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Innocent Vision  作者: MCFL
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第108話 戻ってきた日常

そして1月8日、3学期初めの登校日。

八重花はげんなりした様子で登校していた。

原因は後ろというか隣を歩く3人にある。

「なんでまだついてくるのよ?他のジュエルみたいに脱会すればよかったのに。」

「うちらは八重花さんのジュエルですからそんな一度負けたくらいでへこみませんて。ソーサリスが化け物なのは合宿の時に嫌というほど思い知らされましたし。」

残ったジュエルの大半は八重花や良子の部隊、つまり根性のある乙女たちだけだった。

損得勘定というよりは負けん気で残留したメンバーなのでやる気は十分だったが撫子の望むような理念を持っているかは微妙なところだった。

「ですが隊長も想い人への会いたさに作戦を無視して奇襲をかけたのに完全に読まれていてカウンターでノックアウトとは…」

「なはは、ピエロだね。」

「…。」

あの一戦以来ますます彼女らは敬う姿勢を見せなくなった。

尤も一度として主だった功績をあげていないので名前は断固として聞いていない。

「これからどうなるのか、隊長は聞いていませんか?」

「活動派のソーサリスは"Innocent Vision"とジェムの探索をしていたみたいだけど成果はなかったようね。ジュエルは現状の人員を再編成するんじゃないかしら?」

ただ、八重花の勘がこの3人は自分の下に回されるだろうと告げていた。

いろんな意味で面倒な人材なので葵衣がそう判断するだろうと考えてもいる。

「とにかく、3人合わせて1人前くらいにはなってもらわないと部下として示しがつかないから…」

「指導してくれるんですか?」

まさかの可能性に身を寄せてくる3人に八重花はフッと笑い

「せいぜい頑張りなさい。」

あっさりと切り捨てた。

「やっぱりー!」

ちょっと持ち上げられてから落とされて3人はお手上げポーズを取るのだった。


八重花が1年生の教室のフロアに到着すると新学期ということもあって騒がしかった。

休みの間に旅行に行ったこと、初日の出を見たこと、寝正月で食っちゃ寝だったこと。

休み期間の出来事を雑談していた。

「平和ね。」

ジュエリアの件はそれなりに大きな事件だったはずなのに年明けの学校では話題に上っていない。

所詮は流行り廃りに飲まれる程度の事かと思いながら教室に近づくと1年6組は妙に騒がしかった。

ザワリと背筋が震えた。

雑踏からの声に情報は含まれていない。

それでも八重花は駆け出していた。

入り口に立つ生徒を押し退けるようにして教室に飛び込む。


「や、おはよう、八重花。」


「…」

八重花は信じられないと言った様子で呆然と立ち尽くしてしまった。

2ヶ月以上空席だったそこに、半場陸が座っていたのだから。




半場陸が登校してきた。

その情報は1年のみならず多少興味のある他学年にも伝播して撫子の耳にも届いた。

尤もそれよりも前にそうであろうことは予測できていた。

「あはは、でねぇ、…」

「うそー。でもありえるかも…」

撫子から数席離れたところでは"Innocent Vision"の江戸川蘭が学友と談笑していた。

その様子は身を隠して潜伏していたようには見えない。

普通に冬休みを謳歌しましたと顔に書いてあるようだった。

(いったい、どうなっているの?)

撫子は理解の追い付かない状況に歪みそうになる顔を押さえるのに苦労するのだった。



良子と緑里、そして葵衣は2年生の階の踊り場で羽佐間由良を睨み付けていた。

厳密には良子と緑里が睨んでいて葵衣はその後ろに控えているだけだが内容に違いはない。

「今さら学校に何をしに来たの?」

緑里の質問に由良は何をバカなと言った風に鼻で笑う。

「学生の本分は勉学だ。登校して何が悪い?」

「いや、君は出席日数足りないんだから3学期来てもあまり意味がないんじゃないかな?」

「ぐっ!痛いところを。」

良子のツッコミに由良が胸を押さえる。

だがピリピリしているヴァルキリーと違って由良はふざけているようにしか見えない。

「クリスマスパーティーから"Innocent Vision"の消息は不明となっていましたがどちらに行かれていたか教えていただけませんか?」

葵衣が丁寧に、しかし強引に尋ねる。

由良はポリポリと頭を掻いて

「どこにも行ってないというか、むしろ帰っただけだ。」

そう答えた。

「それは高層マンションではなく、元のアパートということでしょうか?」

由良がなんでもないように頷くとヴァルキリーのメンバーは顔を見合わせた。

確かにヴァルキリーは"Innocent Vision"が何処かに潜伏しているという前提で捜索していた。

つまり4人が一緒にいることを想定していた。

だからこそ各自が実家に帰っている可能性を考慮に入れなかった。

「"Innocent Vision"のアジトごっこはそっちの言うパーティーの日に解散になったんでな。あのアパートにいる理由もなかったし帰ってきたってわけだ。」

由良はいまだ困惑している3人の脇を抜けて階段を上っていく。

登校しても相変わらず出席する気はないらしい。

「"Innocent Vision"は、インヴィは何をするつもりなんだ?」

良子の切羽詰まった問いに上の踊り場で振り返った由良はニヤリと笑う。

「さあな。そういうのは陸に聞いてくれ。」

由良はそう答えると屋上へと向かってしまった。

残されたソーサリスはチャイムがなるまでその場から動けなかった。



「おー、陸じゃないか!本当に久しぶりだな!」

「?…どちら様でしたっけ?」

熱い抱擁をしてこようとしたクラスメイトがいたがどうしても思い出せず正直に尋ねると彼はヘッドスライディングするように倒れた。

彼は髪を強引にかきあげて真上に摘まんで見せた。

「俺だよ!芳賀、芳賀雅人!」

チクチクチクチク…ポーン

「ああ、芳賀君だ。印象が変わったから分からなかったよ。」

いつの間にか金髪ツンツンが黒髪サラリになっていれば無理もないだろう。

「おお!陸は俺の事を忘れてなかった!」

芳賀君はなぜか感動して拳を振り上げていた。

さすがに2ヶ月程度で名前を忘れるほど痴呆は進んでいないのだが、まあ、本人が喜んでいるようなのでそっとしておく。

僕はいまだに動きを見せない八重花に視線を向けようとして

「りくりく発見!」

「わぁ!本当に半場くんだ!」

その前に久住さんと中山さんの元気な声が教室に響き渡った。

2人はダダダと足音も荒く、歓喜していた芳賀君を弾き飛ばして

「ドーン!」

「ドカーン!」

思い切り抱きついてきた。

「うわっ!」

いきなりだったがどうにかバランスを保つことができた。

「いやー、本物の半場くんだわ!」

「にゃはは、そだね。」

どういう基準で本物だと言ってるのかわからないがクンクン臭いを嗅がないでもらいたい。

僕が引き剥がすと2人は不満げだった。

「せっかくの再会の抱擁がぁ。」

「にゃはぁ、りくりくひどいよ。」

「女の子がはしたないよ。」

宥めるとあっさり了解してくれて2人は笑顔になった。

「何はともあれ、久しぶりだね、半場くん。」

「にゃはは、久しぶり。」

「うん。久しぶり。」

友達との再会に改めて嬉しさが込み上げてきた。

「それにしても2ヶ月もどこに…」


「あ…」


その声は小さくてもはっきりと聞こえた。

僕が視線をドアに向けると2人もそれに倣った。

教室の入り口には

「半場、君…?」

目を見開いてポカンと口を開けた作倉さんが立っていた。

(作倉さん…)

彼女は芦屋さんの事件の顛末を知る唯一の一般人。

そして隠匿生活の中で唯一出会った一般人。

彼女に特殊な力があるのか、力ある者が作倉さんに助言したのかはわからない。

それについては追々聞かなければならないだろう。

それに別れ際に作倉さんは僕を許さないと言っていた。

だけど今の表情に暗い感情はない。

ただ、友人が帰ってきたことに驚いているようにしか見えなかった。

だから僕もとりあえず難しい話は置いておいて

「久しぶりだね、作倉さん。」

笑顔で挨拶をした。

作倉さんはブンブンと少しだけ赤くなった頭を横に振るとしっかりとした足取りで近づいてきて

「はい。みんな心配しましたよ、半場君。」

これまでと変わらずに優しい声をかけてくれた。

いや、少し見ないうちに大人びたように見える。

出会った頃ならきっとアワアワと取り乱していただろうから。

「少し大人っぽくなったね。」

僕が素直に感想を述べると

「え、あの、そんな…」

作倉さんは真っ赤になってオロオロしだした。

まだまだだったようだ。

「おお、早速半場くんの口説き文句炸裂ね!」

「りくりくの女たらしぃ。」

久住さんたちがからかってきて作倉さんが照れて慌てて、だいぶ前の感じが戻ってきた。

でもまだ足りない。

芦屋さんは仕方がないとしてももうひとつ、ピリリと鋭いコメントが足りない。

(八重花。…まあ、無理もないか。)

いまだに放心している八重花を横目で見て諦める。

もともとすべて元通りに出来るなんて思ってはいない。

(いつまでこうしていられるかわからないけど、また暫くは"人"として過ごさせてもらうよ、みんな。)

作倉さんはやっぱり逞しくなったようで久住さんに反論していた。

それを軽くいなしてさらにちょっかいを出す久住さん。

その姿はとても楽しそうに見えた。

だから僕も

「ははは。」

久しぶりになんの気負いもなく笑うことができた。




始業式は午前中で終わり、陸は復帰祝いにクラスメイトの数人に拐われて町へと繰り出していった。

当然八重花もついていく予定だったがヴァルキリーの召集がかかったため長い逡巡の末に断念した。

召集の理由も必要性も理解している。

八重花がヴァルハラの扉を開けると

「どういうことですの!?」

ヘレナの声が響いた。

撫子は少し疲れた様子で落ち着くように促し八重花の到着を確認した。

「全員揃いましたね。ご存じのことと思いますが"Innocent Vision"が登校してきています。」

「羽佐間由良の話だと潜伏じゃなくて実家に帰っていたらしいですしね。」

良子が呆れたように肩を竦める。

撫子も事前に葵衣から聞いていたとはいえ自分の不甲斐なさと相手の大胆さに嘆息せずにはいられなかった。

「しかし、なぜ戻ってきたのでしょうか?クリスマスパーティーでジュエルに甚大な損失が出たとはいえ壱葉高校は私たちヴァルキリーの本拠地に変わりありません。敵地に乗り込んでくるメリットがあるとは考えづらいのですが?」

悠莉の意見に皆うつ向いてしまう。

それは皆が疑問に思い、ヴァルキリーの中からは出てこない答えだ。

"Innocent Vision"、そのトップであるインヴィの方針なのは間違いないため彼に話を聞くのが一番手っ取り早かった。

「東條さん。半場さんは今どちらにいらっしゃいますか?」

「…クラスメイトと一緒に遊びに行きました。」

自分も行きたかったと不機嫌なオーラを放ちつつ答えるとヴァルキリーのメンバーはわずかにたじろいだ。

「コホン。」

撫子はわざと大きく咳払いをして仕切り直す。

「そうなりますと明日以降ですね。"Innocent Vision"も早々に仕掛けてくることはないでしょう。」

その思い込みで幾度も"Innocent Vision"に酷い目に合わされているから皆の表情は険しい。

むしろ油断させたところで学校にいるジュエルとヴァルキリーを一網打尽にしようとしているのではないかとすら考えてしまう。

撫子は悲観的な考えで不安になりかける心をトップとしてのプライドで無理やり奮い立たせた。

「まずは相手の出方を窺いましょう。インヴィおよび"Innocent Vision"の行動を注意深く観察してください。」

「でも、隙があったら殺してもいいんですよね?」

美保はすでに猛禽類のような鋭い目をして獲物を狙っていた。

慎重に行くべきだと思ってはいたが衝動に突き動かされるソーサリスではあまり抑えがきかない。

「構いませんが無理はなさらないで下さい。」

なので注意するに止めた。

「そういうことなら私はりくの監視に行かせてもらいます。」

八重花は方針が決まるとすぐに立ち上がった。

今から追いかければまだ間に合うかもしれないからだ。

「確かに東條さんは半場さんの友人ですから監視役としては最適です。しかし、すでにあなたがヴァルキリーの一員であることは知られています。警戒されるのではありませんか?」

八重花はスタスタとドアの所まで進み、開いた状態で振り返った。

「私の目的はりくを手に入れる。それはずっと変わっていません。」

つまりは警戒されようがなんであろうがやることは変わらない。

そして、ヴァルキリーの思惑など関係ないと言外に告げて八重花はヴァルハラを後にした。

残されたメンバーは八重花の態度に反感を覚えてムスッとしていた。

撫子は小さく頭を振って葵衣の淹れた紅茶に口をつけた。

「あちらも対処しなければならないかもしれませんね。」

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