そんなだといつまで経っても私には勝てないわよ?」
援護を滲ませつつ自力で何とかしろと突き放す。
八重花の意見はジュエルその1の命が危険に晒されている点を除けば概ね正しいので反論できず唸り出した。
あとはどう転んでも後をつけてジェムに襲われたらしばらく傍観し本気で危なくなったら助けに入るという流れに落ち着くので八重花は別のことに頭を傾ける。
(誰が狙われるかは分かったとしてもあくまで防衛策、魔女を倒す根本的な手段にはならないわね。)
八重花は何気ない仕草で陸たちのいる方に目を向ける。
目が合うと陸は愛想笑いを浮かべつつ視線を逸らした。
明夜はジッと見つめたままだが監視してるのか目を開けたまま寝てるのかはわからない。
明夜は八重花にとってもよくわからない子なのだ。
(ジュエルの成長とは違う方法でこの子に行き着いたりくに聞くのが一番早そうね。もしかしたら先に進む糸口が見えるかもしれない。)
陸を敵と認識していない八重花は陸からも情報を得る選択肢が存在する。
(でもそれは、りくを捕まえてからゆっくり聞けばいいかもしれないわね。)
その根底は実にソーサリスらしいと言えた。
今日の放課後辺りに仕掛けてみるかと想像して心踊らせていた八重花は
「半場君。放課後琴先輩が話があるって呼ばれたんですけど大丈夫ですか?」
「あー、うん、わかった。」
その後教室に戻ったところであっさりと野望が潰えて机に突っ伏すのであった。
(尾行は明夜に任せる。送信。)
授業中にこっそりメールを送信した僕は黒板を見ながら八重花に目を向ける。
(僕があのジュエルを監視してることが八重花に気付かれた。ここで僕が尾行を続けるとこっちが狙われかねないからね。明夜ならうまくやってくれるだろう。)
そのまま視線を叶さんへ。
(僕の状況を知って助けてくれたわけじゃないと思うけどタイミングがよかったな。琴さんの根回しか?)
というかこの間これ以上踏み込んで来ないでと強く言ったはずなのに叶さんも琴さんも何を考えているのか。
自覚が足りないようならもう一度忠告しておかなければならない。
僕に取り巻く状況はすでに危険な領域に達してしまっているのだから。
(…)
それでも、変わらない笑顔を向けてくれることを喜んでいる自分がいることも自覚している。
(叶さんなら、僕みたいな"化け物"でも受け入れてくれるかもしれない。)
そんな淡い期待、もはや妄想の域に達した幻想を抱きそうになる。
僕は頭を振って雑念を払う。
(僕の勝手な都合や思い込みで一般人の叶さんを巻き込むわけにはいかない。やっぱりもう一度忠告しよう。)
僕は心に明確な壁を作り上げる。
これは壁にして鎧。
魔女やヴァルキリーと戦うために"人"を捨てるための覚悟。
(勝っても負けても、どちらにしろ僕の居場所はない。だからせめて僕が知り合った人たちは何事もなくいてほしい。)
それは独善的だとわかっている。
それでもInnocent Visionの力は"人"として生きるにはあまりに危険だから、僕はこの戦いが終わったら壱葉を去るつもりだ。
出来損ないの気まぐれな夢はいつだって僕に幸せな未来を見せてはくれない。
いつも血と争いと死ばかりを見せる魔眼。
この力がいつか大切な人たちの不幸を写し出してしまうのではないかと不安に思う。
その不幸が現実になった光景を直視できるほど僕は強くない。
だから逃げ出すのだ。
僕が誰も知らない、誰も僕を知らない場所へと。
(そのためにも、去る前に後顧の憂いは絶っておかないと。それがみんなにしてあげられる最後のこと。)
先日幸せかどうかを決めるのは本人だから受け入れてみたらどうだと助言してくれた由良さんを否定するのは心苦しいが決めたことだ。
(どんな力を手に入れても、結局僕は1人なんだ。引きこもっていたあの頃と何も変わっていない。)
あの頃から分かっていたはずなんだ。
僕は"化け物"でどんなにうまく誤魔化したって"人"の中では生きていけないのだと。
(…もしもInnocent Visionなんて力がなかったらどうなっていたのかな?)
Innocent Visionがなければ予言はできないから皆から変な目で見られることはない。
だけど明夜や由良さん、蘭さんとの交流はInnocent Visionがなければ生まれなかったし、叶さんとの出会いも多分変わっていて今みたいに好意を抱いてくれることはなかっただろう。
そうなると久住さんや中山さん、芦屋さんとも友達になれたか分からず、多分八重花も僕に興味を持たなかった。
ヴァルキリーの面々とも出会うことはなく、もしかしたら芳賀君しか友達がいない高校生活になっていた可能性だってある。
そう考えると自嘲的な笑いが漏れた。
(Innocent Visionの縁ばっかりだ。半場陸は本当に魅力のない人間だな。)
証明終了。
僕はいなくてもいいんだ。