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Innocent Vision  作者: MCFL
113/189

第113話 許します

放課後になった。

あらかじめ"Innocent Vision"のみんなには連絡を入れ

「へー。」

「ほー。」

「…。」

お優しい了承を得ておいた。

…早いうちにご機嫌を取らなければ。

八重花は最後まで同行しようとジュエルとおいかけっこを繰り広げていたがさすがに多勢に無勢で捕まっていた。

「さてと。」

「陸、作倉と一緒に人と会うんだよな?」

芳賀君が何故か気遣わしげな様子で振り返って尋ねてきた。

「うん。芳賀君は作倉さんの友達が誰なのか知ってる?」

反応からするに知ってはいるが関わりたくはないようだ。

曖昧に笑っていた。

「名前を知ってるくらいだ。ちょっと変わり者だって有名だから、その、気を付けろよ。」

「?うん、分かった。」

何を気を付けるというのだろう。

「半場君、行きましょうか。」

「うん。」

迎えに来た作倉さんに合わせて立ち上がりあとに続く。

朝は散々騒いでいたクラスメイトが哀れむような視線を送ってきたのが不気味だったが何一つ尋ねることが出来ないまま僕は作倉さんに連れられて学校をあとにした。



僕は作倉さんの隣を歩く。

以前はそれだけで2人とも舞い上がってしまって落ち着かなかったが今はそんなことはない。

良くも悪くも大人になったということだろう。

「…。」

作倉さんは一言も話してくれない。

どこに向かっているという事務的な内容はおろか場を持たせる世間話もない。

(やっぱり、あのときの事を不審に思ってるんだろうな。)

学校では今まで通りの反応だったため忘れていたが作倉さんは僕を許してはいないはずだ。

いや、許せるはずがない。

親友を傷つけた相手だ。

それこそあの時の激情のままに飛びかかられたっておかしくはない。

作倉さんが何を聞きたくてそれをどう受け止めるのか、不謹慎だと思いつつも僕はそれが少しだけ楽しみだった。

「着きました。」

始終無言だった作倉さんの声に意識を戻すとそこは縁日で来たことのある太宮神社だった。

そしてその聖域と現世を別つ境界である鳥居の下に1人の女性が立っていた。

巫女服を着る女性は今朝作倉さんと一緒にいた人物で間違いなかった。

彼女は客を待つようにおしとやかに、しかし瞳には強い意思を宿して待っていた。

「お待たせしました、琴先輩。この人が半場陸君です。」

「初めまして。半場陸です。」

紹介されたのでそのまま簡単に自己紹介して頭を下げた。

「わたくしはこの太宮神社の巫女を務める太宮院琴と申します。以後お見知りおきを。」

太宮院と名乗った巫女は恭しくお辞儀をしたが瞳は僕を射抜くように鋭かった。

「…。」

「…。」

相手の出方を窺うように目をそらさずジッと待つ。

「と、とにかく中でお話ししましょう。」

それを睨み合ってると勘違いしたのか、はたまた人の目が気になったのか作倉さんは少し慌てた様子で提案してきた。

僕は招かれる側なので目線でお伺いを立ててみると

「それでは、こちらへいらしてください。」

太宮の巫女はゆっくりとした所作で歩き出した。

作倉さん、僕がその後を追う。

通されたのは本殿の中にある広間だった。

「こちらでお待ちください。」

巫女は僕たちを部屋へと案内するとさらに奥へと歩いていった。

部屋に通された僕たちは用意されていた座布団に座って待つことにしたが

「…。」

「…。」

こちらも無言。

ただ作倉さんは興味深そうに広間を観察していた。

程なく巫女がお盆にお茶を乗せて戻ってきた。

「どうぞ。」

出されたお茶を一口飲んで美味しいと思ったがどうも世間話をするような雰囲気ではなかったので何も言わないでいた。

対面に綺麗な正座をした巫女は不躾なほどに僕を観察している。

静謐な空間で視線だけが意思を伝えるようだった。

だがそれだけでは埒が明かない。

言語での意思疏通が人の交流の正しい姿だ。

「それで太宮院さん。」

「琴さんで構いませんよ。」

いきなりの提案で躊躇ったがなによりなぜにさん付け強要?

そう思っていたら巫女はわずかに笑みを浮かべた。

「わたくしは壱葉高校の先輩です。あなたは先輩をさん付けで呼ぶ傾向にあると聞きましたので。」

確かに由良さんや蘭さんは「先輩」ではなく「さん」だ。

だからと言っていきなり名前を呼ぶのには抵抗があるのだが。

「…。」

一瞬で悟った。

この人は明夜と同じで呼ばないと答えない人だと。

「それでは琴さん。」

「はい。」

僕があっさりと受け入れると琴さんは普通に返してきたが隣で作倉さんがびっくりしていた。

理由は分からなくもないが今は気にしない。

「琴さんは僕に用事というか話があると聞きましたがどんな用件でしょうか?」

僕は単刀直入に尋ねることにした。

琴さんは黙ったまま目を閉じ、数秒後ゆっくりと開いた。

「お分かりになりませんか?」

その言葉は僕を試しているように聞こえた。

だけどあいにく僕が持っているのはInnocent Visionという未来視であって相手の心を見抜く読心術ではない。

「初対面ですから琴さんがどんな話をしたいのか検討もつきませんよ。もしかして告白ですか?」

「あり得ません。」

きっぱりはっきりと否定された。

冗談とはいえちょっとショック。

落ち込んでいても仕方がないので話を戻す。

「それじゃあいったい何です?」

話があると言われてきたのに質問を聞き出すために質問することになるとは。

何がしたいのかさっぱり分からない。

「半場君、あのね…」

「わたくしの質問を当ててみて下さい。」

作倉さんが代わりに答えようとしたのを琴さんは妨害した。

その挑戦的とも取れる目は僕に何かを求めているようだった。

「…帰っていいですか?」

正直面倒事には関わりたくない現状、交友関係を広めるのも得策ではない。

琴さんが何を求めているのかは知らないがあまり関わり合いにならない方がいいような気がした。

「逃げるのですか?」

「僕は戦う力がないので逃げ専門です。」

挑発に真実をもって答えるとさすがの琴さんも困惑した。

作倉さんがハラハラしているのは忍びないが

(常時巫女服を着ている変人とお知り合いになりたくない。)

とわりと本気で思っているため妥協する気はなかった。

再び無音になった世界でお茶を啜る。

傾けた湯飲みの向こう側で琴さんがため息をついたのが聞こえた。

「穏便に事を済まそうと考えていましたが抵抗されては仕方がありません。」

「ゲホッ、ゲホッ!」

突然の不穏当な発言にむせてしまった。

作倉さんが背中を擦ってくれて落ち着いたが不信感は消えない。

琴さんは薄く微笑んでいた。

「叶さんが貴方に出会えるよう助言をしたのはわたくしです。」

「!!」

その言葉だけで僕が呼ばれた理由と作倉さんを選んだ理由が分かった。

僕を探していた作倉さんに近づいて僕に会わせ、連れてこさせようとしたというところか。

いきなり巫女に声をかけられるよりも友達から誘われた方が話をしやすい。

(でも作倉さんを同席させる理由はなんだ?)

未来視を持つ琴さんが僕を必要とする理由も分からないが無関係の作倉さんに話を聞かせる理由がわからない。

この手の力は秘匿すべきものだから。

ちらりと横を見ると作倉さんは微笑んでいた。

「琴先輩、私から先に話をさせてもらっていいですか?」

その提案には琴さんも驚いているようだったが作倉さんの顔を見て穏やかな顔になった。

「構いません。」

「ありがとうございます。」

作倉さんは礼を言うと90度回転して僕の方に向き直った。

僕も作倉さんの方を向いて少し座布団を後ろにずらす。

作倉さんは数回胸に手を当てて深呼吸を繰り返し

「私、全部知ってます。」

穏やかで有りながら強い瞳で告げた。

「…え?」

何を言われたのか分からなかった。

なんでという疑問よりも何をが先行する。

作倉さんは動揺を隠せない僕にあくまでも優しい微笑みを向けていた。

「聞きました。真奈美ちゃんから、全部。」

まさかとやはりが同時にやって来て声が出なかった。

「半場君は、真奈美ちゃんのために。あの姿でみんなが驚いて、怖がったりしないように助けてくれたんですよね?」

(あの、姿…)

芦屋さんは言っていた。

作倉さんのジュエリアを使ってもう一度アルミナを手に入れたと。

どうしてそんなことをしたのかずっと疑問だったけどようやくわかった。

芦屋さんは常識を越えた真実を理解させるために、ソルシエールやInnocent Visionのような超常の力がこの世界に存在することを示すためにもう一度ジュエルを手に取ったんだ。

作倉さん、そして僕のために。

(バカだな。)

怖くないわけがないのに、それでも友達のためにやってくれた芦屋さんを悪く言えるはずがない。

「その時に聞きました。乙女会、ヴァルキリーの事とか"Innocent Vision"の事とか。それと、半場君の予知のこと。」

芦屋さんが自分の意思で部外者に打ち明けるとは思えない。

ヴァルキリーは力を隠すことを徹底しているから

「…」

琴さんが動いたと考えるべきだろう。

いったい何を企んでいるのか?

「半場君!」

「は、はいっ!?」

意識を頭に回していたところにいきなり手を握られて思わず素頓狂な声が出た。

琴さんがクスクスと笑っているから余計に恥ずかしい。

作倉さんは、泣いていた。

「ごめんなさい、半場君。私、何も知らないで酷いこと言っちゃって。ごめんなさい。」

「いいんだよ。思惑が何であれ僕が芦屋さんを傷つけたのは事実だから。」

あやすように握られた手を優しく包み込む。

それでも作倉さんの涙は止まってくれない。

「私、半場君を信じたかった。でもあんな光景を見ちゃったから疑っちゃって、でも誰にも話せなくて。苦しくて、辛かった。」

しゃくりあげながら、作倉さんは今まで溜め込んでいた思いを吐き出していく。

ギュッと握られた手が痛いくらいだったが僕は変わらずに撫で続けた。

「でも、真奈美ちゃんが目を覚まして、全部、話してくれて。半場君、悪い人じゃなかったって、優しいままだって分かって、嬉しかった。」

作倉さんの中で僕の存在が美化されている気がした。

実際に僕はいろんな人を傷つけた。

作倉さんを、芦屋さんを、そして八重花を。

僕はそこまで綺麗な人じゃない。

"化け物"であることに変わりはない。

「だから私は半場君に会いたかった。会って本当の事を半場君から聞きたかったんです。」

作倉さんはやっぱり変わっていなかった。

本当に優しくて…"化け物"の僕には眩しすぎる人。

僕はゆっくりと手を離す。

触れていればきっと僕は汚れのない作倉さんを染めてしまうから。

それが怖い。

どんなにこちら側のことを理解しても作倉さんは力を持たない一般人だから。

僕と作倉さんの間には奈落へと続く溝がある。

「最後に一言だけ伝えたいことがあります。」

作倉さんは緊張した様子でギュッと自分の手を握り締めた。

僕はどんな理由であろうと作倉さんをこちら側にこさせない。

それが力なき人々を化け物の力で救うという"Innocent Vision"の理念だから。

「私は…」

作倉さんは瞳に涙を浮かべたまま笑って


「半場君を許します。」


そう、言った。


言葉が出なかった。

それが別れ際に僕を許さないと言った言葉を否定したのだと、

気付いたときには一筋の涙が頬を流れていた。


「半場君は不思議な力を持っていて、きっとそれを引け目に思っていると思います。でも、私はその力で私の大切な友達を助けてくれた半場君に感謝しています。だから、もう少し、自分を許してあげてもいいと思いますよ?」

「ッ!?」

僕は胸を貫くような衝撃に震えた。

自分を許す。

そんなこと、考えたこともなかった。

僕は"化け物"だから1人なのだと、"化け物"であることを受け入れようとしてきた。

だけど作倉さんは許してくれる。

僕を許してくれる人がいる。

「う、くっ、うう…」

押さえようとしても次から次へと涙が溢れ落ちていく。

「半場君。」

そっと伸ばされた手。

胸に抱かれるのを僕は拒めなかった。

嗚咽を漏らし続ける僕を作倉さんは包み込んでくれる。

それがいっそう、僕の涙を流させる。

温かすぎて、優しすぎて、今までに感じたことのない温もりに恐怖しているのに離れられない。

「うう、う…」

ポンポンと優しく背中を叩く手が、ゆっくりと撫でてくれる手が、きっと物心つく前の母の姿と重なって、僕はいつまでも泣き続けた。


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