第106話 覚醒、決着の時
天に掲げたアヴェンチュリンから溢れた光が空へと注がれ、雲を突き抜けた先に向かっていく。
(これはさすがにまずい!)
なぜか頭がチリチリと痛むがそんなことを気にして蹲っていては消滅を待つだけだ。
僕は左手で頭を押さえながらスタンガンを取り出して花鳳に向かって駆け出した。
「スタンガンですか。変わった武器をお持ちですね。」
大技のチャージ中は攻撃のチャンスというセオリー通りに駆け寄ったが花鳳はあっさりと光の放出を解除、光を宿したアヴェンチュリンを振ってきた。
「うわっ!」
咄嗟に急ブレーキで胸先ギリギリを掠めるに留めたが光の帯は健在。
花鳳は再び縦に振り下ろそうとしていた。
「これで終わりです!」
「まだだ!」
光の帯の下に飛び込み、前転するようにアヴェンチュリンをかわす。
直後光の十字架が爆裂して周囲に光弾を撒き散らす。
だが、花鳳のいる側だけは安全地帯だ。
そのままごろごろと転がって距離を取ってから起き上がる。
さっきとは逆側の立ち位置になった形となる。
「ソーラークルセイドを二度目で見切りますか。」
花鳳は再びアヴェンチュリンを天に突きつける。
このままでは何度やっても同じ過程と結末を迎えるだけだ。
「くっ!」
ズキリと頭の奥が軋むように痛む。
この命の懸かった重要な状況で集中できないのはかなり厳しい。
(あるいは、本能がInnocent Visionに落ちるのに必死で抗ってるとか?)
現状を少しでもいい方向に考えようとしたらそんな結末になった。
確かに今Innocent Visionに入って眠りについたら一貫の終わりだ。
恐怖が引き金になってInnocent Visionが押さえ込めているのならこの頭痛にも意味があるような気がしてきた。
「さあ、もうすぐです。天空に第2の太陽が昇るとき、ヴァルキリーの新たな時代が始まるのです。」
もはや一刻の猶予もない。
今持ちうるすべてのカードを切らなければ負けが確定してしまう。
「うおお!」
僕は愚直にも突攻を敢行する。
花鳳もまた同じように光の供給を止めてアヴェンチュリンでの攻撃に切り替えてきた。
(軌道が低い。)
下を潜られたのを警戒したのだろう。
アヴェンチュリンは足払いのような低い位置に発生した。
次が縦振りならうまく上を飛び越そう。
そう思っていた僕はズキリと痛んだ頭で前を見て息を飲んだ。
花鳳はアヴェンチュリンを握る右手を大きく後ろに引き
「はあっ!」
槍、あるいは長刀のように突きを放ってきた。
それらはわざと外されたように軌跡だけを残している。
前に一閃、左右に一突きずつ。
それは僕を閉じ込めるための光の檻に見えた。
(これは、まずい!)
だけど違う。
花鳳は僕を捕らえようとはしていない。
ならばこれは檻ではなく
「この攻撃をかわしきれますか、インヴィ?」
棺だ。
花鳳がアヴェンチュリンを地面に叩き付けると光の帯がカッと煌めいた。
すぐに頭を抱えながら後ろに向かって飛び込んだが
無数に生み出されたサンスフィアの嵐は周囲すべてを蹂躙し
「うわあああ!」
僕も背後からの破壊の嵐に吹き飛ばされた。
全身が痛い。
もはや頭が痛いのか別の箇所を怪我したのか分からないくらい無事な部分などなかった。
ただ、意識だけは失うまいと歯を食いしばって必死に抗い続けた。
背中を中心に焼きごてを押し付けられたような熱を持った痛みが今も燻っている。
その熱が体温を上げているのか頭がボンヤリとしていた。
落ちてしまいそうになる意識を保つために鉛のように重い体を無理矢理に起き上がらせる。
だが立ち上がるだけの気力は出ず尻餅をついて顔だけをあげた。
左目が痛い。
痛みで焦点の定まらない視界の向こう側で花鳳が立っているのがわかった。
「これでおしまいです。」
そう嬉しそうに告げた花鳳が天からの光に包まれたように見えた。
目を見開くと少しだけ視界も回復して、それがまさに天からの光だと気付いた。
「あ、あ…」
空を見上げて声が漏れた。
それは雲を突き抜けて地上へと降りてこようとしている第二の太陽。
アヴェンチュリンのグラマリー、コロナの姿だ。
「コロナは上空からの射撃を可能としますが遠い場所はわたくしでは確認できないため葵衣のサポートが必要でした。」
だからこそコロナがヘレナのグラマリーの闇という分かりやすい標的がある時か海原葵衣がいるところでしか撃たれなかったのか。
「ですが、目の届く範囲でしたらわたくしでも十分に扱えます。」
天からゆっくりと降りてきた光は僕たちの遥か高空の頭上で制止した。
それが僕を狙い撃つための準備だと分かっているのに立ち上がることもできない。
心が抵抗の無意味さを痛感していた。
(力の差がありすぎる。あんなの、僕には止められない。)
他のソーサリスのように身体能力の強化や精神攻撃、遠隔操作というのも人智を越えた力だがまだ人の域にあった。
だけど花鳳の力はもはや神の域とすら思えるほどの力を持っている。
そんなものに何もない僕が敵うはずがなかった。
頼みの綱のInnocent Visionでさえ花鳳との戦いの姿は見せてくれなかった。
だから僕は結末を知らない。
それでも近い未来の自分の姿は想像できる。
(僕は、死ぬ。コロナの光でこの世界から消滅する。)
花鳳は歓喜の表情でアヴェンチュリンを掲げた。
「この光がヴァルキリーの未来を照らすことを願います。コロナ!」
最後にアヴェンチュリンから魔力が打ち上がった。
それはコロナへと吸い込まれ、カッと光が増した。
その瞬間からスローモーションのようにコロナの光が撃ち放たれる様が見えた。
光の球体から同色の光の柱が真っ直ぐ僕に向かって出現する。
前の時よりも小さいのは狙いが僕1人だからだろう。
なんとか立ち上がることはできた。
なのに足が動かない。
ズキッと頭を貫くような頭痛に顔をしかめる。
避けなければ死ぬ。
避けても殺される。
力のない僕には何もできない。
なんで僕ばかりがこんな目に会うのか。
こんなことなら生まれてこなければよかった。
死んでしまえ。
楽になれるぞ。
誰からも冷たい目で見られることはなくなる。
僕が消えれば…
(…なんて、考えられたら楽なんだろうな。)
死に救いを求めるならもっと早くに殺される道を選んでいた。
今日みたいな皆を巻き込むような戦いをする前に。
だけどその道を僕は選ばなかった。
僕は臆病だから。
死ぬことが怖いから。
(ああ、そうか。僕は…)
やっと気付いたとある思いに耽る間もなく僕は光の渦に飲み込まれた。
「ふふ…」
局所的な爆心地はモウモウと粉塵を上げていた。
「ふふふ…」
そこはすでに荒廃した大地。
草木も生えぬ常世の国と化していた。
その地獄に響き渡る歓喜の笑い声。
押し殺したような声はやがてはっきりとしたものへと変わっていた。
「とうとう、とうとうやりました。
ついにわたくしたちの宿敵、Innocent Visionを葬り去ることが出来ました。
これでヴァルキリーを阻む者は魔女のみ。
そちらもジュエリアが全国に普及すれば戦力は磐石となります。
魔女とジェムを駆逐した暁に、ヴァルキリーは恒久平和という理想への第一歩を踏み出すのです。」
花鳳撫子は興奮を隠しきれない様子で未来を夢想していた。
やるべきことはまだ山ほど存在しており、Innocent Visionが障害となって進められなかった計画もある。
それらの効率的な運用プランを立て始めている。
ピシャーン
激しい雷鳴が空に響き渡り浮かれていた撫子の耳を打った。
水を差された形となり撫子はわずかに顔をしかめたまま霧散していく粉塵に目を向けた。
そして、土煙の向こうに朱色の輝きを見た。
撫子の表情が険しくなる。
このタイミングで現れるとなると"Innocent Vision"のソーサリス以外に考えられない。
「何者です?」
アヴェンチュリンを構えて煙の向こうを睨み付ける。
もしもこの相手にインヴィが救出されていたら今度こそ滅ぼさなければならない。
ザッ、ザッ
吹き飛んだ大地をゆっくりと歩む足音が耳につく。
ゴロゴロ
雷の轟きが心に言い知れぬ不安の影を落とす。
風が吹いた。
土のカーテンが払われる。
撫子はアヴェンチュリンを取り落としそうになった。
「あ、あなたは…」
「やっとわかりましたよ。」
その声は儚く、どこか力強い。
「僕は、こんなにも生き汚かったんです。」
これまでのような虚勢とは違う、本物の力強さがある。
撫子は自分が震えていることに気付いたが手で押さえつけてもアヴェンチュリンはカタカタと揺れ続ける。
「その、左目。貴方は、いったい誰なのですか?」
撫子は尋ねる。
目の前に立つ存在は魔術という世界に足を踏み入れた撫子をして理解の範疇を越えた未知、恐怖だった。
それは穏やかに微笑みを浮かべ
「Innocent Vision、半場陸ですよ。」
左目を異様なほどに朱色に輝かせていた。
僕を見て花鳳は幽霊でも見たかのように驚愕していた。
だけど残念ながら足も体もある。
「これが魔女の言っていた目覚めか。」
それが感覚的に分かる。
だって今、僕の意思でInnocent Visionが制御できるのだから。
(サンスフィアが3発)
放たれるイメージを避けるつもりで横にずれるとわずかな間を置いて花鳳が全く同じ動きをトレースしてサンスフィアを3発撃ってきた。
当然その時すでに僕は回避行動の最中だから当たりはしない。
だが花鳳はあり得ないと言った様子で目を見開いていた。
「インヴィ、貴方は何をしたのですか?わたくしのコロナをかわし、今の不意打ちのサンスフィアをいとも簡単に回避する。それではまるで…」
「未来が見えている、それだけですよ。」
そう。
Innocent Visionはただの予知能力だ。
それが不定期だった力を任意に使えるようになった、ただそれだけのこと。
僕には相変わらずソーサリスと戦う力なんてありはしない。
僕は花鳳に背を向ける。
「どうしました?まだ戦いは終わって…」
「さっきのコロナで僕を殺すことができませんでしたね。それでもまだやりますか?」
言葉を遮られて花鳳が口をつぐんだ。
さっきのコロナで4発目。
皆と力の総量に大きな差がなければそろそろ枯渇する頃だろう。
よく見れば花鳳はアヴェンチュリンを支えにして立っていて荒い息をしている。
限界は目に見えていた。
「それでもわたくしはあなたを倒さなければならないのです!」
僕はヒョイと横に移動する。
背後から迫っていた一撃は僕がいた場所をすり抜けて林の木にぶつかって弾けた。
「う、後ろからの攻撃を、容易く…」
花鳳の声から力が失われた。
Innocent Visionを殺しきれなかった時点で僕たちの勝ちだ。
(ふははははは!ようやく目覚めたわね!)
突然歓喜に震える魔女の声が頭に響いた。
それと同時に見えた映像にため息が漏れる。
「…ジェムが来ますよ。決戦はここまでですね。」
「お待ちなさい!わたくしたちはまだ…」
叫ぶ花鳳に手のひらを向けて制止させる。
僕は笑みを作り
「動くと危ないですよ?」
忠告をする。
直後すぐ近くに落雷があり大木が燃えながら倒れてきた。
「待って、待ってください!インヴィ、半場さん!」
僕と花鳳を別つように横たわった木の向こうから花鳳の叫び声が聞こえた。
僕は振り返ることなく上を目指す。
落ちてきた林の崖を慎重に登っていく。
ようやくたどり着いて身を乗り出す。
ゴルフ場はヴァルキリーとジェムの大混戦だった。
(こんな所で死なれては面白くないから。戦いは終わったのだから問題ないでしょう?刻印は消しておいてあげたわ。さあ、行きなさい。)
魔女は屁理屈じみた理由で参戦してきた。
だが向こうの方で噴き上がる炎や闇が見えることから帰りに抵抗されるのは間違いなかった。
それを抑えてくれるというなら今日のところはお言葉に甘えようと思う。
僕は戦場の中心で悠々と携帯を使って"Innocent Vision"の皆と連絡を取る。
当然控えていたジュエルの攻撃はあったがその攻撃すべてが見えたしジェムの介入もあって予想よりも襲撃は少なかった。
「陸、無事だったか!」
「その瞳。」
「…。」
3人と合流した僕は戦闘の混乱に乗じてゴルフ場を後にした。
これが"Innocent Vision"とヴァルキリーの最大の戦いの結末。
そして後日、ジュエリアの製造工場が謎の爆発を起こし、出荷予定の在庫が盗難されるという事件が発生した。
犯人は不明。
現在も調査中となっている。
ヴァルキリーのジュエルも半数近くが脱会。
そして、"Innocent Vision"は行方をくらませていた。