第122話 昼食に見える思い
芳賀君への質問責めという珍事はあったもののそれ以降は平和な日常を過ごして昼休み、久住さんと中山さん、八重花、叶さん、明夜の6人と食堂に向かった。
「久住さん、芳賀君と一緒じゃなくていいの?」
「こっちの方が楽しいからいいのよ。」
あっけらかんと答えられてしまったがそれでいいのだろうか。
頑張れ芳賀君。
食堂は相変わらず盛況だ。
「それじゃありく、席の確保は任せるわ。」
一緒に並ぼうとしたら八重花に追い出された。
確かに6人で座れる席を確保する必要がある。
「それならもう1人くらい来てくれると助かるんだけど。」
その瞬間、明夜と八重花と叶さんの間で火花が散ったように見えた。
だけど八重花と明夜は席とカウンターを見比べて悩んでいるようだった。
どうしても食べたいものがあるようだ。
一方叶さんはチラチラと僕を見ては俯いて恥ずかしがっているだけ。
「叶さん、先に行ってようか。」
ならば僕は誰のためにもこの選択をすべきだろう。
「は、はい!」
叶さんはパッと表情を輝かせて列から外れた。
「おっ、半場くんが叶を選んだわ。」
「にゃはは、一歩リード。」
「くっ!」
「…。」
久住さんと中山さんの煽りや八重花の悔しげな呟き、無言の明夜の視線、そして何より憎悪の念を送ってくる学生たちから逃げるように僕たちは席へと移動した。
少し探すとちょうど6人席が空いていたので席について確保。
叶さんは若干迷いを見せたが結局僕の隣に座った。
やっぱりアグレッシブだ。
「あ、そう言えば何を買うか八重花に伝えるのを忘れてた。」
「えと、どうします?」
「…後でいいかな。」
八重花の事だから何か買ってきてくれるだろうし叶さんを1人で置いていくと相席を許してしまいそうな気がする。
万が一忘れられたら買いに行けばいい。
腰を落ち着けると手持ち無沙汰な感じの叶さんと目があった。
「普段は琴さんとは一緒じゃないの?」
「そうですね。学年も違いますし、琴先輩はいるのかどうかも分かりませんから。お家というか神社の手伝いで遅刻とか早退も多いみたいですし。」
琴さんは神出鬼没なイメージがある。
それが巫女という特殊性によるものなのか琴さん自身の在り方なのかは親しくないので分からない。
「一度お見舞いには行ったんだけど芦屋さんは元気?」
「はい。もうリハビリを始めてて片足でも少しなら歩けるみたいです。」
叶さんはわずかに目をそらして説明してくれた。
(これは、ジュエルの力を使ってるな。)
僕は芦屋さんが叶さんの持っていたジュエリアで再びアルミナを手に入れたことを知っている。
そして叶さんがヴァルキリーやInnocent Visionについて知っていることも聞いた。
だけどどちらも関係があることを明示していないから叶さんは芦屋さんのジュエルのことを隠しているのだろう。
言うべきか迷ったが周囲に人がいる状況で話すことでもないし納得しておく。
どう返事をしようかと迷っていると叶さんはジッと僕を見て呟いた。
「半場君は女の子の話ばかりですね。」
「!?」
半場陸は精神にダメージを受けた。
それではまるで僕が節操なしの女好きのように聞こえる。
反論しようにも驚きのあまり口がうまく動かない。
周囲の視線は明らかに冷たくて周りに空席があるのに距離を置かれている。
「またりくが人から避けられているわ。」
「いつ見ても飽きないわ。」
そうしているうちに購入組が話題を助長しながら合流してきて席に着く。
明裕久
八陸叶
僕を取り囲む陣形でもはや完全に周囲からは女好きと認知されてガックリと肩を落とした。
明夜は学食でも認められた猛者しか注文できないという幻の裏メニュー、豚カツカレー麻婆ライスの前で待っていた。
確かにあれは顔パスできるほど顔を頻繁に通い、さらに全メニュー制覇しないと権利が得られない代物らしいので明夜が買いに行くしかない。
だけど僕が目を奪われたのは八重花のトレイに乗っていたものだ。
「…鍋?」
それはトレイに乗っていたこと自体が不自然な今なお固形燃料の炎に炙られ続ける土鍋だった。
蓋を開ければ湯気がもうもうと立ち上り鍋の中には白菜、豆腐、ネギ、鶏肉といった鍋定番の食材が出汁の中で煮られていた。
八重花は僕の分の箸と取り皿を渡してくれながら微笑む。
「冬季限定の鍋なんだけど1人で食べるにはちょっと多いのよ。折角だからりくも一緒に食べましょう?」
「最初からそのつもりだったでしょ?」
八重花は意味深な笑みを浮かべるだけだった。
だけど確かに出汁の香りが食欲を刺激する。
ご飯もあって今食べても良し、後で雑炊にしても良しとのこと。
「いただきます。」
「それじゃあ適当に取るわね。」
八重花は付属のオタマで食材を取り皿に入れていく。
まさか食堂で鍋が食べられるとは思っていなかったのでかなり楽しみだ。
「…?」
ふと周囲を、もっと近くで言えば久住さんや中山さんを見るとなぜかニヤニヤしていた。
(ヤな予感。)
だいたいこの手の悪い予感は当たるものだ。
「叶リードかと思いきや、まさかのラブ鍋発動!いやー、やっぱ面白いわ。」
「ラブ鍋って何!?」
「普通の鍋なんだけど男女でつつくなんて仲がいい証拠でしょ?だから付いたあだ名がラブ鍋。」
言われてみれば2人で1つの鍋をつつくのは仲がいい間柄。
それを衆人環視の前で出来るのだからさらに一歩進んだ関係、故にラブ鍋。
「八重花ちゃんが積極的だ。」
「勝負とは非情なのよ、叶。勝者は常に1人。」
叶さんと火花を散らしていた八重花は一転、にこやかにネギを箸で摘まんで僕の方に寄せてくる。
「はい、りく。あーん。」
「「なんだってー!?」」
僕より先に周囲の人(主に男子)が叫びながら立ち上がった。
「ラブ鍋はカップルの登竜門、これを乗り越えた者はバカップルの境地へと至ることができるという。だが奴等はすでにその域だというのか!?」
「見ろ!彼奴等の周囲に立ち上る熱気を。あれこそが伝説の固有結界、2人の世界か!?」
ただの湯気です。
「まさかここまで豪気な者がこの学舎に在ろうとは。あっぱれ。」
変な解説をしている先輩らしき拳法着の人たちは特殊だとしても男子は血涙、女子はキャーキャー楽しそうな悲鳴をあげながらこちらを見ていた。
「パクッ。」
「半場君が意外と迷わず食べた!」
叶さんがビックリした声をあげていたがここまで来たら毒を食らわば皿までだ。
「取ってくれてありがとう。」
「…あ、うん。」
八重花は急にしおらしくなって皿を渡してくれた。
ご飯と鍋を食べながら隣を横目で見ると八重花は箸を銜えたままポーッとしていた。
結局鍋の大半は僕のお腹に収まり、
「鍋って、いいわ。」
八重花は鍋で温まったのか頬を染めてホクホク顔だった。
「いやいやいや、楽しいわ。半場くんがいると本当に楽しいわ。」
とてもいい意味には聞こえなかったがいろんな意味で以前よりも耐性がついて図太くなった僕はこれくらいではへこたれない。
ハフハフと鍋をつついていく。
ふと鋭い視線を感じて顔を上げると神峰と下沢、等々力がこちらを見ていた。
睨んでいたのは神峰だけで下沢は相変わらず笑顔、等々力はなぜか泣いていたが。
「?」
「うちらが"Innocent Vision"のことで気を揉んでるのに本人は女侍らせて昼御飯なんていいご身分ね。」
ギリギリと箸を砕かんばかりに噛みながら陸を睨み付ける美保。
「半場さんの周りは本当にいつも女性ばかりですね。」
悠莉は食事の手を進めながら微笑んでいる。
「八重花ぁ、どうしてそっちにいるんだ?」
愛しの八重花が陸と一緒にいるだけでも泣きそうなのにラブ鍋にまで手を出してしまっては泣かずにはいられなかった。
「それにしても…」
悠莉は周囲を見回す。
ラブ鍋を食べているせいでもあるが食堂にいる男女、学年問わず陸を好意的な目で見ているものは皆無であった。
「どうして半場さんはわざわざ登校してくるんでしょうね?」
それはヴァルキリーでも答えが出ていない問いだった。
陸はヴァルキリーやジュエルだけでなく学生にまで色々と悪い噂で嫌われている。
そんな敵地にいったい何をしに来ているのか、ヴァルキリーの誰1人として明らかな答えを示すことが出来なかった。
美保はおかずを口に放り込みながら興味無さそうに視線を逸らす。
「"Innocent Vision"の仲間と行動するためか学校内で何か企んでるんでしょ?」
「そうでしょうか?仲間と行動するなら以前のように学校に来ない方が自由に動けますよ。学内で不穏な動きをしている場合もヴァルキリーが察知できないはずがありません。壱葉高校にはソーサリスとジュエルが目を光らせているのですから。」
結局こうやって誰かが出した理由を別の誰かが正論で説き伏せて終わってしまっていた。
視線をもう一度陸たちに戻す。
八重花が再び陸にあーんを迫り叶が阻止しようとしている。
その隙に明夜が貴重な豚カツを一切れ陸に与えて好感度を上げ、漁夫の利を地で行かれた2人はしょんぼりと席に付いた。
それを裕子と久美が楽しそうに笑い、6人は周囲の殺気だった気配などお構い無しに楽しそうに食事をしていた。
「こんだけ憎しみの渦巻く中でよく平気で食べていられるわね?あたしなら途中で気が重くなってお腹一杯よ。」
「ふふふ。美保さんが重くなるのは気だけじゃありませんけどね。」
「う、うっさいわね!あれからちゃんと管理してるわよ!」
美保はクリスマスパーティーの敗北の腹いせに年末と年明けにやけ食いをしたせいで少しだけ、ほんの少しだけ(自己申告)体重が増えてしまった。
なので現在は密かにダイエット中で昼食もスモールサイズにしていた。
「あたしは逆にムシャクシャを運動にぶつけたから体脂肪が減ったよ。」
大抵無頓着な人ほど体型維持がされている不条理を美保はジト目の視線でぶつける。
そもそも体脂肪が下なのに自分より胸がある良子に納得が行かない。
悠莉は悠莉で運動があまり得意ではない方なのに出るとこは出ている女性的なスタイルをしている。
「うがー!!」
「悠莉、美保がなんか吠えてるよ?」
「あらあら、どうしたんでしょうね?」
良子は分からないようだったが悠莉はわざと胸を強調するように腕を抱いた。
美保はぐぬぬと唸ってご飯を掻き込む。
結局以前の二の舞になってしまうのを知りつつイラついた心を鎮める方法は今のところ食しかない。
皿にあった食材を米粒一つ残らず平らげた美保はダンと箸を握ったままの手をテーブルに叩きつけた。
「今はそういう話をしてるんじゃなくて…」
インヴィと言いそうになったところで悠莉がシーと人差し指を唇の前に立てた。
一般人の前で不用意な発言をしないようにとの忠告に美保はフンと鼻を鳴らした。
「結局、インヴィたちが学校に出てきた理由は分からないってことでファイナルアンサー?」
悠莉はまだ半分近く残っている昼食に箸を伸ばしながら困ったように笑う。
「そうですね。東條さんでさえ聞き出せていないのですからどんなに憶測を並べても答えは出ないのかもしれません。」
もう一度陸たちを見る。
叶と八重花に両腕を取られた陸は右に左に揺れながらそれでも笑っていた。
一時の嫉妬からの憎悪ではいつまでも続けられるわけではなく、周囲の学生は多少迷惑そうにしながらもそういうものとして受け入れていた。
良子はその姿を見ながらフッと微笑む。
「意外と、ただ今みたいにワイワイ楽しみたくて学校に戻ってきたかっただけかもしれないね。」
楽しそうにしている陸を見てそんな感想を抱いた良子だったが
「そんなわけないです。絶対に何か企んでます。」
「等々力先輩の目は節穴ですか?そんなことでは東條さんのオッケーサインを見逃してしまいますよ?」
2人に否定されてしまった。
「八重花のオッケーサインって何!?」
だけど良子の関心はそこにはなくて
「ふふ、さて、なんでしょうね?」
悠莉ははぐらかす。
悠莉は八重花の考えの一端を理解し、それをも自らの楽しみとして利用しているだけだから。
「教えてよ、悠莉様。」
「悠莉…様。はぁ。」
へりくだる良子と様付けで呼ばれて歓喜に震える悠莉。
「いいから早く食べなさいよ。昼休み終わるわよ?」
不機嫌そうに忠告する美保。
本人たちは気付いていないが彼女らも十分に注目を集めていた。