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Innocent Vision  作者: MCFL
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第102話 闇に煌めく三日月

僕たちは木々を隠れ蓑にして哨戒するジュエルを避けながらゴルフ場の奥へと向かっていた。

「相変わらず陸の作戦は無謀というか奇抜というか。まさか敵とは極力戦わずに指令本部の制圧とはな。」

「大穴。」

「確かに奇襲みたいな作戦が多いけど、それはだいたい戦力差があって普通に戦うと危ないからだよ。好きで危ない橋を渡ろうとしてる訳じゃないって。」

「どうだかな。」

由良さんはあまり信じてくれていないようだった。

酷いとは思うがこれまでの作戦を思い返すと確かに強くは言い返せない。

「本部はこっち?」

「たぶん。」

確証はないがInnocent Visionで見た映像と戦場として連絡を受けたゴルフ場の地図をネットで見て照らし合わせると適合する場所はそこしかない。

(ただ、僕は本部の中にまで突入した結果を見ていない。)

あの夢はテントに駆け寄ろうとしたところで世界が白く染まって目が覚めた。

あれが目覚めの予兆だったのかなにがしかの攻撃だったのかは分からない。

「本部を制圧して花鳳を無力化すれば俺たちの勝ちだ。」

楽観ではないが由良さんは目的をそう断言した。

花鳳はヴァルキリーのトップ。

彼女を倒せばソーサリスやジュエルが止まる可能性は高い。

短期決戦に臨む以外に勝機のない僕たちは花鳳を狙うしかないのだ。

現状有利に見えてもいつまで優勢でいられるかは体力次第だ。

(でもなんだろう?確実に勝利へは近づいているのに、先に進めば進むほど不安になる。)

敵の目を掻い潜り、ゴールへと向かっているはずなのにだんだん暗い奈落へと落ちていっているような嫌な感覚だった。

「…暗い?」

てっきり僕の心が作り出したものだと思っていたが顔をあげて周囲を見回すとまるで時間を早回しにしたように闇が侵食してきていた。

明夜と由良さんにも警戒の色が浮かぶ。

「いくら曇ってたからってこれはあり得ない。グラマリーか。」

「その通りですわ。」

由良さんの呟きに返答があった。

それは僕たちが向かう指令本部へと至る最短ルートのグリーン上に立っていた。

漆黒の闇の中、闇を押し固めたような漆黒のマントを翻し、手には三日月の大鎌を手にしたヘレナ・ディオンが僕たちの前に現れた。

「お待ちしておりましたわ、"Innocent Vision"。」

暗闇でヘレナの顔はよく見えないが口許だけがニヤリと不気味に笑っているように見えた。

「ワタクシのソルシエール・セレナイトのグラマリー、ジプサムは気に入っていただけまして?」

「とりあえずもてなした張本人が顔をちゃんと見せない時点で最低だな。」

相変わらず由良さんはずけずけ物を言う。

ヘレナの口の端がピクリと動いたように見えた。

「それは失礼しましたわ。では…」

ザッ

「これならよく見えますわよね!」

ヘレナの体が沈み込んだように見えた瞬間、由良さんの眼前に迫っていた。

セレナイトが後ろに振りかぶられ横薙ぎに由良さんを切り裂こうと迫る。

「このっ!」

咄嗟に玻璃をぶつけて首に迫った一撃を防いだ由良さんはしゃがみこみながら回し蹴りを打ち放ったがすでにヘレナは距離を取っていた。

闇に紛れながらも金の髪が存在を主張するヘレナはフフと笑う。

「あの一撃を防ぎますのね。さすがは"Innocent Vision"ですわ。楽しめそうですわね。」

ペロリと三日月の口から真っ赤な舌が唇を舐めた。

背筋に寒気が走る。

金の髪さえもジプサムの闇に隠れた直後、自分の直感のままに無様に前に転がると

ブンッ

重たい何かが頭上を抜けていった音がした。

「陸、平気?」

「とりあえず首は繋がってるよ。」

心臓が痛いくらいに脈打っているが平静を装いつつ立ち上がるとさすがのヘレナも驚きを隠せないようだった。

「ソーサリスが相手ならわかりますが、まさかインヴィに避けられるなんて、あり得ませんわ!」

僕の回避はヘレナの自尊心をいたく傷つけたようでヒステリックに甲高い声をあげていた。

あれがヘレナの地のようだ。

「だから言ったんだよ。インヴィを甘く見てると痛い目を見るって。」

聞き覚えのある声がヘレナの向こうから聞こえてきた。

姿はボンヤリとしか見えないが間違えるはずもない。

「海原緑里。」

「先輩は敬いなよ、インヴィ。」

「…。」

無言を返事とし、海原も特に気にした様子もなくヘレナの隣に立った。

「まだまだこれからですわ!」

ヘレナはズイと海原よりも一歩前に出る。

「一度戦ったボクがインヴィとやるよ。」

それを押し退けるように海原がさらに前に出る。

「ミドリはインヴィに負けてるじゃありませんの。」

ヘレナが前へ。

「負けてない!あれは…痛み分けだよ!」

海原がさらに前へ。

「ワタクシですわ!」

「ボクだ!」

肩を押し付け押し合い圧し合い、口論しているシルエットが闇の向こうに見える。

(本当に仲が悪いのか、喧嘩するほど仲がいいのか。それとも、能力の相性がいいのか?)

闇を生み出す力と紙人形を操る力。

一見共通点は見られないがこの2人が一緒に出てきた意味を警戒せずにはいられなかった。

「おい、いつまでやってるつもりだ?遊んでるなら通らせてもらうぞ。」

由良さんが口を挟んだ瞬間、二人の口喧嘩がピタリと止み、クルンと首が由良さんの方を向いた。

「ミドリ、こうなれば…」

「どっちが先に獲物を狩れるか、勝負だ!」

途端に溢れ出してきた殺気に膝が震えた。

明夜と由良さんが僕を守るように構えを取った。

ヘレナがセレナイトを振り被る。

「条件はどうします?」

海原もベリルを真横に振るう。

「ソーサリス1人を倒したあとにどっちが早くインヴィを倒せるか。」

「オーケー、ですわ。」

それはゲームのように、両者は条件を定めていく。

「ジャンケンポン!」

「フフ。ワタクシの拳が勝利に打ち震えていますわ。それではワタクシは羽佐間由良です。」

「それならボクは柚木明夜だね。」

こちらの意思は介在しない。

僕たちは獲物であり商品なのだろう。

だが

「勝手に決められてるな。まあ、いいが。」

「やるなら早くする。」

獲物であり商品でもある明夜たちが黙っているはずもない。

表面上は落ち着いているがヤル気満々なのが見え見えだった。

すべての条件が揃った2人はようやくこちらに向き直った。

「お待たせしましたわね。」

「それじゃあ始めようか。」

闇の中、ヴァルキリーのソーサリスが不敵に笑いながら戦意を充足させていく。

「明夜、こっちも勝負と行くか?」

「美味しいご飯の奢り。」

"Innocent Vision"のソーサリスもまた悪戯心と食欲で心を決める。

商品である僕が見守るなか、2組のソーサリス同士の戦いの火蓋が切って落とされた。



ヘレナは漆黒のマントをはためかせながらゆっくりと由良の周りを回っていた。

「そのマントは趣味なのか?」

「さあ、どうでしょう?」

由良の質問をグラマリー解析の手段と判断したヘレナはその手には乗らないとばかりにはぐらかす。

由良は周囲を回っていても振り向こうとしない。

当然背後はがら空きだ。

(早速その首、いただきますわ!)

ヘレナが足に力を込めて飛び出そうとした瞬間

「いや、だってそのマント、似合ってないからな。」

ピクリとヘレナの動きが止まった。

後ろ向きだし、ただでさえ暗がりの中なのでよく見えないがヘレナは目元をピクピク痙攣させている。

「ドラキュラの仮装かと思ったぞ。それにマントに金髪の縦ロールもアウトだ。相性が悪い。」

ピクピクピク

「折角金髪でマントつけて鎌持ってるんだから縦ロールじゃなくてツインテールにすればいいんじゃないか?」

いろんな意味で危ない発言をする由良にいよいよヘレナの血管が臨界点を超えようとしていた。

そして振り返った由良はとても嫌な感じの笑みを浮かべて最後の言葉を告げた。

「それ、何のコスプレだ?」

「ノオォォ!」

とうとう堪忍袋の緒が切れたヘレナは吼えた。

陸とか明夜とか緑里とかがビックリして動きを止めるほどの奇声だった。

普通ノーとは叫ばない。

ヘレナは暗闇の中でも分かるほど顔を真っ赤に興奮してマントを揺らした。

「ちっがいますわ!これはセレナイトの付属物、ワタクシの趣味では断じてありません!」

(付属物か。つまりこの暗闇でも見えるとか気配が消せるとか、そういうアイテムな訳か。)

ヘレナを弄りつつも由良は冷静に相手の戦力を分析していた。

憤慨したヘレナがセレナイトを乱暴に振り回しながら迫ってくるが由良はバックステップで避けつつ玻璃で防いでいた。

「ここまで侮辱されたのは初めてですわ。万死に値しますわ!」

アメリカ人の癖に妙に言動が日本くさい。

円運動で繰り出される斬撃は由良の接近を許さず一方的に攻め立てる。

「ただでは殺しませんわ。ワタクシを侮辱したことを泣きわめくまで謝らせますわ!」

それは竜巻。

触れるものすべてを切り裂く死神の鎌。

だが由良はその攻撃をかわし続けていた。

「こりゃ近付けないな。だけど、忘れてないか?俺の攻撃は玻璃で叩くだけじゃないぜ?」

由良は大きく後ろに跳ぶと着地と同時に玻璃を握る右手を後ろに引いた突きの構えを取った。

準備はとうの昔に終わっている。

「音震波!」

玻璃を突き出した瞬間大気を震わせる空気の波がヘレナに殺到した。

「甘いですわ!」

ヘレナはセレナイトの柄をしっかりと握ると全力で振り下ろした。

三日月の刃が輝き、ゴウと風が走り抜けヘレナの縦ロールの髪を揺らした。

ただそれだけ。

ヘレナには傷一つなく悠然と立っていた。

由良は呆れたように笑いつつも警戒を強めて玻璃を構えた。

「風を斬るなんて非常識な奴だな。」

ヘレナは得意気にセレナイトをくるくると回して後ろに振り被った。

「次はあなたでしてよ。」

「ごめんだな。」

(風使いか?だけど…)

由良が考察する暇を与えずヘレナが再び闇に溶けるように身を屈めて高速で接近、首刈り鎌が迫った。

由良はそれらを玻璃で弾き返す。

「オホホホホホ!どうしたのですの?こんな一方的な戦いではつまりませんわ。」

「そんだけ楽しそうに笑ってるくせに。」

かといって拮抗する戦いを繰り広げればプライドが傷付いたとかで怒り出すのだから勝手なお嬢様だ。

ヘレナは聞いていないように笑みを張り付けたままセレナイトを玩ぶ。

「ですので、もう少し楽しくして差し上げますわ。」

ヘレナはセレナイトを握った右手を後ろに引いて突きの構えを取った。

セレナイトの刀身が淡く輝きを放ち風を纏う。

「お行きなさい…」

ヘレナがグッと体を引き絞り

「音震波!」

その名と共にセレナイトを突き出した。

押し出された空気は突風となって由良に迫る。

「音震波だと!?ぐっ!」

驚愕のあまり対応が遅れた由良は風の波に晒された。

咄嗟にガードしたが音震波は風の波、僅かな隙間さえ抜けてきて全身に衝撃を叩きつけてきた。

「ぐはっ!」

衝撃が突き抜けてきて膝をついた由良をヘレナはおかしそうに見下ろす。

「いかがですの?自分の技を食らってみた感想は?」

「…そうだな。俺が強いのがよくわかった。」

由良はいまだ混乱する頭で痛む体を無理やり立ち上がらせながら虚勢を張った。

ヘレナは笑顔のまま目元をひくつかせる。

「ワタクシが、ですわよね?」

「俺が、だ。」

意地の張り合いでヘレナの機嫌は瞬く間に悪くなる。

「それならば、認めたくなるまでお相手して差し上げますわ!」

セレナイトを振り回しながら憤るヘレナを見ながら由良はわずかに顔をしかめた。

(音震波とはな。同じような技を持ってるだけなのか、それとも俺の音震波を奪ったのか?だけどこの暗闇もセレナイトの力。何の能力か分からない。)

グラマリーが1つとは限らないが大元は変わらない。

少なくとも闇と風の2つを持つようなことはないはずだった。

(下手に大技撃って返されたらヤバい。なんとかセレナイトのグラマリーの正体を見破るしかないか。)

由良は横目で周囲を見る。

明夜と海原緑里が戦っていて、そして陸がこちらを見ていた。

それだけで戦意が沸き上がるのを感じた。

(陸が見てるなら細かいことを考えるのはやめだ。陸、任せたぜ。)

玻璃を強く握って横に振るう。

自分はただ勝つために戦うだけだと、それが陸を、"Innocent Vision"を守る方法だと信じて。

「さあ、そろそろ本番と行こうか?」

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