心地良い夢が覚めないとき
こちらの物語は、
嘔吐(流血なし)悲恋、事故、死亡、などの表現を含みます。
それでもよろしい方はお楽しみください。
これを読む貴方は、どんな人間だろうか。
信じる宗教は?好きな学問は?持病は?年齢は?
宗教を信じる人には、こんな話をしても信じてはもらえないだろう。
「はっ……!?」
目を覚ますとそこは…………学校だった。
机に突っ伏し無理な体勢で寝ていた為にビクついて起きてしまった、……その筈だ。
なのに私は言い知れぬ不安や恐怖を感じた、まるで今しがた悪夢でも見たように背中には汗が伝う。……そうだ、覚えてはいないがよくない夢を見ていた気がする。
バランスのわるい机が揺れるカタカタという音と、堪えきれていない忍び笑いが隣からしてそちらを見る。隣の席の男、閑瀬 晃聿だ。声もなくバーカと口元が動いたのが分かる。読唇術?いいえ勘です、雰囲気です、テレパシー。
イラッとした瞬間、授業終わりの鐘の音が響いた。先生の声がし、皆がお決まりの「起立、礼、着席」のリズムをとる。その騒がしさの合間に机を軽く蹴飛ばしてやる。驚いた顔してた、良い気味。
少し肌寒い風が窓の閉められた逃げ場のない廊下を走り抜けていく、みんなとは真逆に風の行く方へ。私は思わず駆け出していた。まるで風が私と一体になったような心地、壁に貼られた掲示物や作品がヒラヒラと私を見送る。そんな高揚感もつかの間、
「コラァァァ!」
という怒声に一転してピンチ。階段を1、2段まとめてとばして駆け上がる。さっきまでの清涼感はなく、一気に足りない酸素を求めて息は荒くなり、脚は重たくなる。階段を上りきり慌てて振り返る背後に誰の姿もなかった。
時々良いことがあると、こんな風になる。
でもどうしてだろう、悪夢を見て笑われた。今だって怒られた。
なのにどうしてこんなにワクワクするんだろう?
なんでもない、一日なのに。窓辺に寄れば、外にはピンクに染まる木が並ぶ。春。
暫く息が落ち着くまでそうしてぼんやりと眺めていた。
私が今居るのは3階、この中学校の教室は1、2階に集まっている。
3階は移動教室でもない限り静かで、……誰もいない。そういえば……、今は何時間目だったっけ。
頭はまだ眠っているのかフワフワとしていて思い出せない。
「なにしてんの、お前。
さっきは走って急いで出てかなかったっけ。」
聞きなれた声……振り向けばそこにはやはり閑瀬が立っていた。
片手には本。そう言えば、図書室は三階だ。
「人のいない所で、桜が見たかったの。」
「なにそれ。じゃあ、図書室の方がいいよ。ほら。」
「えっ」
手を握る、なんてことはない。
腕を掴んで引っ張られるままついていくと、閑瀬は本のあった場所をまるで覚えて居たのかのようにスラッと戻してベランダへと向かった。
「本……返したハンコ貰えなくない?放課後じゃないと。」
「良いんだよ、貸し出しカード書いてないから。」
「ウワー、いけないんだー。」
等身大もある窓があるのって、学校ならではだ。開け放たれた窓からドッと冷えた風が飛び込んでくる。
その寒さにたわいもない話をしていた口を思わずつぐんだ。
風が止んでベランダに出ればそこは他の教室とは違って広く、学校の角を沿うように突き出していて日当たりも良い。風に乗って舞い上がった花弁、見下ろせば桜並木がよく見えた。
「ほら、階段の窓なんかよりずっとよく見える。」
私は何も言えなかった。自慢げに笑ってる閑瀬が、溢れる春の日差しが眩しくて目を細める。
私がなにも言わないのを見ると首を傾げたが、やはり閑瀬は怒ることもなく、ただ静かな木々のさざめきだけが広がった。
そうしていると、また突風が吹く。春とはいえどまだまだ寒い。
「やっぱり、まだ寒いね。もう春なのに。」
「そう?」
閑瀬は笑って流すと風に舞う桜の花弁を掴もうとくるくる周りだした。笑っていると、わざとらしく真面目な顔をした閑瀬は言った。
「風に落ちてくる桜の花弁を落ちる前にキャッチ出来たら、願い事が叶うんだからな。」
「えっ、ほんと」「ほんとほんと。」
中学生って純粋だ。私もただ花弁を追って手を伸ばす。
けれど桜の花弁はどうしても掴むことが出来ず、むくれていた。
閑瀬はあれよあれよと何枚かの花弁を手にすると自慢げに笑う。
「私もどる、寒いし……。」
「そ?まあもうすぐ4時間目だもんな……。」
閑瀬も着いてくる。ベランダが閉じて、寒さは去ったハズなのにどこか中から冷たい気持ちが広がった。
「あ、●●●。髪、髪見てみそっとだからな。右のほう。」
「あ……っ、桜が……。」
「桜があんまり可哀想だからって捕まってくれたな。」
手にした花弁はすぐ、手のひらの暖かさに萎れてしまったけれど、
体の内側に感じた冷たさはもう居なくなっていた。
閑瀬 晃聿、中学校に入って初めて隣の席になったのがコイツだった。その時は通路を挟んで隣だったけれど、今、私の席はあいつの席とピッタリくっついた隣。
毎日が楽しかった、だって、好きな人とおはようからまたねまでずっと一緒だ。部活だって一緒だった。
でも…………もうすぐそれも終わり。
そうだ、だって桜の季節は…………卒業式だもの。
気づいたときにはもう、卒業式の一週間前だった。
部活にも勉強にも身が入らない、だってあと一週間で私は閑瀬の隣の席じゃなくなってしまう。
これからずっと、おはようからまたねまで一緒に居られない。
もう、会えない。
次の日の朝、私はいつもより早く起き、念入りに髪をとかして家を出た。最後まではまだ時間がある。
それまでなにもせずただ笑って隣に居るか、失敗して気まずい数日を過ごして卒業するか。
私は後者を選んだ、だってこのままじゃ…………。
閑瀬と私は同じ部活、そしてアイツはいつだってみんなより早かった。今日の朝練だって一番に居る筈だ、アイツの自慢だもの。
学校に近づくにつれて、自転車のペダルを蹴る脚が重たくなっていく。
…………いやだ、やっぱりやだ。
それでも私は自転車を漕ぐのを止めなかった。
自転車置き場につくと、もう後戻りは出来ないんだという気持ちで手足の先が冷たくなる。見渡せばガランとした中に1輪の自転車、閑瀬のだ。もう、いる。
行けば、会える。脚がとうとう動かなくなってしまってしゃがみこんだ。……私は意気地無しだ。これでもう、閑瀬とは、お別れなんだ。
「●●●?どうかしたのか、」
「あ……、閑瀬……おはよう…。…………大丈夫。」
「……そうか?鍵閉め忘れちゃってさ。」
自転車のすぐ横にしゃがみこんでいた体勢がマズかった。心配したらしく声をかけてきた閑瀬を見上げる。
視線が重なった時、私は耐えきれずに泣き出した。閑瀬は目を丸くして慌てた後に背中を撫でてくれた。
いつも意地悪いくせに、こういうときは優しい……。
涙が止まらないまま、ぐちゃぐちゃの顔をうつ向けて私は言った。
「わ、私、卒業…………したくない……」
「へ?それで泣いてるの……?なんでだよ。」
「…………閑瀬が、……閑瀬が好きだから…………。」
私が鼻をすする音と、沈黙だけがそこにはあった。
背中には閑瀬の暖かい手のひらが乗っているのを感じる。
「そ、……っか………………。」
私はギュッと目をつむった。激しい痛みが内側から私を食い破るように広がる。
やだ、いやだ、聞きたくない。
それからどれだけたっただろうか、私はふと、涙が収まったことに気がついて顔をあげた。閑瀬は居なかった。
学校の中に入り、のろのろと席につく。席に突っ伏して鉛のように重たい体を休める。
気がつくとチャイムが鳴った。眠ってしまった?ハッとして顔を上げると既に教室は人でいっぱいで、「起立、礼、着席」という三拍子に突き動かされるようにそれを終える。
あれ、おかしいよ。
なんでみんな教室を出てくの?私、そんなに寝てた?
隣から、堪えきれない笑い声がした。
「……っ、」
「……、な、なんだよその顔。寝てたんだよ、分かるか?」
私は今どんな顔を、しているんだろう。閑瀬が驚いている。頭が働かない。
なにかがおかしい、私の胸に確信めいた不安が広がっていく。
「●●●?」
おかしい、私、自分の名前が……わからない。聞こえない。
夢?これも、…………そうか、わるい夢……。
閑瀬に告白したのが?今見ているこれが?
一体どこから、私は、夢を見ていたの…………?
こわい、いやだ。閑瀬がぐにゃりと歪む、いやだ、いやだ。
足元がふらつく。教室は崩壊する。ガラスが割れるように、バラバラに。
風に舞い上げられるように遠くへ。そこには静かな闇だけが残った。
…………私、ひとりぼっちだ。
声に出したつもりがなにも聞こえない、静かだ。
ぼーっとしていると、ゆるやかに思考に流れ込んでくるものがあった。
幸福感。
理由も分からないそれに抗おうとした恐怖さえとろけて消えていく。ああ可笑しいな、まるでバケモノに食われて、私が消化されていくみたいだ。
名前もわからない、どうしてここにいるのかもわからない、それでも分かることがあった。
「楽しかったな…………中学生。」
目を覚ますのが何度目かなんて、考える人間は居るだろうか。
私は半分眠ったようなフワフワした気持ちで、顔を起こした。
授業中だ……、みんな暇をもて余したり居眠りしたりしてる。
ふわりと風にカーテンが舞い上がり、私の席を包む。
あったかい。風に広がって私一人分だけの個室が出来上がる。
校庭では別の学年がドッジボールをしていた。
ドッジボールも……楽しかったな、当たらないのは得意だけど、投げるのは苦手だったっけ。
つかの間の個室は風が窓の外へ帰ると共に去っていった。
ああ、私が窓際の一番後ろの席だった時だ。閑瀬……、閑瀬はどこの席だったっけ………………?
キョロキョロしたが見つからない、フワフワした記憶を探ると何故だかすぐにわかった。そっか、2年生のときは別のクラスだったっけ……。
私は興味を失って、席に突っ伏す。夢の中の方が楽しい。
閑瀬が居ない学校は寂しくて、つまらないよ。
心がどんどん凪いでいく、学校もクラスメイトも自分さえ、生きていることもどうでもよくなっていく。
眠ってしまおう、全部終わるまで。
しかしそれは、叶わなかった。
痛い!!全身から冷や汗が垂れるほどの激痛に声もでない、歯を食いしばり震えていると体が冷たく重たくなっていく。
いやだ、やめて、痛い!!!
夢の中はこんなに暖かくて楽しくて…………、楽しくて…………?私、楽しかった?閑瀬にはフラれたし、違うクラスだし、待って卒業して離れちゃうから……、あれ…………???
痛みが体を引き裂いて、中身が外に出てひっくり返った心地がした。
私はそれに抗う術もなく嘔吐する。苦しい。
目を開けようとしたらなにかが突き刺さった。
だれか!
だれかたすけて!!息ができない!!!
少しして、私はなにがあったかを悟った。
白い天井に、白いベッド、白い制服を来た女の人、男の人。やっぱりあれは夢だったのだ。
記憶はやっぱりフワフワと心地良いなにかに包まれていてハッキリしないが、分かることはあった。体の重さや痛みがこれは生易しい夢ではなく、現実だと教えてくれていた。
病院、…………私は怪我をした?ベッドに寝かされて意識を失うほどの???
医者がやってきて調子はどうとか、とりとめない事を言っていたが廊下から慌てたような怒声がした。
春の突風が吹いてくる。
懐かしい声が、聞き慣れた声が、大好きな声が私を呼んだ。
「目が覚めたんだな!?お前轢かれて、……覚えてるか!!?ああ!良かった、一時はどうなることかと…………!!!」
私のベッドに突っ伏してすがりつく彼は、学生の頃のまま大きくなったみたいで。なのにすごく懐かしく感じた。
突風が吹いたあとの吹き戻しにカーテンが揺らぐとひらりとピンク色の花弁が舞って、それは彼の旋毛に乗った。
「ねえ、そっと頭に手をやってみて。
桜の花弁が可哀想に思って、願いを叶えにきてくれたみたいだよ。」
…………私と、きみの願いを。
死後の世界の話を聞いて書き上げました、ノンフィクション?フィクション?ノンフィクションとは言いません、しかしフィクションのみとも言いません。
とある説だと、死後の世界は自分の信じるところで苦しみはなくただ幸福だけが存在しているそうです。
また、魂は元は1つで、死ぬと人生を好きなだけ振り返ったあとにそこに帰っていくそうな。
貴方の死後の世界は、一体どんなところでしょうか。
貴方の自我は、そこで何を思うのでしょう。
生きている私たちには分かり得ないこと、ですね。