第2話 アンドロイド
部屋の掃除を終えてさっぱりとした気持ちにならなければいけないと、
俺が住み込んだ日から毎日部屋の掃除をさせられている。
料理の出来る男はモテるという理由でご飯も作らされている。
しかも文句が多い。漬け物が繋がってるだの味噌汁にダシを使ってないだの
米の研ぎ方がなってないだのと毎日銀に怒られてばかりいる。
コイツ本当に俺をモテさせる気があるのか?
と言うか勝手に人のノートパソコン使うなよ、おいw
チャットルームに入って俺になりすまして会話すんな!
俺を手招きして銀がノートPCの画面を見るように言った。
げ、なんだよこれ!勝手にオフ会の話なんか企画してやがる。
銀は入室中の人の中から数人を指さした。
これとこれ、そしてこれは女だな。
ただこの子は彼氏か旦那が居るな。こっちは年配女性だ。
となると、狙いはこの子で行くしかないな。
銀は1人で納得しながらつぶやく。
横に居る俺を見て1人の入室者を指さした。
名前は『アシもふ』
SF好きの集まるチャットだからそう言う名前も多いが・・・・女の子だと言う根拠は?
説明ナシかい!!
つまりこの子をオフ会で口説くわけか。全然自信ないぞ。
まぁ、はい。頑張ります。
で、オフ会はいつにしたの?
げげげ!!あと10日しかないじゃん!
私に任せなさいとか言ってるけど大丈夫なの?
信用しちゃうよ?
とりあえず何をすればいいの?
オフ会までに親密度を上げるのと
つらい過去を背負って影のある人間だと印象付けるのか・・・
無茶言うな!
あ、いや、やります。やらせていただきます。
オフ会当日、会場となる市民センターに開催の2時間前に到着した俺は
銀からもらった見取り図通りに館内を確認した。
銀からの指示も見取り図も完璧に頭に入っていたが
現場での再確認無しに行動するのは危険だと考えたからだ。
そしてオフ会が開始されて俺は銀の凄さを思い知った。
参加者15人のうち女性は3人だけ。
しかも3人とも銀が指定したメンバーで、更に年配者だと銀が言った女性は
バイオハザードのゾンビのような人で参加者を値踏みしては
交際に持ち込もうとさまよい歩いていた。マジで怖いぞこれ。
お互いの自己紹介も終わり和やかに歓談タイムとなったが
アシもふさんの周りには男どもが群がってた。
だってそりゃそうだろ。すげえかわいいんだもん。
銀の言葉が頭をよぎる。
女だと分かってから機嫌を取る男と、
男女の枠を超えて親密な関係を持っていた相手が
好みの女性として好意をもって接してくるのとでは全然違う。
君が女の子ならどちらに好感を持つかね。
俺はゆっくりと歩いて行くとアシもふさんを取り囲んでる人達を
両手で左右にかき分けて正面に立った。
ずーっと会いたかった事と個別メッセージで言った約束を果たしたいと言った。
銀の指示通りにもふさんの目を見て、軽く微笑み穏やかに話す。
脇からどんな約束をしたのか?とか
俺たちがいても問題ないよね。という言葉が投げかけられる。
こいつらも必死だなぁ。まぁマジでかわいいもんなぁ、もふさん。
俺が答える前にもふさんが、どんな約束かは言えないし2人だけじゃないと
いけないと言った。これも銀の作戦だ。
日本では未公開の幻と言われるSF映画を
親密にしているもふさんにだけオフ会で観せると言う約束をしたのだ。
30分ほどの『孤独のアンドロイド』という作品で
銀の凄い所はマジでそれを入手した事だ。
さっき確認した3階の視聴覚室へもふさんを案内する。
誰かが近くに来ればすぐわかる作りになっている上に滅多に人が通らない。
嫉妬と羨望の視線が背中に痛い。本当なら俺もその中の1人になってたはずだ。
取り残された男達には気の毒だが仕方ない。
だって君たちには銀が付いていないんだから。
DVDをセットして俺はもふさんの隣に座った。
映し出された映像はどこかの映画館のスクリーンを撮影したものらしい。
確かに海外でもメディア化さてたという話を聞いた事がない。
だからこそ幻と呼ばれているのだろう。
本当は事前に観たかったのだが、それは銀に禁じられていたのだ。
アメリカの片田舎の農家の納屋から古い金属製の箱が見つかる所から話は始まる。
中に入っていたのは若く端正な顔立ちの白人の死体。
だがそれこそが過去に送られミッションを果たし、遠い未来に於いて
回収される予定だったアンドロイドだった・・・・・・
観終わって2人とも声が出なかった。
アンドロイドを過去に送り込んだ時代には未来へ戻る方法がまだ発見されて
居なかった事がこの映画の肝なのだ。
映画に感動すると同時になぜ銀が事前にこの映画を観る事を禁じたのかがわかった。
俺は立ち上がり、もふさんの後ろに立つと肩に手を置いて囁いた。
SFが好きな人なら例えそれがどんなに信じられない事だとしても
受け入れてくれると思う。
もふさん、俺の話を聞いてもらえるかな?
俺がそう言うともふさんは軽く頷いた。
俺は言いよどんだ。本当に言っていいんだろうか・・・・
よく聞いてほしい。実は俺、人間じゃないんだ。
母親は居ない。父親は実の父親だが血は繋がってないんだ。
この意味が分かるかな?
俺は・・・・・アンドロイドなんだ。
そして俺の父親は未来からやって来たんだよ。
俺はモフさんの前に回ると真剣な顔で言った。
俺をアンドロイドだと信じてくれるかい?
もふさんは驚いた顔をしているばかりだった。
やがて小さな声で信じたいけど・・・・と言いよどんだ。
残念ながら俺には人間と比べて特別な能力はないんだ。
自分で体のパネルを開ける事も出来ないんだよ。
ただ、証拠なら見せられる。
その言葉にもふさんが顔を上げた。
俺を信じてくれている。いや、信じたいと思ってるのかも知れない。
俺はベルトを外してズボンを下ろした。
真剣な顔でもふさんを見つめながら言った。
体のごく一部だけだけど自在に伸縮させることが出来るんだ!
さあ!よく見て!
そう言ってパンツも脱いだ。
ほら、これでもまだ信じられないかい?
信じられないなら触ってみてくれ!
もふさんは俺の股間にそっと手を伸ばすと・・・・
潰れるほどの力で思いっきり俺の玉を握った。
俺は気絶しそうになりながらも気力を振り絞ってもふさんに言った。
そう、銀に教えられた通りに・・・・
俺、これに名前をつけたんです。ヨハンって言うんです。
『僕を見て。僕の中の怪物がこんなに大きくなったよ。』
俺はそう言って下腹部をもふさんに見せた。
もふさんはそれを聞いてさらに怒りだした。
折りたたみ椅子を大きく振りかぶって
汚物を見るような目で俺を見ながら
最後に何か言いたいことある?と言って来た。
俺は勇気を振り絞って言った。
ヨハン、素敵な名前なのに・・・・・
目を開くと白い天井がやけに眩しかった。
ぼんやりと、ああここは病院なのかと思った。
ベッドの横では銀が浦安鉄筋家族を読んで笑い転げていた。
・・・・・俺はどこで間違ったのかな?
その問いに銀はドンマイとしか言わなかった。
あの時・・・・
股間を押さえて呻いてる俺に
てめえの血は何色だァ!このニセアンドロイドが!と叫びながら
連打を浴びせて来るもふさんの鬼のような形相が目に焼き付いて離れない。
まぁ、武道のたしなみの有る娘だとは予想してたんですけどねぇ・・・・
まさかそれを披露するとは思ってなかった。
いや、そんなもん予想出来るってお前どんな能力の持ち主だよ。
全治3ヶ月だそうですからその頃にまた。
そう言って出ていこうとする銀を呼び止めた。
絶対にそれはないと思うんだけど・・・・
あくまでも確認なんだけど・・・・
まさか俺で遊んだりしてないよね?
俺がそう言うと銀は驚いたように
依頼人に対してそんな事は絶対にしません。
そこは私を信用してください。
そう言うと他の掛け持ちの依頼人の所に行かなければならないと言って出て行った。
閉まったドアの向こうで心底面白くて仕方がないと言うような
押し殺した笑いが聞こえた。
・・・・・気がした。