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Innocent Vision  作者: MCFL
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第116話 未来視の利用と対価

時間が時間だったので約束だけを取り付けて僕たちは教室に向かった。

八重花がInnocent Visionを引き出すために芝居を打ったのだと頭では分かっていてもさっきは本当に殺されるかと思った。

ちなみに発動させたのは

「りくと叶だけの秘密があって許せない。」

という可愛い嫉妬だというのだから困ったものだ。

教室では叶さんが露骨に照れて皆に不審がられ、久住さんたちにはからかわれた。

そして昼休み。

購買戦線を潜り抜けて食料を確保した僕と八重花は屋上にやってきた。

「てっきりヴァルハラに連れていかれるんだと思った。」

素直に感想を述べたら

「あそこに連れていったらさすがにりくでも殺されるわよ。」

とてもまともな答えが帰ってきた。

相手が八重花で感謝。

まだまだ寒いのでコートを着たまま屋上の床に座る。

「うわ、冷た。」

氷の上に座ったような感じだがすぐに慣れた。

八重花は僕の胡座をかいた上に座ろうとしたので断固拒否。

八重花は一度座ろうとしたが

「腰が冷えるのはちょっと…」

ということでフェンスに背中を預けた。

僕はコロッケパン、八重花はハムレタスサンドイッチの封を開けてかぶり付いた。

「それで、お願いって何?」

「はむ?」

1つ目のパンを食べ終えたところで話題を振ったが八重花はまだ食べている最中でちょっと慌てていた。

「ごめん、食べ終わってからでいいよ。」

八重花はちょっと恥ずかしそうにそそくさと残りを食べた。

もう1つのパンを食べてしまおうかとも考えたが八重花が食べ終わりそうだったので断念した。

「お待たせ。」

「大丈夫だよ。それで?」

「最近、また行方不明者が出始めてる話は知ってる?」

八重花の持ちかけてきた話題は否応なしに僕を緊張させた。

「…いや、知らない。」

「そう。ヴァルキリーでもまだ不確定だとは言っているから無理もないわ。」

行方不明および猟奇殺人事件。

今では懐かしいくらい昔のように感じる血生臭い思い出だ。

魔女がジェムを作り出すために男性を利用し、取り込まれた人は化け物に変容する。

明夜は彼らが人々の生活を脅かすのを防ぐために夜の町を駆けてジェムを狩り続けていた。

由良さんが同行するようになってからはジェム化する前に処置することができるようになって被害者は減り、ジュエルが投入されてからは実質的にはゼロになった。

その後は人を依り代としないジェムオーガが使われたことから魔女は人を使うのをやめたのだと思っていた。

「まだ数人の被害者が出ただけなんだけど、その中に何人かジュエルだった子がいるらしいのよ。」

「まあ、いくらジュエルだったからって言っても脱会したら一般人と変わらないからね。」

事件はやはり壱葉や建川で起こったらしい。

そうなるとますます以前の事件との関連性が強まるわけだ。

「そこでヴァルキリーとしては"Innocent Vision"の力で本当にこの事件が魔女の仕業なのかを確かめてもらいたいのよ。」

「それがお願い?」

「そうよ。ちなみに見返りとしてエッチなことを想像したヴァルキリーのメンバーは悲鳴をあげて嫌がっていたわ。」

「…。」

そこまで命知らずでも変態でもないんだけど、さすがにショックだ。

「…ちなみに、私はそっちの見返りで全然構わないわよ?」

「いや、しないからね。」

むしろ八重花にとってはそれが目的のような気がした。

勿論興味はあるし求められるのは正直嬉しいがやっぱりこういうやり方は違うと思う。

八重花も僕がそう答えるのは分かっていたようで口で言うほど残念がっている様子はなかった。

「それならりくは何を望む?」

「うーん。」

突然「好きなものをあげよう。何がいい?」と聞かれるのと同じですぐには出てこない。

しかも相手が花鳳なためわりと何でも実現してしまいそうなのも選択肢を広げる要因になっていて決められない。

「別に見返りなんて求めてないんだけど。」

「りくらしいと思うけど、それだと貸しを作ったと言い出すわよ?」

「言いそうだね。何か美味しいものでも奢ってもらおうかな?」

特にしてほしいことが見当たらなかったので無難な提案をする。

「とりあえずそれで伝えておくわ。」

これで契約成立。

僕は一時ヴァルキリーのための予言者となる。

(壱葉、夜、魔女、ジェム。)

検索内容を頭に思い浮かべて意識を集中させる。

閉じた瞼の裏で左目が熱を持つ感覚があり、それが脳へと伝播していく。



「いやー!」

少女は夜の町を走っていた。

何事かと通行人が振り返るが誰かに追われている様子はなく皆の関心はすぐに失われる。

「なんで!?私はもう、関係ないのに?」

ジュエルを脱会した少女はそれで自分が今までの生活に戻れると思っていた。

だが少し遊びすぎて遅くなった帰り道に待っていたのは闇色の化け物、ジェムだった。

「私はもう、ジュエルじゃないの!」

叫んだところでジェムは止まらない。

一般人はまさか自分達の上を化け物が駆けているなど気付くはずもない。

屋根づたいに飛び回るのは物語の中の話だから。

やがて少女は人気の乏しい道に出た。

街灯の光は弱々しく闇が多い。

「ひい!」

その事実に気付いてしまった少女は足を止めてしまった。

足を止めたら震えが止まらなくなった。

まるで砂地獄に落ちたように足が動かず、まるで闇に沈んでいるような感覚に襲われた。

必死に暴れるが足が動かない。

怯えながら足元を見た少女は


ズブズブと闇に喰われていく足を見て悲鳴さえもあげられなくなった。


足の先が無くなっていることを認識した瞬間激痛が走った。

「あは、あはは、はははは!」

死ぬほどの痛みに少女は涙を流しながら笑った。

体はどんどん無くなっていく。

少女は最後に大口を開けた闇を見てひきつったような壊れた笑みを浮かべながら呟いた。

「化け物…」

バクンッ



「あー…」

気が付くと僕は寒空の下、屋上で寝転がっていた。

首筋から頭が温かい以外は芯まで冷えてしまったようで思い出したらカチカチと奥歯が鳴った。

ムニムニと素敵な枕の感触を味わいながら目を開けると

「目が覚めたみたいね。」

八重花の顔が逆さまに見えた。

「…あー。」

感触の正体、理解完了。

顔から火が出そう。

ちょっと深く入りすぎて眠ってしまったらしい。

「僕が寝てからどれくらい?」

「10分くらいね。」

優しく頭を撫でられる感覚がくすぐったくて身を捩ると太ももが頬に触れて慌てて飛び起きた。

「ご、ごめん。」

「別にりくなら問題ないわ。むしろもっと奥にも興味はない?」

八重花は妖しげな笑みを浮かべたままスカートの端を摘まんだ。

ゴクリと妙に唾を飲み込む音が大きく聞こえ、どうしても目が離せない。

ゆっくりと持ち上げられていくスカートと明かされていく禁断の世界に…

「ふぁ~。真っ昼間からお盛んだな、ご両人。」

「!!」

「!?」

突然の声に心臓が飛び出るほど驚いた僕と八重花は屋上の入り口の上を見た。

そこにはあくびを噛み殺しながらニヤニヤしている由良さんがいた。

「由良さん、いたんだ?」

「ずっと前からな。」

由良さんは悪びれた様子もなく縁に腰かける。

寒いのに綺麗な脚線美を惜し気もなく晒す由良さんの明け透けな姿に見入ってしまう。

「…。」

背後から八重花の怒りの視線を感じる。

それが僕に向けられているのか由良さんになのかは知るのが怖いので触れない。

緊迫した八重花と自然体の由良さんが視線をぶつけ合う。

ピリピリとした雰囲気を先に破ったのは由良さんだった。

ひょいと屋上に降り立って僕の頭をコツンと叩く。

「東條を信じてるのは分かるが無防備過ぎだ。」

「ごめん。」

確かに眠ってしまったのは誤算だった。

あのままでは何をされてもどうにもならなかった。

「ありがとう、由良さん。」

僕は礼を言って振り返る。

八重花は今にも由良さんに飛びかかりそうな剣幕だった。

「今回の事件はジェムの仕業だよ。しかも、かなりエグいね。」

Innocent Visionの結果を伝えると別の意味で八重花の表情が険しくなった。

「もう少し具体的にお願い。」

「うん。」

「魔女の話なら無視できないな。聞かせてもらうぞ。」

「分かってる。」

ちょうど昼休み終了のチャイムがなってしまったが今さら止めるのも決まりが悪い。

そもそも僕と由良さんは留年確定なので授業に出なくても平気だ。

だから八重花にその辺りを気遣う視線を向けると

「気にしないでいいわ。こっちの方が遥かに優先度が高いから。」

真面目に不良な発言を返された。

とにかく気にしても仕方がないので頭を"非日常"へと切り換える。

「さっきと、それから今朝に見た夢もたぶん関係してると思うから話すよ。」

頷いた2人に向けて僕は闇が人を喰らう夢について話した。

そしてその1人がジュエルだった少女であることを告げると八重花は僕の挙げた特徴から人物を割り出しにかかった。

「うちの部隊じゃないわね。これはヴァルキリーの方で検討するわ。」

「それにしても人を喰うジェムか。むなくそ悪い。」

由良さんは露骨に嫌悪感を剥き出しにして吐き捨てるように言った。

僕も同感だ。

特にInnocent Visionの見せた夢とはいえ感覚的には直に見てしまったから余計にだ。

「ヴァルキリーとしても動きを見せるでしょうね。りくからの情報を話してみるわ。」

八重花は立ち上がってんーと伸びをした。

そのまま屋上から出ていこうとする八重花の背中に声をかける。

「八重花、見返りの件だけどこういうのはどうかな?」



「つまり、魔女の件に関しての情報を欲しいと言ってきているのですね?」

八重花は5時間目の終わりと同時に撫子を廊下の端に連れ出して陸からの要求を伝えた。

「はい。こちらが求めたのも情報でしたからその方がフェアだと。」

「それが受け入れられないと言った場合はなんと言っていましたか?」

「高級食材の料理をごちそうしてほしい、です。」

伝える八重花が笑ってしまうほど緊迫感のない見返りに撫子も微笑ましげに苦笑を浮かべた。

「半場さんは本当に不思議な方ね。」

「…りくは渡しませんよ?」

突然剣呑になった八重花に撫子は心持ち引きつつ頷く。

「こちらの収集した情報を提供しましょう。葵衣。」

「はい、お嬢様。」

「!?」

いつからいたのか、撫子の後ろから葵衣が現れて八重花は驚いた。

「すべてとは言わないけれど必要そうなデータをまとめなさい。ヴァルキリーの現状を踏まえると"Innocent Vision"の助…利用も考える必要があります。」

助力と言わなかったのは撫子のプライドで、八重花と葵衣は何も言わない。

「東條さん。半場さんは素直に利用されていただけると思いますか?」

八重花はフッと笑い、脳内で利用→助力と変換してから考える。

ヴァルキリーと"Innocent Vision"の立場、ジェムの動向、その先にいる魔女の思惑まで想定して答えを導き出す。

「今のジェムが危険な存在だと言う認識は実際に"視た"りくの方が強いと思います。以前も"Innocent Vision"はジェムの活動を止めるために動いていた訳ですしうまく話をすれば利用することもできると思います。」

八重花の意見は撫子、葵衣と同意見だった。

かつては自らの意見に自信と誇りを滲ませていた撫子も度重なる敗北で自信を喪失していることに軽く失望を覚えながらもさすがにそこまで毒は吐かない。

今の撫子を嘲っていいのは本気になった陸、Innocent Visionと対峙した者だけだ。

だからヴァルキリーは何も言わないのである。

たとえそれが逆に撫子を苛んでいるとしても、自分で立ち上がらせるために。

「それでは後程纏めた資料を半場様にお届け致します。資料の内容はご確認なさいますか?」

「葵衣に任せるわ。」

「かしこまりました。」

葵衣は一礼すると足音も立てずに立ち去った。

短い休み時間は終わりを迎えようとしていたので八重花も教室に戻ることにした。

「東條さん、助かりました。」

「いえ。それでは失礼します。」

撫子に会釈して八重花は歩き出す。

思い浮かべるのは自信を喪失して気弱そうな撫子の顔。

八重花の口の端に笑みが浮かぶ。

(あの花鳳先輩を打ちのめしたりくの力、Innocent Vision。私も一度本気のInnocent Visionとやり合いたいわ。)

すべてはりくを手に入れるため、りくのすべてを知りたいという欲求のため、八重花は暗い欲望を胸に燻らせていた。


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