1-2話「先んずれば将来を制す」B面
これまでのあらすじ
先月8歳を迎えた私『リーシャ・ディレイ』は農家に暮らす普通の娘でありました。
とある日、兄の友人が持ってきたナイフで怪我をしてしまい、そのナイフにとりついた悪魔と対面したのです。
その時ナイフの柄に書いてあった文字「先んずれば人生を制す」という言葉そのままをつぶやいてしまった私は、その流れで無理矢理契約させられてしまいました。
そして次の瞬間何と私は10年後の18歳になってしまっていたのでした。しかも悪魔は子供の私を騙して、8歳から18歳までの記憶を代償に持って行ってしまったのです。
悪魔の奪った記憶に関して、どれだけ思い出そうとしても思い出せない……がしかし、私の知識や言葉、文字等の使える事からそれらの勉強等については、私の頭に残っているとみえる。
随分都合のいい記憶の奪い方をしてくれたな、と思いながら先程からナイフを振ったり、回したりしているが、全くナイフの反応は無い。悪魔はもう、出てこないのだろうか。
しかし考えるだけでは拉致が開かない。私は混濁している思考回路を治す為にも部屋から出ようと思った、しかしもっと混乱する事態へまで発展してしまうのだった。
「……よう」
部屋を出てそこにいたのは、何とあの坊ちゃんセレンであったのだ。しかもナマイキに雰囲気はそのまま身長がでかくなっていた。ふりふりも健在だ。
「セレン……」
「……その、もう慣れたか? 兄さんが居ないけどよ」
「え?」
兄さんが、いない?ここは王都だ。恐らく何らかの理由で18歳の私は王都に来たのだろうが、それなら本好きで王都に行きたかった兄さんが居ないのはおかしい。
私が不思議そうな顔をしていると、セレンは小さなため息を吐いた。何処となくいつものセレンよりテンションが低い、疲れているのだろうか。
「お前の兄さんは、今北の街へ勉強に行ってるんだ、前に教えただろう?」
ほう成程、兄さんは北の街……王都の北といえば恐らくノーフィールへといっているのだろう。兄さんの事だ、王都に来たので
「あ、あー、そうだった……ね、ごめん。少し忘れてたみたい」
「……しょうがねえよ、急な話だったし。でもお前も今までの通り働けるしよ。安心しろよ」
ど、どんどん新しい情報が出てくるぞ。
私はどうやら働いているらしく、廊下を歩きながらそれとなく今働いている物を聞いてみたら、どうやらセレンのこのお屋敷で働いているとの事だ。本当ですか、それは。
他にも今お屋敷で働いてるのは少人数だとか、セレンの両親が数年前に亡くなっていただとか、色々な事を聞けた……
正直、これだけ色々とド忘れしてました!と言うとちょっと疑われたりするか?と思っていたが意外とセレンは淡々と語ってくれて、特に何も言わなかった。
うーむ、ここまで色々聞いておいて何だが、変な風に思われたら癪だし、しっかり言うべき事は言っておこう。
「セレン、私さ。ちゃんと頑張るよ、ここでの仕事」
「え……?」
「何かちょっと……兄さんも居ないからぼんやりしちゃったけど、私ももう18なんだし! ちゃんと頑張るからね!」
うむ、兄さんが居ない時は良くぼやけてしまっていた私も今はもう大人なんです!というアピールとしては丁度良いのではないだろうか、セレンもきっと良い感じに…
「ああ、そうだな……っお前が、そこまで……っ覚悟を決めてくれたんだなっ……!」
な、泣いてるゥ!?そ、そこまで!?そこまでなのか私のしっかりする宣言は!私はどれほどの面倒をかけていたのだ!?
その後、私に向かい「俺も頑張るからな!」と言いながら頭をぐしぐしと撫でてくれたセレンは、昔のセレンのままだった。
私はセレンが元の調子に戻ってくれたのと、セレンをそれ程までに落ち込ませていたというこれまでの私の事を考えながら複雑な気持ちで自分の部屋に戻るのだった。
◇
「……とりあえず解った事を整理しよう」
1、私と兄は10年の間に王都へ向かっていた
2、私はセレンの家で働き、兄は勉強をしている
3、どうやら私は何らかの問題でセレンを落ち込ませていた
うーむ、とても私が何をしていたのかが気になる。もしかして働きもせずに、友達のよしみで王都で自堕落に生活していたのだろうか……ありえな、いや全然あり得る。うん、セレンが許してくれてたら全然ありえる。
「まぁ、解らない事も過去に戻ってみれば解るんだけどね」
私は銀色に光るナイフを夕焼けにかざす。
このナイフを使えば、悪魔の言う事を信じると過去に行ける。正直今すぐ8歳に戻り全ての記憶を確認する方が良いのだろう。しかし、今の私はアイツの一言一句を思い出せる。あの適当な説明の中でアイツは
『そして、このナイフを使えばお前は一時的に過去の時代に戻る事も出来る! ただし有限だがな!』
と言っていた。過去へ戻る事は有限……だがその回数も、解らない。聞いても悪魔は出てこない。
「はぁ」とため息を吐く。こんな適当な契約で手に入れた力を簡単に使う訳にはいかない。一時的というのもどれ程か解らないしで、易々とこの力を用いて過去に戻っていたら、本当に重要な時に使えなくなるかもしれない。
「どうしてこんな事を望んじゃったんだ私……」
何度もため息を吐く私は、一向に応えてくれないナイフをぽいと机に投げ捨てたのであった。