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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

見守りの異世界人

作者: ゆー

 ストーリーを考える練習のため、短編小説を作ってみました。

 通学・通勤中の暇つぶしにでも読んでみて頂けると幸いです。

 【ステータス】と念じると、そこに現れたスキルは、【見守り】と【異世界鑑定】というスキル。

 授かったスキルは、戦闘でも日常生活でも、何の役にも立ちそうにないスキルだった。

 ……ああ、これは本格的にダメなやつだ。

 その瞬間、世界の危機は勇者3人に任せて、俺は我が道を行こうと心に決めた。


 事の始まりは、いつものように大学へ通う途中、男女3人の高校生とすれ違う所から始まった。

 その高校生とすれ違った瞬間、高校生の足元に魔方陣に似た模様が浮かび上がったのだが、俺はその魔方陣に片足を踏み入れていた。


 そして、気づくと石造りの部屋の中で倒れ伏していた。

 俺は自分の名前を思い出してみる……俺の名前は星見守、20歳で彼女は募集中だ。

 どうやら、しばらく気を失っていただけのようだ。


 俺は起き上がり周りを見渡してみると、周囲には10人ほどの人が取り巻いており、こちらの様子を静かに見守っている。

 そして、俺の傍には今朝すれ違った男子高校生2人と女子高校生1人が気を失って横たわっている。


「神官長よ、これはどういう事じゃ? お主の話では、召喚される勇者は3人のはずだが、4人現れたぞ」


 一際豪華な服をまとった中年が、純白のローブを着込んだ老人へ問いただしている。


「ボーラム陛下、何か手違いが起きたと思われます。召喚した4人に事情を聞いて、確かめてみるのがよろしいかと」


 二人の受け答えを聞いて、俺は猛烈な違和感を覚えた。

 彼らが話しているのは、日本語でも英語でもなく、全く聞いたことの無い言葉なのだが、何故か俺はそれを理解できている。

 こういった状況には覚えがあり、とても嫌な予感がする。

 これは、ネット小説でよくある異世界転移の状況そのままだ。


「勇者の皆様、混乱されているとは思いますが、どうか私の話を聞いて下さい」


 状況の説明を求めようと思っていると、神官長と呼ばれていた男がこちらへ向けて話し始めた。

 いつの間にか、高校生3人組も起き上がっていた。


「ここは、皆様の住まわれていた世界とは別の世界です。皆様にはこの世界を守って頂きたく、我々が召喚させて頂きました」


 やはり異世界転移だったのか。

 いわゆるお決まりの展開だが、いざ自分達の身に降りかかると迷惑極まりない話だ。

 これまたお決まりだが、相手の話を聞く前に、これだけは確認しておかなければならない。


「話の腰を折って申し訳ないのですが、俺達は元の世界に戻れるのですか?」


 すると、神官長は申し訳なさそうな顔をしながら、答える。


「大変申し訳ありません。我々にできるのは、皆様をお呼びするだけで、元の世界にお戻しする事はできません。その代わり、皆様には不自由のない暮らしをお約束します」


 勝手に呼び出しておいて、元の世界には帰れないと言うのか。

 俺は一瞬怒りに支配されそうになったが、ここで諍いを起こしても状況は悪くなるだけだろうと思い、平静を心掛ける。

 元の世界に残された両親と妹の事が気がかりだが、俺には心の中でごめん……と念じる事しかできない。


 その後、神官長から状況の説明があった。

 要約すると、人類存続の危機なため、俺達に魔王を倒して欲しいという事だった。

 召喚された勇者は誰しも強力なスキルを持っており、魔王へ対抗する唯一の存在と言い伝えられているらしい。


「自分のスキルを確認するには、【ステータス】と心の中で念じてください。また、固有アイテムを呼び出すには【固有アイテム】と念じてください」


 神官長から促され、俺は【ステータス】と念じる。

 すると、半透明な画面が目の前に現れた。


【星見守のステータス】

【名前】 星見守

【種族】 人族

【年齢】 20(男)

【状態】 正常

【スキル】 【見守り】【異世界鑑定】

【称号】 巻き込まれた異世界人


【見守りの詳細】

 ・対象が指定した物事を成し遂げるまで、その一部始終を見守る。

 ・見守り中は姿が消え、何者にも干渉する事ができず、何者からも干渉されない。

 ・見守り中は、あらゆる生理現象が発生しない。


【異世界鑑定】

 ・異世界の人物や物品を鑑定できる。

 ・この世界の人物や物品は鑑定できない。


 これは、どう考えても勇者召喚に巻き込まれただけだ。

 それに、持っているスキルも見るからにハズレだ。

 【異世界鑑定】はともかく、【見守り】のスキルは何に使えと言うのだろうか。


 いや、まだ諦めるには早い。

 もしかすると、良い固有アイテムがあるかもしれない。

 そう思い直して、【固有アイテム】と念じる。

 しかし、何も出てこない。


 授かったスキルは、戦闘でも日常生活でも、何の役にも立ちそうにない。

 ……ああ、これは本格的にダメなやつだ。

 その瞬間、世界の危機は3人の勇者に任せて、俺は我が道を行こうと心に決めた。


 ちなみに、【異世界鑑定】で鑑定したところ、俺以外の3人は勇者の称号とチートスキルを2つずつ持っていた。

 【剣勇者】の宮城優太は【武神】と【神速】のスキル、【盾勇者】の楯川仁は【難攻不落】と【完全探知】のスキル、そして【魔法勇者】の天城真弓は【大魔導士】と【無限収納】のスキルを持っている。

 それぞれ、次元刀アポロ、聖光の盾ルナ、聖樹の杖セレスというこれまたチートな能力の固有アイテムを持っている。

 勇者として呼ばれた者と、ただ巻き込まれた者では、格差が激しいみたいだ。


 その後、ステータスで出た結果を神官長に報告する事になったが、勇者3人はスキルの片方しか報告していなかったので、俺も空気を読んで【異世界鑑定】の方は秘密にしておいた。

 もちろん、3人のスキルと固有武器の鑑定結果も、俺だけの秘密だ。

 俺がこの世界に飛ばされた原因の一端を担ったとは言え、彼らに罪はない。

 すべての罪は、勝手に勇者召喚なんて行ったこの国のトップが背負うべきだ。


◇◇◇


 翌日、俺は城を出る事にした。

 勇者召喚には巻き込まれただけという事と、戦闘向けのスキルを持たないので、このまま城に留まっても迷惑にしかならない、という事を理由にしておいた。

 本音は、国王ボーラム陛下の事が、信用できない人物だと感じたからだ。

 表面上は友好的な態度を取りながら、その目は他人を嘲笑っている様に感じたのだ。


 王城を出る時、1年程度は暮らしていける生活費、一人旅をするための装備、それと身分証を発行してもらった。

 勝手に呼び出されたにしては少ない手切れ金だが、あまり大金を持っていても俺の身に危険が降りかかりそうなので、この程度で妥協するのが良いだろう。

 国王とは違い、この国の大臣や兵士たちは、心の底から俺達に申し訳ないと思っている様で、俺が城を出る前にこの世界の事を色々と教えてくれた。

 その時、手っ取り早く職を得るなら冒険者になるのが良いと言われたが、戦闘向けのスキルが無い俺には荷が重い気がする。


 冒険者になるかどうかはさておき、俺は少し独りになりたかったので、住宅街にある空き地にやってきた。

 そこは小さな公園の様な作りになっていたので、しばらく公園の椅子に座って子供達が遊ぶところを眺める事にした。


「はぁ、昨日までの日常が懐かしいな」


 この世界は機械文明が発達していないため、中世ヨーロッパ風の文化だ。

 ただ、機械の代わりに魔法文明が発達しているため、そこまで不便な思いはしないで済むそうだ。

 魔法スキルも後天的に覚える事ができるらしいので、冒険者をしながら魔法を覚えるのも良いかもしれない。


「ひとまずは、授かったスキルの確認かな」


 【異世界鑑定】は、昨日のうちに勇者や勇者の固有装備を鑑定したので、これ以上役に立つことは無いだろう。

 そもそも、異世界の人物や物品が他にもあるのか怪しいので、お蔵入りになりそうだ。

 残る【見守り】スキルも期待できそうにないが、あるものは使おうの精神で行こうと思う。


 ちょうど公園の中で子供が遊んでいるので、その子供たちが無事に遊び終わるのを見守る事にする。

 頭の中で【見守り】と念じると、体が透き通って自分自身を触ることもできなくなってしまった。

 自分自身が透明になっただけで、意識はしっかりしているし、歩き回ることもできる。

 ただ、子供達からあまり離れる訳にはいかないらしく、公園から出ようと思っても見えない壁に阻まれてしまう。

 これは、まさに見守るだけで他には何もできないスキルだな。

 いや、一部の犯罪者には大歓喜のスキルかもしれないが、幸い私はそういう趣味を持ち合わせていない。


 今度は【見守り】スキルを解除してみることにし、【見守り】の解除を念じた。

 すると、即座に体が実体化した。

 それから何度か【見守り】を繰り返してみたが、再使用の待ち時間はなく、いつでも【見守り】状態になったり解除したりできる。

 それと、公園の木や散歩中の犬を見守ることができたので、特に対象は問わない様だ。

 【見守り】中は風や水が体を通り抜けるので、旅の途中で風雨をしのぐのには使えるかもしれない。


 ……いや、ちょっとまて。

 色々と試してみると、風雨だけでなく木々や壁もすり抜ける事ができるぞ。

 それに、背負い袋や装備している物も同じ性質を持つ様だ。

 これは、もしかすると、意外と使えるスキルかもしれない。


◇◇◇


 公園でのスキル検証を行った翌日、俺は冒険者ギルドまで来ていた。

 目的は、もちろん冒険者になることだ。

 冒険者ギルドの受付で加入手続きを行い、簡単な説明を受けて、王都の外へ狩りに出た。

 武器防具については、昨日のうちに揃えておいた。


 今回のターゲットはゴブリンだ。

 この依頼を受けたのは、王都から半日という近場で狩れるという事と、初心者向けの依頼の中で報酬が良い事が決め手だ。

 ある程度の戦闘能力と、人型モンスターを殺す事への心構えが試される、冒険者の第一関門となる依頼だ。

 そのうち、前者については秘策があるので問題ないだろう。

 後者については、避けては通れない道なので、後回しにする理由が無い。

 ここで無理なら、冒険者を辞めて他の職を探すまでだ。


 王都を出て半日ほど歩くと、大きな森が見えて来た。

 ここには、ゴブリンやオークといった亜人魔族が住んでいる。

 さほど強くない亜人魔族だが、放っておくと大発生して王都へ襲って来る事があるので、常時討伐依頼が出ているのだ。

 その森へ入り30分ほど進んだ頃、4匹のゴブリンを見つけた。


 ゴブリンの容姿は、醜いの一言だ。

 低い背丈に禿げた頭は、しわの多い皮膚と相まって老人の様にも見える。

 また、大きくギョロっとした目と曲がった鼻、大きく裂けた口は、人族とは似ても似つかない醜悪な顔付きだ。

 しかし、一番の特徴は皮膚の色だろう。

 くすんだ緑色をした皮膚は、はまっとうな生物とは言い難い雰囲気を醸し出している。


 ゴブリン達は、まだ俺の事に気づいていない様子なので、ここは不意打ちさせてもらおう。

 『ゴブリンが無事に巣へ戻る』という事について【見守り】を発動する。

 すると、俺の姿が消えるので、そのままゴブリン1匹の背後まで移動する。

 そして、剣を振りかぶって突きつける直前に【見守り】を解除だ!


「グギャァ!」


 急に剣を突き付けられたゴブリンは、なす術無く心臓を貫かれ、苦悶の悲鳴と共に息絶えた。

 剣を持つ手から生物を殺めた嫌な感触が伝わってくるが、ゴブリンの容姿があまりに醜悪なことから、忌避感は薄い。

 仲間が目の前で殺されたのを見たゴブリン3匹は、俺に向かって一斉に攻撃を仕掛けてくる。


 1匹目は剣を叩きつけてくる。

 2匹目は弓を放ってくる。

 3匹目は火の玉を放ってくる。


 火の玉!

 この世界に来て、初めて見る魔法だ!


 おっと、感動している暇はない。

 攻撃を回避するため、すぐさま【見守り】を発動する。

 発動の条件は何でも良いので、目の前の木が明日の朝まで無事に存続する事を見守る。

 すると、俺の体は透明になり、全ての攻撃が俺の体からすり抜けていく。


「ギギィ?」

「ゲギャ?!」

「ギャァギャァ!!」


 急に俺が消えて、ゴブリン達は慌てている。

 しきりに付近を見回して俺を探しているが、俺が見つかる訳もない。

 俺は慌てている弓ゴブリンの背後に回り、最初と同様に心臓を一突きして息の根を止める。


「ウギィッ」

「ウギャァ」


 それを見た剣ゴブリンと魔法ゴブリンが攻撃してくるが、再度【見守り】状態になった俺には何の効果も無くすり抜けていく。

 俺に攻撃が効かないと悟ったのか、魔法ゴブリンは逃げる姿勢を見せた。

 せっかくこちらに背を向けてくれているので、魔法ゴブリンは背後から剣の一突きで命を奪う。


「ギャーギャー」


 一瞬にして3匹の仲間を殺された剣ゴブリンは、剣を無茶苦茶に振り回し始めた。

 不用意に近づくと危ないので、慎重に背後を取り、相手の剣が届かない位置から首にめがけて突きを放つ。


「……」


 剣ゴブリンは、断末魔をあげることもできないまま、崩れ落ちる。


 これで、ようやく全てのゴブリンを倒せた!

 生物を殺めた事による多少の忌避感はあるが、何よりも生き残れた実感の方が大きい。

 ゴブリンの死体があまり猟奇的な事にならなかったのも、良かったのかもしれない。


 それにしても、この【見守り】スキルは、意外とえげつない効果だというのが証明されてしまった。

 どんな熟練の斥候でも防げない不意打ちを行える上に、どんな攻撃も姿を消せば回避できてしまう。

 単独狩りでは、油断さえしなければ敵なしだな。


 その日はゴブリンを計10匹倒して、王都へ帰った。

 そして、そのゴブリンの討伐報酬と魔石で、1週間分の生活費を稼ぐ事が出来た。

 冒険者生活も意外と悪くないのかもね。


◇◇◇


 この世界に召喚されてから数週間、俺はゴブリンやスライムと言った初心者向けモンスターを狩って暮らしていた。

 その間、他人とパーティーを組むことを想定して、【見守り】を使わずにモンスターを倒せるよう、徐々に訓練していた。

 そして、いつものように冒険者ギルドへ魔石と討伐証明部位を提出に来た。


「おい、アイツまたゴブリンを狩って来ていやがるぜ」

「あんなの、駆け出しのガキが狩るモンスターじゃねぇか」

「いい年して、やる事はガキと同じか! こりゃいいや」

「腰抜けのゴブリンスレイヤーだな、ギャハハ!」


 冒険者ギルドに併設されている食堂兼酒屋から、下衆な笑い声が響いて来る。

 大した腕も無いくせに、新人冒険者いびりを生きがいにしている冒険者3人組だ。


「守さん、あいつらの事は気にしてはいけませんよ。ゴブリン退治だって、立派な人助けなんですから!」


 それを聞いた受付のお姉さんが、俺に慰めの言葉を掛けてくれる。

 しかし、その受付のお姉さんの目は、獲物を狙う猛獣の様な目つきをしていて、ちょっと怖い。

 俺の安らぎの場は、何処にもないのか。


 それにしても、あの冒険者3人組は毎日のように絡んで来て、とても鬱陶しい。

 そういえば、スキルの事で少し気になる事があるので、あの3人組で試してみよう。

 俺はトイレへ行くと見せかけつつ、新人いびり組のリーダーらしき男、名前は確かザゴ、に対して、【見守り】を使う。

 見守る条件は、『聖女に結婚を申し込んで断られた挙句、あごを撃ち抜かれて、さらに処分を受ける』だ。

 かなり無理のある条件だと思う。

 そもそも、この世界に聖女が存在するなんて話は聞いた事が無い。


 ザゴを見守り始めて1週間が経った頃、冒険者ギルドに旅装束の男女2人がやって来た。

 どちらも17~18歳程度の若いパーティーだ。


「おい、あの女、えれぇ別嬪じゃねぇか」


 ザゴは、配下の2人に向けて話し始めた。

 確かに、その少女はかなりの美人さんだ。

 雪のように白い肌ときらめく金髪に、鮮やかな赤い瞳が良く似合っている。

 整った顔に、やや小柄で華奢な体と合わせて、できの良い人形にも見える。


「ザゴのアニキ、あの女をモノにするんで? お堅い感じがしますが、行けますかねぇ」

「ふん、女なんてちょっと脅してやれば、おとなしくなるだろ」


 この男、相変わらず話の内容が下衆だな。

 そんな話をしている間、旅装束の3人組は奥の部屋へ消えて行った。

 確か、あの部屋はギルドマスターの執務室だったな。

 いきなりギルドマスターと面会するとは、高貴な出身なのか、それとも特別な能力持ちなのだろうか。


 しばらく待っていると、旅装束の2人がギルドマスターの執務室から出て来た。

 少年の方は受付のカウンターの方へ行き、なにやら手続きを行っている。


「よし、一人になった。チャンスだ!」


 ザゴはそう言うと、旅装束の少女の前まで歩いて行った。


「ようお嬢さん、あんな男とは別れてさ、オレの嫁にならないか?」


 ザゴは旅装束の少女の肩へ手を回し、馴れ馴れしく声を掛ける。

 すると、旅装束の少女はビクッと体を揺らす。


「あ」

「あ?」


 旅装束の少女は、一言発した後、うつむいた。

 そして。


「あたしに気安く触るなぁ!」


 旅装束の少女は、やや身をかがめた状態から、一気に右拳を天に突き上げる。

 その拳はザゴのあごに命中し、そのまま振りぬかれた。


「ごふぅっ」


 ザゴはそのまま床に崩れ落ちる。


「ふぅ、この世界の男はガサツで嫌になるわね」


 その時、ギルドマスターの執務室から、ギルドマスターが出て来た。


「トラブルがあったみたいなだ。すまない、この者は厳正に処分するので、どうか冒険者ギルドへの加入を辞退しないで頂けないか」


 そう言いながら、ギルドマスターは旅装束の少女へ頭を下げた。

 その時、俺に掛かっていた【見守り】のスキルが解除された。

 事の成り行きからするに、この旅装束の少女が聖女で間違いなさそうだ。


 やはり、俺の【見守り】スキルは、ただ見守るだけでなく、俺が決めた通りの結末を迎えるスキルみたいだ。

 そうでなければ、このような展開は考えられない。


◇◇◇


 【見守り】スキルの結果は良いとして、聖女について気になる事がある。

 先ほどの口ぶりからすると、聖女は異世界から来たとも考えられるので、一応【異世界鑑定】してみるか。


【聖女のステータス】

【名前】 ウィルミー

【種族】 エルダードラゴン

【年齢】 823(女)

【状態】 正常、完全変身(人族)

【スキル】 【万能治療】、【メタモルフォーゼ】、【不老】、【聖女ごっこ・極】、【隠蔽・極】

【称号】 異世界の聖女


 ……。

 一体、何から突っ込めばよい良いのか分からない。

 しかし、鑑定できたという事は異世界から来たという事になる。

 ここは、少し話を聞いてみよう。

 ウィルミーさんとギルドマスターの話が終わったタイミングを見計らい、俺はウィルミーさんへと話しかける。


「あのウィルミーさん、少し話したい事があるのだけど、良いですか?」


 俺が話しかけると、ウィルミーさんは凄い形相でこちらを睨んできた。

 ちょっと馴れ馴れし過ぎただろうか。


「あたしはウィルミーではなくライラよ、間違えないで欲しいわ。あなたは?」

「俺は守といいます」

「そう、守というのね。あたしも聞きたい事があるから、付いて来て頂戴」


 ライラとは、通り名か何かだろうか。

 俺は鑑定結果を信じて、ウィルミーさんと呼ぶことにしよう。

 ウィルミーさんは俺の手を掴んで冒険者ギルドの裏手までやって来た。

 ここは人の気配が無く、内緒話にはうってつけだ。


「一つ聞くけど、守は何故あたしの本当の名前を知っているの? この世界に来てから一度も名乗っていないから、誰も知らない筈よ」


 そういえば、この世界の人物鑑定では、異世界から来た人物や物品は鑑定できないのだった。

 ウィルミーさんが誰にも本名を名乗っていないのなら、異世界からやって来たウィルミーさんの本名は、誰も知らない事になる。


「実は、俺も異世界からやって来たのです。その時授かった【異世界鑑定】というスキルは、異世界人限定で相手のステータスが分かるのですよ」

「あら、そうだったの。……という事は、あたしのスキルも全部見えちゃっている?」

「ええ、【聖女ごっこ・極】も含めて全て見えています」


 すると、ウィルミーさんは頭を抱えて座り込んでしまった。


「な、なんて事なの。異世界に呼ばれて1週間しか経っていないのに、あたしの秘密がばれるなんて」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たい汗が流れた。

 1週間前に、聖女が、異世界からやって来た。

 俺が【見守り】のスキルを使ったその時、聖女の存在しないこの世界に、聖女であるウィルミーさんがこの世界に召喚されたというのだ。

 【見守り】のスキルとは、まさか……。


「ウィルミーさん、大変申し訳ない事をしました」


 俺はウィルミーさんに深く頭を下げる。


「もういいのよ。守があたしの事を秘密にしておいてくれるなら、それでいいの」

「いえ、違うのです。ウィルミーさんがこの世界に召喚されたのは、たぶん俺のせいです」

「それ、どういうこと?」


 俺の言葉を聞いたウィルミーさんは、もの凄い威圧感を放ちながら、俺に問い詰めて来た。

 それはそうだろう、俺だって異世界召喚された時は、召喚した側の身勝手な行いに腹を立てたものだ。

 しかし、今回の場合はさらに、俺の短絡的な行為でウィルミーさんを勝手に召喚してしまったのだ。

 見るからに怒り心頭なウィルミーさんへ正直に話すと、何をされるか分からない。

 しかし、全ての責任は俺にあるので、たとえウィルミーさんから恨まれ、殺されようとも、全てを正直に話そうと心に決める。


「俺の持つもう一つのスキル【見守り】を使った結果なのです」


 俺はウィルミーさんに【見守り】スキルの全てを語った。

 【見守り】スキルは、ただ見守るだけでなく、対象に関わる全ての者の運命を決定づけてしまうスキルだという事を。

 そして俺は、聖女が存在しないこの世界で、聖女に関する運命を定めてしまった事。

 そのため、結果的に聖女であるウィルミーさんを異世界から呼び寄せてしまった事を白状した。

 その間、ウィルミーさんは人を殺せそうなほどの威圧を俺に放ってきていたが、俺は目を逸らさずに話し続けた。


「そういう事だったのね」


 全てを語った後、ウィルミーさんは一言つぶやき、威圧を解いてくれた。


「それで、あたしは元の世界に戻してもらえるのかしら?」


 ウィルミーさんは、俺が召喚された時と、同じことを聞いてくる。

 ほんの小さな問題はあるが、ウィルミーさんを元の世界に戻す事はできそうだ。

 ウィルミーさんが元の世界に戻るところを【見守り】すれば良いのだから。


「はい、ウィルミーさんを元の世界に戻す事は、可能だと思います」

「そして、守さんはあたしの居た世界へ一緒に来て、もうこの世界には戻れないのね?」

「そう……、なります」


 そう、ウィルミーさんが元の世界に戻るのを見届けるという事は、俺もウィルミーさんの居た世界に行くという事だ。

 この方法を使えば、俺は他世界へ行く事ができる。

 しかし、狙ってこの世界へ戻る事は、おそらく不可能だ。

 だが、そんな事はウィルミーさんを勝手に異世界召喚してしまった事に比べれば、小さな問題に過ぎない。


「うふ。守さんは、なかなかイイ男みたいね。あたしの事をそんなに真剣に考えてくれる人なんて、あっちの世界にも居なかったわ。しばらく、こっちの世界でのんびり過ごすのも悪くなさそうね!」


 そう言うと、ウィルミーさんは微笑みながら去って行った。

 ウィルミーさんが去った後に気が付いたが、話の後半では俺の呼び方が守さんになっていた気がする。

 少しは赦してくれたという事なのだろうか。


◇◇◇


 ウィルミーさんと知り合ってからは、俺はよくウィルミーさんからパーティーに誘われるようになった。

 異世界から来た者同士、またお互いに秘密を知り合っているという事もあり、俺達は気兼ねなく接する事ができている。

 ちなみに、ウィルミーさんと会った時に一緒に居た少年は、ただの護衛だったらしく今はもう居ない。


 いつものように冒険者ギルドでウィルミーさんを待っていると、ギルド職員が慌ててギルドへ入って来た。


「事件が起きたぞ! 昨晩、冒険者の少女が邪神信仰者と思われる集団に襲われ、拉致された!」


 冒険者を拉致とはまた大胆な事をしたな。

 そんな事をすると、世界中の冒険者を敵に回すと言うのに。

 ひとまず、事件の詳細を聞こう。


「その、さらわれた少女の名前は何というのですか?」


 ギルド内に居た冒険者の一人が、職員に質問する。


「ああ、最近ギルドに加入した、ライラという少女だ」


 ライラ?

 それって、ウィルミーさんの事じゃないか!

 正体がドラゴンだから襲われても大丈夫だと思って、油断していた。

 俺は後悔のような、焦りのような、言いようの無い気持ちを抑え、ギルド職員の前へ出る。


「ライラさんが襲われた事、詳しく教えてください」

「いたた。守さん、お気持ちは分かりますから手を放してください」


 気が付くと、俺は職員の両肩をつかんでいた。

 どうやら、俺は思った以上に動揺していたみたいだ。

 その後、俺は邪神信仰者がアジトにしていると思わしき場所を何カ所か教えてもらい、ギルド職員の制止を振り切って冒険者ギルドから飛び出た。


 俺は冒険者ギルドを出た後、人目のない裏通りへ入り、【見守り】を発動する。

 【見守り】の条件は『この国が無事に明日の朝を迎える』とでもしておいた。

 こうすると、姿を消したままこの国の中を自由に移動できる。


 最初のアジトには、ウィルミーさんは居なかった。

 そこでは、信者達の会話から邪神信仰についての情報を入手した。

 邪神信仰では邪神の復活を目的としており、邪神が復活すると世界が滅びるとの話だった。

 邪神が復活した際、邪神復活に尽力した者達だけは滅びから免れる事ができ、また永遠の命を得るらしい。

 邪神復活の儀式はだいぶ進んでおり、あとは邪神の魂の封じられた者を殺せば、邪神が復活するそうだ。

 まったく、碌なことをしない集団だ。


 次のアジトにも、ウィルミーさんは居なかった。

 しかし、信者たちの会話から、ウィルミーさんの居所を聞き出せた。

 邪神信仰者は、ウィルミーさんを拉致して儀式の生贄にするつもりらしい。

 邪神の心臓と呼ばれる宝珠へ、少女の生き血を捧げるのだとか。

 俺はその話を聞いた時、衝動的にそこに居た者達を皆殺しにしようかと考えてしまった。

 しかし、今はウィルミーさんを助け出すのが先決だと考え、思いとどまった。


 3カ所目のアジトで、ようやくウィルミーさんを見つける事ができた。

 そこには厳重に警戒された牢があり、ウィルミーさんはその牢へ収監されていたのだ。

 そこで、俺は【見守り】の掛け直しを行う。

 その条件は、『牢の見張りが鍵を持ったまま熟睡する』だ。


 30分ほど待つと、鍵束を持った見張りが、ウィルミーさんの収監されている牢の前で熟睡を始めた。

 俺は熟睡している見張りから鍵束を取り、ウィルミーさんの収監されている牢へ入る。


「ウィルミーさん、大丈夫ですか?」


 俺が小声で話しかけると、ウィルミーさんはビクッと体を震わせ、ゆっくりした動作でこちらを向く。


「守さん……なの? どうしてここへ?」

「ウィルミーさんが拉致されたと聞いて、助けに来ました」

「そう、あたしは助かるのね! あ、この首輪を外してもらえないかしら。これのおかげで、力が出せないの」


 そう言われてウィルミーさんの首元を見ると、武骨な首輪が取り付けられていた。

 見張りから奪った鍵束に、首輪のカギも入っていたので、ウィルミーさんの首輪を取り外す。


「それでは、ウィルミーさんが無事に宿屋へ着く所を【見守り】ますね」

「あっ、ちょっと待って」


 そう言うと、ウィルミーさんは両腕を俺の首へ回し、キスをして来た。


「ええと」

「ふふっ、助けに来てくれたお礼よ!」


 たぶん、今の俺は顔が真っ赤だ。

 そして、ウィルミーさんの顔も真っ赤だ。


「そ、それじゃ、俺はウィルミーさんの事を【見守り】ますね」

「ええ、よろしくね」


 その日の深夜に、ウィルミーさんは無事に宿屋へ到着した。


◇◇◇


 ウィルミーさんを救出した翌日、俺とウィルミーさんは冒険者ギルドの近くで、食事をしていた。


「守さん、そろそろ勇者たちが魔王を倒しに出発するそうよ」

「もうそんな時期ですか。まあ、戦闘能力の無い俺は黙って見送るだけですけどね」


 確かに【見守り】の能力は強力だが、俺はあのチート3人組みたいな戦闘力は持ち合わせていない。


「そこでお願いだけど、守さんには勇者達の事を【見守り】してもらえないかしら」

「でも、あの3人なら俺が手を出すまでもなく魔王を倒せると思いますよ」


 3人どころか、下手をすると1人でも魔王を倒せそうだ。


「ううん、そうじゃないの。魔王を倒した後の方が心配なのよ」

「というと?」

「王宮の中、それもかなり上位の権力者に、邪神信仰者が居ると思うわ。だから、何か企んでいても大丈夫なように、守さんに【見守り】して欲しいのよ」


 さすがは聖女と呼ばれるだけあって、異世界に来ても、この世界の未来について心配らしい。

 それにしても、王宮の中に邪神信仰者が居るのか。

 確かに、王都の中に堂々と複数のアジトを構えるなんて、相当上位の権力者にコネが無いと無理だろう。

 何となくだが、怪しい人に心当たりがある。


「わかりました。その話には心当たりがあるし、同郷のよしみもあるので、手助けする事にしますよ」

「ふふふ、あたしの願いを聞いてくれ嬉しいわ」


 そう言って、ウィルミーさんは可憐な微笑みを返してくる。

 まいったな。

 こうやって微笑むウィルミーさんを見ただけで、心が安らいでしまう。

 相手はドラゴンなんだけどなぁ。


 食事を終えた後、俺は気を取り直して、旅支度を済ませた。

 そして、勇者が出発する朝、王城の門を出た所で勇者を待つ。


「おい、あいつ守じゃないか?」

「そう言われてみると、そうですね。僕にも見覚えがあります」

「私も見覚えあります。一緒に召喚された人ですよね」


 しばらく待っていると、勇者の方がこちらに気づいた。

 1日しか会っていないのに、よく覚えてくれたものだ。


「おはようございます。俺の事を覚えてくれていたみたいで、嬉しいですね」


 俺が挨拶をすると、3人とも笑顔で迎えてくれる。

 やはり、あまり面識がないとはいえ、同じ境遇の人が居ると安心できるのだろう。


「それで、オレらに何か用なのか? 今から魔王を倒しにいくから、あまり時間は取れないぞ」


 剣勇者の優太が俺に用件を聞いてくる。

 確かに、こんなタイミングで声を掛けられたら、少し怪しまれるのは仕方ないだろう。

 そこで、俺は【異世界鑑定】と【見守り】のスキルの事を話した。


「その【異世界鑑定】は、僕らのステータスと武器の詳細が分かると言う事ですか」


 盾勇者の仁が、少し警戒した様子で俺に質問してくる。


「そうです。誰にも言っていませんが、あなた達3人のスキルと武器の詳細は全て知っています」

「そ、それなら私達の武器の使い方も分かると言うの?」


 俺の答えに、魔法勇者の真弓が興味を持ったみたいだ。

 話を聞いてみると、3人は武器の能力が分からず、困っていたそうなのだ。

 そこで、俺は3人それぞれに、武器の能力を伝えた。

 優太の次元刀アポロは、あらゆるものを切り裂き、強く念じれば切った相手を異世界に放逐できる。

 仁の聖光の盾ルナは、常に自身と仲間のHPを回復し続け、強く念じれば状態異常を回復できる。

 真弓の青樹の杖セレスは、無限の魔力を得る事ができ、どんなに魔法を使っても魔力が切れない。


 そこまで言うと、3人とも目を大きく見開き、驚いた。

 それと同時に心当たりがあるのだろう、3人ともすぐに納得の表情に変わった。


「それで、守はオレ達についてくるつもりか?」


 俺のスキルに納得ができたのか、聞いてくる優太の口調も、少し柔らかいものになっている。


「俺は、あなた達3人に【見守り】をしようと思っているのです」


 俺がそう言うと、3人は機嫌が悪そうな顔になる。


「それは、僕達3人では魔王を倒せないという事か?」

「いえいえ、あなた達3人は魔王を倒すのに十分すぎる力を持っていると思いますよ。ただ、敵は魔王だけじゃないと思い、念のためといった所です」


 すると、3人とも困惑の表情になる。

 邪神信仰の事を知らなければ、困惑しても仕方ない。

 あまり長く引き留めるのも悪いので、俺はこの辺で【見守り】を発動する事にした。

 見守る条件は、『勇者の3人が魔王をこの世から消し去り、この世界に平和が訪れる』だ。


◇◇◇


 勇者3人組が旅立って2週間、船での旅を交えつつ、3人は魔王城まで到着した。

 本来であればその3倍は掛かる行程だが、真弓の【大魔導士】スキルで、目視範囲や行った事のある場所へ瞬間移動できるため、予想より大幅に短い期間で到着できたのだ。

 これだけでも、勇者のスキルがとてつもないチート能力だと分かる。


「ようやく到着したな。魔王を倒せば、俺はメリムと……」


 優太が感慨に浸っている。

 メリムというのは、王女の名前だ。

 いくら俺が見守っているとはいえ、3人が五体満足で帰れる保証は無いのだから、そういった不吉な言動は控えて欲しい。


 そこから魔王の玉座までは、一方的な蹂躙だった。

 真弓が遠距離から魔法で敵を蹴散らし、魔法をかいくぐった敵も優太の剣技であっという間に細切れだ。

 それでも多勢に無勢だが、仁の【難攻不落】のおかげで、3人は傷一つ負わない。

 少しだけ、魔王軍に同情してしまいそうだ。


「さあ魔王、覚悟!」


 玉座の間まで来た3人は、そのままの勢いで魔王に迫る。


「ふははは、よく来たな。しかし、お前達がどんなに強くても、このワシは絶対に倒せぬぞ! はっはっは」


 どれだけ部下がやられていようとも、魔王は余裕の態度を崩さない。


「その余裕、どこまで続くかな? オレの剣技の前にひれ伏せ!」


 優太が魔王へ切りかかる。

 【神速】で強化された優太の動きに、魔王は全く反応できない。

 あっという間に魔王の四肢と首が胴体から分かれる。


「ふっふっふ、その程度では負けぬぞ!」


 しかし、切れた四肢や首は、あっという間に胴体にくっついてしまう。

 真弓の魔法で焼かれ、切り刻まれ、氷結されても、魔王はすぐに五体満足に戻ってしまう。


「な、なんですかこの生命力は。これではまるで不老不死のバケモノではありませんか」


 仁は盾を構えて3人を癒しつつ、愚痴をこぼす。


「ふははは、よく分かったな。そう、ワシは不老不死なのだ。この程度の攻撃では死なぬぞ!」


 これは少々分が悪いな。

 一見膠着状態に見えるが、勇者達は致命傷になりかねない攻撃を、紙一重でかわしているに過ぎない。

 どんなに攻撃されても問題無い魔王に比べ、勇者の3人は集中力が途切れると全滅しかねない。

 おそらく、これがこの魔王の常勝戦術なのだろう。


「くっ、このままではジリ貧ですね」


 仁も、この状況が良くない事が分かっているみたいだ。

 ただ、優太はこの状況を突破できる手段を持っている。

 俺が旅に出る前に伝えた事を思い出してくれ!


 その時、魔王の放った魔法が優太の肩に触れる。

 すると、優太の肩から先がごっそりと失われてしまう。


「優太! 〇△◇〇×……【超速再生】!」


 真弓の魔法で、優太の肩から先が凄い勢いで再生し始める。

 さすがはチートな【大魔導士】スキルだけあって、ウィルミーさんの【万能治療】よりも再生する速度が速い。

 しかし、魔王はその隙を逃さず、治療中の優太へ切りかかって来る。


「させませんよ!」


 そこへ仁が割り込み、魔王の剣から優太を守る。


 そろそろ優太の体力が尽きて来たのか、先ほどよりも優太の動きが悪い。

 その度に、仁が救助に入っている。

 早く俺の言った事を思い出してくれ!


「ふははは、そろそろ限界か? 儂を倒したかったら、封印魔法か放逐魔法でも準備してから来るべきだったな!」


 おお、俺の思いは魔王に伝わったみたいだ!

 その言葉を聞いた真弓がはっとした顔をして、優太の方を振り向く。


「そうだ。優太! 次元刀アポロの特殊能力を思い出して!」


 よし!

 ようやく、真弓が思い出してくれたらしい。


「オレの武器の特殊能力? ……あれか!」


 優太も思い出してくれたみたいだ。


「次元刀アポロよ、魔王を異世界に放逐しろ!」


 優太はそう言いながら、魔王へ切りかかる。

 これまでと同様、魔王はその攻撃を避けない。

 そして、次元刀アポロが魔王の体へ切り込まれた瞬間、魔王の体が掻き消えた。


「はぁ、はぁ、はぁ。真弓ありがとう、おかげで魔王をこの世から消し去る事ができたよ」


 優太は片膝をつきながらも、一仕事終えた後のいい笑顔をしている。

 まったく、見ているこっちがハラハラしたよ。

 しかし、魔王が倒れたにも関わらず、俺の【見守り】が解除されない。

 やはり、ウィルミーさんの予感は的中していたという事か。


◇◇◇


 魔王の討伐が終わった後、勇者の3人は瞬間移動で王城へと戻って来た。

 すると、すぐに謁見の間へ通され、国王ボーラム陛下への報告が始まった。


「魔王討伐の首尾はどうであったか」

「はい、オレ達は魔王と戦い、魔王をこの世から消し去る事に成功しました」

「おお、そうかそうか! それは重畳だな! ははは、やったぞ!」


 国王は、謁見の間の人目をはばからず、はしゃぎ始めた。

 その様子には、傍に控えていた王妃ミランダ様や王女メリム様も引いている。


「あなた、人前でそのような行いは控えて頂けませんか」


 見るに見かねた王妃ミランダ様は、国王ボーラム陛下をたしなめる。


「おお、すまない。あまりの嬉しさに、つい興奮してな。これで、邪神ヴィッターヘル様の復活が叶うのだ!」


 国王ボーラム陛下が言葉を放つと、謁見の間に静寂が訪れた。

 皆、国王ボーラム陛下の言葉に絶句しているのだ。


「お父様、邪神復活とは、どういう事ですの?」


 静寂を破ったのは、王女メリム様だ。


「おお、皆には話していなかったな。儂は邪神ヴィッターヘル様の復活を目指していたのだ。そのためには、邪神ヴィッターヘル様の魂を封じた魔王を殺す必要があったのだよ」


 やはり、国王ボーラム陛下は邪神信仰者だったのか。

 初めて会った時、俺が感じた予感は正しかったみたいだ。


「そんな! 邪神が復活したら世界が滅ぶのですよ!」


 そんな王女メリム様の言葉に、国王ボーラム陛下はそっけなく答える。


「世界が滅びようと、儂には関係ない事だ。永遠の命が手に入るのなら、この世界なんて邪神にくれてやるわ!」


 その言葉を聞いた時、王妃ミランダ様が衛兵に号令する。


「衛兵! 国王ボーラム陛下がご乱心です。捕縛を!」


 その言葉を聞いた国王ボーラム陛下は、懐から紫色に濁った宝珠を取り出した。


「もう遅い! 邪神ヴィッターヘル様、ここに復活なさいませ! そして、儂に永遠の命を!」


 国王ボーラム陛下は宝珠を掲げて声を張り上げる。

 しかし、何も起きない。


「なっ、なぜ何も起きんのだ。それに、宝珠の光が消えておる?!」


 それはそうだ、邪神の魂は魔王と共に異世界へ放逐されてしまっている。

 国王ボーラム陛下の困惑した様子に、捕縛しようと近づいた衛兵は戸惑っている。


「おい、お前達。一体何をしたのだ」


 国王ボーラム陛下は慌てた様子で優太達に問いかける。


「オレは魔王を殺したなんて、一言も言っていませんよ。魔王はオレの剣の力で、異世界に放逐しただけです。邪神ヴィッターヘルの魂とやらと一緒にね」


 その言葉を聞いた国王ボーラム陛下は、顔面が蒼白になった。

 この時になって、ようやく国王ボーラム陛下は自分の計画が失敗した事を悟ったのだろう。


「おのれ、オノレェ! よくも邪神ヴィッターヘル様の復活を邪魔しおったな、殺してやる!」


 国王ボーラム陛下はそう言いながら剣を抜き、優太に向かって振りかぶる。


「ごふっ」


 その時、国王ボーラム陛下の胸から剣先が生えてきた。

 王女メリム様が国王ボーラム陛下を背後から剣で貫いたのだ。

 この世界の剣はとても性能が高く、少女であっても人を簡単に貫く事ができる。


「な、なぜ」

「優太様は殺させません!」


 国王ボーラム陛下のつぶやきに、王女メリム様は涙を流しながら答える。

 そのまま国王は床に崩れ落ちた。

 その瞬間、俺の【見守り】が解除された。

 どうやら、世界平和の真の敵は、この国王ボーラム陛下だったみたいだ。

 このままだと俺は怪しまれるので、気づかれる前に再度【見守り】を発動しておく。


 王女メリム様は、すぐに優太の元へ駆け寄り、そのまま優太へ抱きついてしまう。

 そして、大声で泣き始めた。

 優太は、王女メリム様の背中を優しく撫でている。

 いくら狂っていたとはいえ、自分の父親を刺し殺したのだから、王女メリム様の精神的なショックは大きいのだろう。


 衝撃的な場面の続きになったが、この場は王妃ミランダ様の采配でお開きとなった。


◇◇◇


 あれから数週間経った頃、俺は勇者3人に別れを告げる事にした。

 ようやく、ウィルミーさんを元の世界に戻す決意ができたのだ。


「守、行ってしまうのか」

「ええ、俺は自分の行為に責任を持たないといけませんからね」

「そうか、オレとメリムの結婚式には出られないのか」


 優太は残念そうだ。

 結局、国王ボーラム陛下は病死という発表になったが、王女メリム様を無罪にする訳にはいかず、王族の地位がはく奪される事になった。

 しかし、優太との婚約はそのまま継続され、近いうちに優太と結婚する事になったのだ。

 実質は、お咎め無しという事だ。


「そうですよ。僕と真弓の結婚式にも来て欲しかったですね」


 仁と真弓は、この世界に召喚される前から付き合っていたらしく、こちらも近いうちに結婚するらしい。

 3人とも、幸せそうで何よりだ。

 それに比べて、俺は種族の違いという分厚い壁が立ちはだかっている。

 あまりゆっくりしていると決心が鈍りそうなので、分かれはこれで済ませた事にしよう。


「それでは、みなさんお元気で」


 俺はそう言うと、ウィルミーさんを送還するために、【見守り】のスキルを発動する。

 その瞬間、軽い眩暈がしたかと思うと、そのまま気が遠くなって意識を失った。


 気が付くと、俺はウィルミーさんに膝枕をされていた。

 近くに豪華な建物が見えるので、ここはどこかの屋敷の庭か。


「守さん、気が付いた?」

「ここは?」

「ここは、あたしの住んでいた世界よ。無事に戻って来られたの!」


 どうやら無事にウィルミーさんを送還できたみたいだ。

 これで、ウィルミーさんと一緒に居る理由が無くなるな。

 このままウィルミーさんとお別れになると思うと、胸が締め付けられる。


 その時、周りに人の気配がある事に気が付く。

 人の気配がある方を向くと、一組の少年少女がこちらへ歩いて来ている。


「やあ、守さん。私はセト、こちらは妻のシェリスです」


 少年の方が、俺に向かって話しかけてくる。

 俺はウィルミーさんの膝枕から起き上がり、慌てて挨拶をする。


「初めまして、星見守と言います。信じてもらえないかもしれませんが、別世界からやって来ました」

「信じますとも。ウィルミーさんが、『旦那を探しに異世界へ行ってくる』と言いながら異世界へ旅立つ所を、私達は見送りましたからね」


 え、どゆこと?

 てっきり、ウィルミーさんを俺が無理やり召喚したのかと思っていたが、話を聞く限りだと合意済みの召喚に聞こえる。

 それに、旦那探しって何?


「安心して。後はアタシとセトに任せてくれればいいわ。種族の差なんて、気にしなくてもいいからね!」


 俺が状況を飲み込めずにいると、シェリスさんが話しかけてくる。

 なにをどう安心すれば良いのかさっぱり分からない。


「それでは、続きは家の中に入ってから話すとしましょう」


 セトさんはそう言うと、シェリスさんと共に屋敷の中へ入って行った。


「さ、あたし達も中に入りましょう、旦那様!」


 一体何が起きているのか分からないが、一つだけ分かった事がある。

 俺はウィルミーさんと別れないで済みそうだ。


 最後の一幕は、『暗黒魔法使いは平和を望む』を読んで下さった方々へのサービスになります。

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