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Innocent Vision  作者: MCFL
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第100話 "Innocent Vision"進撃

「ジュエルが退いていくな。」

敵の状態を観察していた由良さんはポツリと呟いた。

確かに周囲を捜索するように迫ってきていたジュエルが元来た方へと帰っていくのが見えた。

「次の段階。」

「そのようだな。」

明夜の言葉に頷いて由良さんは苦笑を浮かべた。

「しっかし、ここまで陸の予想通りだと卑怯な気がしてきたな。」

「それはまあ、未来を見たからね。」

見た未来のままに現実が訪れるなら、それに対応する形で行動できるのは究極の反則技だ。

だけどこれも万能じゃない。

「ジュエルが退いたってことはソーサリスが出てくるよ。戦いは、避けられない。」

逆に言えばInnocent Visionで見えた未来を覆すことは出来ない。

皆が戦う未来が見えた以上ソーサリスとの戦闘は起こってしまう。

「今さら悩むな。俺たちは戦う覚悟も、生き残る覚悟もできてる。」

ここで死ぬ覚悟と言わないのが由良さんの優しさであり強さ。

「そうそう。りっくんはバシッと作戦を立ててくれればいいの。」

「陸を信じてる。」

「蘭さん、明夜。うん。」

もう迷いは口にしないと誓う。

顔をあげた先には真っ先に飛び込んでこようとしている等々力が見えた。

「行くよ!」

「「おお!」」

僕の掛け声で"Innocent Vision"は一丸となって等々力に突っ込んでいく。

「あたしから一気に潰そうってわけね?八重花の仇、取らせてもらうよ。ルビヌス!」

僕らの行動に等々力は一層力強く大地を踏みしめてグラマリー・ルビヌスを発動、紅い弾丸となって飛び込んできた。

「明夜!」

「うん!」

目視出来なくなりそうな速度に対して素早い明夜に頼む。

双刃と鉾槍がガギンとかち合い悲鳴のような音を立てた。

「ルビヌスに入ったあたしに力で勝てるつもり…」

「そんなつもりはない。」

押し込もうとした等々力の一撃を明夜は流れる水のようにそのまま受け流す。

わずか一瞬の隙とも呼べない揺らぎ、その瞬間に明夜の左の刃が下から打ち上がるギロチンのように振り上げられた。

「くっ!」

等々力はラトナラジュを地面に打ち付けた反動で強引に上体を反らせて首を刈る一撃を回避。

さらに迫る右の袈裟斬りを体操選手のようにバク宙で回避した。

それが僕たちが走り寄るよりも早く行われていたのだからソーサリスはつくづく人間離れしている。

等々力は額に浮かぶ汗を拭いながらラトナラジュを肩に担いだ。

「相変わらずよくわからない相手だね。いい加減ソルシエールの名前くらい聞かせてもらいたいな。」

「…。」

明夜は無言で構えを取る。

左右の刃を前に突きだし、刃の腹を重ねた形。

それはまるで巨大なハサミのようだった。

「いよいよ大技がくるか。」

等々力だけでなく僕たちまで明夜の次の攻撃に注目してしまう。

それほどまでに明夜のソルシエールは謎だらけなのだ。

「ふっ!」

明夜が地面を蹴って等々力に向かい、そして

「シザーマン…。」

懐かしいホラーみたいにチョキチョキさせながら襲いかかった。

コケッ

等々力はずっこけて明夜の一撃をかわした。

追い討ちのチャンスだったが明夜はどこが悪かったのか探るように刃を見つめていた。

「避けられた。」

「避けるよ!」

等々力はツッコミのために顔をあげた。

そこに

「ランちゃんキーック!」

蘭さんのキックが迫る。

等々力は腕の力だけで体を立て直してキックをかわした。

「スカートで飛び蹴りはやめた方がいいんじゃない?」

「りっくんになら見られても平気だよ。」

ああ、等々力の視線が痛い。

ちなみに咄嗟に顔をそらしたのでほとんど見なかった。

(そろそろか。)

等々力と戦っていたことで他のソーサリスが迫ってきている気配があった。

僕らは頷き合い、一斉に等々力に向けて駆け出す。

等々力はラトナラジュを振り上げて力を溜め始めた。

「特攻か。だけどそれだと弱点が前に出てるよ!」

弱点とは当然僕。

深紅のハルバードが一直線に僕の方へと振り下ろされた。

僕は

「その攻撃、分かってたよ。」

足の裏で地面に踏ん張り前進を止めた。

僕が駆け抜けるはずだった場所をラトナラジュが通過し、地面とぶつかって爆発したように土が舞い上がる。

「!?」

まさか避けられるとは思っていなかったんだろう。

等々力は驚愕した様子で僕を見ていた。

その隙を逃すほど"Innocent Vision"のソーサリスは甘くない。

明夜が地面を這うように低い姿勢で等々力の懐に飛び込む。

「くっ!」

等々力は明夜の攻撃を避けるためにラトナラジュを手放さざるを得なかった。

だが、ラトナラジュを離した瞬間ルビヌスは消失する。

その時すでに由良さんは技を放つ体勢に入っていた。

「音震波!」

見えざる空気の波が等々力に襲いかかり

「うわああー!」

弾き飛ばした。

そして等々力が飛ばされた先には回り込んでいた蘭さんがオブシディアンを備えた左腕をブンブン振り回していた。

「いっくよー!」

そしてタイミングを合わせて盾を伴った裏拳が等々力の頭にクリーンヒット。

「ガッ!?」

蘭さんの一撃で進路を真横に変えられた等々力はそのエネルギーをすべてその身に受けて木に激突した。

ずるずると滑り落ちて動かなくなった等々力に由良さんはさらに追い討ちをかけようとするが

「由良さん、他のソーサリスが追い付いてきた。一旦退こう。」

僕が急かすと歯噛みしてついてきた。

僕たちは追ってくるヴァルキリーから逃げるためにさらにホールを横切って奥へと駆けていった。



良子が戦闘に入ったと連絡を受けて駆けつけたときにはすでに戦いは終わっていて良子は木に背中を預けてぐったりしていた。

「良子先輩!」

美保が駆け寄って肩を揺する。

死んではいないようだが傷だらけだった。

美保は奥歯が噛み砕けそうなほど歯を食いしばり"Innocent Vision"を探すために周囲を睨み付ける。

「インヴィぃ。」

「葵衣、近くのジュエルに連絡して良子を保護して。」

『了解しました。』

緑里の指示を葵衣が受け、程なくして数人のジュエルが走ってきた。

良子の介抱をジュエルに任せて飛び出していこうとする美保とヘレナを

「待ってください。」

悠莉が止めた。

烈火の怒りを宿した目が苛立ちのまま悠莉に向けられる。

「なぜ止めますの!?"Innocent Vision"はまだ近くにいるかもしれませんわ。」

「そうよ!良子先輩の仇を…」

「そうしてまた1人になったところを"Innocent Vision"がやってくると。」

悠莉の言葉に熱くなっていた2人は硬直した。

「半場さんの狙いはこの広大なフィールドの中でのヴァルキリーの各個撃破です。いくら私たちがソーサリスとはいえ同等の力を持つソーサリス3人とインヴィを相手にするのは危険すぎます。」

「だったら全員で一斉に仕掛ければ…」

美保の反論を

「それはダメだね。」

今度は緑里が否定する。

「もしボクたちが全員で攻め込むとインヴィが知っていたら、東條八重花と同じように罠を張られてドカン、だよ。」

聞いただけとはいえ初手の手際を思い出してヘレナと美保はいよいよ反論できなくなってしまった。

「ですが、このままここにいるわけにも行きませんわ。」

ヘレナの苛立ちも美保の怒りも冷静に諭しているように見える2人もよく分かっていた。

それでも平静を装っているのは闇雲に攻撃を仕掛けるのは陸の思う壺だと分かっているから。

「そうだね。だからボクたちはこれから二手に別れよう。」

「そして"Innocent Vision"を挟撃、うまく分断した後は1人ずつ倒していきましょう。」

ヘレナと美保はしばし目を閉じて悠莉と緑里の言葉を反芻した。

「そうですわね。ワタクシたちは勝つためにここにいるのですわ。」

「今度こそ、負けないわよ。」

「ボクたちの本当の力を見せてあげよう。」

「私と美保さんがこのまま"Innocent Vision"を追います。お二人は迂回して前を押さえてください。」

悠莉は各々の能力、特に侵攻速度を鑑みて部隊分けを指示した。

それにもともとこれらの2人は一種のパートナーと呼ぶべき存在。

異論など

「ミドリ、ワタクシの邪魔をしないようにしてくださいな。」

「そっちこそボクの攻撃中に飛び込んできたって避けてあげないからね。」

(…問題、ありませんよね?)

いつものこととはいえ一抹の不安を覚えつつヴァルキリーのソーサリスは駆け出していった。

宿敵を今度こそ倒すために。



明夜は空を見上げている。

雲が空を覆いつくし陽光を遮るまでに広がっていた。

そして大地でもまたジュエルが展開して"Innocent Vision"の前に立ちふさがっていた。

彼女らは他のジュエルとどこか違い統率がとれているようには見えなかった。

一番前に立つジュエルが剣を構えて僕を睨み付けてきた。

「八重花さんが倒されたみたいね。だけどこれでこいつらを倒せば八重花さんに勝ったのと同じ!名前を覚えてもらえる!」

言動からして八重花の率いるジュエル部隊のようだったがどうも八重花の敵討ちという雰囲気ではない。

「なーんかいい感じにギラギラした目だね。」

蘭さんの感想は的を射ているように思う。

彼女らの目は純粋に手柄のために"Innocent Vision"を倒すと実に分かりやすく物語っている。

「こういう分かりやすい連中は嫌いじゃないが、やりづらいな。」

由良さんは面倒くさそうに玻璃で肩を叩く。

退くことを知らない兵の末路は破滅だが退かない敵を相手にするのは厄介だろう。

さすがに死ぬまで襲いかかってくることはないだろうが死ぬ気で迫ってくるのは予想できる。

「邪魔をするなら、倒す。」

明夜は剣を構えた。

立ち塞がる敵は打ち払う。

単純だが今はその方が楽かもしれない。

「とにかく足止めされるとソーサリスが追い付いてくる。一気に突破しよう。」

10人程度のジュエルなら明夜たちの敵ではない。

ここを突破して敵の陣形を崩しに掛かるつもりだった。

「いくぞ!」

僕の一声で信頼する戦乙女たちは敵の群れに飛び込んでいった。


「きゃあ!」

それは誰の悲鳴だったか。

「このぉ!」

1対1ではない。

混戦、乱戦において正々堂々などあり得ない。

奇襲、闇討ち、騙し討ち、無差別攻撃。

勝てば官軍とばかりに八重花のジュエル部隊は回り込み飛び上がり、時には仲間を盾として攻撃を仕掛ける。

ここはそんな、理性の及ばないような原初の闘争の地。

だからこそ

「何なの、こいつら!」

それは誰の悲鳴だったか。

「くぅ、"Innocent Vision"のソーサリスは化け物か!?」

弱肉強食の世界で3人のソーサリスは圧倒的な力をもって弱者を駆逐していく。

「ランの乱舞、受けてみろー。」

冗談ぽく叫びながらも攻撃は鋭く

「吹っ飛べ、音震波!」

巻き起こる風はたぎっていた戦意までも削ぎ落とし

「…邪魔する人は斬る。」

2つの刃は同時に2人以上を撃破する。

「獲物が目の前にいるのに…」

ヴァルキリーにとって僕は狩るべき獲物。

それはトップであれ末端であれ同じこと。

だがたった10メートルの距離を無限遠にしているのが3人のソーサリス、"Innocent Vision"の力だった。

「別動隊、裏切ったわね!」

瓦解していく戦力を前に焦り、本音が罵声となって飛び出す。

どうやら挟撃する予定だったが捨て駒にされたらしい。

「気を付けて、別動隊がいるらしいよ!」

僕はあえてその情報を叫ぶ。

奮戦していたジュエルが情報の漏洩に驚いて動きを止め、犯人を睨み付ける。

本当に統率が取れていない。

これならすぐに抜けられる、そう思った。


「エスメラルダ!」


その声と美しい翠玉の輝きが世界を染める前までは。


「くっ。」

痛んだ頭を押さえつつジュエルから距離を取る。

先程まで血気盛んだったジュエルは不気味なほど静まり返って立ち尽くしていた。

明夜たちが僕を守るように取り囲み光の源へと目を向けた。

そこにいたのは翠色に輝く装飾剣を手にゆっくりと近づいてくる神峰美保とサフェイロスを携えた下沢悠莉。

そして、幽鬼のようにふらふらとした足取りで後に続く10人程度のジュエルだった。

神峰は口が割けそうなほどに強い笑みを浮かべた。

「ようやく鬼ごっこはおしまいね。」

「今の君の方が鬼っぽいけどね。」

「「ぷっ。」」

「ふふ。」

"Innocent Vision"だけでなく下沢にまで笑われて神峰の青筋が加速度的に増加、あっという間に臨界点を突破した。

「殺ーす!全員、突撃!」

神峰の従兵が襲ってきた。

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