第101話 張り巡らされし未来視の策
「エスメラルダで強化されたジュエルの力、受けてみなさい!」
神峰がスマラグドをタクトのように振るうと狂戦士たちは一斉に襲いかかってきた。
エスメラルダは魅入られた者を操り、肉体の限界を超えた力を引き出すグラマリー。
「ぐおーー!」
獣の咆哮のような声を上げてジュエルが由良さんに斬りかかる。
「くぅ、このぉ!」
さっきまではすんなり押し返していた攻撃も威力が2倍、3倍と跳ね上がっていれば簡単には捌けなくなる。
「にゃー、しつこいよ!」
殴られても蹴られても斬られても、傀儡と化した兵士は止まらない。
ほとんど不死の兵隊のように敵を殲滅するまで、術者が繰り糸を切り離すまで戦い続ける。
「きりがない。」
だがエスメラルダに魅入られた対象はそれこそ襤褸雑巾のように成り果てるため戦わされる。
「自分の部下を操り人形にするなんて随分と歪んでるね。」
まだみんなの頑張りで僕まで敵の手は伸びてこないがいつまで保つかわからない。
僕は神峰の注意をそらすために挑発することにした。
「別にあたしの部下じゃないわよ。全員東條のとこのジュエルよ。」
神峰は罪悪感を抱くどころかむしろ得意気に鼻を鳴らした。
「…最低だ。」
「本当に、最低ですね。」
僕の呟きになぜか神峰の隣に立っていた下沢が同意していた。
「ちょっと、あんたはどっちの味方なのよ!?」
さすがに怒り出した神峰は下沢に怒鳴り付けるがそのおかげで制御が甘くなり、ジュエルの動きが鈍ったところを"Innocent Vision"の皆が巻き返す。
だがそれに気付いた神峰もすぐに制御を取り戻して応戦する。
「あっ!っと、危ない。相変わらず姑息ね、インヴィ。」
神峰はフフと不敵な笑みを浮かべて余裕ぶっているが僕はまだ何もしていない。
「やったのは下沢だけどね。」
「人間、正直になるのが一番だと思いまして。」
「それってあたしが最低だって言ってんでしょ!?」
また暴れだしてジュエルの動きが不規則になる。
こうしてみると神峰に常に冷静な制御が要求されるエスメラルダは実は合ってないんじゃないかと思えてきた。
「今からでもラトナラジュに変えた方がいいんじゃない?」
「それはあたしが単純バカってことか!?」
「…つまり美保さんは等々力先輩のことをそういう目で見ていたと言うことですね。」
「だからあんたはどっちの味方だー!!」
神峰の左目がカッと朱色に光り輝きジュエルが不自然な動きながらも激しさを増した。
狂暴な攻撃が"Innocent Vision"の3人に襲い掛かる。
「なにやってんだ、陸!」
「ご、ごめん。」
由良さんから怒鳴られたので頭を下げたが僕はほとんど何もしていない。
ほぼ全面的に下沢のせいだ。
(神峰の力を引き出すためにやっているのだとしたら相当な策士だな。)
あそこまで煽って仲違いしては戦力減衰になりかねないのだから計算してやっている可能性がある。
と、下沢を観察していたら目が合った。
下沢は恥ずかしそうに頬が朱に染まった。
「そんなに見つめられると照れてしまいます。久しぶりにお会いしましたが以前より凛々しくなりましたね。ポッ。」
「そ、そうかな?」
下沢は美人だ。
その美人が頬を染めて褒めてくれれば誰だって嬉しいに決まっている。
「あー、りっくんが浮気してる!」
「何やってんのよ、悠莉!」
蘭さんが戦いながら目ざとく僕の状態に非難の声をあげ、下沢もまた神峰に怒られていた。
「ああ、引き裂かれる運命ですか。ですが仕方がありません。今、私たちは敵同士なのですから。」
今と言ったが過去に一度でも敵じゃなかったときは無かった。
下沢はやや暴走気味にひとり盛り上がっているようだ。
「ですから勝負です。もしも私が半場さんに勝ちましたらそれはもう酷い目にあってもらいますよ。」
以前から下沢は嗜虐的な思考で危険な人物だった。
実際にコラン-ダムでは五感をすべて封じられて体内時間を狂わされたりコ-ランダムでは精神的にかなり危ないところまで追い詰められた。
だけど今は少し違う。
嗜虐的というよりは、どこか色っぽく女を感じさせる顔だった。
その恍惚とした表情はまた別の意味ですごく危険な気がしてならない。
下沢の左目があり得ないくらい赤く朱く輝き、サフェイロスが僕に差し向けられた。
まずいと思ったときにはすでに遅い。
「スペリオルグラマリー・ルチ…」
青い壁が周囲を覆い今まさに僕を閉じ込めようとした、その瞬間
「わー、りっくんあぶなーい(棒読み)。」
「…ル!?」
ドーンと体当たりされて弾き飛ばされた僕は代わりに取り込まれようとしている蘭さんがものすんごくいい笑顔を浮かべているのと下沢がこの世の終わりみたいな顔をしているのを見た。
壁が完全に塞がったとき蘭さんと下沢の姿は消えていて青色の宝石が光を放ちながら浮かんでいるだけだった。
「惜しい!でもよくやったわ、悠莉。これで面倒な幻を使われなくてすむわ。」
神峰は状況を好機と見たようだ。
確かに"Innocent Vision"は1人欠けただけでもかなりの戦力低下になる。
だけど
ゴッ
鈍い音がして最後のジュエルが倒れた。
「へ?」
振り返った神峰の前には由良さんと明夜が並んで立っていた。
他の皆は地面に伏している。
「なんで…」
由良さんは呆れたように玻璃を肩に担ぎながらため息をついた。
「下沢に気を取られ過ぎだ。全然制御できてなかったぞ。」
「弱々だった。」
2人ににじり寄られた神峰はなんだか泣きそうな顔になり
「悠莉のバカー!」
慈悲を加えてくれた由良さんと明夜にソルシエールで殴られて気を失った。
蘭さんを欠いた僕たちは周囲を警戒しつつどうするか話し合っていた。
「下沢のコランダムに蘭が取り込まれるのは予想外だったがだいたい陸の言った通りか。」
「蘭ちゃんが離れる。」
厳密にはこの次の戦いのときに蘭さんの姿がなかったのでそう伝えただけでやられた可能性もあった。
現状もコランダムに閉じ込められている以上予断を許さない状況ではある。
「ここに残って蘭を待つって手もあるが、どうする?」
由良さんも明夜も態度には出さないがだいぶ疲れが見えた。
(当然か。由良さんには初撃で超音振を撃たせちゃったしさっきの戦いは予想よりも手こずった。)
もしかしたら少し休みたいという要望だったのかもしれないが僕は首を横に振った。
「蘭さんを信じて先に進もう。ここで待ってると包囲されるし万が一下沢が飛び出してきたときに包囲されていたら完全に逃げ場が無くなるよ。」
勿論蘭さんの無事を信じているが戦いは悪い方を想定して動かなければ手痛い目に会う。
「まあ、蘭は殺しても死にそうにないしな。」
「うん。」
由良さんは努めて明るく笑い(案外本気かもしれないが)、明夜も信じているようにしっかりと頷いた。
「…それじゃあ行こう。」
僕たちはまた林に入り、周囲を警戒しながら先を急いだ。
「一足違いでした。"Innocent Vision"をロスト。戦域から離脱していると思われます。」
『まったく。ミホとユーリは何をしていましたの?』
通信の向こうから焦れたヘレナの声が聞こえてきた。
彼女らは迂回して"Innocent Vision"を挟撃するつもりだったが予想地点よりもかなり早い段階で八重花ジュエルに足止めを食らい美保たちと遭遇してしまったため迂回班が合流する前に決着がついてしまったのだ。
倒れた敗者で死屍累々としたフェアウェーには不思議な輝きを放つ悠莉のルチルが浮かんでいる。
下手に手を出すと中の悠莉にまで被害が出かねないので監視だけを置いて放置している状態だった。
『美保、こんなになっちゃって。安らかに眠りなよ。』
実は頭にでっかいたんこぶを2つこさえてネズミのような状態で気を失っていて、緑里とヘレナは笑いそうになるのを必死に堪えようとして真面目な声を出しているのだが音声しか拾えない葵衣には2人が仲間の被害を見て憤りを感じていると受け取った。
(ネ、ネズミだ。)
(ネズミですわ。ぷくく。)
『"Innocent Vision"の目的地はわかりませんの?』
戦闘開始から"Innocent Vision"はずっとホールを横切り続けている。
フェアウェーにジュエルが展開していて正面から突破するのは危険だと判断してのことだとは思うが
(もしかして、他に目的が存在するのでしょうか?)
葵衣は端末を操作して"Innocent Vision"の行動と戦闘場所をゴルフ場の地図と重ね合わせて表示した。
右上のカウントアップタイマーを早送りにするとマーカーが"Innocent Vision"の移動の軌跡を線でなぞっていく。
葵衣は顎に指を添えて画面を凝視した。
(初めから林に移動しています。スタート地点からジュエルの布陣が見えたと考えるのが妥当ですが報告によれば幻術で姿を隠していたと。それならばフェアウェーを進んで部隊の直中に出現、一網打尽にすることもできたはずです。)
次にプランイプシロンになった直後、"Innocent Vision"は真っ先に近くにいた良子を襲撃している。
(インヴィは良子様があの位置にいることを知っていたと見るべきでしょう。そして他のソーサリスが到着するよりも早く良子様を下し、さらにホールを横切っています。)
これはフェアウェーの方からソーサリスが迫っていたので正しい判断だ。
ただ、気配だけでは完全に判断できないだろうからやはり"知っていた"とみるべきだ。
(そして独断で動いた八重花様のジュエルと遭遇、その後美保様を撃破。現在も進行中で隠れ進んでいる。)
常に逃げているように見えるがその実ヴァルキリーからの攻撃を少数に止めているとも考えられた。
(敵を引き付けるように逃げつつ襲撃、ですがこの移動の意味は…!)
葵衣は突然浮かび上がった可能性に慌てて情報をまとめた。
あってほしくない予想がこれまでの"Innocent Vision"の行動によって浮き彫りにされていく。
外の林がガサリと音がしたように感じたとき葵衣は本当にわずかに焦りのこもった声で告げていた。
「"Innocent Vision"は、作戦指令本部、つまりここを狙っています。」
「何だって!?」
「そんな、あり得ませんわ!?」
通信で葵衣の推理の答えを聞いたヘレナと緑里は驚愕を隠せなかった。
今回の指令本部はヴァルキリーの人員でも設営に携わった極一部しか知らずソーサリスですら正確な位置を知らされていないほどだった。
『ですがこれまでの"Innocent Vision"の進行経路、およびロスト地点とその後の発見報告がないことを踏まえますと"Innocent Vision"は本部の位置を把握している可能性が非常に高いと思われます。』
それはつまり狙われているのが葵衣、あるいは撫子に他ならないということ。
だというのに葵衣の声には一片の怯えも震えもない。
緑里はグッと拳を握ると今来た道を戻るように駆け出した。
「お待ちなさい、ミドリ!」
ヘレナも慌てて後を追いかけた。
緑里は左目を朱色に光らせてソーサリスとしての身体能力を引き出し常人には届かない速度で走る。
ヘレナもまたそれに続きながら何やら怒鳴っていたが今の緑里は聞いていない。
走りながら葵衣と連絡を取る。
「本部はどこ?今から向かうよ。」
『本部の位置は教えられないわ。』
葵衣は緑里にだけ違う口調で話す。
それは姉妹という特別な絆。
だがそれでも本部の位置を教えようとはしなかった。
「なんで!?このままじゃ葵衣が…」
『もしかしたら偶然かもしれない。"Innocent Vision"はこちらの襲撃を警戒して身を潜めているだけかも知れない。でも、もしもこの通信で本部の位置を明かして、それを傍受されたら本当に本部が襲撃されてしまうわ。』
葵衣の言っていることは正しくて、それでも緑里が納得できるわけもない。
妹を見捨てられるわけがなかった。
「…アオイ、こちらのマーカーは正常に働いてますの?」
『はい。すべて順調に。』
「でしたら。ワタクシたちを"Innocent Vision"との予測最短遭遇地点へナビゲートしなさい。」
ヘレナはそう告げて驚く緑里の隣に並びフッと笑みを浮かべた。
「ワタクシたちのスピードなら追い付けますわ。そうでしょう、ミドリ?」
「も、勿論だよ!」
『…了解致しました。これよりナビゲーションを開始します。』
葵衣の指示の元、2人のソーサリスが緑の大地に軌跡を残しながら獲物を狩る猟犬のごとく駆け抜けていく。
空は今にも泣き出しそうなほどの暗く重たい雲に覆われていた。