第104話 大挙なるものの反撃
「随分とてこずらせてくれたな。」
「疲れた。」
僕がいなくなっているうちに戦いに決着がついていた。
ヘレナと海原緑里は戦意を喪失した様子で地面に背中合わせで座り込んでいた。
「あの、僕の立場は…」
由良さんは実におかしそうに目を細めて笑った。
「雨宿りに行っていた少年A。」
「見てただけ。」
明夜まで遠回しに役立たずだと言ってきてヘレナたち同様僕もゲンナリだった。
「…それじゃあ、先に進もうか。」
「はは。ふて腐れてないでしっかりしてくれよ、陸。」
「まだ終わりじゃない。」
明夜の言う通りまだ花鳳撫子と海原葵衣が残っている。
気を引き締めてかからないといけない。
パンッと両手で頬を叩いて気合いを入れ直した。
「よし、行く…」
改めて出発を宣言しようとした瞬間、闇のカーテンを突き抜けて圧倒的な光の渦が僕たちの脇を抜けていった。
ヘレナが解いたのかさっきので壊されたのか闇が散っていく。
急き立てられるような感覚の中、徐々に明らかになっていく視界の先には
「あ…」
直撃コースの光の柱があった。
(これが夢で見た光。)
視界を埋め尽くしていく光に逃げる気すら奪われて僕は呆然と立ち尽くしていた。
明夜と由良さんが何か叫んでいたがわからない。
光はまっすぐ僕に迫り…
「ヒロインは遅れた頃にやって来る!」
そんな声が背後から聞こえてすぐに僕の脇を小柄な少女が駆け抜けていった。
「蘭さん!?」
「やっほー。悠莉ちゃんはヴァルキリーの2人をお願いね!」
「はい、蘭様。」
なぜか下沢を引き連れてきた蘭さんは迫る光に正面から飛び込んでいき
「スペリオルグラマリー、アイギスッ!」
オブシディアンの奥義を放った。
漆黒の盾からエネルギー状のプレートが現れて光の柱を受け止める。
バチバチ
強力なエネルギーのぶつかり合いで生じた火花や風が襲ってきた。
「くぅーりゃあ!」
蘭さんは左手を大きく押し返す。
バァンと空気が破裂するような音と共に閃光が世界を包み込んだ。
『残存兵力すべてに通達。全員"Innocent Vision"を殲滅せよ。』
閃光が収まる前に由良と明夜は陸に駆け寄っていた。
「まずい。気を失ってるぞ。」
「囲まれる。」
ご丁寧にも葵衣は通信機ではなく放送で流してくれたので相手の行動は丸分かりだった。
だからこそこの傷ついた状況で3対数十の兵力差の厳しさを痛感している。
「蘭、大丈夫か?」
そして陸ほどではないにしても直接あの光を受けた蘭が無事なわけがない。
現に
「だいじょーぶ。だいじょーび。」
健気に元気を振る舞っているがフラフラだった。
由良は陸を肩に、明夜は蘭を背負って駆け出す。
「疲れてるとこ悪いが幻影を頼む。」
「わかってる~。イマジンショータイムぅ。」
微妙にお疲れな様子でオブシディアンを持ち上げると4人の姿が透明になる。
ちょうど光が収まり
「逃がしましたわ!まだ遠くには逃げていません、追いますわよ!」
ヘレナの叫びを聞きながら"Innocent Vision"は退却を余儀なくされた。
「ごめんね、もう無理。」
蘭がとうとうへばって迷彩が解けた。
由良はポンと蘭の頭に手を添えた。
「上出来だ。」
由良の目には林の中に巧妙に隠された仮設テントが映っていた。
普通なら絶対に気付かない、それは紛れもなく陸の力があったからこその発見。
だから由良たちは逃げるのではなくテントへの奇襲にした。
幸い兵は出払っているらしくテントに見張りや警護はいない。
「明夜は陸と蘭を頼む。テントは俺が制圧する。」
「うん。」
「由良ちゃん、気を付けてね。」
背中を見せたままグッと握った拳を突き上げて由良はテントへと向かっていった。
テントの側まで近づいてもヴァルキリー側の反撃はなかった。
(中に潜んでいて入った瞬間に…ってわけでも無さそうだな。)
テントの中からは機械の唸る微かな音がするだけで人の気配がまるで感じられなかった。
(嫌な予感がするな。)
由良はバッとテントの入り口を玻璃で跳ね上げた。
中にはこの場に似つかわしくない巨大な通信装置や発信器のモニターが所狭しと並んでいたが、
「花鳳と海原どっちもいない?」
そこはすでにもぬけの殻だった。
ゾワリと肌に寒気が走った瞬間
ドーン
テント内部に仕掛けられていた爆弾が爆発した。
一台数百万円は下らない計器がこっぱみじんに吹き飛び、テントも襤褸布のように燃えながら飛んでいった。
その爆心地で、由良は超音壁を展開して難を逃れていた。
だが完全に防げたわけではなく額からは血が滴り息も荒い。
荒い呼吸を繰り返す口がわずかに開かれ
「明夜、蘭、気を付けろ!囲まれてるぞ!」
戦場に響き渡る声を張り上げた。
「くっ!」
膝をついた由良は足音に顔をあげる。
爆発で抉れた大地の上からは海原葵衣がジュエルを率いて見下ろしていた。
手に取る空の色をした片割れの剣、ソルシエール・セレスタイトを指揮棒のように、あるいは軍配のように使ってジュエルに指示をする。
「…へっ。金持ちはやることが派手だな。」
「あの程度の損失で"Innocent Vision"を排除できるのでしたら将来的な利益からすれば安いものです。」
葵衣は由良の皮肉を真っ向から正論で返す。
瞳には揺るぎない闘志が見て取れた。
「随分とやる気だな。なんで俺たちがここに来ると分かった?」
「保険の1つに過ぎませんでした。インヴィならばこの状況を予測して遠距離からの攻撃を推奨したように思います。つまり、現在彼は負傷して意識がないのですね?」
葵衣の推理に由良は自分の詰めの甘さを悔いた。
同時に知られてはならない情報を行動によって悟られてしまった。
「その口振りだと陸の方は確認していないんだな?」
「はい。そちらにはヘレナ様を筆頭に活動可能なソーサリスと半数のジュエルを配置しました。すぐに発見されるでしょう。」
葵衣は話は終わりだとばかりにセレスタイトを天に向けた。
周囲のジュエルが各々の武器を一斉に構える。
由良は立ち上がるとハアと深いため息をついた。
「やっちまったな。陸が起きたら怒られるか、これは。」
「目覚める保証はありません。インヴィおよび"Innocent Vision"のソーサリスには抹殺命令が出ています。」
"Innocent Vision"はヴァルキリー及びジュエルを殺さず無力化することを初めに定めていた。
対してヴァルキリーは殺すつもりで挑んでくる。
覚悟の違いが見えた。
だが、ソーサリスにとって殺さないことは大きな枷を嵌めたようなものだ。
ヘレナを打ち倒した由良は陸が見ていない時に一時的に枷を外し、一切攻撃をせずに緑里を無力化した明夜は枷を嵌めたままだった。
「ふぅ。」
由良は玻璃を杖のように地面に立てて立ち上がった。
いよいよジュエルが攻撃開始の命令を待ち焦がれて飛び出そうとしていた。
「陸が寝てるんなら、いいよな。」
由良は玻璃に手を添えたまま天を見上げる。
「クリスタロス…」
由良がその名を口にした瞬間、玻璃が、いや、クリスタロスが激震した。
大地が震えてジュエルに動揺が走る。
「これは…」
「喜べ、ヴァルキリー。これから陸が目を覚ますまでの間…」
由良は唇を舌で舐めると壮絶な笑みを浮かべた。
「俺は全力だ!地撃震!」
爆弾の破壊など微々たるものに見えるほどの大地の鳴動。
この一撃を皮切りに陸が目覚めるまでの間"Innocent Vision"の全力戦闘が開始された。
大地を揺るがす由良の一撃を遠くで感知した蘭はフッと笑って立ち上がった。
周囲に密かに展開しているヴァルキリーに気付きながらも警戒している様子はない。
「あーあ。由良ちゃん、とうとうキレちゃった。」
「…冷静に殺す気。」
「あはは。それが一番怖いんだけどね。」
明夜も立ち上がり右手だけを前に突き出す。
目を落とした先には陸が静かに眠っている。
「明夜ちゃんも行っちゃうの?ラン寂しい。」
「陸をお願い。」
ランのぶりっこには全く反応を示さず明夜は真摯な目を向けた。
ランは敬礼するように右手を額に当ててウインク。
「うん。わかったよ。やっちゃえ、明夜ちゃん!」
「やっちゃう。」
明夜の目がスッと細められた。
右手の刃に魔力が充足していく。
「『神の爪』、起動準備。」
明夜の異変に気付いたヴァルキリーが行動を開始した。
ほぼ全方位から迫る敵はとてもではないが明夜1人で捌ける数ではない。
刻々と狭まるヴァルキリーの輪の中心で
「ソルシエール・オニキス。グラマリーアフロディーテ、目覚めて。」
光が立ち上った。
攻撃かと警戒したヴァルキリーが足を止めて様子を窺い、
「何ですの、あれは?」
「機械の、騎士?」
明夜の隣に立つ細身の甲冑を見た。
右腕は明夜の剣がそのまま付いていて目に当たる部分は左目の部分だけが赤く輝いている。
「敵を駆逐する。」
明夜が駆け出すとまるで鏡合わせのように甲冑もまた逆方向に駆け出した。
神の爪とも呼ばれる黒色の宝石オニキスの名を関したソルシエールのグラマリーは右手の剣を依り代とした騎士甲冑を生み出す能力だった。
そしてその性能は使用者を投影するため今戦場には2人の明夜が存在しているようなものだった。
「柚木明夜!」
緑里がベリルを振り被りながら襲いかかってきたのを左手だけになった刃で受ける。
緑里の表情は納得がいかないとばかりに怒りに満ちていた。
「グラマリーが操作系ならその身体能力の高さは何なんだよ!?」
護法童子、白鶴、酒呑童子をすべて打ち砕かれた緑里は最後には言い訳の理由すらもへし折られて完全に涙目だった。
明夜は周囲から迫る敵の足音から時間をかけている暇はないと判断し
「生まれつき。」
簡潔に答えて刃を押し返した。
「そんな理由で!」
激昂した緑里はベリルに全力を込めて振り下ろそうとする。
だが大上段に構えた緑里は明夜にとって的も同然だった。
緑里が振り下ろすよりも先に地面を蹴って接近し、ベリルが当たるよりも先に刃を振り抜く。
初歩にして究極の攻撃は
「何をやっていますの!」
「緑里先輩。」
間に割って入ってきたヘレナと悠莉によって阻まれた。
緑里はフンと顔を横にそらして鼻を鳴らす。
「なんだよ!こっちは1人で大丈夫だって言ったじゃないか!」
「あのアフロディーテという鎧が邪魔でインヴィまでたどり着けませんのよ!」
「ですからまずは術者を倒しませんと。」
実は悠莉が怯えて使い物にならなかったから連れてきたとは言わない。
蘭が無事に出てきている時点でルチルでの勝敗の結果は見えているから傷を抉るようなことは言えなかった。
「とにかく、柚木明夜を倒せばインヴィの所に行けるんだね。やる気出てきた!」
「蘭様…江戸川先輩がいらっしゃいますけどね。」
悠莉は然り気無く蘭へのフォローを入れていた。
恐怖の記憶が悠莉を従属させている。
「コホン。インヴィが目覚めて面倒なことになる前に押しきりますわよ。」
「そうですね。圧倒的な戦力差でここまで抵抗されるとは予想外でしたから、その上半場さんが目覚めてはどんな反撃が来るか分かりませんね。」
「絶対倒す!それで撫子様に誉めてもらうんだ!」
投資をみなぎらせる3人のソーサリスを前に明夜は臆することなく左手だけになった剣を構えた。
刀身に魔力が宿る。
「陸を守るために、私は戦う。」
魔力に思いを込めて剣を振り上げた明夜はヴァルキリーのソーサリスたちに踊りかかった。
左と右、どちらからも金属のぶつかり合う音が響く。
木の根を枕にした陸の隣で蘭は木に背中を預けて座っていた。
こんな殺伐とした状況でなければ膝枕の一つでもしてあげるところだがいつ敵襲があるか分からない以上いざ戦闘で足が痺れて動けませんでしたではすまされないので自重した。
光にやられたのかInnocent Visionに落ちたのか、陸はすやすやと眠っている。
「明夜ちゃんが張り切ってるからラン退屈。」
そうは言ってもアイギスとイマジンショータイムの連発はきつくて体力も力も空っぽだったので休めるのは正直ありがたかった。
「みんな、りっくんのために頑張ってるよ。」
蘭は陸の頬に触れて優しく撫でる。
「さぁて、りっくんはどうするのかな?」
それは語りかけているようにも独り言のようにも聞こえる問い。
「りっくんはいつ目覚めるのかな?」
その呟きは楽しそうに、悲しげに、戦いの音に掻き消えていった。