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Innocent Vision  作者: MCFL
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第12話 人を成すもの

「半場陸です。」

「柚木明夜。明夜でいい、陸。」

昼休みに僕たちは会う約束をして食堂で合流、

一応ちゃんと話すのは初めてなので自己紹介から始めたのだがいきなり呼び捨てだった。

個人的には女の子を名前で呼ぶのには抵抗があるのだが

「柚木さん?」

「…」

「柚木様?」

「…」

「ゆぎちゃん?」

「…ん。」

「…明夜。」

「何?」

というように名前もしくは呼ぶのに抵抗がある名字の呼び方にしか応えてくれなかったので仕方なく明夜と呼ぶことに諦めた。

明夜はヴァルキリーとは別勢力なのは何となくわかるが、彼女ら同様取っつきにくいというか不用意なことを喋ると襲いかかってくるんじゃないかと思っていた。

しかし明夜は別の意味で取っつきにくいものの話はちゃんと聞いてくれてるみたいだし怒って襲いかかってくる様子もない。

さて、神峰から守ってくれたことに礼を言ってそれからソルシエールの事とか色々と話したいことはあるのだが…

「…なんでそんなに興味津々なのかな?」

「あー、私たちのことは気にしないで続けて。特に半場が柚木さんを気にかけ出したきっかけあたりから入ってくれるといいな。」

「ゆ、柚木さんが半場君のこと陸って呼んでた。」

僕たちを囲むように久住さんたちが聞き耳を立てていたからとてもじゃないが“非日常”の話は出来なかった。

それ以前に誰が来るかわからない食堂を選んだのは失敗だったかもしれない。

だって、バレー部とおぼしき集団を引き連れた等々力が普通に向こうのテーブルに座っている。

雑談しているが時折鋭い視線でこちらを睨んできていることから「昨日は嘘をついたんだな。」と怒っているのは明白だった。

(うう、本当に昨日までは見ず知らずに等しかったんですよ。)

心の中で弁解しても意味はなく、結局いつものように騒がしく無駄に疲れるお昼休みとなってしまった。


放課後になってようやく明夜に話を聞きに行けると立ち上がろうとした僕は、意思に反して机に倒れていく体を止めることが出来なかった。

Innocent Visionだ。

(こんな、時に…)

作倉さんが心配そうに手を握って呼び掛けてくれているのに返事を返すことも出来ず僕は夢に落ちた。


僕は渋谷の交差点のど真ん中に立っていた。

周りには誰も立っていない。

人が居ないわけではない。

そこにいる人間すべてが蹲り、あるいは地面に倒れていた。

血を吐き出す者、発狂したように暴れる者もいる。

僕は“いる”ことに不快感を覚えた。

僕はこの感覚を知っている。

痛む頭を押さえながら周囲を見回すとハチ公の脇に1人だけ倒れていない人がいた。

手には水晶のような刀剣、玻璃がある。

結構な距離もあってほとんど判別できないはずなのに、羽佐間はゾッとするほど冷たい視線で周囲の状況など気にせずただ佇んでいた。


目が覚めると予想通り保健室のベッドの上だった。

少しボーッとするのは超音振の余波が残っているからだろう。

そのせいか右手が温かくて重くて動かない。

ちょうどいいタイミングでカーテンが開いて金子先生が顔を出したのでその症状を訴えようと思ったのだが先生は明らかにいたずらっ子みたいな顔をしてニヤニヤしていた。

「半場は幸福者だな。俺がお前の同級生だったら殺意を覚えてるくらいだよ。」

「何を物騒なことを言ってるんですか?」

先生は答えず僕の右手辺りを指差した。

視線を向けたそこには

「すう、すう。」

僕の右手をギュッと握ったままベッドに突っ伏すように眠る作倉さんの姿があった。

今さら手の温かさの理由に気づいて恥ずかしくなった。

「お前が倒れたって連れられてきたときから付き添ってて目が覚めるまで待ってるって言ってな。半場のコレか?」

いやらしい笑みを浮かべながら小指を立てる先生に慌てて首を横に振る。

「ち、違いますよ!」

「んん、半場、君?」

僕の声で起きてしまったらしい。

作倉さんはぼんやりとした瞳で僕を見つめ、握っているのが僕の手だと気付くと茹で蛸のように真っ赤になって

「あああ、ご、ごめんなさい!」

慌てて手を離した。

僕も恥ずかしくて目を合わせられず、そんな僕たちを見て先生は大笑いしていた。

一通り笑った後先生は僕を簡単に診察したがいつも通り問題なかった。

先生が首をひねるのに合わせて視線を向けると壁に掛けられた時計は6時を回っていた。

「まだ遅いってほどじゃないがもう暗くなる。半場?」

言われなくても分かっている。

頷いてみせると先生は満足そうな笑みを浮かべて

「ほら、元気になったんならさっさと帰れ。」

適当に手を払った。

「ありがとうございました。」

「失礼しました。」

僕たちは金子先生に見送られながら保健室を後にし、

「多分そのまま帰ると思って、鞄持ってきました。」

という作倉さんの気遣いでそのまま帰ることになった。

校門を出るとすぐに

「私の家はあっちなので。気をつけて帰ってください。」

お別れの挨拶になった。

だが金子先生との男の約束もあるし、それ以前に心配して付き添ってくれていた相手に「はい、さようなら」なんて薄情な真似ができるわけもない。

「もう大分暗くなってきてるし、送ってくよ。」

「ええ!?」

割りとカッコつけてみたがとても驚かれてしまった。

ちょっとショックだ。

「うう、迷惑だとは思うけど僕の感謝の気持ちだと思って…」

「あ、ち、違います!そういう意味じゃないんです。…あの、よろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

嫌がられてはいないようでよかった。

僕は作倉さんについて行く形でいつもとは違う帰り道を歩き出した。


「…」

「…」

いつもと違う帰り道。

「…」

「…」

いつもと違う風景。

「…」

「…」

でも一番違うのは…

「…」

「…」

女の子と2人で歩いているという事実。

人生十余年、嫌われてのけ者にされたことは多々あれど通学とはいえ女の子と2人で歩いたことなど皆無な僕には正直何をすればいいのか分からなかった。

距離感はこれくらいでいいのか、

歩調はもう少しゆっくりの方がいいのか、

話題を作らなきゃいけないだろう、

ぐるぐるとこれはいいのかダメなのかという懸念が回り身動きが取れなくなる。

どうしていいか分からず隣を歩く作倉さんにちらりと目を向けると

「…あ。」

ぴったり目が合ってしまった。

(ここで目を逸らしたら明らかに不自然だ。なんとか話題を出さないと!)

昨日の等々力に追い詰められたときよりも切迫した精神で名案をひねり出そうとするがこういうときに限って妙案の一つも浮かびやしない。

微妙に見つめ合ったままゆっくりと歩く。

「あの…」

先に声をかけたのは情けないことに僕ではなく作倉さんだった。

「何?」

作倉さんは言葉が続かず鞄を握る手をもじもじさせていた。

「あの、ですね。」

「うん。」

ようやく意を決したらしいが一瞬顔を上げるとまた俯いてしまった。

「半場君は女好き、なんですか?」

それを聞かれた瞬間、僕は泣きそうになった。

ちょっと涙がちょちょきれたかもしれない。

つまり作倉さんから見て僕にはそういう疑いがあるということだ。

「あの、裕子ちゃんとか八重花ちゃんが、半場君の周りには女の子が集まるから…しっかり捕まえないとって。」

最後は口の中で呟くだけで僕にはよく聞こえなかったが作倉さんが情報を曲解していることは理解した。

ちなみに裕子ちゃんが久住さんで八重花ちゃんが東條さんだということはちゃんと覚えている。

女好きという意味ではなく友達として。

「あのですね!半場君だって男の子だから女の子が気になるのは分かります。でもやっぱり節操なしはよくなくて、ちゃんと好きな人をですね…」

僕同様作倉さんも話題に困っていたのだろうが色々とヤバい。

作倉さんはテンパってしまって割りと大きな声で女好きだと節操なしだとの言っているせいで周りから「女に手を出す彼氏を叱る彼女」みたいに見られてしまい

「やーねー。」

「女の敵ね。」

と侮蔑の目線が突き刺さる。

「だけどね、私はちゃんと半場君を…」

このまま放置しておくと精神衛生上とんでもなくまずいと悟った僕は何かを言おうとしてわたわたしている作倉さんの手を取った。

「作倉さん!」

「ひゃい!?」

素頓狂な声をあげて硬直した作倉さんの手を引いて僕は一目散にこの場から退散するのだった。

人通りの少ない住宅街で立ち止まると作倉さんは肩で息をするほど疲れたようだった。

「ごめんね。」

「だ、大丈夫、ですぅ。」

とても大丈夫なようには見えない。

と、息を切らしながらも作倉さんがじっと見ているのは…僕が握っている作倉さんの小さい手。

「わっ、ごめん!」

「だ、大丈夫です。」

端から見れば初心というのだろう。

それでも僕たちはこれが精一杯だった。

ちょっと気まずくなりながら並んで歩く。

「あのさ。」

「はいっ!」

「僕は、確かに女の子に興味はあるけど女好きじゃなくて…」

相変わらず話題は出てこなかったけどさっきの答えだけは、女好きだという誤解だけはちゃんと解いておきたかった。

「作倉さんがさっき言ったみたいに、本当に好きな人を大切にしていきたいって、考えてるよ。」

言い切って自分が物凄く恥ずかしいことを女の子に言ったことに気がついて僕は顔から火が出そうになった。

作倉さんはポケーッと僕の顔を見上げ、クスリと可愛らしく笑った。

「…よかったです。」

「え?」

何がよかったのか分からず聞き返すと作倉さんは恥ずかしそうに鞄を抱いて口元を隠した。

「半場君が私が思ってた通りの、誠実な男の子だったこと、です。」

作倉さんはよほど恥ずかしかったのか鞄を抱いたまま駆け出して少し距離を取ったところで振り返った。

「あ、あの!家はもうすぐそこだから、ここまでで大丈夫です。」

家の前までだと家族に見られたときに面倒だったりするんだろう。

「うん。それじゃあ、気をつけて。」

「半場君、ありがとう。」

なんだかただ感謝されたその言葉がすごく胸に染みた。

「ありがとう、作倉さん。」

だから僕も、感謝してくれたことにお礼を言いたくなった。

「あれ?私は別になにもしてないです。」

でもそんなことをいうのは恥ずかしいから

「保健室のこととか鞄のこととか、いろいろと。それじゃあまた明日。」

「また明日です、半場君。」

手を振ってくれる作倉さんに手を振り返しつつ久々に浮わついた気分でいつもより少し遠い通学路を帰ったのであった。


翌日

「いやー、いつかはやると思っていたけど、半場は男だね。」

朝から妙にテンションの高い久住さんに肩を叩かれて振り返ると同じような顔をした他3名と恥ずかしそうに俯いた作倉さんの姿があった。

(嫌な予感がする。)

Innocent Visionなど見なくても少し先の未来が見えて逃げ出そうと思ったが久住さんに押さえつけられて立ち上がることすらできない。

「聞いたわよ。放課後の保健室で同衾、そのあと放課後デートで痴話喧嘩、おまけに嗜好暴露!いやー、半場が叶とそこまで仲がよかったなんて全然知らなかったよ。」

勝手に加速度を上げていく向こう側で作倉さんが必死に首を横に振っている。

さっきの発言からして作倉さんから断片を聞いて勝手に背びれ尾ひれ胸びれに角とか羽とか手とか足とかないことないこと注ぎ込んだのだろう。

だけど言葉って恐ろしい。

たとえそれがどんなに嘘にまみれていたとしても聞き手がそれを本当だと認識したのならそれは本人にとって真実になる。

「半場、てめぇ!クラス女子の良心である作倉を傷物にだと!」

「お嬢様の下沢、転校生の柚木だけじゃなく作倉さんにまで手を出すのか、この鬼畜!」

罵詈雑言は言われ慣れてるとはいえ謂われない言葉にカチンときた。

このあと勢いで放った一言で僕とクラスの男子に絶壁の溝が生じ、芳賀君も

「さすがに言い過ぎたな。はは。」

と爽やかにブレーンクローを叩き込んでくるほどだった。

かくして僕の周りからはどんどん男っ気がなくなっていく奇妙な構図になっていくのだった。


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