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Innocent Vision  作者: MCFL
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第10話 ソルシエール

「はあ、はあ。」

結局柚木さんはどこを探しても見つからなかった。

もしかしたら単にこの辺りに住んでいて帰る途中だったのかもしれない。

家に入ってしまえばわからないのだから。

そろそろ終電を気にしないといけない時間になっている。

僕は休んでいた体に活を入れて顔を上げ、それがつい先日見たことがあるような既視感を覚えた。

寒々しい路地裏、夜、そこから連想された…赤。

Innocent Visionで見た光景が今まさに立っている場所だった。

だけどそれはおかしい。

僕は見たのだ、ちょうど正面の屋上にある大きな看板に記された日時は明日のはずだった。

この位置からでは時間までは見えないがそれは間違いなかった。

だけど、時間というのは残酷なのだと僕は知ることになる。

看板の方、表通りへの出口から不敵な笑みを浮かべた等々力良子によって。


等々力は僕から少し離れたところで立ち止まって軽く手を上げた。

「また会ったね。あれ、もしかして覚えてない?」

「…一昨日、保健室で会いました。」

等々力は僕の返事に安堵の笑みを作ったがその瞳は笑っていなかった。

「そうそう、自己紹介がまだだったね。あたしは等々力良子。2年だよ。君は?」

「…半場陸、1年です。」

頷く仕草、放つ言葉、等々力のすべてが演技なのが見え見えでさりげなく退路を塞いだり僕との距離を常に気にしている辺り抜け目がない。

「等々力先輩はなんでこんなところにいるんですか?」

「部活と遊びの帰り。そういう君こそこんな時間まで何をやってたのかな?」

「僕も遊んでいただけですよ。」

「ふーん。こんな裏路地で、ね。」

疑っているのではないどこか余裕を感じさせる様子から等々力が僕の行動を監視していたことを確信した。

それが夕方からだったのかついさっきなのかはわからないが誰かを探していたことはバレているようだった。

「少し前に見慣れない制服の娘を見たんだけど知らない?」

「転校生じゃないですか?直接の面識はありませんが。」

「本当に?」

明確な疑念を持った言葉。

等々力がヴァルキリーなら神峰から柚木さんが邪魔に入った話は聞いているのだろう。

そして僕と柚木さんの関係を探ろうとしている。

うまく誤魔化しているつもりだろうが本当に聞きたいことに語気を強めては隠す意味がない。

(甘いですよ、等々力先輩。)

僕は心のうちでにやりと笑う。

「見掛けた程度です。僕も男ですから可愛い女の子とは仲良くなりたいからちょっと会いに行ってみたりしましたし、さっきもこんな時間に1人で歩いているのを見かけたからお近づきになるチャンスと思って慌てて追いかけましたけど見失ってしまいました。」

いつから監視していたかわからない以上朝からの行動に整合性を持たせ、さらにまだ半場陸の人となりが伝播していない今なら「実は女好き」というイメージを植え付けられる。

策士タイプではない等々力ではどこまでが虚言なのか見抜くことはできないはずだ。

「そうなのか。人は見かけによらないもんだな。」

「男はみんな狼ですよ。」

これで柚木さんとの関係については「興味がある」で押し通すことができる。

時刻はもうすぐ日付を跨ぐところだがなんとか切り抜けられそうだ。

「そろそろ急がないと電車なくなるので失礼します。」

ゆっくりと警戒しつつも目を合わせずに歩を進める。

コツコツと僕が歩く靴の音がかすかに響くだけで等々力は動かなかった。

僕は窮地の脱出を確信して等々力の横を通り過ぎようとした。

「…やっぱり、ダメだね。」

不意に聞こえた自嘲を孕んだ呟きに強い意思を感じて足を止めた。

見れば等々力は頭をがしがし掻いて吹っ切れたような顔をしていた。

「体育会系はバカだって言われるのが嫌で頭使ってみたけど、やっぱダメだね。」

さっきまでの策を練るために迷っていたときとはまるで違う、ただ一つの目的を見つけた等々力を何倍も恐ろしく感じた。

ジリジリと詰められる度に足がほとんど無意識に後ろに下がっていく。

「美保からいろいろと聞いてたけど、君が言ってることといろいろ食い違いがあるから別人かとか思ったりこんがらがって分かんなくなってた。」

それが狙いだったのだが等々力はそれを乗り越えた。

いや、踏み倒したのだ。

俗に言う「体力バカ」の理論で。

「だから難しいことを考えるのは止めた。他の面子はどうも君に興味があるみたいで連れてこいって言ってるけど、会ってみて分かった。美保の言う通り、君は殺しておかないと危険だ。インヴィの力だけじゃない。君自身が絶対にあたしらを脅かすことになる。」

「それが…野生の勘、ですか。」

「そうそう、ジャングルで育った…ってちがーう!」

等々力は勝手にノリツッコミしたのに拳を振り上げて吼えた。

(なるほど。)

体力バカタイプの単純さだと逆に感心してしまう。

等々力はハッとして僕を睨み付けてきた。

「ふぅ、危ない。また君のペースに乗せられるところだった。そうはいかないよ。」

(別にそういうつもりで言ったわけじゃないんだけど。)

とはいえ等々力が僕を警戒してくれるのは隙を作るのに有利になる。

とはいえ僕は引きこもり系で走る速さも体力もない僕では万が一にも勝ち目がない。

そして彼女らヴァルキリーにはさらなる力があるのだから。

「もう言葉には迷わされないよ。悪いけど君には恨みはないけど…」

どこからか今日の終わりを告げる鐘の音が聞こえ、Innocent Visionの示した運命の日を迎えた今日


「死んでもらうよ、インヴィ。」


ハルバードを構えた死神が目の前に降り立った。



現実をねじ曲げて顕現した神秘の槍は切っ先をこちらに向けていた。

それを見る度に頭の奥がチリチリと痛む。

(夢の中で感じるほどの痛みじゃないけど、いったいなんなんだ?)

「あたしのソルシエール、ラトナラジュに見とれるのはわかるけどボケッとしてたら一瞬であの世行きだよ。」

(Sorciere、魔女とか魔術だったか?やはり超常的な力なのか?)

夢の中でソルシエールを見たときに激しい頭痛に襲われるのも関係しているかもしれない。

真紅に染まったハルバードは表通りからわずかに差し込む街灯の光を受けて妖しく煌めいている。

「そろそろいくよ!」

振りかぶられた凶刃を前に僕は迷わず後退した。

瞬発力を最大限に生かして等々力とラトナラジュから目を離さないままバックステップで距離を取る。

眼前の空間を裂いていく刃に背を向ければ間違いなく回避しきれなくなる。

「このっ!ちょこまか避けるな!」

等々力の攻撃は大振りで早いが初動である程度攻撃方法がわかるので避けやすい。

振り下ろしなら左右、横薙ぎなら後ろと動作を単純化して戦うでも逃げるでもなく避けることだけに意識を集中させる。

(そうでもしないと、怖くて震え上がりそうだ。)

今だってスレスレを通りすぎていく刃が直撃したらと思うだけで体が硬直しそうになる。

(その想像を現実にさせないために何とか勝機を見つけないと。)

この場合の勝機とは打ち倒すではなく逃げ切るが正しい。

等々力を足止め、可能なら無力化して僕に手を出せなくする。

幸い急進派は神峰と等々力だけのようだからここさえ切り抜ければ後日話し合いも可能かもしれない。

「いい加減にしろぉ!」

「っ!」

渾身の力で振るわれた一撃を僕は脇にあった人がギリギリすれ違える細い路地に飛び込むことでどうにかかわすことができた。

「あー、こんちくしょう!」

等々力はすぐに追ってくるがハルバードが邪魔でうまく歩けないようだった。

その隙に一気に逃げてしまおうと駆け出した僕は

「あ…」

すぐに足を止めることになった。

「残念だったね。行き止まりだ。」

等々力はハルバードを垂直に立てた状態で歩み寄ってきながら勝利を確信した笑みを浮かべていた。

僕の前には等々力が迫っていて後ろには壁がある、絶体絶命の危機だ。

「さあ、インヴィ。大人しくやられなよ!」

等々力は大きく振りかぶって必殺の一撃を


ガッ


放てなかった。

肩に担ぐようにして袈裟斬りに振り下ろすにはハルバードは長すぎて壁に阻まれたのだ。

当然それは横薙ぎも同じ。

この路地に入ったことで等々力の攻撃手段が一気に減ったのである。

「まさかこれを狙って細い路地に!?」

「…」

まったくの偶然なのだが疑心暗鬼になってくれているようなので黙っているとそれを肯定と受け取ったらしく等々力がたじろいだ。

「ぐっ。だけどまだ攻撃できなくなったわけじゃない!」

等々力は正眼に構えて幹竹割りの要領で襲ってくるがこれはさっき以上に軌道が読みやすい。

当たれば怖いがリーチが決まっている以上後ろか左右の壁に向かって全力で跳べば難なくかわせる。

本来ハルバードは槍こそが主体の武器のはずだが等々力は本人の豪快な性格を反映して大振りの攻撃を好むらしく突きには慣れていないようだった。

長物による長いリーチからの刺突こそが古来より敵を狩るのに最も有効とされてきた攻撃手段だと言うのに。

「いい加減、当たれ!」

一撃も当たらないことに自尊心を傷つけられたのか泣きそうになりながらラトナラジュを振るう等々力だが何も考えず振り回す武器は先程までの精彩ささえ欠いてしまっていた。

僕はそれを避け、跳ね上がろうとするハルバードの柄を足で踏みつけた。

「!」

「失礼します。」

さらに全力でハルバードを蹴り落とし、まえのめりに転びそうになった等々力の脇をすり抜けた。

「待て!」

「嫌です!」

僕は全力で走って等々力から逃げ出す。

スタートダッシュの差があるから僕の足でも等々力よりも早く大通りに出られるはず。

僕は振り返らずに細い路地から裏路地に飛び出して光に向かって駆け出した。


その後ろで、壊れたような笑みを浮かべる等々力には気づかずに。



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