第129話 闇の魔の手が狙うもの
今日も夜が訪れ、闇に紛れてジェムが現れる。
ジュエルだけでなく一般人を襲うジェムの行動は未来地図を作製してジェムの動向を把握している僕でも理解できない。
昨日ヴァルキリーに襲撃されたこともあり、今夜は自宅待機で出現場所の指示を出していた。
『こっちは終わったぞ。』
「了解。それで今日は全部のはずだよ。お疲れさま。」
由良さんからの連絡で本日のジェム捕り物は終了。
特に話し合う事態にはなっていないのでそのまま解散となった。
撃墜マークを地図に書き入れてみればジェムの出現は壱葉から倉谷、建川のエリアに集中していることが分かる。
(すでにゲームは始まってたってことか。)
椅子の背もたれに寄り掛かって頭を上げる。
(魔女の探し物のためにジェムが動いているのだとしたら探してるのは人?ソルシエールを使える人間を探しているのか?)
ソルシエールは強い負の感情を糧に発動する。
ならばジェムで追い回すことで恐怖を煽り、そこから怒りを引き出そうとしているとも考えられる。
これならジュエルを襲う理由にはなる。
(だけど被害者はジュエルだけじゃない。しかも女の子だけじゃなくて男の人も襲われているんだよね。)
カモフラージュとも考えたがそれにしては襲われたジュエルの数が少ない。
半数以上が一般人なのだ。
(そうなると共通点があるのか?年齢や性別に法則は見られない。)
特定の場所に行ったことがあるとかになってくると警察や探偵のように各個人の行動を調査しなければならなくなる。
それは"Innocent Vision"全員で当たっても到底不可能なことだった。
「あー、行方不明者と被害者の詳しい情報なんて手に入るわけないよね。」
八重花は「エクセス」を起動させて初期に行方不明になった人たちのデータを閲覧していた。
性別や年齢だけでなく名前や顔写真、経歴、しまいには行方不明当日の行動まで記されていた。
八重花は極力出所を考えないようにしながらデータに目を通していく。
「渡航歴まであるわね。でも何人かは国内から出たことがないみたいだから海外で共通の事件に関わったケースは消えた。」
八重花は独自にジェムの出現パターンの割り出しを行っていた。
反則ツール「エクセス」で個人情報を引き出してみたがこれといった共通点は見られない。
「やっぱりジュエルの方から調べた方が早そうね。」
八重花は中年男性のデータを閉じて被害にあった3人のジュエルのデータを開いた。
こちらは葵衣から貰ったものだ。
内容は先ほどのデータと遜色ないほかジュエルとしての詳細な情報が記されていた。
「山本勝美、鮫島胡桃、大橋南。山本と鮫島は2年生だけど大橋は1年生。出身中学も違うし、3人に特に接点はないわね。」
個人情報単位での共通点は他の被害者と同様に見当たらない。
八重花は次のシートを開く。
それはまるで通信簿のように名前と所属部隊、戦闘における能力のランク、コメントが書かれていた。
「ゲームのパラメーター画面みたいね。」
それゆえに比較しやすいとも言えた。
「パワー、スピード、体力…本当にゲームね、これ。ジュエルの形状、ジュエルの練度…」
いくつかの項目を比べてみたが片やパワータイプ、もう一方はスピードタイプ。
ジュエルの形状にも共通点はない。
やっぱりこれでも分からないかと匙を投げ掛けた八重花はふとある項目に目を止めた。
画面のスクロールの関係で見えていなかったのをマウスから手を放したときに動いてしまったようだった。
「ジュエルとしての成長度。同時期にジュエルを手に入れたものと比べてジュエルを扱う技巧に関する成長が早い。あるいは鍛えればグラマリーを扱えるようになる可能性が高い、ね。」
八重花は食い入るように画面を見ながらトントンと指で机を叩く。
(3人だけじゃデータが少なすぎるわ。海原先輩がいれば最近襲われたジュエルのデータを回してもらえたのに。タイミングが悪いわね。)
それでも八重花は獲物を射程圏に納めた獣のように笑みを浮かべていた。
煮詰まったので風呂でサッパリとしてから部屋に戻ると携帯にメールの着信があった。
「明夜からだ。えーと、今からそっちに行く…」
コンコン
狙いすましたようなタイミングで叩かれた窓の外に目を向けると明夜はすでにそこにいた。
閉め出しておくわけにも行かないので部屋に招き入れる。
「どうかしたの?もしかして何かあった?」
明夜もジェムの応対に出向いていたから傷を負ったのかもしれないと不安になった。
明夜は曖昧に首をかしげるとコートを脱いでベッドに座った。
「陸に話がある。」
昨日の蘭さんとの会話もあって少し緊張しながら机の椅子に腰かけた。
お茶を出そうかとも思ったが下には両親がいてお茶を2つも淹れていたら不審がるに決まっている。
明夜はもともと正規の手段で入ってきた訳じゃないから尚更だ。
「陸はジェムが誰を狙ってるかわかる?」
明夜が口にしたのはまさに僕が行き詰まっていた話だった。
「わからない。何を基準に狙ってるのかさっぱりだよ。」
明夜は頷いた。
明夜がここに来た理由はつまり
「ジェムがどういう人を狙ってるのか分かったの?」
つい期待に身を乗り出してしまったが明夜は曖昧に頷くだけだった。
「合ってるかどうかわからない。だから陸が決めて。」
今度は僕が頷いた。
手がかりさえ掴めていない現状では小さな糸口でさえもありがたい。
「ジェムは魔力の高い人間を狙っている。」
長い話になるかと身構えていたらいきなり核心を突きつけられた。
だがそれは非常に分かりやすくもあった。
「つまりジュエルだけじゃなくて一般人にも魔力を持っている人がいるってこと?」
そこについては専門外なので聞くしかない。
明夜は頷いた。
「魔力はいろんな人が持ってて大小がある。ソルシエールとジュエルは持ってる魔力を強くすることができる。」
それでジュエリアを持っていても覚醒しない人もいるのか。
負の感情が強ければいいというわけではないらしい。
「最初はわからなかった。でも襲われた人が他の人より少しだけ魔力が強いことに気が付いた。何人か見てみたけどやっぱり強い。だから多分ジェムは魔力の高い人を狙ってる。」
明夜がもたらしたのはほとんど答えだった。
他に共通点が見当たらない以上普通ではない共通点も十分に考えられる。
「明夜はその魔力を見極められるんだよね?」
「うん。」
「それなら学校を回ってみて魔力の高い生徒を確認しよう。狙われる相手が分かれば動きやすくなる。」
明夜1人で回ってもらっても構わないがInnocent Visionで見る被害者と一致すればこの仮説が一気に現実味を帯びてくることになる。
正しく確認するためにも僕も一緒に行くつもりだ。
「…デート?」
ちょっと違う気がするけど明夜が心なしか嬉しそうなので良しとする。
あとは魔力の高い人間を狙う理由だ。
「ジェムが魔力の高い人間を狙うのは何でだと思う?」
魔力の概念が欠如しているため、譲渡できるのか、どうすれば魔力が高くなるのかなど分からないことだらけ。
これでは理屈を組み上げることも出来ない。
「陸、いなくなった人はどこに行った?」
「え?それは別のどこか…」
普通に答えようとした口を頭を振って止める。
ジェムが人を拐うような知能も持っているようには見えなかった。
あれはもっと原初の、人の形をした獣だ。
ならばいたはずの人間はどこに行ったのか?
「!!」
ジェムの行動と見つからないという事実から一つの答えを得た。
否定したかったが思考を巡らせるほどにそれが一番整合性の取れた解だと分かってしまう。
以前夢で見た光景はまさにこのことを示していたのかとようやく気付いてしまった。
僕が見ると明夜はわかっているというように頷き
「ジェムは人を食べた。」
僕と最悪の答えを告げた。
翌日、いつもより早めに家を出た僕は校門のところで明夜と待ち合わせをした。
明夜はすでに来ていたので校門から少し離れた茂みの中に2人で身を潜める。
「ドキドキ。」
確かに近いが冗談でも本気でも恥ずかしいので口に出さないでもらいたい。
「ここからならある程度顔も見えるから学生の中で狙われる人を絞っていこう。魔力の高い人を教えて。」
「うん。でも、どれくらい高い時に言えばいい?」
確かに大多数の中から特定の条件に見合う人を探すときには基準が必要だ。
背の高い人を探せと言われたら自分を基準にするだろうがその場合も観察者によって選択に幅が出てくる。
「僕の周りの人だとどんな感じ?」
「ソーサリスは高い。芦屋真奈美もジュエルになって高くなった。久住裕子と中山久美はそこそこ。叶はない。」
「ない?」
「うん。叶からは魔力を感じない。」
魔力なんて誰もが持っているわけではないのかもしれないがないという事実は少しだけ意外に思えた。
でも、確かに叶さんに"魔"力なんて似合わない。
「そろそろ登校してきたね。そうしたら被害者くらいの魔力を持った人を教えて。」
狙われた以上ソーサリスやジュエルに継いで魔力が高いのだろう。
チェックしておく必要がある。
「わかった。」
こうしてジェムに狙われる子羊捜索大作戦を開始した。
普段の登校時間になると学生が絶え間なく校門から入ってきた。
明夜が指示した相手を携帯のカメラの最大望遠で撮影する。
とりあえずここまではジュエルで見たことがある顔触ればかりだった。
「あの背の高い男子。」
カシャッ
「サイドポニーの女子。」
カシャッ
「スカート履いてる男子。」
カ…
「ってそんなのいた!?」
「間違えた。」
明夜のボケは唐突だった。
こうしてみると意外と男子の中にも魔力の高い人がいるのがわかる。
「あの腹黒そうな人。」
「どれ?…って黒原君か。」
カシャッ
とうとうクラスメイトの男子にも高魔力保有者が出た。
というか初対面の明夜に腹黒っていわれる黒原君て…合掌。
「あの女子もそう。でも…」
明夜が指差した相手はジュエルの八重花部隊で見たことのある女子だった。
ただその隣にいたのが
「八重花?」
八重花だった。
「うん。八重花の魔力の方が高いから分かりづらい。」
普段あまり一緒にいる姿を見ないが同じ部隊なのだから話くらいしてもおかしくないか。
「次。」
「あ、うん。」
「あのカルシウム足りてない人。」
「だから分かりづら…あ、神峰だ。」
分かってしまう自分がちょっと悲しい。
それと神峰はソーサリスだからチェックはいらない。
「あの脳みそピンクも。」
「…下沢?」
ドSだとは思うがピンク脳なのか?
謎だ。
「あのキレやすい縦ロール。」
「ヘレナ・ディオン。」
「あのヤンキーみたいな恐持て。」
「えっと、って!由良さんじゃん!」
バレたら殺される。
「赤いバカ。」
「言っちゃったよ!」
等々力、ごめんなさい。
「ひんにゅーはステータス。」
「明夜、実は蘭さん嫌い?」
「あのあんまりすごくない方の双子。」
「海原緑里。」
明夜が海原葵衣をすごいと思ってるのがわかった。
「輝けお嬢様。」
「そうかもしれないね。」
明夜は一通り終えて満足そうに息をついた。
僕は別の意味でため息をつく。
もはや後半は明夜が楽しくてふざけていたとしか思えなかったしもう予鈴の時間が近づいてきていたのでここまでにすることにした。
「ソーサリス以外で一番魔力が高そうだったのはわかる?」
とりあえずその人をマークすれば襲われる可能性が高い。
「たぶん、八重花と一緒にいたジュエル。」
それを聞いて、もしかしたら八重花は何かに気付いて朝から接触していたのではないかと思った。
(八重花も魔力を察知できるのか?それとも何か別の方法で彼女が狙われるかもしれないと突き止めたのか?)
どちらにしてもヴァルキリーも注目しているとなると派手に動くのは危険だ。
「殺る?」
「殺らない。」
物騒なことを言う明夜の頭を軽く小突いておく。
なんか小声で「親父にもぶたれたこと…」とか言っていたように聞こえたが振り返ると不思議そうな顔をされた。
「まあ、いいや。ヴァルキリーも動いてるみたいだから八重花と一緒にいたジュエルの子の様子をそれとなく窺ってみよう。」
「わかった。」
今朝のやり取りで明夜の信頼度が下がった気がするが大人数で動けばバレやすいし明夜に頼るとしよう。
「そろそろチャイムがなるから教室に行こうか。」
「うん。」
明夜は頷いて僕の隣に並んだ。
この手がかりが魔女の探し物に続いていると信じて僕たちは敵の監視というミッションを始めるのであった。