第1話 気ままな悪夢
本作品には残酷な描写が描かれる場面が存在します。文章中でも流血物は苦手だという方はご注意ください。
僕は精神を病んでいる。
そういう自覚はないけど医者が言っているのでそうなのだろう。
僕は家族に大切に守られている。
でも違う。家族は僕を守りたいんじゃない、僕を外に出さないように優しい言葉と食事で家に縛る。
ベッドに横になりながらごろりと寝返りを打つ。
目の前には携帯電話がある。
でも僕は使ったことがない。
僕には友達なんていないから、家族ですら僕に用事なんてないのだから。
たった一度だけ僕の携帯が鳴ったことがあった。
着信履歴を開くとそこには一件だけ数字の羅列がある。
アドレスなんて登録していないから名前は出ないがこれは僕の妹のものだ。
僕は電話に出るのが怖くて結局鳴り止むまで出られなかった。
だから用件が何だったのか知らない。
聞くこともない。
僕は暗い部屋で瞳を閉じて自分を闇に落とす。
両親は僕が外に出かけて苛められるのではないかと気にして外出しないようにと言っている。
心配なんてしなくても出掛けたりしない。
だって僕はここにいてなんでも見えるのだから。
僕は人通りの多い町を、多分新宿辺りを歩いている。
人の波は延々と続いていく。
顔のない流れから僕は外れて歩く。
だれも僕に見向きなんてしない。
僕はそういう存在だから。
路地に入ると華やかな表とは違ってシャッターの降りた店が立ち並んでいた。
人のいない、喧騒も遠い裏側の一角に足を踏み入れた僕はゾクリと背筋の凍りつくような悪寒を感じた。
(まただ…)
うんざりしているはずなのに閉店したブティックのガラスに映る僕の顔は楽しそうに笑っていた。
足を進める度に悪寒は強くなる。
そして、見た。
路地裏の奥、人が寄り付かない場所にダルマがあった。
文字通りであって言葉通りじゃない。
正しくは、手も足もない、手足をもがれて息絶えた人だったものだ。
だけど悪寒はそこからじゃない、死体は何も語らない。
僕はゆっくりと視線をあげた。
影に佇む人の姿がある。
顔はよく見えないが女の子で綺麗な服を返り血で赤く染め、手には
(っ!)
一瞬鋭い痛みを感じ、もう一度見たときには手には何も握っていなかった。
確かに不釣り合いに大きな武器を持っていたはずなのに。
背中を走る悪寒で体の芯が震える。
最後にまっすぐに顔を上げる。
影の向こうにある瞳は宝石のように澄んだ翠と、血のような朱だった。
目を開けば見慣れた天井が映った。
起き上がろうとして震えが全身を駆け抜けた。
久々に死を感じるほどの夢だった。
今も鮮明に覚えている肉と骨の輪切り、断末魔と呼ぶに相応しい絶望の顔をしたダルマ、そして血濡れの女の子。
あれはどこかの高校の制服だったがあいにく制服のデザインには明るくない。
僕はのそりと起き上がりトイレに向かう。
ドアを開けると入り口の脇に今晩の夕食があった。
呼びに着た時に眠っていたから置いておいたのだろう。
トイレの帰りにお盆を持って机に座り、パソコンを立ち上げる。
トップページには僕が唯一利用する匿名掲示板が開く。
僕はその掲示板にたった今見た夢の内容を書き込んでいく。
『20XX年、9月13日、新宿路地裏でダルマが転がっていた。手足は…』
これが僕を“異常者”と判断させた要因。
僕の気ままな夢は常人にとっては普通ではないこと。
僕は書き終えて送信ボタンをクリックする。一通り流し見て僕は食事に手をつける。
パソコンの画面に映る入力日時は9月12日PM11:56、
投稿者「Innocent Vision」。